ADHD

あなたは大人のADHDと診断されたが、・・・(その4 神経心理障害の特徴と治療)


(前回の続きである。今回で大人のADHDについてはようやく最後となる。バークレイ博士の講義はあまりにも長いので訳している最中に嫌になったのは確かである。このブログを読んでいる方々も嫌になったことであろう。しかし、これだけ読めば、大人のADHDについては十分に理解できたはずである。)

神経心理機能の障害
Neuropsychological Functioning. 

 成人のADHDではタスク処理やインデックスソートなどの遂行機能における神経心理機能の障害を有する所見がある。遂行機能は、抑制inhibition、気が散ることへの抵抗(干渉への制御)resistance to distraction(interference control)、言語的・非言語的ワーキングメモリー、言語的・非言語的流暢性fluency (verbal and nonverbal)、時間感覚、時間使用、計画性、その他などが含まれる。計画性を除いて、これまでの研究では全ての遂行機能が障害されていることが分かっている。UMassスタディでは、持続パフォーマンス試験(持続処理課題、continuous performance test、CPThttp://www.mdd-forum.net/adhd_cpt.htmlhttp://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/6159/1/KU-1100-20070700-05.pdf)における省略エラー(omission errors)の多さと反応時間の易変性(reaction time variability)の多さが成人のADHDで明らかになった。この所見は、成人のADHDの不注意に関するこれまでの調査結果と一致していた。
CPT












 
 お手つきエラー(errors of commission)は、成人のADHDグループは対照群よりも多かったが、特異的な所見ではないように思えた。臨床的には不注意が成人のADHDを特定する唯一の基準ではあるが、反応時間の易変性(不注意)お手つきエラー(抑制阻害)の2つが、ADHDグループと対照群とを区別するベストなCPT所見であることが分かった。最近の研究では、反応時間の易変性が成人のADHDに特に関係しているのではと考えられており、正常範囲内の者では殆ど示されないような警戒度合vigilance(覚醒度合?)に関連した異常なエラー・パターンがADHDにおける特徴的な所見だろうと考えられている。反応時間の易変性は、成人のADHDの行動遺伝子の神経画像研究における有益な表現型であると著者らは推奨している。

(注; お手つきだけでなく、反応時間がバラバラなのが大人のADHDなのである。大人のADHDは百人一首でトレーニングすると良いのかもしれない。百人一首の上達と伴にADHDの遂行機能障害に起因するような仕事上のミスも減っていく可能性があるのではと私は考えている。) 
 
 UMassスタディやミルウォーキー・スタディでは、干渉への制御や気が散ることへの抵抗がストループ・単語・色彩タスク、Stroop Word-Color Taskを使って評価される。(http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/107269/1/18804306_61...http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E5%8A%B9%E6%9E%9C)。成人のADHDではこのタスクが障害されていることが判明した。しかし、UMassスタディでは、これらの違いはADHD群とコミュニティ・グループの間にだけ存在した。このような所見は、抑制阻害はADHDにあまり特徴的ではない、少なくとも、大人のADHDでは抑制阻害は特徴的ではないことを示唆する。(注; お手つきは誰にでもあるように思えるが)。それでもなお、ミルウォーキースタディでは、27歳時点までADHDが持続した多動児と持続しなかった多動児でも、CPTにてこの障害があることを検出した。
ストループ効果







 これまでの研究では、ADHDに確実に関係していると思われるウィスコンシン・カード分類課題 Wisconsin Card Sort Task WCST(
)では、ADHDの児童でも成人でも障害が存在していることは検出できなかった。著者の調査でも、WCSTにおけるグループの間の違いは明らかにはならなかった。この所見は、反応の柔軟性やセット移動はADHDの大人では障害されていないことを意味する。

 これまでの研究では大人のADHDの流暢性やジェネgenerativity(生産性?、http://shift-inc.co.jp/gtl/generativity/)に関しては調査されていない。主に言葉の流暢性が調べらており結果は様々であった。デザインdesign(描画?)や非言語的な流暢性を調べた1つの研究では、課題への固執反応perseverative responses(http://www.hosei.ac.jp/bungaku/museum/html/kiyo/55/articles/yoshimura_chida.pdf)に関する大きな問題が存在することが明らかになった。著者らもデザインと流暢性を調べた。UMassスタディでは、タスクへの反応の少なさを成人のADHDにおいて見出した。ミルウォーキー・スタディでは、成人のADHDで子供時代からのADHDが持続している否かに係らず、このテストでの障害を有していることが判明した。しかし、著者らはそれ以上の有意な所見は見出せなかった。既にADHDの診断基準を満たさないような場合でも、非言語的な流暢性に関するある種の障害が成人のADHDに関係している場合がある。

 成人のADHDのこれまでの研究で最も信頼できる神経心理機能の調査結果は、数字桁スパン課題digit span tasksによってインデックス化された時に示される言語性ワーキングメモリーの障害である(http://minakata-science.com/?p=119http://osaka.hus.osaka-u.ac.jp/endo/pdf/20110618EndoKaori.pdfhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AA)。数字桁スパン以外の言語性ワーキングメモリー課題を使用した過去の研究の結果がADHDにおける言語学習の問題を複雑にしてしまっている。著者らの調査で示された成人のADHDにおける数字桁スパン課題の障害は、これまでの研究結果を支持し、この障害に比較的特有な所見である。もはやADHDのレベルではないと診断されても、子供時代からフローアップされた成人のADHDでは、言語性ワーキングメモリの障害を有し続けていることがミルウォーキースタディにて判明した。
Digit span test
















 著者らは、UMassスタディにて、言語性と非言語性の学習と記憶課題の広範囲なバッテリーを使用した。しかし、即時言語学習の障害がある証拠や、パラグラフ(文章の節や段落)、単語リスト、単語ペア学習のようなタスクでの想起障害がある証拠は見い出されなかった。しかし、著者らは、大人のADHDでは時間を超えた時の情報の保持障害があることを見出した。すなわち、いくつかのタスクを行なわなければならなかった後で、何をすべきだったかを思い出すことが大人のADHDでは障害されていることを見出した。これらの保持問題は自由再生でさらに明白となった。そして、手掛かりcueing(ヒント?)によって改善された。これらの障害は、ADHDの児童で示されており、大人のADHDでも言語性ワーキングメモリーの障害は存在しており、これは大人のADHDにおいて特徴的な所見である。
 
(注; 備忘録にメモしておいたり、「to do list」などをパソコンに表示しておいたり、リマインダーで音が鳴るように設定しておくなどの工夫をしている大人も多いだろう)。

 要約すると、大人のADHDは、特殊な遂行機能 EFの障害と関連している。これらは、不注意抑制(干渉への制御)、非言語性ワーキングメモリーとデザイン流暢性で最もよく検出されるであろう。しかし、言語学習、即時想起、セット移動、タワープランニングtower planning(ハノイの塔のような課題?)における障害は明白ではない。
ハノイの塔









(注; 囲碁や将棋もADHDを克服する良いトレーニングになるかもしれない。百人一首もそうであるが、日本古来のゲームは集中力やワーキングメモリーを養いADHDを克服する上で役に立つゲームが多いように思える。私の小さい頃はそういったゲームで良く遊んだ。軽はずみな手を打つことを避け、自分が打った手の先を深く読むようなゲームで遊んでいるうちに、自然とADHDの障害が克服されていく可能性があるのかもしれない。西洋には元々そういったゲームは少ないし、日本の今の子供達もそういった日本古来のゲームで遊ばなくなったことも大人でのADHDを増やしているのかもしれない。)

 しかし、上で示されたこれらの調査結果は、対照群などのグループとの比較による神経精神的なテストでの結果である。個人レベルで分析では、成人のADHDの少なくとも半数の者は、これらのいろいろなテストを十分に実行することができる (Barkley、Fischer、2011年。Barkley、Murphy、 2010年、2011年)。何人かの研究者は、ADHDは遂行機能障害が存在する疾患ではなく、遂行機能障害は一部のADHDの患者に存在するだけであると結論した。この問題の背景には、EFテスト(遂行機能テスト)がEF(遂行機能)を評価するためのゴールドスタンダートになってしまっている問題がある。この仮説は、EFテストの妥当性は低く、EFテストは生活領域(遂行機能も結果的にはその領域の一部に含まれるが)における障害を予見するものではないという正当な批判に基づくものである(Barkley、2012年a)。

 さらに、EFテストでは、ADHDの解決すべき社会的な問題の存在までは捕えきれないし、自然な設定の中で使用されるようなEFをも評価できない(Barkley、2012年a)。著者らが作成した評価尺度は、従来のEFテスト・バッテリーより優れており、日常生活における妥当性のあるEFインデックスを提供できることが示された(Barkley、2012年a)。著者らのEF評価尺度では、成人のADHDの大部分が障害域に位置しており、成人のADHDは遂行機能の障害であると結論を下すことができる(Barkley、Fischer、2011年。 Barkley、Murphy、2010年、2011年)。したがって、医師がADHDを持った大人のEFを評価したければ、従来のEFテストを使用するよりも、著者らが作成したEF評価尺度を使用する方が妥当性のある予測結果を得ることができるであろう(著者らのEF評価尺度を使用することをお勧めしますと言いたいようだ。↓)。
http://www.amazon.com/Barkley-Deficits-Executive-Functioning-Adults/dp/1606239341
 
治療との関わり
Treatment Implications

(注; この章は大幅に割愛した部分がある。なぜならば、子供時代に一切気付かれることがなく、大人になって初めてADHDだと診断されたケース自体の調査が不十分であり、統一した見解はなく、この著者が述べていることが全て適切かどうかもまだ不明であるからである。著者が重要だと強調した部分だけをピックアップして要約して記載することにした)

treatment of ADHD1












 

 まず、著者は、(1)子供時代からADHDと診断されて大人時代までフォローアップされていたケースと、(2)大人になって初めてADHDと診断されたケースのその病状違いを理解しておき、ケースごとの適切な対処法を心掛けるべきであると力説している。

 (2)のケースでは、まず共存精神疾患(うつ病、不安障害、薬物使用障害など)が問題となり、共存する精神疾患の治療を優先した方がいいと思える場合が多々ある。しかも、共存疾患によって薬物療法も心理療法も複雑になりがちである。薬物療法は共存疾患があるため、どうしても多剤併用になってしまう傾向がある。ADHDへの治療薬は抗うつ効果はなく、うつ病の共存に対しては抗うつ剤の併用が必要となる。しかし、アトモキセチンは不安を軽減することもあり、共存疾患が不安障害のみならば、アトモキセン単剤で対応できるかもしれない。著者らは長時間作用型の刺激剤(メチルフェニデート)の使用を(2)のケースでも推奨している。これによって、日常生活の多くの場面(家庭内での責任を果たす、就労、育児、セルフケア、など)での障害が緩和されることであろうと述べている。そして、場合によっては即時放出タイプの薬剤(アンフェタミンのプロドラッグであるVyvanseのことか?)の併用も必要になるかもしれないとしている。

 なお、心理療法としては認知行動療法CBTがADHDだけでなく、共存疾患にも推奨される。としている。

 薬物使用障害が共存していれば、薬物の解毒プログラムとリハビリテーションプログラムが必要となる。その際にはADHDの特徴を無視することなくプログラムを組むことが重要である。ADHDの特性(自己制御の困難さと遂行機能の障害など)を無視したような解毒プログラムやリハビリテーションプログラムでは失敗に終わることであろう。反社会行動への対応も同様であり、ADHDとして治療や介入がなされるべきである。ADHDの治療薬を併用することで、薬物使用の再使用や反社会行動を繰り返すリスクは減少するデータがあるため、ADHDの治療薬を併用することを著者らは推奨している。

 一方、ADHDの治療薬は金銭管理の問題(衝動買い、など)にも良い影響を与えるだろうと述べている。危険運転もADHDの治療薬(メチルフェニデートやアトモキセチン)で減るデータがあると著者ら述べており、ADHDの治療薬の使用を推奨するような表現となっている(日本国内では、そのような薬剤を飲んで運転することは避けなければならないと逆に勧告されており、アトモキセチンを内服しながら自動車を運転することは制度上は不可能である)。また、ADHDの治療(薬)にて、不注意な妊娠のリスクや乱れた性行為によって性病に感染するリスクも減ると述べている。

 もし、職業が障害されているのであれば、(アメリカの制度では)、サポートプログラムとして何らかの職業訓練施設を利用できるように手助けをしなければならない。教育の継続においてもサポートプログラムを同様に受けるべきである。それらの制度を利用することは薬物療法よりも効果や有益性が大きいと著者は述べている(日本には大人のADHD専用の職業のサポートプログラムはまだない)。

