(前回の続きである。今回で大人のADHDについてはようやく最後となる。バークレイ博士の講義はあまりにも長いので訳している最中に嫌になったのは確かである。このブログを読んでいる方々も嫌になったことであろう。しかし、これだけ読めば、大人のADHDについては十分に理解できたはずである。)
神経心理機能の障害
Neuropsychological Functioning.
成人のADHDではタスク処理やインデックスソートなどの遂行機能における神経心理機能の障害を有する所見がある。遂行機能は、抑制inhibition、気が散ることへの抵抗(干渉への制御)resistance to distraction(interference control)、言語的・非言語的ワーキングメモリー、言語的・非言語的流暢性fluency (verbal and nonverbal)、時間感覚、時間使用、計画性、その他などが含まれる。計画性を除いて、これまでの研究では全ての遂行機能が障害されていることが分かっている。UMassスタディでは、持続パフォーマンス試験(持続処理課題、continuous performance test、CPT、http://www.mdd-forum.net/adhd_cpt.html、http://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/6159/1/KU-1100-20070700-05.pdf)における省略エラー(omission errors)の多さと反応時間の易変性(reaction time variability)の多さが成人のADHDで明らかになった。この所見は、成人のADHDの不注意に関するこれまでの調査結果と一致していた。

お手つきエラー(errors of commission)は、成人のADHDグループは対照群よりも多かったが、特異的な所見ではないように思えた。臨床的には不注意が成人のADHDを特定する唯一の基準ではあるが、反応時間の易変性(不注意)とお手つきエラー(抑制阻害)の2つが、ADHDグループと対照群とを区別するベストなCPT所見であることが分かった。最近の研究では、反応時間の易変性が成人のADHDに特に関係しているのではと考えられており、正常範囲内の者では殆ど示されないような警戒度合vigilance(覚醒度合?)に関連した異常なエラー・パターンがADHDにおける特徴的な所見だろうと考えられている。反応時間の易変性は、成人のADHDの行動遺伝子の神経画像研究における有益な表現型であると著者らは推奨している。
(注; お手つきだけでなく、反応時間がバラバラなのが大人のADHDなのである。大人のADHDは百人一首でトレーニングすると良いのかもしれない。百人一首の上達と伴にADHDの遂行機能障害に起因するような仕事上のミスも減っていく可能性があるのではと私は考えている。)
UMassスタディやミルウォーキー・スタディでは、干渉への制御や気が散ることへの抵抗がストループ・単語・色彩タスク、Stroop Word-Color Taskを使って評価される。(http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/107269/1/18804306_61...、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E5%8A%B9%E6%9E%9C)。成人のADHDではこのタスクが障害されていることが判明した。しかし、UMassスタディでは、これらの違いはADHD群とコミュニティ・グループの間にだけ存在した。このような所見は、抑制阻害はADHDにあまり特徴的ではない、少なくとも、大人のADHDでは抑制阻害は特徴的ではないことを示唆する。(注; お手つきは誰にでもあるように思えるが)。それでもなお、ミルウォーキースタディでは、27歳時点までADHDが持続した多動児と持続しなかった多動児でも、CPTにてこの障害があることを検出した。
これまでの研究では、ADHDに確実に関係していると思われるウィスコンシン・カード分類課題 Wisconsin Card Sort Task WCST(