 もし、子供がいるような(2)のケースには、ADHDは家族間での遺伝性が高い疾患であるため、その子供にADHDやODDなど存在していないかどうかの評価をしておくことが重要となる。なぜならば、子供がADHDやODDであると、親の育児のストレスが増大し虐待が生じやすくなるであろうし、親の不注意によってネグレクトなどの問題も生じやすくなるからである(パチンコに夢中になって車の中に幼児を放置して熱中症で死なせてしまうような親はADHDだと私は思っている)。ここで問題となることは、ADHDの親は、親が行うADHDの子供への行動管理プログラムをうまく行えない傾向を有する。行動管理プログラムを指導するだけでは不十分であり、ストレスマネジメントなどのカウンセリングを行うことが大切になると述べている。さらに抑うつ(うつ病)が共存していないかもチェックしておく必要がある。抑うつ(うつ病)が存在すれば、ストレスはさらに強まりうまく育児にうまく対処できなくなるからである。さらに、夫婦間の不仲にも注意が必要である。

 なお、特定の領域のスキルトレーニングプログラムは大人のADHDでは殆ど効果がないと著者は述べている(逆に、大人のSCTでは効果がある)。大切なことは、何をするべきではなくて(スキルを上げることではなく)、何を知っているかであり、自分自身のADHDの特性について良く知る方がパフォーマンスは改善されていくだろうとバークレイ博士は述べている。さらに知識よりも大切なことは、彼らはスキルが劣っている訳ではなく、タイミングが悪く、時間をかけずに行動してしまうことが問題なのであり、それを修正した方が良いということである。大人のADHDのパフォーマンス中の良いタイミングでの周囲からの指導や支援であり、時間をかけて決断したり行動することを自然な設定の中で周囲が指導し支援していくことである。

 著者らは大人のADHDの自己管理management of ADHD in adultsとしてのあるべき姿を次のように要約している(注;非常に分かりづらい表現であったため大幅に意訳してある)。

1: もし、ADHDでは、脳の内部の情報によって行動を制御するプロセス(ワーキングメモリー、行動の内省)が遅れてしまうのであれば、その情報を外部化(“externalizing”)することによってアシストするのがベストであろう。行動の制御の遅れを防ぐには、パフォーマンス中に情報が物理的に準備されて提示されていることが必要になる。その際に、秘匿情報や個人情報は刺激への制御の源としては弱いため、情報は公然なものと化して、皆が知っているものになっていれば、その情報によって行動は強くアシストされて制御されることであろう。

2: ある時間以内に時間を超えて個人の行動を統合することができないことはADHDの究極の障害の1つである。ADHDは近視のままで時計を見て時刻を知ろうとするような障害である。ADHDの個人の行動は、一時的に時間に対して近視状態となってしまうことで、時間の流れや未来の出来事の予測に関する内部からの情報提示は参照されずに、間近な出来事や一時的で即時的な内容に過ぎないものに支配されている。この概念はなぜADHDの大人がそのような短絡的な決定をするのかを理解する上で役にたつ。彼らは時間に対しては近視なのである(健常者よりも未来の姿や未来の結果を予想する能力に劣る)。もし、未来の出来事を殆ど考慮しなければ、その行動によってどのような結果を招くかということは考えないで、即座に報酬を得ることや、そのような苦境や不利な環境からすぐに逃げ出すことを優先してしまう行動を取るだろう。ADHDの近視的な行動は、時間の流れの隙間を少なくしたり埋めてくれるような外部からの情報や、他者からの今と未来のギャップを埋めてくれるような援助(助言、指導)によってアシストされることであろう。

(注; 映画「ザ・マスター」のマスターが主人公に対して行おうとしていたことは、この時間の流れのギャップを何とか埋める能力を身に付けさせようとアシストしていたことのように思える。主人公の未来への時間とのギャップだけでなく、過去の時間とのギャップまでをもマスターは埋めようとした。大事なことを忘れてしまい易い大人のADHDは未来だけでなく過去との時間のギャップも同時に存在するのかもしれない・・・)

3: ADHDの障害が内部にあると仮定すれば、適切なゴールへと方向付けされた行動を取れるようにするための必要な動機づけの源は外部に求められるべきである。例えば、パフォーマンスの最中に、パフォーマンスのゴールを目指した行動を可能にするような人工的な印や報酬を準備しておく必要があるのかもしれない。そのような人工報酬プログラムは、身障者が使用する四肢の装具のように、ADHDの子供においては、通常ならば困難なタスクを効率的に実行することを可能にすることであろう。ADHDの子供は動機付けの障害があるため、そのような動機付けの人為的な補助が必要不可欠である。

4: 上記の考察からは、医師は、パフォーマンス中に行動的な介入を必要としないような大人のADHDへの多くの介入を拒否すべきである(いちいち本人の行動に付き添って介入することまでは必要としない。本人に任せておくしかない。)

 この理論は、ADHDの管理へのもう一つの可能性を示唆している。それは、行動抑制の神経心理学的な欠損が改善することで、抑制に依存しているような遂行機能も改善する可能性があることである。

 刺激剤であるメチルフェニデートや非刺激剤であるアトモキセチンは、前頭前皮質の神経伝達物質を改善し、前頭前皮質と関連した神経回路を正常化する。その結果、抑制に関与する前頭前皮質の機能が改善され、遂行機能が改善する。これまでの調査では、行動の改善は75~92%に認め、平均して約50~60%のADHDで行動が正常化したことが分かっている。あくまで脳に薬剤が作用している間の一時的な作用ではあるが、現在唯一利用できるADHDへのマネージメント手段である。

 (なお、著者はω3脂肪酸は効果がないとしている。いずれにせよ、薬を飲んだだけではEFに関する神経回路が作られていく訳ではなく、トレーニングをしながらEFの神経回路を作り上げていきEFを強化していくことが重要なのであろう)。

 教育や職場で遵守しなければいけない行動のルールを外部化しておけば、成人のADHDでは行動を制御できることあろう。ルールは掲示するなどの方法で外部化することができるし、大人であれば何度も掲示物などの外部化された情報を参照することができる。こういったちょっとした工夫によって内部からの情報は外部化されて、大人のADHDの行動を適切なものに導くことができるようになる。さらに、タスクが完了するまでの時間のギャップを可能な限り小さくすることが重要である。いきなり大きな期限を設定してタスクの完了期間を指示するのではなく、ゴールである最終目標までに到達するステップを小さく区切り区切りごとに目標を設定し、区切りごとに外部化して必要な情報を提示し、区切りごとにフィードバックをかけていくことが必要となる。モチベーションを維持する上でも情報の外部化が必要である。ADHDでは内部からの情報(自己洞察など)を期待してはダメである。ルール、ゴール、目的など、外部化できるものは努めて外部化しないと、ADHDの行動はいつまでも修正されることはないであろう。これは糖尿病などの他の慢性疾患での管理や支援においても同様である。
managing ADHDPsychosocial treatmentExperimental psychosocial treatmentQuestionable Therapies




















































 

(論文終わり)


 大人のADHDの概念や診断方法自体もまだ曖昧であり、受診したクリニックや病院で「あなたは大人のADHDだ」と診断されたが、はたして薬物療法を受けるべきかどうかは、私には何も言えない。受診した医療機関の医師と良く相談して決めていくしかないであろう。

 さらに、子供時代からADHDと診断され薬物療法が施されているケースでも、引き続き薬物療法を受けるべきかどうかについても私には何も言えない。
 
 当然、生活場面における様々な障害に関しては、利用できる社会的なサポートは必ず受けておくことが望ましい。医療機関で受けるサポート以外にも多くの重要な社会的サポートがあることを知っておくべきである。
 
 多くの精神科医は薬物療法をやめずに続けた方がいいと言うことであろう。内服をやめることで多くの生活場面でのパフォーマンスが落ちてしまい、様々な苦労をするのであれば、あえて内服をやめる必要性はないと判断するかもしれない(内服を中断するメリットはなく、デメリットしかないという判断)。

 しかし、患者はそうは考えないかもしれない。もし、生涯にわたって内服をし続けるのであれば、私はADHDを克服できたという実感を持つことなく一生を終えてしまうことになる。死ぬ時までに一度でいいからADHDを克服できたのだという実感を味わってみたい。そのためには、いつの日かは内服をやめねばならないだろう。私はいつ内服をやめたらいいのであろうか。

 はたして一生涯、メチルフェニデートやアトモキセチンを内服しなければならないのであろうか。それとも、ある時期からは他の共存精神疾患の方がメインの障害となるために、特に、うつ病や双極性障害や不安障害を治療した方が適切な対処となるために、抗うつ剤やリーマスなどの薬剤に変更した方がいいのであろうか。はたまた、健常人よりも脳の成熟が遅れているのかもしれないが、遅いなりにも年を取るごとに脳が成熟していっていることを信じて、ある時期からは薬物治療には一切頼らずにADHDを克服した生活を目指していくべきなのであろうか。

 そして、バークレイ博士が言うように、ADHDでは内部からの情報や自分自身の心の声(自己洞察、自制心など)に期待することは、はたして不可能なのであろうか

 私はそうは思わない。私は、ADHDは自分の力で克服していけるものだと信じている。映画「ザ・マスター」のようなマスターは要らない。ADHDを克服するためのマスターはあなた自身であるべきである。自分自身がADHDであることを受け入れて、ADHDの特性をよく理解して、自分にはそのような特性があるのだと強く自覚して生きていけば、ADHDの特性は自然に少しづつ修正されていくように思える。自分のADHDとしての特性に少しでも早く気付くことが何よりも重要なことではなかろうか。

 ADHDでも瞑想の効果が示されており(↓)、瞑想といった精神内界に働きかける方法が有効であるならば、ADHDの症状をセルフコントロールすることも必ず可能なはずである。
http://cdn.intechopen.com/pdfs/28248/InTech-Adhd_and_stress_the_role_of_meditation_to_reduce_stress_and_improve_brain_function_and_behavior_regulation.pdf

 私は、大事なことを忘れやすいし、気が散りやすいし、集中が外部の刺激によってすぐに中断されてしまうし、軽はずみな行動を取り易いし、感情が不安定で怒りっぽく、些細なことでイライラし易いし、緊張し易く、私生活でも緊張が取れないからリラックスするために酒をすぐに飲んでしまいがちになる、といったことを自覚して生きていけば、必ず、今そうなっているのだと気付く時があるはずである

 さらに、成熟した大人の防衛機制を身に付けていくことも、きっと役に立つはずである
関連ブログ2013年5月10日 成熟したレベル4の防衛機制)。

 喋りたくなっても「沈黙は金なり」という名言を思い出して我慢したり、楽しいと思っても、これは軽はずみな行為だからやめようと自らブレーキを踏んだり(世界遺産に落書きをして強制送還された大人や、遊園地でふざけて大騒ぎをして逮捕された大学生や、アイスクリームのショーケースに入った写真をネットにアップロードして解雇されたアルバイト店員はADHDなのかもしれないが)、周囲に気づかれずにそっと耳栓をしたり、大事なことを忘れないようにメモを取ったり、休憩してリフレッシュに努めてみたり、イライラするようなその場を離れてみたり、カッっとなってしまったら「寛容の心を忘れるな」と自分自身に言い聞かせ(『あなたを傷つけたいと思っている敵に出会ったら、それを忍耐や寛容を覚えるよい機会だと考えましょう』ダライ・ラマ14世)、といったことで、その場面をその都度乗り切っていけば、いつの日にか気がついた時にはADHDの特性が大幅に修正されていたと実感できる日が来ることを信じたい。その時こそがADHDを克服した瞬間である。

 当然、ライフスタイルには注意が必要である。すぐに効果は出ないであろうが(バークレイ博士は効果はないと言ってはいるが)、食事でDHAなどの脳の髄鞘化を促進してくれる物質や抗酸化物質の補給を心がけていくのが自覚をなくさぬ上でも良いことであろうし(健常人よりも遅れている脳の髄鞘化は必ず促進されるはずだから)、特に、飲酒に関しては要注意である。緊張をほぐしリラックスする目的でアルコールを毎日飲むことはやめ(アルコールや薬物以外のリラックスする方法を身に付ける必要がある)、深酒をしないように注意し、例えば、宴会で上司から酒を進められても、言う通りにどんどん飲まないことである。必ず宴会の席で酔いつぶれて失敗をしでかすことになろうから。

 「私は悪酔いして何度もアルコールで失敗したから、アルコールは少ししか飲まないことに決めているんです。それが親や妻との約束なんです。」と、失敗へと誘惑するような他者からの誘いを断る勇気を持ち(酒をもっと飲め飲めと安易に進めるような人物は、たとえ上司であってもそんな人物からは嫌われたっていいじゃないか)、もし、「何だ!!俺の酒が飲めないのか」と上司に怒って絡まれたら、「私は親や妻との約束を守る方が大事なんです」と退席すればいいのである。周囲の者はきっとあなたの行動を支持することであろう。さらに、できることなら禁煙し、不要なものを衝動買いする傾向があるから、物を買う場合は、たとえ安い買い物であっても、いつでも、「このお金を使うことは、死に金か、生き金か」を自分自身に問うことを習慣付け、自動車を運転中に制限速度はるかに超えたようなスピードを出したくなっても「急がば回れ」と自分自身に言い聞かせてスピードを出すことはやめて、・・・・といった地道なセルフコントロールを心がけていけば、きっといつの日にか
「私はADHDを克服できたのだ!!」と思える日が来ることであろう。

 大人のADHD。しかし、余りにもデータが少ない。概念が確立するのは、まだ、先のことであろう。

あなたは大人のADHDと診断されたが、・・・(その3 診断上での注意点。障害されうる生活領域の詳細)


Life cycle in ADHD












(前回の続きである)

診断の決定: 臨床上の判定の役割
Determining the Diagnosis: The Role of Clinical Judgment

 既に述べたように、ADHDの診断では発症年齢を正確に判定する必要はない。 DSM-5では12歳以前となったが、著者は、発症年齢は16歳以前とすることを推薦する。 さらに、親、兄弟、配偶者/パートナーなどの第三者からADHDの症状の確認をすべきである。診察をする医師は、患者自身の報告が現実的であり信憑性を有するかを判断する必要がある。厳密に診断基準を満たしていなくても、患者の自己申告(セフルレポート)だけでは、ADHDと診断されてしまうことがある。自己申告だけに基づく診断ではADHDの診断は保証されない。不安障害やうつ病など他の障害によって注意力が阻害されてしまうようなケースで、子供時代からのADHDの主要な症状を有さないようなケースは、自己申告だけではADHDとの鑑別はできない。

 患者の自己申告だけで判断してはいけない理由を以下に示す。まず1つ目は、自己申告では、ADHDのような症状は、別の診断の疾患によって説明できる場合があるからである(例えば、気分変調症、うつ病MDD、不安、薬物乱用、夫婦の問題、ストレス、など)。別の診断の可能性を吟味することは、単に評価尺度だけでは、さらに、自己申告の情報だけでは見落されてしまうため、大人のADHDの診断では必要な条件である。これは、鑑別診断についての臨床的判断と知識が必要であり、自己申告だけに頼る思慮のない判断アルゴリズムでは不可能である。
ADHD MDD DD











 

 2つ目は、患者が提示する症状や関連障害は臨床医が重要であると認識しない恐れがあるからである。DSMの診断基準では、症状は発達障害であり、それが現在の障害となっていることが必要である。発達障害と現在の障害の双方が臨床判断に関わってくる。 例えば、患者は18の症状のうち14症状を申告したかもしれないが、申告された症状は臨床的に取るに足らないと判断されて、臨床的に重要な障害をもたらす程の影響は軽微であったし存在しないと判断された。同様に、別の患者では、実際に障害は有しておらず、ただ、仕事でのポテンシャルが上がっていない、成功できていない、効率よく行えていないという自己認識によるものだったと判断された。言い換えると、彼の自己申告には発達障害の証拠はなかった。訴えている行動は実際の症状(異常)ではなく、訴えている障害は機能を阻害している訳でもなく、結果的に平均以下だが機能はしていると判断された。
 
 ADHDの診断では社会や日々の生活における適応が障害されているという確認が重要であり必要となるのだが、例えば、2例目のケースでは、報告された症状にも係らず、学校での問題はなかったし、以前に精神科の治療を受けてはいなかったし、学校時代や社会に出てからの障害者施設の利用もなかったし、幸せに結婚しており、職業的な障害も示していなかったため、ADHDであるという確認には至らなかった。あるケースでは、受診をする前に、大人のADHDに関する本を読むか、大人のADHDのマスコミの報道を見て、自分自身がADHDの障害を持つと思い込み、自己診断をしており、「ADHDと診断されたい」人だと言えるかもしれない。要約すれば、ADHDの診断の要件を満たすには、主要な生活活動において実際に機能障害をもたらしたADHDの症状が明らかに存在していなければならない。

 3つ目は、ADHDという診断をするためには、症状が幼児期や青春期に始まり、慢性(持続性)で広範囲にわたるADHDの症状と、明らかにADHDに起因していると思える障害、といった説得力のある証拠が存在していることを確認する必要がある。医師は、単なる自己申告の症状の数や、判断(確認)の伴わないアルゴリズムだけに従って障害についての記録をしてはならない。ある種の患者には障害に関しての知識がないのは明らかである。たとえば、患者は明確に存在するある種の大きな障害を有することを否定したかもしれないが、生活歴や学業成績を詳細に調べることによって、学業の到達度、地域社会での行為、仕事でのパフォーマンス、社会での人間関係、責任を果たせねばならない日々の重要な管理事項において困難さがあったことを示すかもしれない。しかし、患者はその困難さを障害から生じたこととして考えるよりも、「単に学校が嫌だっただけだ」と述べるかもしれないし、仕事も、友人も、パートナーも、他のことも嫌いだっただけだと述べるかもしれない。

 最後に、幼年期か青春期の間のうちに症状が形成されて障害を生じたのだという説得力のある証拠がなければならない。 患者への発症に関する質問が行われる際に、既に説明した内容から推測すれば、患者は正確な発症時期を述べるのは困難であろう。 患者はこのように表現することだろう、「私が思い出すことができる限り」、「常に」、「いつまでも」、などと。他の患者では、幼少時期の記憶の乏しさの証拠がある。彼らは医師に他の情報を思い出して提供したとしても、彼らはいつ最初に問題に気づいたかを思い出すことができない。さらに、ある患者は学業成績の調査などから障害は高校時代に始まったと言うかもしれない、もっと早い時期に始まったことが明白であっても。従って、患者の自己申告での認識と、全ての情報に基づいた医師による発症時期の同定との間に大きな相違が存在することが分かるであろう。

 大人のADHDの診断をする際には、このような問題の全てに留意すべきである。 DSM-5は成人のADHDを診断をする上で大雑把なガイドラインを提供しているに過ぎないと考えるべきであり、成人の場合では他のガイドラインを適切に組み合わせて正しく判断することが必要である。成人のADHDを評価をする上で有用だと思われるインタビューと評価尺度に関しては、Kevin Murphyと著者による臨床のワークブック (Barkley、Murphy、2006年) 、著者による成人のADHDの評価尺度の最新版(Barkley、2011年b)の特別な機能と遂行機能に関する部分(Barkley、2011年a)を参照してほしい。さらに、障害に関しては、著者の新しい障害評価尺度(Barkley、2011年c)を使用して評価することができるが、この評価尺度は今のところ成人のADHDで唯一の適切な評価尺度である。

主な生活場面での障害
Impairments in Major Life Activities

 成人のADHDへの大規模な2つの調査が行われた。UMassスタディと著者らが行ったミルウォーキースタディ(ウィスコンシン州)である。UMass Studyは、成人のADHDと診断された148名と、他の精神障害患者97名や一般対照109名との比較調査である。著者らのミルウォーキースタディも同程度の数のサンプルと同じような手法でフォローアップされた。この両方のプロジェクトにて、成人ADHDの生活活動における機能が評価された。その結果を報告する。

 我々の結果からは、成人のADHDの全てのケースにおいて非常に明白なことがの1つある。それは、成人のADHDは生活活動において相当な障害を抱えているということである。成人のADHDは主要な生活活動のあらゆる場面で多種多数の困難さを抱えている。その事実は、この教育コースの改訂(2013年1月)までは、あまり強調はされていなかった。教育、職業、社会との関わり、性行為、異性との付き合いや結婚、育児、犯罪、薬物濫用、健康管理、ライフスタイル、金銭管理、ドライブ(交通事故)など多方面での重篤な障害を抱えていることが我々の調査で明らかになっている。 精神科クリニックに受診する他の精神疾患、例えば、不安障害、気分変調、大うつ病などの疾患よりも、その障害の度合は相当なものである。さらに、ADHDが抱えている障害は、他の発達障害の障害とは別の属性の障害である。大人のADHDの症状や障害は、一般的な精神病理学では説明できないものである。 
Adult ADHD Functional impairments











 
 
 一方、ADHDは妥当性があるような疾患ではなく、製薬会社やメンタル・ヘルスの専門家によって人為的に金儲けや利益などのために作り出された神話に過ぎず、他の障害とは異なり曖昧な概念である(ADHDなどという疾患や障害は存在しない)ということを唱える団体や人物がいるが、こういった意見はADHDと一般的な対照者との比較研究からは完全に否定されており、単なる偏見に基づく意見である。何も知らない不用心な一般市民を騙すことを意図して、非科学的、宗教的、政治的な団体から、調査結果を否定したいがために、そのような言い掛かりが一般市民へのプロパガンダとして出され続けることがある。

ADHDの障害に関するグローバル・レポート
Global Reports of Impairment.

 ADHDの症状は、疾患(disorder)に関連した行動の表現そのものである。そして疾患そのものに反映された行為によってその行動は表現される。例えば、不注意、注意散漫、衝動的な反応、多動、遂行機能不全、などである。これとは対照的に、障害(impairments)は認知・行動の表現の結果として生じる現象である。症状は個人の行為(認知/行動)であり、そして、障害はそれらの行為の結果である(転帰や社会的損失)。 障害impairmentという用語は、専門的で高い機能を有する同年齢の人との比較によるものではなく、一般人口の平均的な人の機能との比較による機能のマイナス(不足)deficitsである

 UMassスタディでは、大人のADHDは、殆どのケースで、女性との付き合いや結婚を除き、全てのドメインで障害が存在していることが判明した。成人のADHDで最も影響を受けているドメインは、教育であり、続いて、家庭内での責任、職業機能であり、女性との付き合い/結婚や社会活動は影響が少ない傾向があった。ADHDによって影響を最も受けにくいものは、クラブ、スポーツ、組織への参加といったコミュニティ活動であった。一方、ミルウォーキー・スタディ(27歳の年齢時点)では調査結果が異なっていた。金銭管理や日々の責任ある行動のように、家庭や職業のドメインが最も障害を受けていた。ADHDの児童のフォローアップでは教育の障害が一番良く自己申告されるが、大人のADHDでは自己申告されない傾向があった。クリニックを受診した大人に比べて、教育の障害はADHDを有して育った児童においてはるかに多いことが判明したので、これは興味深い所見である(注; ADHDだと親や教師から気付かれずに育った方が高学歴まで行ける可能性があるということなのかもしれない。まさに私がそうなのかもしれない)。

 著者らはレトロスペクティブなレポートから最も障害されているドメインを情報収集した。UMassスタディのADHDグループでは、教育や学校の設定が最も強く悪影響を受けており(90%以上)、次に、毎日の家の中での雑用と家庭内の責任ある行動(75%)が影響を受けていた。これらのグループでは、子供の頃の障害でも同様だった。さらに、幼児期の8つのドメインの障害が評価された。やはり、教育が他のドメインに比べて、最も影響を受けているドメインだった。ミルウォーキースタディでは、多くのドメインが障害されていると報告されいるが、特に、社会(仲間)との関係の障害が、幼児期のADHDの障害に最も関連付けらえるドメインの1つだった。
 
 著者らは、クリニックを受診した30歳以上の成人の自己申告や、その人物を良く知っておりADHDについても関心がある第三者からのレポートは障害の度合いと相関(rs=0.70~0.80)していることを見出した。現在の機能がどうか、または、幼児期がどうだったかを思い出せるかどうかにも関係しているが、30歳以上の大人の自己申告やADHDに関心がある人物からのレポートは重症度と強い関連がある。そのような場合では、ADHDとしての重症度の増加(4つ以上の症状の存在)、特に、主要な生活場面で1つ以上の障害が存在する可能性が高い。幼児期から大人までフォローアップされたケースでも、関連性は幾分低くはなってはいたが、それでもADHDの重症度は障害が広範囲に存在することと強く関連していることが示された。

他の精神疾患の共存
Comorbidity

 ADHDは他の精神疾患が共存している率が高い証拠がある。著者らの調査では、ADHDの80%以上は、少なくとも1つの他の精神疾患を有し、50%以上は2つの他の精神疾患を有し、1/3は少なくとも3つの他の精神疾患を有していた。ADHDの児童と成人でのこれまでの文献と同様に、著者らは、クリニックに受診した大人のADHDと、子供時代に多動を有していた大人のADHDには、反抗挑戦性障害oppositional defiant disorder (ODD)が高率に、次いでconduct disorder(CD)といった他の精神疾患が共存するリスクが増加することを見出した。一方、現在の成人ADHDは、特に幼少期にODDの既往歴を有していることと関連があった(私も、子供時代は大人の言うことを全く聞かない反抗的なクソガキだったのである。汗;)。
comorbidity ADHD













 大うつ病性障害MDD、気分変調症、不安障害などの内因性の精神疾患の共存は、クリニックに紹介されてくるようなADHDのケースに多い。しかし、MDDや不安障害は、ADHDではない他のケースでも共存することが多いので、ADHDに特にリンクされる訳ではない。しかし、児童や成人での疫学調査においては、それほど強い関連性ではないものの、ADHDとうつ病と関連性が見出されている。ミルウォーキースタディでは、児童期からフォローアップされているADHDでは、MDDが共存するリスクの増加は見出されなかったが、抑うつ性人格障害や気分障害のリスクが一般人口よりも増加することが見出された。これらの所見は、大うつ病と関連するとまでは言えなくても、ADHDとうつ症状との間にはある種のリンクが存在することを示唆している。なお、強迫性障害、双極性障害、統合失調性症スペクトル障害のリスクの増加は調査では示されなかった(著者の意見とは異なる研究論文の結果もある)。
(注; この逆の場合もあり、当初はうつ病や双極性障害だと診断していたが、実はADHDであったというような場合もある。下図) 
MDDwithAdultADHD