)では、ADHDの児童でも成人でも障害が存在していることは検出できなかった。著者の調査でも、WCSTにおけるグループの間の違いは明らかにはならなかった。この所見は、反応の柔軟性やセット移動はADHDの大人では障害されていないことを意味する。
これまでの研究では大人のADHDの流暢性やジェネgenerativity(生産性?、http://shift-inc.co.jp/gtl/generativity/)に関しては調査されていない。主に言葉の流暢性が調べらており結果は様々であった。デザインdesign(描画?)や非言語的な流暢性を調べた1つの研究では、課題への固執反応perseverative responses(http://www.hosei.ac.jp/bungaku/museum/html/kiyo/55/articles/yoshimura_chida.pdf)に関する大きな問題が存在することが明らかになった。著者らもデザインと流暢性を調べた。UMassスタディでは、タスクへの反応の少なさを成人のADHDにおいて見出した。ミルウォーキー・スタディでは、成人のADHDで子供時代からのADHDが持続している否かに係らず、このテストでの障害を有していることが判明した。しかし、著者らはそれ以上の有意な所見は見出せなかった。既にADHDの診断基準を満たさないような場合でも、非言語的な流暢性に関するある種の障害が成人のADHDに関係している場合がある。
成人のADHDのこれまでの研究で最も信頼できる神経心理機能の調査結果は、数字桁スパン課題digit span tasksによってインデックス化された時に示される言語性ワーキングメモリーの障害である(http://minakata-science.com/?p=119、http://osaka.hus.osaka-u.ac.jp/endo/pdf/20110618EndoKaori.pdf、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AA)。数字桁スパン以外の言語性ワーキングメモリー課題を使用した過去の研究の結果がADHDにおける言語学習の問題を複雑にしてしまっている。著者らの調査で示された成人のADHDにおける数字桁スパン課題の障害は、これまでの研究結果を支持し、この障害に比較的特有な所見である。もはやADHDのレベルではないと診断されても、子供時代からフローアップされた成人のADHDでは、言語性ワーキングメモリの障害を有し続けていることがミルウォーキースタディにて判明した。

著者らは、UMassスタディにて、言語性と非言語性の学習と記憶課題の広範囲なバッテリーを使用した。しかし、即時言語学習の障害がある証拠や、パラグラフ(文章の節や段落)、単語リスト、単語ペア学習のようなタスクでの想起障害がある証拠は見い出されなかった。しかし、著者らは、大人のADHDでは時間を超えた時の情報の保持障害があることを見出した。すなわち、いくつかのタスクを行なわなければならなかった後で、何をすべきだったかを思い出すことが大人のADHDでは障害されていることを見出した。これらの保持問題は自由再生でさらに明白となった。そして、手掛かりcueing(ヒント?)によって改善された。これらの障害は、ADHDの児童で示されており、大人のADHDでも言語性ワーキングメモリーの障害は存在しており、これは大人のADHDにおいて特徴的な所見である。
(注; 備忘録にメモしておいたり、「to do list」などをパソコンに表示しておいたり、リマインダーで音が鳴るように設定しておくなどの工夫をしている大人も多いだろう)。
要約すると、大人のADHDは、特殊な遂行機能 EFの障害と関連している。これらは、不注意抑制(干渉への制御)、非言語性ワーキングメモリーとデザイン流暢性で最もよく検出されるであろう。しかし、言語学習、即時想起、セット移動、タワープランニングtower planning(ハノイの塔のような課題?)における障害は明白ではない。