 一方、児童期からのフォローアップでは示されなかったが、クリニックに受診した成人ではアルコール使用障害や大麻使用障害の大きなリスクを示した。ADHD以外のCDや反社会性人格障害の共存も関係しているのかもしれないが、アルコール使用障害や他の薬物使用障害が共存するリスクは大人のADHDに特にリンクする

 さらに、SCL-90-Rなどを使用してADHDと併存する他の精神疾患疾患を調査した。クリニックに受診したケースや児童からフォローアップされた大人のADHDでは、コミュニティー・コントロールや他の尺度と比べて心理的不適応尺度のスコアが高かった。ADHDの全てのタイプで適応障害が存在することが明らかとなった。ADHDの大人では他の精神科の患者と比べて重度の心理的障害を抱えていることを意味する。

 自殺念慮と自殺企図のリスクに関しては、UMassスタディで示されたが、18歳以前でのわずかなリスクの増加を認めた(ADHD:対照で、自殺念慮{25%:15~16%}、自殺企図{6%:2-4%})18歳以降では、しかし、18歳以降では、自殺念慮(27~29%:6%)や、自殺企図(8%:1%)のリスクが増加していた。ミルウォーキー・スタディでも、特に、18歳前の多動グループでの自殺念慮と自殺企図のリスクの増加を認めた。そして、自殺企図とは異なり、自殺念慮のリスクは21~27歳までのフォローアップ期間でも続いていた。さらに、MDDが共存すると(気分変調の共存では少しだが)、自殺念慮のリスクは増加するが、CDの共存とは関連がなかった。

教育の障害
Education

 大人のADHDのどのタイプでも学業上の困難さを抱えている。しかし、彼らの知的水準は高い方である。さらに、高校卒業率も高い。多くが大学に進学している。また、達成困難や学習障害は、児童期からフォローアップされた成人のADHDをよりもかなり少ない。クリニックに受診した大人のADHDの高い知的レベルと学業機能は、自らクリニックに受診したのであれば子供のADHDと比べて意味がある。自ら受診したという事実は、雇用されており、健康保険を有し、十分な教育レベルを持っているということである。彼らは、精神医学的な問題と困難さのために援助が必要だと感知できる知性と十分な自己認識力がある。一方、両親によってクリニックに連れてこられたADHDの児童達にはこのような特性はない。彼らは、教育を受けている訳でもなく、学業を維持する上でかなりの問題があり、攻撃的で反社会的な行動歴があり、クリニックに自ら受診する大人のADHDほどの自己認識はない。

 ADHDグループの教育歴がチェックされた。大人のADHDの多くが、学習障害や行動障害と診断されたとしても、義務教育の間では特別な教育を受けながらも教育のグレードは維持されていたと報告された(学年が遅れることはなかった)。これらの教育劣化のリスクは、幼少時期からADHDとしてフォローアップされていた大人でさらに大きかった。クラス・ランキングと平均学業成績は、ADHDグループでかなり低かった。大学に進学したそれらの参加者の中で、ADHDグループの多くが、教育のグレードの低下があり、大学では学年が対照群よりもよく脱落していた。

 著者らが行った学業達成度テストでは、ADHDグループは、計算能力、書字能力、読書能力、ヒアリング技術が劣っていた。著者らは、大人のADHDでは 子供のADHDでこれまで報告されているように、特殊な学習障害が高率に共存していることが分かった。クリニックに受診した大人より、幼少時期からADHDとしてフォローアップされていた大人のケースでこのリスクは大きかった。これまでの全ての所見から、大人のADHDで悪影響を受けている生活活動の領域の中でも、教育の領域が最も大きな影響を受けおり、大人時代でも大きな影響を及ぼしていると結論できる。

就業機能の障害
Occupational Functioning.

 クリニックに受診した成人のADHDと幼少時期からADHDとして育ったケースでは、職歴に重大な問題を抱えていると思える。UMassスタディでは、成人のADHDの就労機能は他のグループよりもレベルが低いと評価された。さらに、成人のADHDはこれまでの仕事で、既にいくつかの問題を経験している率が高いことも分かった。これらの問題は、他者とうまくやっていけるかということに関連している。大人のADHDでは、職場で問題行動を起こしたり、解雇されたり、逆に退屈だと言って退職したり、管理者から直接指導や訓練をされたり、といった職歴を対照群よりも有していた。子供時代からADHDが続いている大人では、低い就労状況と低い就労時間を除いては、ミルウォーキー・フォローアップ・スタディでもほぼ同じ結果であった。

 ADHDが持続する大人では、職業に関して多くの困難を抱えているように思える。幼少時期から持続した大人のADHDでは、大人になってから受診したADHDよりも、解雇されたか、懲戒処分を受けた経験を有する率が高かった。著者らは、雇い主の評価を通してこれらの問題を分析した。雇い主からは、ADHDグループは、教育を続けたとしても、時間厳守を命じたとしても、適切な時間管理を使ったとしても、責任ある行動を取るように管理しようとしても、仕事中の不注意がものすごく目立ち、仕事に関してのパフォーマンスが悪いと評価された。UMassスタディでもミルウォーキー・スタディでも、自己申告だけでなく、雇い主の評価においても就労機能の障害が存在する証拠が示されている。

薬物使用障害
Drug Use

 これまでの調査では、幼少時期から成人期までフォローアップされたADHDのケースでは、反社会的な行動や司法判断(逮捕、刑務所に収監)だけでなく、薬物使用と薬物乱用の高いリスクを有していることが分かっている。幼少期や思春期に行為障害CDが共存していると、薬物使用と薬物乱用のリスクをさらに高めてしまう。しかし、ADHDではCDが共存していなくても、タバコやアルコールの使用のリスクは非常に高い。一方、クリニックに自ら受診したADHDの大人では、薬物使用障害については詳しい調査はされていないため、薬物使用障害を強く示唆するような調査結果は何も存在しない。そこで、著者らはこの調査を行った。

ADHD and Substance Abuse














 

 UMassスタディでは、成人のADHDでは、過去や現在も喫煙者である率が高いことが分かった。さらに、マリファナ、コカイン、LSD、処方が必要な薬などの使用歴、そして、以前にアルコールや薬物使用障害の治療を受けた既往歴の比率が高いことが分かった。しかし、精神科の他の疾患群(対照群)でも、そういったリスクは高めだった。大人のADHDのグループは、過去にコカインやLSDを試した多くの患者がいることが、対照群とは異なっていた所見であった。さらに、子供時代からフォローアップされていた成人のADHD同様に、行為障害CDが共存していると薬物使用の問題の頻度が高めることが分かった。成人のADHDにおける、特別の薬物を試みるかどうかの傾向は、CDの共存だけでは説明できないが、もし、CDが共存していると、そういった薬物を使用し続ける頻度が高まるように思える。

 ミルウォーキースタディでは、子供時代から多動を持つ成人のADHD患者の27歳時点での、喫煙者であるリスク、アルコールの使用のリスク、深酔いのリスク、違法な処方薬を使うリスクの増加を見出した。それらのグループでは、カフェイン使用の大きなリスクも見出した(コーヒーではなく、薬局に売っているようなカフェインの錠剤のことだろうか?)。これは、27歳までADHDが続いているということよりも、幼少期にADHDと診断されたことの方がリスクに関連しているようだ。自らクリニックに受診した大人のADHDでは、マリファナ、コカイン、LSDの使用のリスクが髙いが、幼少時期からADHDを呈していた大人では、アルコールやタバコを使用するリスクが髙いと言えるかもしれない。

 繰り返しになるが、ミルウォーキー・スタディでは、幼児期からの刺激剤での治療が、後の他のあらゆるカテゴリーの薬物使用や乱用と関係していたという証拠は見出せなかった。逆に、子供時代から刺激剤で治療されることが特定の薬、例えばスピード(アンフェタミン)などの使用や他の処方薬の違法な使用リスクを減らす証拠を提示した。これらの調査結果はこの問題の大多数の他の研究と一致している。批評家、宗教的な狂信者、マスコミなどがADHDでの薬物乱用を生み出していると問題提示をしたがっているため、もう一度言うが、幼い頃の刺激剤の治療は後の薬物使用や乱用のリスクとは関係していないという結論が出ている(注; これはメチルフェニデートに関する調査結果であり、子供時代からのアンフェタミンプロドラッグやアンフェタミン塩の使用に関しては、最近使用されたばかりであり、調査結果が出るのは当分先であり、どのような結果が出るかは未知である)。

反社会的行動とその帰結
Antisocial Behavior and Its Consequences 

 ADHDを有する子供は、反社会的な活動に参加し、逮捕され、成長するとともに投獄される可能性がADHDを有さない子供よりも髙いことが追跡調査で見出された。著者らも、同じような結果を調査で見出した。クリニックに受診した成人のADHDでは、万引き、窃盗、器物破損、家宅侵入、拳での暴力、違法な武器の所持、逮捕歴、刑務所への収監、といった法に触れるような行為との関わり易さを持っていた。さらに、違法な薬物の売買への関わり易さを持っていた。成人のADHDにおける反社会的な行動で最も多いものは、万引き(53%)、次いで、拳で暴力をふるう(35%)、違法薬物の売買(21%)である。行為障害CDが幼少時期に存在していると反社会的行動のリスクが上昇するが、CDが共存していなくてもADHD有する場合は対照群よりも反社会的な行動を取りやすい傾向がある。

 同様に、ミルウォーキースタディは、多動グループにおける反社会的行動を呈しやすい特性を調べた。反社会行動のリスクは、ADHDが27歳の年齢まで存続したかどうかには関連がなかった。大人になってからクリニックに受診したADHDも子供時代からADHDとしてフォローアップされていたケースも、対照群よりも反社会的行動のリスクと明らかに関連しているが、子供時代の早い段階でADHDと診断されたケース程、その後の反社会行動、逮捕、投獄というリスクが強くなるようだ。

 両方の調査にて、幼少時期の多動やADHDの存在や幼少早期からの行為障害の共存は、一生涯の中での様々な犯罪や逮捕という事象の予測因子となり、ミルウォーキー・スタディでは、10代での様々な薬物使用の独立した寄与因子となることが見出された。これは、長期間にわたるスパイラル効果が存在することを意味しており、10代での反社会行為や薬物の使用が寄与因子となり、それ以降の時期での反社会行為の維持や増加に寄与することになる。さらに、早い時期における反社会的行動が寄与する以上に、教育のレベルが犯罪や逮捕という事象の独立した寄与因子となることが分かった。さらに、ADHDの重症度は逮捕率とは相関しないことも分かった。大きな寄与因子としては、幼少時期の問題行為、10代での反社会的行動、薬物使用、教育が該当するが、ADHDの持続性は反社会的行動には寄与しないと言える。
ADHD Legal problems











 

健康管理とライフスタイルの障害
Health and Related Lifestyles.

 ライフスタイルは寿命と大きく関係している。米国で死亡する半数以上のケースが、薬物使用、食事、運動、性行為、運転、その他のリスクテイキングに関連している。大人のADHDは、不健康なライフスタイルになっており、冠動脈疾患、癌、事故死などの高いリスクを有している可能性があるが、著者らは、そのリスクがあることを調査で見出した。UMassスタディでは、成人のADHDでは、睡眠時間、社会関係、家族関係、タバコ使用、医療以外での薬物使用、医学/歯科ケア、交通安全、仕事や余暇、情緒の安定に関する問題を抱えている率が高かった。違法な医薬品使用、運転、情緒的な健康に関しては、成人のADHDに存在する特有の問題であるように思える。

 ミルウォーキー・スタディでも、似たようなライフスタイルの問題と健康を損なうリスクがあることが見出された。ADHDが成人期までは続かなかった多動児のケースでさえも、睡眠時間やタバコ使用のリスクを抱えていた。さらに、将来の冠状動脈疾患のリスクがあることが明らかになった。多動を持つADHDのグループでは、外傷、非外科的入院、中毒などの大きなリスクを有することも判明した。そして、医学的な訴えが多いことも明らかになった。身体化障害、うつ病、恐怖症、不安障害の共存すると医学的な訴えはさらに増加する傾向があった。高脂血症のリスクと5~10年後の冠動脈疾患の大きなリスクがあることが確認された。アルコールや喫煙者だと運動不足も存在した。そのような傾向が続くのであれば、一般集団よりも心臓病や癌のリスクが高いことは明らかである。

金銭管理の障害
Money Management 

 衝動的で、即座の満足を優先し、将来の結果を考えない傾向があると、自己制御が苦手であり、金銭管理に問題が生じることが予想される。これらの特徴が成人のADHDでも存在する仮定して調査をした。著者らの仮説は正しかった。UMassスタディでは、成人のADHDの金銭管理の問題を報告しており、節約困難、衝動買い、ローンの未払い、クレジットカードの過剰使用、クレジットカード会社からの信用格付け低下、貯金していないといった問題を抱えていることが多いことが分かった。ADHDの金銭管理の中でも、特に、貯金していない、衝動買い、ローンの未払いといった問題が高率であった。未払いは様々な領域で認められた。金銭管理の問題はADHDが27歳まで持続したグループで最も多かったが、金銭管理の問題は多動児のグループとの関連性も認められた。UMassスタディ、ミルウォーキー・スタディの双方の調査で、成人のADHDではADHDのサブグループに関係なく、金銭管理の問題を高率に抱えていることが明らかになった。

交通運転の問題
Driving Risks.

 ADHDでは運転の問題が最も強く障害を受けている(Barkley、 Cox、2007年)。運転の問題は広範囲に及んでおり、ADHDに共存する他の精神疾患によるものではない。対照群と比べて、クリニックに受診した成人のADHDでは、運転免許が停止や取り消しになっていたり、無免許運転、衝突事故、スピード違反、危険運転として検挙された過去を高率に有しているように思えた。これらのリスクはDMV公式記録で確認された。ADHDグループでは、そういった交通運転問題について責任があると思われた。DMV公式記録では、成人のADHDでは、スピード違反で高率に検挙されていた。UMassスタディでもミルウォーキー・スタディでも対照群との差は明らかであった。UMassスタディでは、多動を有していた児童は、その後に、頻回の交通事故、危険運転、検挙多数、免許停止や取り消といった大きなリスクを経験していた。危険運転のリスクは、ADHDの重症度だけでなく、他の因子、例えば、年齢、他の犯罪的な行為、クレジット会社からの信用格付けの低下、大きな敵意(公衆の場での激怒)、低い不安レベル(恐怖感の乏しさ)なども予測因子になり得る。
Driving Consequence in ADHD











 

性行為、異性との付き合い、結婚、育児での障害
Sex, Dating, Marriage, and Offspring.

 以前の研究では10代や大人のADHDにおける危険な性生活のライフスタイルを明らかにした。その1つはミルウォーキー・スタディ(21歳時点)においてである。著者らは、この領域の問題をADHDにおける重要な医学上の、公衆衛生上の注意事項であると特定した。幼少時期のADHDは性行為の早期の開始、性行為パートナーが多くいる、簡単にセックスをする妊娠の多さと関連している。さらに、女性のADHDでは妊娠することが多くなる。これらのリスクは行為障害が共存していると増加する。ミルウォーキー・スタディでは、領域で懸念の証拠を見出した。ADHDとして育つ子供達は、女性ならば頻回に妊娠するようになるか、男性ならば頻回に妊娠させるようになり、21~27歳で親になり、21歳になるまでに性病に罹患し易くなる。

 著者らが行った多動児の縦断的研究やクリニックに受診した大人のADHDの調査では、結婚率や離婚率の高さでの差は認められなかった。しかし、著者らは、女性のADHDでは結婚していない率が高いことを見出した。さらに、婚姻生活に不満を持つ高さや(両群とも)、異性との付き合いの乏しさや未だに未婚であること(子供時代からの多動がありフォローアップされていた成人群)、といった傾向を見出した。UMassスタディでは、成人のADHDと結婚した相手の配偶者は、結婚生活には全く満足できていなかった。しかし、そのような調査結果は、成人のADHDの患者とその配偶者との特有な問題ではない場合がある。

 以前の研究では、成人のADHDの親から生まれた子供はADHDのリスクが高いことが明らかとなった。そして、ADHDの親の子供がADHDであるリスクは43~57%であった。著者らも率は22~43%に低下していたが、DSM-IVでの不注意、多動・衝動性を有する成人のADHDの子がADHDであるリスクを見出した。しかし、クリニックに受診しているADHDではない成人の子供でも不注意という症状を持つリスクが増加していたことを見出した。なお、極度に多動で衝動的な行動を持つ子供や、反抗挑戦性障害行為障害もを持つ子供のリスクは、成人のADHDの親から生まれた子供で上昇していた。

Heredity in ADHD











 

 反抗挑戦性障害(ODD)は成人のADHDの親から生まれた子供で見られる最も普通の心理学的な共存障害であり、半数(48%)近くに存在した。そのような調査結果は一貫しており、結果は多くの研究者から支持されており、ADHDの家族間での高い遺伝性は、これまでの行動遺伝学や双生児研究で実証されている。さらに、著者らは、子供の心理学的な適応障害について多くの次元から調査した。その調査結果では、同様に、対照群の子供達よりも成人のADHDの親から生まれた子供達は、外在化(ADHD、反抗性障害、行動障害)や、内在化(抑うつ、身体化障害、非定型化)の症状をが示すことが分かった。親がADHDの子供は、ADHDを持っていない親の子供よりも、心理学的な共存疾患を有する率が高い。

 ADHDの親は、対照群の親よりも育児ストレスを示す率が高いことが報告されており、研究者の間では意見が一致している。しかし、対照群よりもADHDを持つ親は、育児だけでなく家庭での総合的なストレスを強く感じることも報告されている。育児ストレスは、子供の特性や親子間の相互作用に関連しており、反抗挑戦性障害ODDを持つ子供の親ほどストレスが強いことがこれまでの調査で明らかになっている。子供の不注意の程度も、親からはストレスになると報告されており、子育てのストレスの程度に影響していることが示唆されており、育児ストレスの一因でもある。しかし、著者らの調査結果では、ADHD、うつ病、不安といった親の特性が考慮された時、親の抑うつが育児ストレスの全ての領域に大きく影響していることが示唆された。子供の反抗挑戦性障害ODDの症状は、親の抑うつの影響を越えて育児ストレスに関与していた。なお、ADHDの親のレベルは、育児ストレスには関係がなかった。

(次回に続く)
 
 前回のブログで紹介した映画「ザ・マスター」の主人公は、上に述べられているような多くの生活場面での多くの障害を抱えている姿が映画でも描かれていた。そして、その障害を本人もうすうす自覚できており、どうして俺はこんなにダメな男なんだと苦悩をする姿も描かれている。その苦悩はあなたがダメなのではなくて、あなたの中のADHDがダメな行動を取らせていることになるのだが、映画では、主人公の何がダメなのかは、その真の原因(ADHD)をマスターは見抜いていたのか、そして、ADHDのダメなところは最後にどうなるのかは、映画を見て実際に確かめて頂きたい。

 しかし、大人のADHDが職業や日常生活場面で多くの問題を抱えているとはいえ、失敗ばかりを繰り返す訳でもなく、失敗を乗り越えて、社会で成功した大人も多くいることを忘れずに、希望を持ってやっていってほしいと私は願っている。

Jordan

あなたは大人のADHDと診断されたが、・・・(その2 大人のADHDの有病率、診断基準)


(前回の続きである)

 本題に入る前に、今年観た映画を一つ紹介したい。「ザ・マスター」である。この映画は、大人のADHDをテーマにした映画かもしれないと私には思えた。
 
 元海軍兵士の主人公は、衝動的で軽はずみな行動しかできず、退役後は仕事を何度も変えるが、不注意な行動が災いして失敗を繰り返し、苦悩の日々を送っていた。酒を飲まないとリラックスできないため(それも大人のADHDの特徴の1つであるらしいのだが)、酒にも溺れていく。工業用の燃料を混ぜたような怪しげな密造酒を自分で造り、その酒を飲まされて泥酔した男が死にそうになってしまい(主人公は人を殺してしまったと思い込む)、主人公はその場から逃げ出すといった失敗をしでかす。まさに大人のADHDに典型的な不適切な行動と失敗の連続の日々である。ある晩も深酒をして泥酔し軽はずみな行為を冒し、いつものように逃げるようにしてその場を去ったのではあったが、酔いが醒めて目覚めた場所はなんと海の上(船の中)だった。その船は、病める人の魂をタイムトラベルさせることで難治な疾患を治すことができるという新興宗教の布教活動をしているマスターが所有する船だった。マスターとの出会いによって、はたして、彼のADHDは、そして、彼の人生はどのように変化していくのであろうか・・・。

 

 今回紹介した大人のADHDの診断基準を読んでからこの映画を鑑賞すると、「ザ・マスター」の主人公は大人のADHDに該当することが分かるであろう。ただし、映画では主人公の子供時代は殆ど描かれてはいないので、12歳以前の状態がどうだったかは不明である。


成人のADHDの有病率
Prevalence of ADHD in Adults

 1996年にマサチューセッツの中央部において運転免許を更新した際の720名の成人(17~84歳歳)ついての調査が行われた(Murphy、Barkley、1996年b)。  DSM-IVのADHDの症状のリストに基づく2つの評価尺度が使用された。 1つの目スケールは現在の機能、2つ目は、5~12歳の頃の行動を思い出してもらうことでの評価であった。子供時代と現在の評価が共にDSMの臨床的な障害の閾値に当てはまる(9つの徴候のうちの6つ以上が「しばしば」や「より頻回に」該当する)ことが必要であると定義した場合、成人のADHD(全タイプ)の有病率は4.7%であった。

 ADHDの児童への追跡調査から推測された成人のADHDの有病率は3~5%と見積もられている。この数字は、以前に大学生でなされた調査の時の結果よりは高い数字である。Weyandt、Linterman、Riceは(1995年)、770名の学生における現時点でのADHDの有病率は7%(±1.5 SD)だったが、もし、子供時代の機能障害も条件に加えると2.5%に減少すると報告した。 DuPaulらは、米国の大学生799名中、男性は2.9%、女性は3.9%が、ADHDに該当する現時点の機能障害(9つの徴候のうちの6つ以上が該当)を有していたと報告した(DuPaul、Schaughency、Weyandt、Tripp、Kiesner、Ota、Stanish、2001年)。 3番目の研究でも、448名の学生中、現時点でのADHDに該当した率は4%だったと、DuPaulと似たような数字を報告した(Heiligenstein、Conyers、Berns、Smith、1998年)。
 
 しかし、DuPaulとHeiligensteinでの調査では子供時代のADHDのデータは利用されてはいない。もし、成人のADHDの有病率を決定するために小児期の機能障害の症状も必要であると条件を付けた場合には、彼らが報告した有病率は50%以上は小さくなるであろう。そうなると有病率は1.5%と2%になるが、これはWeyandtらが報告した数字に近くなる。ADHDと診断された子供たちの圧倒的多数は(およそ80%以上は)、大学には進学しないため、大学生でのADHDの有病率の調査は過小評価という結果になるであろう (Barkley、2006年)。さらに、もし、DSMの症状のリストに基づいて厳密過ぎる閾値を設定していれば、これらの有病率の全ての数字は過小評価であるかもしれない。そして、設定した症状よりも多くの種類のADHDの症状があるのであれば、さらに過小評価されるのかもしれない。
 
 一方、過大評価という別の問題があるかもしれない。 なぜならば、生活の主要な場面での障害の存在は、DSMの大人のADHDの診断基準では必要とされるが、それが診断基準に組み込まれずに調査されているためである。そのような生活場面での診断基準が条件付けされると、子供の調査では有病率はかなり減少する (Barkley、2006年)。さらに、我々(著者)の調査サンプルはマサチューセッツの中央部に限定されており、Weyandtの調査もワシントン州、DuPaulの調査もローカルな地域に限定されているため、アメリカ合衆国の他の地域にまで拡大して当てはめることは困難である。実際に、Weyandtらのサンプル(N=444)はDuPaulらの中に含まれるであろうし、DuPaulらのサンプルもWeyandtらのサンプルの複製としてとしての限界が存在する。

 そのような限界を克服できるような成人の一般集団におけるADHDの有病率を大規模に調査した結果がある (Kessler、Adler、Barkleyら、2006年)。その調査では、成人のADHDのスクリーニングとして国立併存疾患調査(NCS-R)における18~44歳の回答者のサブサンプル(n=3,199)を用い、幅広くDSM-IV疾患を評価するためにの診断インタビューが使用され、全国を代表している家庭が調査された。この調査によって、大人のADHDの推定有病率は4.4%であるという結果が出た。なお、生涯有病率は8.1%であるとケスラーらによって見積もられている(Kessler、Berglund,、Demler、Jin、Walters、2005年)。
  (注; この数字は、生まれた子供の8%はADHDを持ち、その半数は大人になった以降もADHDに該当する症状を持っている。すなわち、ADHDの半数は大人になってからもADHDを克服できずにおり、ADHDで苦しんでいるということを意味するのであろうか。なお、成人になってもADHDが持続する割合は65%というデータもある。)
 アメリカ合衆国の一地域に限定された調査ではあるが、MurphyとBarkley(1996年b)による調査結果では4.7%と現在の有病率4.4%は非常に近い結果であり、この数字は既に述べた幼年期の縦断的研究における調査結果の推定有病率3.3~5.3%の中央付近の数字に相当する。Kesslerらは、ADHDは、男性、以前に結婚していた過去(今は離婚後?)、失業中、非スペイン系の白人に高いことを見出した。 さらに、ADHDは、DSM-IVの他の多くの精神疾患と併存している率が高く、役割の障害に関連していた。そして、この調査でADHDと見なされたケースの多くは他の併存精神疾患や薬物関連疾患の治療は受けていたが、ADHDとしては未治療であったことが判明した(注; 成人のADHDは未治療で放置されているという問題があると著者は言いたいようだ)。