(注; 囲碁や将棋もADHDを克服する良いトレーニングになるかもしれない。百人一首もそうであるが、日本古来のゲームは集中力やワーキングメモリーを養いADHDを克服する上で役に立つゲームが多いように思える。私の小さい頃はそういったゲームで良く遊んだ。軽はずみな手を打つことを避け、自分が打った手の先を深く読むようなゲームで遊んでいるうちに、自然とADHDの障害が克服されていく可能性があるのかもしれない。西洋には元々そういったゲームは少ないし、日本の今の子供達もそういった日本古来のゲームで遊ばなくなったことも大人でのADHDを増やしているのかもしれない。)
しかし、上で示されたこれらの調査結果は、対照群などのグループとの比較による神経精神的なテストでの結果である。個人レベルで分析では、成人のADHDの少なくとも半数の者は、これらのいろいろなテストを十分に実行することができる (Barkley、Fischer、2011年。Barkley、Murphy、 2010年、2011年)。何人かの研究者は、ADHDは遂行機能障害が存在する疾患ではなく、遂行機能障害は一部のADHDの患者に存在するだけであると結論した。この問題の背景には、EFテスト(遂行機能テスト)がEF(遂行機能)を評価するためのゴールドスタンダートになってしまっている問題がある。この仮説は、EFテストの妥当性は低く、EFテストは生活領域(遂行機能も結果的にはその領域の一部に含まれるが)における障害を予見するものではないという正当な批判に基づくものである(Barkley、2012年a)。
さらに、EFテストでは、ADHDの解決すべき社会的な問題の存在までは捕えきれないし、自然な設定の中で使用されるようなEFをも評価できない(Barkley、2012年a)。著者らが作成した評価尺度は、従来のEFテスト・バッテリーより優れており、日常生活における妥当性のあるEFインデックスを提供できることが示された(Barkley、2012年a)。著者らのEF評価尺度では、成人のADHDの大部分が障害域に位置しており、成人のADHDは遂行機能の障害であると結論を下すことができる(Barkley、Fischer、2011年。 Barkley、Murphy、2010年、2011年)。したがって、医師がADHDを持った大人のEFを評価したければ、従来のEFテストを使用するよりも、著者らが作成したEF評価尺度を使用する方が妥当性のある予測結果を得ることができるであろう(著者らのEF評価尺度を使用することをお勧めしますと言いたいようだ。↓)。
http://www.amazon.com/Barkley-Deficits-Executive-Functioning-Adults/dp/1606239341
さらに、EFテストでは、ADHDの解決すべき社会的な問題の存在までは捕えきれないし、自然な設定の中で使用されるようなEFをも評価できない(Barkley、2012年a)。著者らが作成した評価尺度は、従来のEFテスト・バッテリーより優れており、日常生活における妥当性のあるEFインデックスを提供できることが示された(Barkley、2012年a)。著者らのEF評価尺度では、成人のADHDの大部分が障害域に位置しており、成人のADHDは遂行機能の障害であると結論を下すことができる(Barkley、Fischer、2011年。 Barkley、Murphy、2010年、2011年)。したがって、医師がADHDを持った大人のEFを評価したければ、従来のEFテストを使用するよりも、著者らが作成したEF評価尺度を使用する方が妥当性のある予測結果を得ることができるであろう(著者らのEF評価尺度を使用することをお勧めしますと言いたいようだ。↓)。
http://www.amazon.com/Barkley-Deficits-Executive-Functioning-Adults/dp/1606239341
治療との関わり
Treatment Implications
(注; この章は大幅に割愛した部分がある。なぜならば、子供時代に一切気付かれることがなく、大人になって初めてADHDだと診断されたケース自体の調査が不十分であり、統一した見解はなく、この著者が述べていることが全て適切かどうかもまだ不明であるからである。著者が重要だと強調した部分だけをピックアップして要約して記載することにした)

まず、著者は、(1)子供時代からADHDと診断されて大人時代までフォローアップされていたケースと、(2)大人になって初めてADHDと診断されたケースのその病状違いを理解しておき、ケースごとの適切な対処法を心掛けるべきであると力説している。
(2)のケースでは、まず共存精神疾患(うつ病、不安障害、薬物使用障害など)が問題となり、共存する精神疾患の治療を優先した方がいいと思える場合が多々ある。しかも、共存疾患によって薬物療法も心理療法も複雑になりがちである。薬物療法は共存疾患があるため、どうしても多剤併用になってしまう傾向がある。ADHDへの治療薬は抗うつ効果はなく、うつ病の共存に対しては抗うつ剤の併用が必要となる。しかし、アトモキセチンは不安を軽減することもあり、共存疾患が不安障害のみならば、アトモキセン単剤で対応できるかもしれない。著者らは長時間作用型の刺激剤(メチルフェニデート)の使用を(2)のケースでも推奨している。これによって、日常生活の多くの場面(家庭内での責任を果たす、就労、育児、セルフケア、など)での障害が緩和されることであろうと述べている。そして、場合によっては即時放出タイプの薬剤(アンフェタミンのプロドラッグであるVyvanseのことか?)の併用も必要になるかもしれないとしている。
なお、心理療法としては認知行動療法CBTがADHDだけでなく、共存疾患にも推奨される。としている。
薬物使用障害が共存していれば、薬物の解毒プログラムとリハビリテーションプログラムが必要となる。その際にはADHDの特徴を無視することなくプログラムを組むことが重要である。ADHDの特性(自己制御の困難さと遂行機能の障害など)を無視したような解毒プログラムやリハビリテーションプログラムでは失敗に終わることであろう。反社会行動への対応も同様であり、ADHDとして治療や介入がなされるべきである。ADHDの治療薬を併用することで、薬物使用の再使用や反社会行動を繰り返すリスクは減少するデータがあるため、ADHDの治療薬を併用することを著者らは推奨している。
一方、ADHDの治療薬は金銭管理の問題(衝動買い、など)にも良い影響を与えるだろうと述べている。危険運転もADHDの治療薬(メチルフェニデートやアトモキセチン)で減るデータがあると著者ら述べており、ADHDの治療薬の使用を推奨するような表現となっている(日本国内では、そのような薬剤を飲んで運転することは避けなければならないと逆に勧告されており、アトモキセチンを内服しながら自動車を運転することは制度上は不可能である)。また、ADHDの治療(薬)にて、不注意な妊娠のリスクや乱れた性行為によって性病に感染するリスクも減ると述べている。
もし、職業が障害されているのであれば、(アメリカの制度では)、サポートプログラムとして何らかの職業訓練施設を利用できるように手助けをしなければならない。教育の継続においてもサポートプログラムを同様に受けるべきである。それらの制度を利用することは薬物療法よりも効果や有益性が大きいと著者は述べている(日本には大人のADHD専用の職業のサポートプログラムはまだない)。
もし、子供がいるような(2)のケースには、ADHDは家族間での遺伝性が高い疾患であるため、その子供にADHDやODDなど存在していないかどうかの評価をしておくことが重要となる。なぜならば、子供がADHDやODDであると、親の育児のストレスが増大し虐待が生じやすくなるであろうし、親の不注意によってネグレクトなどの問題も生じやすくなるからである(パチンコに夢中になって車の中に幼児を放置して熱中症で死なせてしまうような親はADHDだと私は思っている)。ここで問題となることは、ADHDの親は、親が行うADHDの子供への行動管理プログラムをうまく行えない傾向を有する。行動管理プログラムを指導するだけでは不十分であり、ストレスマネジメントなどのカウンセリングを行うことが大切になると述べている。さらに抑うつ(うつ病)が共存していないかもチェックしておく必要がある。抑うつ(うつ病)が存在すれば、ストレスはさらに強まりうまく育児にうまく対処できなくなるからである。さらに、夫婦間の不仲にも注意が必要である。