 ADHDの概念が世界中に普及した後のレビューでは、成人のADHDの有病率は3.2%と見積もられている。さらに、高収入国では4.2%と有病率は高く見積もられている。著者はかって、米国の大人達の代表サンプルにおける、成人のADHDの最近の調査では、有病率が約5.4%であることを見出したが、これは、Kesslerらの調査と近い数字である(Barkley、2011年b)。この数字からは、成人のADHDの同定と治療を促していくための努力や、治療によって成人のADHDの症状の持続性や重症度を減少させうるのかを明確にしていくために、さらに多くの研究が必要であると言える。

 まとめると、幼児期の追跡調査と一般成人への直接的なサンプル調査からはアメリカ合衆国の成人のADHDの有病率は約5%だと思われる。さらに、米国国勢調査局の2005年の人口統計(18歳以上は2億2186万8077人)から推測すると、米国の少なくとも1100万人が大人のADHDを有するものと思われる(日本ならば500万人)。これはかなり大きな数字であり、職場においては、メンタルヘルスや教育の際に雇い主が成人にもADHDが多く存在するのだと注意して対処していかねばならないことを意味する。成人期のADHDの表現型を理解することが重要である。成人のADHDと併存する精神疾患や、主要な生活場面での障害を、さらによく理解することができるようになれば、もっと効果的に成人のADHDをマネージメントしていけることができることであろう。

成人のADHDの診断:DSM-5の診断基準
Diagnosing ADHD in Adults: the DSM-5 Criteria

 このセクションでは、DSM-5(2013年)で詳しく説明されているように、ADHDの現在の診断基準についてレビューする。 著者は、診断基準への批評や制限事項についても述べるが、読者には、DSM-5のADHDの診断基準は、特に、児童においては、多くの臨床研究をベースにしており、厳しいテストを受けており、論理的であり、一貫性がある診断基準であると理解して頂きたい。DSMの旧バージョンにおけるADHDの診断基準の開発の歴史などに関しては、以下の論文を参考にしてほしい。Lahey、Applegate,、McBurnett、Biederman、Greenhill、Hynd、Barkleyら、1994年。Applegate、Lahey、Hart、Biederman、Hynd、Barkleyら、1997年。DSM-III-R (Spitzer、Davies、Barkley、1990年)。
 
(注;  ただし、DSMはあくまで症候学的な診断基準であり、遺伝子所見や画像所見を組み合わせたような妥当性や信頼性や再現性が担保されたマルチモーダルな所見に基づく診断基準ではない。DSMのような症候学による診断は科学的な診断だとは言えないのである。特に、大人のADHDの診断に関しては大きな混乱と弊害を呼ぶおそれがある。今後も大人のADHDの診断基準に関しては改正が繰り返されていくものと私は思う。NIMHのインセル博士もDSMは科学的な診断ではなく妥当性を欠く診断システムであると批判していることは言うまでもない。)

 DSM-IVの診断基準では、2つのリスト(ドメイン)に分割された18の症状のセットから成る。不注意性 inattentionと多動・衝動性 hyperactivity-impulsivityには、それぞれ9症状が記載されている。これらの症状は、少なくとも6ヶ月間にわたって、しばしば(often)か頻回(more frequently)に生じなければならない。DSM-5でも、同じ18個の症状は使用された。しかし、DSM-5では青年や成人の場合には括弧での説明がついた。さらに、DSM-5では、7才以前に症状が存在していたという発症年齢は科学的な妥当性を持たないと見なされ、発症年齢は12才以前に改正された(いくつかの不注意性か多動・衝動性が12歳前から存在していればよいことになった)。
(注; なお、DSM-5のADHDの診断基準(児童も成人も含む)に関しては、以下のサイトを参考にして頂きたい。DSM-5での診断基準が全て記載されております。)
 http://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/diagnosis.html
Inattention













 発症年齢を上げたことによって、7才以前という発症年齢以外は他の全ての基準を満たしていたこれまでADHDと診断されなかった多くの成人達は、診断を受ける資格を得たと言えるが、これは良いことであった(BarkleyとBiederman、1997年)。さらに、各ドメインに少なくとも6つの症状が存在するとなっているが(児童では)、成人では各ドメインに5つ以上の症状が存在することになり、診断閾値は減少した。 これも改良と思われるが、この問題に関しては殆の研究で4つ以上がさらに良い閾値であることを示唆している(Barkley、2011年b。Barkleyら、2008年)。更なる改良は、患者によって報告された症状が、患者をよく知っている第三者を通して確認されることが推奨されるようになったことである。さらに有益だったと思われることは、ADHDが単一疾患であるという視点からの下位スキーマが除かれたことであるが、これは多数の人口を調査した行動遺伝学研究から明確に示唆されている(注; 例えば、自閉症スペクトラム障害やうつ病がADHDと同時に存在しているという診断が可能となった)。そして、どの症状が臨床的に優位に存在するかを明記できるようになった。例えば、不注意性が優位である(Predominantly Inattentive Presentation)というように。しかし、DSM-5の診断基準では記載されなかった若干の問題が残されている。

 1つ目は、 DSM-IVに記載されているADHDの症状は、以前のDSMに沿っており、これらの項目は 同じ因子や同じデメンジョンから選ばれ、専門家の見解を含み、精神特性や項目の有用性をトライアルテストによって検証した実証に基づく行動尺度基づいている (Laheyら、1994年)。リストアップされた症状は、実際に親や教師が障害を評価するためのレイティングに著しく関連するものを選別し、4~17歳までの、380名の児童の非ADHD症状からADHDの症状を区別して診断を可能にする。フィールドトライアルにて、閾値としては、多動・衝動性の症状9項目ののうちの6つ以上、不注意の症状9項目ののうちの6つ以上に設定すると 明らかに障害があることを予測でき、ADHDの診断が臨床的な妥当性を持つことを示唆した。それによって最も優れた信頼性を持つことになった。

 小児の破壊的行動障害(childhood disruptive disorders。http://www.healthychildren.org/English/health-issues/conditions/emotional-problems/pages/Disruptive-Behavior-Disorders.aspx)に関するワークグループによって、小児のADHD症状に適応させるためにリストアップされるべき症状が同定された。しかし、Wenderのユタ診断基準と異なって、成人の障害を的確に表現している症状をテストする試みは全く成されなかった。成人のサンプルはDSMのADHDのフィールドトライアルには含まれていなかった。そのため、 いくつかのDSM-IVでリストアップされた症状、例えば「やたらと、走り廻ったり、髙い所に登る」、「静かに遊ぶことができない」などの症状は大人の症状を定義するには明らかに不適切であり、成人への使用に対しては妥当性はない。従って、児童のADHDに合うように設定された現在のDSMの症状が成人のADHDの特性を表している証拠は殆どないと言える。

 現在のDSMのADHDの症状のリストが成人にも使用された時に、成人のADHDを調査する上で妥当性があり適応性がある症状の項目を付け加える必要があるかどうかは、私とKevin Murphyとの共同研究や、最近に成された児童へのフォローアップであるミルウォーキースタディの大きな目的の1つだった。 著者らは成人のADHDを同定する上で最も役に立つ9個の症状を同定したが、その中の6つはDSMにはリストアップされてはいないが、成人のADHDの遂行機能(パフォーマンス)の評価から得られたものである。(Barkleyら、 2008年)。 これらの症状は、成人のADHDの調査にて妥当性や有用性の検証が既に完了している。

著者らが定義した大人のADHDの診断基準は以下の通りである。

 少なくとも6ヵ月の間持続した、不適応かつ発達上のレベルと矛盾するような、以下の症状の全9つ症状の中で、最初の7つまたは6つのうちの4つ以上を有する

(1)Often easily distracted by extraneous stimuli
しばしば、余分な外からの刺激に簡単に気を取られる
(2)Often makes decisions impulsively
しばしば、衝動的に意志決定を行う
(3)Often has difficulty stopping activities or behavior when they should do so
やめるべき時に、しばしば、活動や行動を停止することが困難である(すぐに手が出てしまう)
(4)Often starts a project or task without reading or listening to directions carefully
しばしば、注意深く方向性を読んだり聞いたりせずに、計画(事業、考案)や課題(職務)を開始してしまう(軽はずみな行動を取りやすい)
(5)Often shows poor follow through on promises or commitments they may make to others
しばしば、他者との約束や契約を最後まで継続せずにすっぽかしてしまう(約束をよく破る)
(6)Often has trouble doing things in their proper order or sequence
しばしば、適切なやり方や順番で物事を行うことが困難である(社会のルールや職場のルールを無視して、自分の好きなようなやり方や順番で行動するためトラブルを起こす)
(7)Often more likely to drive a motor vehicle much faster than others (Excessive speeding) (If person has no driving history, substitute: “Often has difficulty engaging in leisure activities or doing fun things quietly.”)
しばしば、他者よりもスピードを出して自動車を運転する(スピードの出し過ぎ)。自動車を全く運転したことがない場合は、しばしば、余暇活動をすることが困難であり、好きなことを静かに行うことができない(私生活でもいつも騒がしい。せわしない。落ち着きなく過ごしている。)
(8)Often has difficulty sustaining attention in tasks or leisure activities
しばしば、課題や余暇活動で集中を持続することが困難である。
(9)Often has difficulty organizing tasks and activities
しばしば、課題や活動を統合することが(組織化する、まとめることが)困難である。

 障害の原因となったいくつかの症状は、12歳前から存在していた。症状によって生じたいくつかの障害が2つ以上の設定(例えば、仕事、教育活動、家庭生活、社会的機能、コミュニティ活動、など)で存在する。そして、社会的、学術的、家庭内(同居、金銭管理、子育てなど)、コミュニティ、職業的な機能において、臨床的に著しく障害されている明確な証拠がなければならない。(注; 仕事だけの設定での障害しか存在しない場合は該当しない)

(注; 診断基準ではマイナスなことばかりがいろいろと記載されてはいるが、映画「ザ・マスター」でも描かれているように、たとえADHDであったとしても、人を信じ、人を好きになり、逆に、人から信じられたい、人から好かれたいという、人間の本質に関わるような感情や気持ちは通常人と全く変わらないのである。大人のADHDをひとことで表現するならば、他者(自分をも)の期待や信頼を裏切る行為ばかりしてしまうのが大人のADHDなのだと言えるのではあるが、映画では裏切られた他者(自分自身に裏切られた自分自身)はどうあるべきかも問われて描かれているように思える。)

 DSM-5の症状のリストが、現在のADHDの概念を正確に表現しているのかどうか、そうしなければならなし、そうであるべきだということにも関心を持たねばならない。1980年代後半と1990年代前半以来、ADHDは行動抑制behavioral inhibitionの障害を含むことが概念化されてきている (Barkley、1997年。Nigg、2001年。Quay、1988年)。そして、確かに、以前のADHDの概念は、DSM-II(1968年)においてさえも、行動抑制の障害を第三の症状群としていた(Douglas、1972年) 。しかし、DSM-IVで症状のリストを調べると、不注意 inattention(9つの症状)にもっとも大きなウエートが置かれており、その次が、多動 hyperactivity(6つの症状)であり、残りの3つの症状が衝動性 impulsivenessを反映するものであると考えられる。さらに、衝動性は、基本的に言葉(verbal)による行動障害を反映している(注; 確かに、不注意という症状が子供時代のADHDから成人時代にまで引き継がれていく症状なのではあるが、不注意という症状だけで大人のADHDだと診断されてしまう恐れがある)。
changing face of ADHD










 

 大人のADHDの中心的な特徴とまではいかないが、現在では中心的な特徴の1つとして考えられている「衝動的」「抑制が乏しい」という言葉は、症状のリストの中では記載されてはいない。これは、明らかに見落としである。なぜならば 「衝動的に意志決定をする」ことや、それに関する他の症状(考える前に行動する、待つことが困難である、など)は ADHD以外の他の精神疾患からADHDを区別できる最も鑑別力に富んだ症状であるからである(Barkley、Murphy、Fischer、2008年)。DSM-5でも、衝動性を軽視した症状のリストを選択した。その結果、大人のADHDは有病率を増加させることだろう。

 一方、7才以前という発症年齢のため成人のADHDであると診断するのが大変であったため、障害の発症年齢の変更はすばらしい改定であった。児童への評価とは異なり、成人の臨床評価は患者の自己報告に依存している。大人は回想が限られており、自分の子供時代の時期や実際の状態を正確には思い出せない(Barkley、2008年)。DSM-IVで規定された診断に必要な7歳以前の正確な幼児期のドメインの症状の回想も限定されてしまうだろう。さらに、親によるレトロスペクティブなレポートや学校の成績などの記録では、ケアのために来院する多くのADHDの成人に子供時代にもADHDの障害があったという独立した所見を提供することができない。さらに、成人は、子供時代の症状発現を判断するような証拠を提供するために両親と共にわざわざ来院したりはしない。
 
 そのため、子供時代の症状の有無は受診時には必ずしも明らかにはならない。従って、子供時代の状態の評価は、大人へのADHDの評価では特に必要はないだろう(注;  SCTとの鑑別が必要である以上、誤診を避けるためには、子供時代のADHDの状態の有無を問う必要はないと言い切れるかは、まだ断定はできないと私は思う)。さらに、親も我が子の幼い頃の行動を長いタイムスパンに逆らって正しく思い出さなければならない。その上、大人のADHDでは、子供のADHDでも同様だが、障害である可能性に関してはポジティブで幻想的な先入観(バイアス)を生み出すかもしれない。先入観によって症状と障害の自覚が消失する可能性がありえる。従って、大人のADHD患者に、発症年齢を明らかにする質問をする必要があるのかという疑問がある。