なお、特定の領域のスキルトレーニングプログラムは大人のADHDでは殆ど効果がないと著者は述べている(逆に、大人のSCTでは効果がある)。大切なことは、何をするべきではなくて(スキルを上げることではなく)、何を知っているかであり、自分自身のADHDの特性について良く知る方がパフォーマンスは改善されていくだろうとバークレイ博士は述べている。さらに知識よりも大切なことは、彼らはスキルが劣っている訳ではなく、タイミングが悪く、時間をかけずに行動してしまうことが問題なのであり、それを修正した方が良いということである。大人のADHDのパフォーマンス中の良いタイミングでの周囲からの指導や支援であり、時間をかけて決断したり行動することを自然な設定の中で周囲が指導し支援していくことである。
著者らは大人のADHDの自己管理management of ADHD in adultsとしてのあるべき姿を次のように要約している(注;非常に分かりづらい表現であったため大幅に意訳してある)。
1: もし、ADHDでは、脳の内部の情報によって行動を制御するプロセス(ワーキングメモリー、行動の内省)が遅れてしまうのであれば、その情報を外部化(“externalizing”)することによってアシストするのがベストであろう。行動の制御の遅れを防ぐには、パフォーマンス中に情報が物理的に準備されて提示されていることが必要になる。その際に、秘匿情報や個人情報は刺激への制御の源としては弱いため、情報は公然なものと化して、皆が知っているものになっていれば、その情報によって行動は強くアシストされて制御されることであろう。
2: ある時間以内に時間を超えて個人の行動を統合することができないことはADHDの究極の障害の1つである。ADHDは近視のままで時計を見て時刻を知ろうとするような障害である。ADHDの個人の行動は、一時的に時間に対して近視状態となってしまうことで、時間の流れや未来の出来事の予測に関する内部からの情報提示は参照されずに、間近な出来事や一時的で即時的な内容に過ぎないものに支配されている。この概念はなぜADHDの大人がそのような短絡的な決定をするのかを理解する上で役にたつ。彼らは時間に対しては近視なのである(健常者よりも未来の姿や未来の結果を予想する能力に劣る)。もし、未来の出来事を殆ど考慮しなければ、その行動によってどのような結果を招くかということは考えないで、即座に報酬を得ることや、そのような苦境や不利な環境からすぐに逃げ出すことを優先してしまう行動を取るだろう。ADHDの近視的な行動は、時間の流れの隙間を少なくしたり埋めてくれるような外部からの情報や、他者からの今と未来のギャップを埋めてくれるような援助(助言、指導)によってアシストされることであろう。
(注; 映画「ザ・マスター」のマスターが主人公に対して行おうとしていたことは、この時間の流れのギャップを何とか埋める能力を身に付けさせようとアシストしていたことのように思える。主人公の未来への時間とのギャップだけでなく、過去の時間とのギャップまでをもマスターは埋めようとした。大事なことを忘れてしまい易い大人のADHDは未来だけでなく過去との時間のギャップも同時に存在するのかもしれない・・・)
(注; 映画「ザ・マスター」のマスターが主人公に対して行おうとしていたことは、この時間の流れのギャップを何とか埋める能力を身に付けさせようとアシストしていたことのように思える。主人公の未来への時間とのギャップだけでなく、過去の時間とのギャップまでをもマスターは埋めようとした。大事なことを忘れてしまい易い大人のADHDは未来だけでなく過去との時間のギャップも同時に存在するのかもしれない・・・)
3: ADHDの障害が内部にあると仮定すれば、適切なゴールへと方向付けされた行動を取れるようにするための必要な動機づけの源は外部に求められるべきである。例えば、パフォーマンスの最中に、パフォーマンスのゴールを目指した行動を可能にするような人工的な印や報酬を準備しておく必要があるのかもしれない。そのような人工報酬プログラムは、身障者が使用する四肢の装具のように、ADHDの子供においては、通常ならば困難なタスクを効率的に実行することを可能にすることであろう。ADHDの子供は動機付けの障害があるため、そのような動機付けの人為的な補助が必要不可欠である。
4: 上記の考察からは、医師は、パフォーマンス中に行動的な介入を必要としないような大人のADHDへの多くの介入を拒否すべきである(いちいち本人の行動に付き添って介入することまでは必要としない。本人に任せておくしかない。)
この理論は、ADHDの管理へのもう一つの可能性を示唆している。それは、行動抑制の神経心理学的な欠損が改善することで、抑制に依存しているような遂行機能も改善する可能性があることである。
刺激剤であるメチルフェニデートや非刺激剤であるアトモキセチンは、前頭前皮質の神経伝達物質を改善し、前頭前皮質と関連した神経回路を正常化する。その結果、抑制に関与する前頭前皮質の機能が改善され、遂行機能が改善する。これまでの調査では、行動の改善は75~92%に認め、平均して約50~60%のADHDで行動が正常化したことが分かっている。あくまで脳に薬剤が作用している間の一時的な作用ではあるが、現在唯一利用できるADHDへのマネージメント手段である。
(なお、著者はω3脂肪酸は効果がないとしている。いずれにせよ、薬を飲んだだけではEFに関する神経回路が作られていく訳ではなく、トレーニングをしながらEFの神経回路を作り上げていきEFを強化していくことが重要なのであろう)。
(なお、著者はω3脂肪酸は効果がないとしている。いずれにせよ、薬を飲んだだけではEFに関する神経回路が作られていく訳ではなく、トレーニングをしながらEFの神経回路を作り上げていきEFを強化していくことが重要なのであろう)。
教育や職場で遵守しなければいけない行動のルールを外部化しておけば、成人のADHDでは行動を制御できることあろう。ルールは掲示するなどの方法で外部化することができるし、大人であれば何度も掲示物などの外部化された情報を参照することができる。こういったちょっとした工夫によって内部からの情報は外部化されて、大人のADHDの行動を適切なものに導くことができるようになる。さらに、タスクが完了するまでの時間のギャップを可能な限り小さくすることが重要である。いきなり大きな期限を設定してタスクの完了期間を指示するのではなく、ゴールである最終目標までに到達するステップを小さく区切り、区切りごとに目標を設定し、区切りごとに外部化して必要な情報を提示し、区切りごとにフィードバックをかけていくことが必要となる。モチベーションを維持する上でも情報の外部化が必要である。ADHDでは内部からの情報(自己洞察など)を期待してはダメである。ルール、ゴール、目的など、外部化できるものは努めて外部化しないと、ADHDの行動はいつまでも修正されることはないであろう。これは糖尿病などの他の慢性疾患での管理や支援においても同様である。




(論文終わり)
大人のADHDの概念や診断方法自体もまだ曖昧であり、受診したクリニックや病院で「あなたは大人のADHDだ」と診断されたが、はたして薬物療法を受けるべきかどうかは、私には何も言えない。受診した医療機関の医師と良く相談して決めていくしかないであろう。
さらに、子供時代からADHDと診断され薬物療法が施されているケースでも、引き続き薬物療法を受けるべきかどうかについても私には何も言えない。
当然、生活場面における様々な障害に関しては、利用できる社会的なサポートは必ず受けておくことが望ましい。医療機関で受けるサポート以外にも多くの重要な社会的サポートがあることを知っておくべきである。
多くの精神科医は薬物療法をやめずに続けた方がいいと言うことであろう。内服をやめることで多くの生活場面でのパフォーマンスが落ちてしまい、様々な苦労をするのであれば、あえて内服をやめる必要性はないと判断するかもしれない(内服を中断するメリットはなく、デメリットしかないという判断)。
しかし、患者はそうは考えないかもしれない。もし、生涯にわたって内服をし続けるのであれば、私はADHDを克服できたという実感を持つことなく一生を終えてしまうことになる。死ぬ時までに一度でいいからADHDを克服できたのだという実感を味わってみたい。そのためには、いつの日かは内服をやめねばならないだろう。私はいつ内服をやめたらいいのであろうか。