 7歳の前から症状が存在したことを実証することが困難なため、大人のADHDの診断基準は12~14歳までの思春期前の期間は破棄されるか、再定義されるべきであると著者は主張した(Barkley、Biederman、1997年)。 その主徴は急進的なものではない。殆どの精神障害では、症状や障害の発症年齢を明白にする必要がないとされる診断基準が多い。また、この発症年齢が問われないという点は、幼児期に一般的に発症することが知られている他の発達障害にも適用されている。例えば、特定の発達障害(発症年齢がない)や、精神遅滞(18歳以前の開始)、チック障害やトゥレット症候群(18歳以前の開始)、アスペルガー障害(発症年齢の規定なし)がそうである。たとえそのような障害がADHDと同様に「発達の問題」であると考えられるとしても、そして、ケースの殆どでは幼児期に発症するが、発症年齢は必要とされないし、必要だとも思われていない。
 
 ADHDも他の発達障害の疾患と同様の処置を受けるべきである。ADHDの診断のためには発症年齢の条件を広げるか、放棄すべきであるとする理由は、DSMの診断基準には、診断条件に発症年齢を付加すべき論理的根拠や実証的基盤が存在しなかったからである。発症年齢という診断基準はDSM-IIには存在しなかった。そして、DSM-IIIにて発症年齢の追加が実証的なテストを受けずに、委員会のコンセンサスのみで行われた。発症年齢がDSM-III-RやIVでも保持されたことは、診断の妥当性や有益性の実証を優先するよりも伝統だけが重んじられたように思える。

 注; 軽微な程度のADHDならば気づかれずに育つということも多々あろうが、明らかなADHDが子供時代に存在していたとしても、もし、犯罪、傷害事件、虐待、教育放棄などが当たり前のような劣悪な環境(スラム街など)で育ったため、ADHDの特性があっても問題にはならないような社会環境であったことから、周囲からは一切気づかれず、本人も自覚せずに育ち、大人になって職業に就いてから、結婚してから、などといった大人特有の場面で、本人と関係した人物から、この人はADHDじゃないのかと気付かれるというケースも確かにあり得るであろう。映画「ザ・マスター」は、そんな映画のようにも思えた。

 しかし、7才という発症年齢の基準を使用するこが不利である最も大きな証拠は、DSM-IVのフィールドトライアルではこの7歳という特定の年齢が診断に有益であるという証拠を見つけられなかったことであり、発症年齢という基準を保持することには反対する証拠となる(Applegate、1997年)。発症年齢を8歳、9歳、または、それ以上という年齢を使った場合と比較して、7歳という発症年齢を使うことで、ADHDの分類精度を減少させたことがフィールドトライアルでは明らかになった。さらに、診断の信頼性も減少し、障害のタイプとの関連性も示すことができなくなった。残念なことに、実地試験分析のこれらの面が完成されて公表される前に、DSM-IVは出版されました。そのため、DSM-IVの発症年齢の問題はデフォルトのままになってしまった。

 最後に、著者のこれまで知り得た知識による結論では、発症年齢が7歳以前という基準を使用することはできないと言える。以前のいくつかの研究では、ADHDは平均して3歳~4歳の間に発症するという報告があるが、こういった報告から判断すれば、発症年齢を診断基準に入れるのは好ましくなく、ADHDにおける発症年齢は単に発達の遅れを示唆する所見に過ぎないということが言える。この平均3歳~4歳という症状の発現は実際にそうなのであろうが、親によるこの時期での発症の識別の信頼性は疑わしく、正確に発症年齢が診断されているかは疑問である(Barkley、Biederman、1997年)。

 その上、児童のADHDの発症年齢の研究で報告された若年発症という結果は、人為的な影響による結果であるかもしれない。研究で参照されたサンプルは、幼児期を専門とする診療所で参照された子供のサンプルばかりである。そのうえ、問題行動が初めて出現するのは、親や教師や幼児医療の専門家によって受診した方がいいという結論が下される前の出来事であろう。ADHDの他の全ての基準を満たしている児童の殆どが、特に、不注意タイプ(Inattentive)では、7歳という年齢の前に症状を呈さないことをDSM-IVのフィールドトライアルが証明した(Applegate、1997年)。しかし、診断基準を広げれば、同じフィールドトライアルにて、ADHDの全てのケースで14歳年齢までにADHDの症状を呈していたことが分かった(Applegate、1997年)。 従って、成人のADHDでも発症年齢の基準を7歳以下にしなければならないと主張するのは前例を重視するような正当化でしかなかった。それ故、DSM-5での12歳以下への変更は、賞賛に値する行為であり、ADHDの93%は診断されうることであろう。なお、著者自身の研究では、発症年齢を16歳以下に上げることで始めて全てのケースがカバーされることが示された(Barkley、2008年)。

DSM-5では、ADHDによる障害が二つ以上の設定(例えば、学校、仕事、家庭)で存在していなければならない
DSM-5 requires that some impairment from the symptoms is present in two or more settings (e.g., at school [or work] and at home.

 ここで問題がある。大人では、DSMの診断基準に記載されている生活活動領域よりも、はるかに適応しなければならない多くの重要なセッティング(領域、場面)が存在することである。成人の適応機能の障害が生じる領域としては、DSMでの設定は(例えば、「家」)、あまりにもグローバルな領域を指定されているため、医師は、大人においてはもっと特異的で重要な領域における障害を無視してしまうことになる。大人での重要なセッティングとしては、具体的に、組織化された大きなコミュニティー(例えば、政府あるいは地域団体への参加、近隣住民との協力、法の遵守、運転)、財務管理(例えば、銀行業務、クレジット、契約、債務の返済)、育児(例えば、子供の保護、育児を維持する、子供の生活費や社会的支援、適切な教育を受けさせる、躾)、結婚、自身の健康管理、以上のものは、子供とは異なり、大人においては重要な設定領域である。現在のDSMの診断基準では、これらの領域は反映されない。
Adaptive impairments














 障害者差別禁止法(アメリカ合衆国の法律)によって、障害者を雇う特別な施設や、高額な費用がかかる障害者への学術的な鑑別診断の際の試験の要請が非常に増加しているため、ADHDの障害の定義に関する論争が生じている。障害の意味が、臨床医と公的機関とで異なることを避けるためにDSM-5が必要である。一部の臨床医は、知的水準に基づき障害を評価するが、多く医師は、幼児期早期でのIQや学業成績の特定の領域、例えば読書能力などの学習障害に基づいて障害を評価する。しかし、他の者は、障害は、彼らが属しているグループでどのくらい良く機能するかという個人的な機能に基づいて判断すべきだと信じている。特に、医学部や法学部のように、彼らが普通以上に知的であったり十分な教育を受けていればなおさらである。さらに、障害は一般に、社会で要求される主な生活活動領域(例えば、家庭、結婚生活、社会的な機能、職業的な機能)におけるパフォーマンスの重大な機能不全を意味するべきであると主張する者もいる。これまでのことを簡単に言えば、障害者差別禁止法(ADA)が要求している障害は、平均的な人と比較しての障害であり、成人における高度に専門化し達成度が要求されるような狭い領域のセッティングや、個人の一般的な認知能力(例えばIQ)に基づいて障害を定義して要求している訳ではないということである。(Gordon、Keiser、1998年。Murphy、Gordon、2006年)

 著者は多くの要因があるため障害の定義は後者の視点を好む。科学的視点との整合性が必要であり、公正さや社会正義という観点、すなわち、ADHDという障害があることで特別な保護や財政的な利益や他の社会的な特権を受けていると見なされてはならないと思えるからである。平均以下(subnormal)だという理由でアドバンテージを保証することは本質的にフェアではない。さらに、後者の視点は、成人では、知能は個々の人生において成功するかどうかという機能のインディケーターにはならないし、IQと適応機能は相関しないという事実を考慮している。DSM-5は、障害という基準が含まれるべき領域、さらに、障害という基準が適応されるべきグループを明白にすべきであった。

 ADHDを有する大人達のDSM-5の診断基準に関するこれらの問題にも係らず、DSM-5での変更は改良と言える。そして、DSM-5では以前のDSMシリーズよりも成人のADHDを鋭敏に同定することであろう。

(次回に続く)

The Master

あなたは大人のADHDと診断されたが、・・・(その1 大人のADHDの概要)

子供時代


















 
 不思議なことに、以前は、全く診断されることがなかった病名が、ここ最近、大人にその診断名が多く使用されるようになってきている。それは大人の注意欠陥多動障害ADHDである。しかも、ADHDは本来ならば子供時代から症状を呈するはずの疾患なのであるが、子供時代には全く気づかれることはなく、大人になってから初めて気づかれるのである。そんな事があり得るのであろうか。

 子供時代はADHDではなかったものの、昨今、大人のADHDだと疑われてしまうケースには、仕事中のミス(不注意)や失敗の繰り返し、時間内に課題を完了できないことや、仕事中の不適切な行動(例えば、落ち着きがない、その逆で、ぼーっとしている、仕事中にうたた寝をする、等)、職場の要求水準を満たしていない、などの仕事絡みの問題からADHDが疑われ始めることが多いものと思われる。あなたのダメな仕事ぶりはADHDのせいなのだと疑われ、本人もそうかなと思い始めることになる。
 
 これはADHDという疾患のせいなのであろうか。それとも、ADHDではなく別の疾患なのであろうか。はたまた、疾患などではなくて単なる個性のレベルや適性の問題なのであろうか。
 
 あなたは、仕事選びを間違えたのかもしれない。能力に合わない仕事を選んでしまい、もっと別の職業を選択していたら、無難に仕事をこなせて、ADHDとまで診断されることはなかったのかもしれない。それとも、今の仕事に価値や喜びを見出せずに、ただやる気が出ないだけなのであろうか。あるいは、仕事に対する考え方が甘いのであろうか。はたまた、元々、道徳心が欠如しているから、仕事中という道徳心が問われるような大事な場面で遅刻とかさぼりとか昼寝といった不適切でダメなことを平気でしてしまうのだろうか。それとも、本当に大人のADHDなのであろうか。

 一方、Sluggish cognitive tempo(SCT)(適切な日本語訳はまだないので、認知テンポ遅延障害とでも訳しておく)という疾患概念が提唱されてきているのだが、どうやらその疾患も社会人の場合では結果的にADHDと同じような結果を招き(不注意によって仕事上でのダメぶりを発揮する)、大人のADHDと混同されてしまう可能性があるのであった。SCTを提唱しているバークレイ博士らによれば、大人の5%程度にこのSCTの状態(疾患?)があり、ADHDよりも仕事ぶりがダメなやつだと見なされ易く、賃金も安く抑えられてしまっているようだ。さらに、現段階ではSCTといった概念は一般社会では殆ど知られておらず、最近の概念であるため、精神科医の間でもあまり知られておらず、ADHDと誤診断されて、ストラテラなどのADHDと全く同じ薬を内服するはめになる人達が出てくることになろう。もし、アメリカで使用されている全ての薬剤が日本でも認可されれば、将来は、へたをすれば覚せい剤と全く同じ属性の、ADHDとは異なりSCTでは効果がなく危険なだけに過ぎないような薬を内服しなければならなくなるのかもしれないのであった。

SCT1SCT2SCT3









































 もし、SCTの方であるならば、↑の論文などから推測すれば、その子供時代は、ADHDの児童のような動き回って落ち着きがない子供とは全く逆の、ぼーっとしていることが多く、(表現が悪くて申し訳ないが)どんくさくて、とろい、のろまな、いつものんびりしており、授業中にすぐにウトウト眠ってしまうような、のんきな子供だったと思われる(ドラエモンの「のび太」のような子供である。のび太のように緊張感がないため、おそらく学業成績は平均以下が多かったことであろう。)。しかし、学校や家庭で騒ぎを起こす訳でもないため、問題にはならず、当然、健常児としてみなされていたことであろう。私は、こういった子供は健常だと思う。注意力などは正規分布では±2σ以内の正常域に属しており、個性の範囲内であろうと思えるからである。

子供時代2





 


 

 
 
 ADHDの子供と、のんきな子供、全く正反対の子供時代ではないか。
 
 しかし、いったん社会に出れば厳しい状況が待ち受けているのであった。仕事中はぼーっとしていたらダメなのである。常にやる気をみなぎらせて、気合い十分に、闘魂をこめて、仕事に全力集中し、1個のミスも冒すまいと、自分自身に鞭を打ちながら仕事に臨まないと、ダメなやつだ(ADHDだ)と見なされてしまうのであった。

 そして、このような子供時代には問題にはならなかった健常とみなされていた子供達が、大人になってから仕事のパフォーマンスが悪いからという理由でADHDと診断されるようになってきているが今の現代社会であろう。はたしてそれでいいのであろうか。仕事のダメぶりを全てADHDによる不注意のせいにして片づけてしまうのは、非常に危険で不適切な解決方法であろう。
 