はたして一生涯、メチルフェニデートやアトモキセチンを内服しなければならないのであろうか。それとも、ある時期からは他の共存精神疾患の方がメインの障害となるために、特に、うつ病や双極性障害や不安障害を治療した方が適切な対処となるために、抗うつ剤やリーマスなどの薬剤に変更した方がいいのであろうか。はたまた、健常人よりも脳の成熟が遅れているのかもしれないが、遅いなりにも年を取るごとに脳が成熟していっていることを信じて、ある時期からは薬物治療には一切頼らずにADHDを克服した生活を目指していくべきなのであろうか。
そして、バークレイ博士が言うように、ADHDでは内部からの情報や自分自身の心の声(自己洞察、自制心など)に期待することは、はたして不可能なのであろうか。
私はそうは思わない。私は、ADHDは自分の力で克服していけるものだと信じている。映画「ザ・マスター」のようなマスターは要らない。ADHDを克服するためのマスターはあなた自身であるべきである。自分自身がADHDであることを受け入れて、ADHDの特性をよく理解して、自分にはそのような特性があるのだと強く自覚して生きていけば、ADHDの特性は自然に少しづつ修正されていくように思える。自分のADHDとしての特性に少しでも早く気付くことが何よりも重要なことではなかろうか。
ADHDでも瞑想の効果が示されており(↓)、瞑想といった精神内界に働きかける方法が有効であるならば、ADHDの症状をセルフコントロールすることも必ず可能なはずである。
ADHDでも瞑想の効果が示されており(↓)、瞑想といった精神内界に働きかける方法が有効であるならば、ADHDの症状をセルフコントロールすることも必ず可能なはずである。
http://cdn.intechopen.com/pdfs/28248/InTech-Adhd_and_stress_the_role_of_meditation_to_reduce_stress_and_improve_brain_function_and_behavior_regulation.pdf
私は、大事なことを忘れやすいし、気が散りやすいし、集中が外部の刺激によってすぐに中断されてしまうし、軽はずみな行動を取り易いし、感情が不安定で怒りっぽく、些細なことでイライラし易いし、緊張し易く、私生活でも緊張が取れないからリラックスするために酒をすぐに飲んでしまいがちになる、といったことを自覚して生きていけば、必ず、今そうなっているのだと気付く時があるはずである。
さらに、成熟した大人の防衛機制を身に付けていくことも、きっと役に立つはずである(関連ブログ2013年5月10日 成熟したレベル4の防衛機制)。
喋りたくなっても「沈黙は金なり」という名言を思い出して我慢したり、楽しいと思っても、これは軽はずみな行為だからやめようと自らブレーキを踏んだり(世界遺産に落書きをして強制送還された大人や、遊園地でふざけて大騒ぎをして逮捕された大学生や、アイスクリームのショーケースに入った写真をネットにアップロードして解雇されたアルバイト店員はADHDなのかもしれないが)、周囲に気づかれずにそっと耳栓をしたり、大事なことを忘れないようにメモを取ったり、休憩してリフレッシュに努めてみたり、イライラするようなその場を離れてみたり、カッっとなってしまったら「寛容の心を忘れるな」と自分自身に言い聞かせ(『あなたを傷つけたいと思っている敵に出会ったら、それを忍耐や寛容を覚えるよい機会だと考えましょう』ダライ・ラマ14世)、といったことで、その場面をその都度乗り切っていけば、いつの日にか気がついた時にはADHDの特性が大幅に修正されていたと実感できる日が来ることを信じたい。その時こそがADHDを克服した瞬間である。
私は、大事なことを忘れやすいし、気が散りやすいし、集中が外部の刺激によってすぐに中断されてしまうし、軽はずみな行動を取り易いし、感情が不安定で怒りっぽく、些細なことでイライラし易いし、緊張し易く、私生活でも緊張が取れないからリラックスするために酒をすぐに飲んでしまいがちになる、といったことを自覚して生きていけば、必ず、今そうなっているのだと気付く時があるはずである。
さらに、成熟した大人の防衛機制を身に付けていくことも、きっと役に立つはずである(関連ブログ2013年5月10日 成熟したレベル4の防衛機制)。
喋りたくなっても「沈黙は金なり」という名言を思い出して我慢したり、楽しいと思っても、これは軽はずみな行為だからやめようと自らブレーキを踏んだり(世界遺産に落書きをして強制送還された大人や、遊園地でふざけて大騒ぎをして逮捕された大学生や、アイスクリームのショーケースに入った写真をネットにアップロードして解雇されたアルバイト店員はADHDなのかもしれないが)、周囲に気づかれずにそっと耳栓をしたり、大事なことを忘れないようにメモを取ったり、休憩してリフレッシュに努めてみたり、イライラするようなその場を離れてみたり、カッっとなってしまったら「寛容の心を忘れるな」と自分自身に言い聞かせ(『あなたを傷つけたいと思っている敵に出会ったら、それを忍耐や寛容を覚えるよい機会だと考えましょう』ダライ・ラマ14世)、といったことで、その場面をその都度乗り切っていけば、いつの日にか気がついた時にはADHDの特性が大幅に修正されていたと実感できる日が来ることを信じたい。その時こそがADHDを克服した瞬間である。
当然、ライフスタイルには注意が必要である。すぐに効果は出ないであろうが(バークレイ博士は効果はないと言ってはいるが)、食事でDHAなどの脳の髄鞘化を促進してくれる物質や抗酸化物質の補給を心がけていくのが自覚をなくさぬ上でも良いことであろうし(健常人よりも遅れている脳の髄鞘化は必ず促進されるはずだから)、特に、飲酒に関しては要注意である。緊張をほぐしリラックスする目的でアルコールを毎日飲むことはやめ(アルコールや薬物以外のリラックスする方法を身に付ける必要がある)、深酒をしないように注意し、例えば、宴会で上司から酒を進められても、言う通りにどんどん飲まないことである。必ず宴会の席で酔いつぶれて失敗をしでかすことになろうから。
「私は悪酔いして何度もアルコールで失敗したから、アルコールは少ししか飲まないことに決めているんです。それが親や妻との約束なんです。」と、失敗へと誘惑するような他者からの誘いを断る勇気を持ち(酒をもっと飲め飲めと安易に進めるような人物は、たとえ上司であってもそんな人物からは嫌われたっていいじゃないか)、もし、「何だ!!俺の酒が飲めないのか」と上司に怒って絡まれたら、「私は親や妻との約束を守る方が大事なんです」と退席すればいいのである。周囲の者はきっとあなたの行動を支持することであろう。さらに、できることなら禁煙し、不要なものを衝動買いする傾向があるから、物を買う場合は、たとえ安い買い物であっても、いつでも、「このお金を使うことは、死に金か、生き金か」を自分自身に問うことを習慣付け、自動車を運転中に制限速度はるかに超えたようなスピードを出したくなっても「急がば回れ」と自分自身に言い聞かせてスピードを出すことはやめて、・・・・といった地道なセルフコントロールを心がけていけば、きっといつの日にか「私はADHDを克服できたのだ!!」と思える日が来ることであろう。
「私は悪酔いして何度もアルコールで失敗したから、アルコールは少ししか飲まないことに決めているんです。それが親や妻との約束なんです。」と、失敗へと誘惑するような他者からの誘いを断る勇気を持ち(酒をもっと飲め飲めと安易に進めるような人物は、たとえ上司であってもそんな人物からは嫌われたっていいじゃないか)、もし、「何だ!!俺の酒が飲めないのか」と上司に怒って絡まれたら、「私は親や妻との約束を守る方が大事なんです」と退席すればいいのである。周囲の者はきっとあなたの行動を支持することであろう。さらに、できることなら禁煙し、不要なものを衝動買いする傾向があるから、物を買う場合は、たとえ安い買い物であっても、いつでも、「このお金を使うことは、死に金か、生き金か」を自分自身に問うことを習慣付け、自動車を運転中に制限速度はるかに超えたようなスピードを出したくなっても「急がば回れ」と自分自身に言い聞かせてスピードを出すことはやめて、・・・・といった地道なセルフコントロールを心がけていけば、きっといつの日にか「私はADHDを克服できたのだ!!」と思える日が来ることであろう。
大人のADHD。しかし、余りにもデータが少ない。概念が確立するのは、まだ、先のことであろう。