 気性難で折り合いに欠ける馬(ADHD)は、力があってもレースで結果を残せないから競争不適格馬や駄馬と見なされレースに出してもらえなくなるのだが、スピードが出せない馬(SCT)も、そして、スピードが持続しない馬(SCT)も、使い物にならない駄馬だと否定されレースに出してもらえなくなることと全く同じことが、人類社会においても起きているのであった。競争馬としての能力が発揮できなければ否定されてしまうのである。
 
 まさに人類のサラブレッド化である。人類の競争馬化である。競馬場(職場)でサラブレッドとして合格だと認定されないと、競争不適格馬駄馬と診断され、調教施設(精神科クリニックや精神科病院)に回されるのである。

 さらに、うつ病である可能性もある。うつ病でも、仮面うつ病のような病態では、特に、アレキシチミアという「うつ」が自覚されにくいタイプがあり、そういった場合でも仕事のミスが増えて、憂うつそうに見えなければ大人のADHDだと疑われることもあり得るだろう。 しかも、うつ病はストラテラでは十分な効果は期待できないため(ストラテラは当初は抗うつ剤として開発されたが、プラセーボとの有意差を示せなかったため、抗うつ剤としては否定された経緯を有する薬剤である)、うつ病だったがADHDと誤診されてしまうと、治療が遠回りすることになり、やっかいな話となる。
   
 大人のADHD。私はかなり複雑な事象が絡んでいるのではと思っている。仕事ぶりがダメだからという理由だけで、子供時代はどうだったかを正しく評価されることもなく、ADHDだと単純に診断されてしまうのはいかがなものかと思う。ADHDと診断を下すのであれば、子供時代においてもADHDと診断される過去が必ず存在しているべきであるというのが私の個人的な意見である。しかも、子供時代の記憶は非常に曖昧であり、歪んで記憶されていることも多々あることが研究で示されているため、大人になってからの記憶で自分の子供時代の状態が正しく評価されるかは非常に不確実なことである。
(子供時代の記憶はあてにならない。)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20131031002
 
 大人のADHDを診断する上で、まずは、大人のADHDについて正しく理解しておかねばならない。大人のADHDという診断を下すのはそれから先のことである。

 今回は成人のADHDについてのレビューを紹介したい。今回引用したのは、論文ではなく、心理学を専攻する人へのメンタルヘルスに関する教育的なサイトに記載されていたバークレイ博士の講義内容である。更新が適時なされており、2013年11月の時点の内容を紹介する。なお、サイトには、この資料は閲覧は自由だが、教育を受けたという認定を受ける場合は有料だと書いてあった。転載は不可となっているため、詳細は省いて要点だけ記載することにした。内容の詳細に関しては原著を必ず参照して頂きたい。

今回も非常に長い内容であり、何回かに分けて紹介する。意訳した部分もかなりある。

大人のADHD: 歴史、診断、障害
「ADHD in Adults: History, Diagnosis, and Impairments」 by Russell A. Barkley, Ph.D.

成人のADHDの歴史
A Brief History of ADHD in Adults

 注意欠陥多動性障害(ADHD)の歴史については、幼児期におけるADHDに関しては多くの医学書や論文にて詳細に論議されている(例えば、Barkley 2006年、Barkley、Murphy、Fischer 2008年)。

 ADHDは殆どが幼児期における疾患であるため、成人のADHDに関しては少ない情報しかない。成人のADHDは、精神科医Edward HallowellとJohn Rateyによって1994年に出版された「Driven to Distraction」http://www.amazon.co.jp/Driven-Distraction-Revised-Recognizing-Attention/dp/0307743152/ref=pd_sim_fb_1)がベストセラーとなり、その後、広く一般市民にも認識されるようになっていったが、実は既に2世紀も前から報告されていたのである。ADHDのような注意障害に関する成人の記述は1775年にドイツの医師であるMelchior Adam Weikardが出版した医学書の中に短い章ではあるが既に記載されている。Weikardは、大人と児童の双方に、気が散り易く、持続性に乏しく、衝動的な行動をとり、不注意が目立つような症状を持つケースを記述しているが、これらの症状は現在のADHDの不注意inattentionという項目に関連した症状と思われる。
 
Driven to distraction










 さらに、スコットランドの医師であるAlexander Crichtonの1798年の記載があるが、2001年にPalmerとFingerがその記載を発見するまでは、誰もが気づかなかった。Crichtonは、不注意は年齢と共に減少するだろうとの見解を述べていた。この記載は、現在のADHDの不注意のタイプに相当すると思われる。著者自身が行った縦断的な研究によれば、子供時代の全ADHDの1/7~1/3は20歳後半で、1/2は40歳代で改善するようである(注;人の脳の髄鞘化が完了する年代が40歳半ばである。ADHDは、やはり髄鞘化と関連しているのであろうか)。Crichtonは、注意の障害は他の多くの精神的・肉体的な障害に関係していると感じていたが、注意障害には様々なコンポーネントが関わっており、現代の研究者はCrichtonと同様に、注意障害は単一のものではなく多次元なものから成ると考えている。

 Crichtonは、コンポーネントの1つとして注意の不連続inconstancy of attentionを想定した。彼は、いろんな対象に短時間ごとに注意がスキップしながら移っていってしまうため、ある特定の対象への注意が一定時間持続しないためではと考えた(自分の意志とは無関係に自動的にそうなってしまうのであろうか)。著者にとっては、これは現在のsustained attention and resistance to distractibility(注; 適切な訳が見つからなかったのでそのまま記載しておいた)という概念に似ているように思える。不注意の2つ目のコンポーネントは、注意力の容量エネルギーやパワーによるものが考えられる。注意は疲労やその時の精神的エネルギーによって影響を受ける可能性があるとCrichtonは考えたが、この概念は覚醒と機敏(敏捷さ)という現代の概念に近いようにも思える。このような精神的なエネルギーは、脳の疾患や外傷によって悪影響を受け、注意力は十分に使用されなかったり、過度に使用されるかもしれない(ナルコレプシーほどではないが、仕事中にすぐにウトウトと眠ってしまうようなタイプのミスを繰り返すケースには、ナルコレプシーに使用するヒスタミンを上げることで上行性網様体賦活系に作用するモダフィニルが効果があるかもしれない。カフェインでもそれなりに効果はあろうが。)

 我々は、注意障害の医学文献を見つけるために104年前に遡らねばならない。1902年に英国で講義されたシリーズで、George Stillは、注意の持続性行動でのモラルに大きな問題がある43名の児童について記述した。彼は、行動でのモラルの問題は、モラルの問題ではなくて、行動の調節の問題であると解釈した。彼は行動の調節の概念について、自分自身や他者のためにどのような行動を選ぶのかを、現在と未来の結果を予想しながら意識して比較する評価のプロセスであると解釈した。彼が記載したケースでは、不注意や事前の考慮が不足している訳ではなく、過活動なだけであった。彼は、自己の即時の満足が子供の行動の基本原理であり特性であると提案した。そして、全ての満足の中で、熱情(あるいは高ぶった情動)は最も一般的に観察される特性であり最も注目されるべきものであると考えた。彼はさらに、実際に罰せられるのだが、数時間以内にまた同じような違反を冒しているため、罰を受けるであろうという罰への感覚の減少が特徴であると注目した。彼は、「モラル・コントロールの欠如 defect in moral control」は典型的なものであり、比較的慢性なものであると信じていた。モラル・コントロールの欠如は、急性の脳疾患から二次的に後天的な脳の欠損として生じるかもしれないし、疾患からの回復が乏しいものかもしれないが、Stillが観察した多くのケースでは慢性的な現象であった。このように、ADHDは成人期まで持続し、それ故、成人期の同じようなパターンが幼少期にまで遡って存在していた可能性があると論理的に考えることができるものと思われる。
 
 成人のADHD関する調査研究の最初の論文は1960年代後半まで遡る。当時、微細脳損傷(微細脳機能障害)Minimal Brain DamageかDysfunction(MBD)としての成人に関する3つの論文がある。 1つ目の論文は、成人期での持続する多動/MBDの症状を示した追跡調査の公表である(Mendelson, Johnson, & Stewart, 1971; Menkes, Rowe, & Menkes, 1967)。 2つ目の論文は、多動児の両親の調査であり、その親も、多動であり、社会障害、ヒステリー、アルコール中毒で苦しんでいた(Cantwell, 1975; Morrison & Stewart, 1971))。 3つ目の論文は、MBDの児童の両親も、注意力、衝動制御、活動レベルでの異常があり、多動は家族的な関連性があること生物学的に確認したものだった。(Alberts-Corush, Firestone, & Goodman, 1986)。 この初期の研究から、ADHDの症状を持つ子供は両親にもADHDの症状があるかもしれないことを示唆し、ADHDが大人達にも存在しうることを意味していた。大人のADHDの存在を意味する証拠の3つ目の論文は、多動かMBDを持っていると思われる成人患者の研究報告である。 

 しかし、大人のADHDに関する一番最初の論文は、Menningerクリニックでの15人の思春期の患者と、若い成人患者(15歳~25歳まで)における神経心理学的、精神医学的な評価結果を報告したHarticollis(1968年)の論文であったように思える。 これらの患者の神経心理学的なパフォーマンス結果はMDBか中等度の脳のダメージが存在することを示唆するような結果であった。 それらの患者の行動的な特徴は、Stillが子供のケースで同定した衝動性、過活動、頑固さconcreteness、気分不安定、攻撃的な行動や抑うつ傾向を示唆するような内容だった。 いくつかのケースでは一貫して幼少時期からこのような行動を取っていた。 Harticollisは、精神分析理論を用いて、この子供の状態は、忙しく行動指向な両親との相互作用によって生じたものと推測した。 手短に言えば、認識機能の生まれながらの障害と特徴的な育児パターンとが相互作用することでMBDの状態が生じることになると解釈したのである。

 1年後の1969年に、QuitkinとKleinは、MBDに関連する成人の2つの行動症状を記述した。 彼らは、ニューヨーク州のHillside病院の105名の患者の「器質性」(脳ダメージ)に関する行動症状を研究した。 彼らは、他の疾患の成人患者と区別できるような、脳波(EEG)、心理テスト、臨床像、生育歴と同時に、中枢神経系(CNS)の損傷を示す神経学的ソフトサインとしての行動症状がないかを調査した。 彼らは、多動や衝動性はCNSのダメージ(=器質性)によるものだと信じて、多動、衝動行動といった生育歴を持っているケースを選択した。 これらのケースはさらに行動的特性により3つのグループに分類された。(1)社会的に無器用な引っ込み思案な行動特性(N=12)、(2)衝動的で破壊的な行動特性(N=19)、(3)他の2つに該当しない「ボーダーライン」グループ。 これらの「器質性」のグループでは、対照と比べて脳波異常と心理テストの異常は2倍であった。 注目に値するのが、幼少時期の多動・衝動的・不注意な行動は、大人になってからの衝動的・破壊的なグループの予測因子であり、幼少時期から成人期までこの行動形態は持続していたことが分かったことである。 さらに、衝動的ー破壊的なグループの19名の患者の17名は人格障害(情緒不安定性)の診断を受けていた。一方、社会的に不器用なグループではたった5名のみしか人格障害(シゾイドまたは受動依存性)の診断を受けていなかった。

 これらの結果は多動や衝動性は青年期に弱くなる傾向があるという当時広く支持されていた考えと反する考えであった。 彼らは、この子供の何名かは、これらの特定の行動症状は青年期まで続いたと主張した。 また、彼らは1969年に、衝動的・破壊的な患者は、両親による要求が強く完全主義的な育て方に原因があり、さらに、それは躾けとは言えないような育て方であるというHarticollisの精神分析学的な仮説に反対した。彼らは、家庭環境はこの症候群の原因ではないというStillの意見を踏まえつつ、「そのような両親は、困難さを激化させるだろうが、衝動的で破壊的な症候群の構成要素ではない」と仮定し、「心理社会的な環境は、他の研究者によっての疾患形成の原因だとして偏重されただけである」と仮定した。そして、構造化された教育とフェノチアジン系の薬剤による薬物療法の併用による治療が考えられうるとした。

 「器質性」の概念とは異なる観点から、MBDと定義された成人のケースに焦点を合わせた最初の論文は、1972年のShelleyとReisterの論文である。 彼らは、軍事基礎訓練への対応が困難な空軍での16名のケースについて記述した。 これらの患者は、著しい集中困難、情緒不安定、衝動性の制御を失うことへの恐怖、不安や自身の価値がなくなることへの強い苛立ちを有していたと記述された。 低い運動能力、遅い(sluggish)反応、応答のタイミングの問題が注目された。 脳波と神経学的所見は普通であったが、運動神経の不器用さ、平行感覚の乏しさ、左右の混乱、協調運動性の乏しさなどの「神経統合性の障害」による「ソフトサイン」を有する証拠を示した。 また、心理テストにて、知覚・運動の問題、非協調運動、タイミングの悪さの問題が存在することが明らかになった。 生育歴では、16名のうち14名に子供時代の癇癪と低いフラストレーション耐性による困難さを抱えており、さらに、12名(75%)には、他の疾患に見られるような多動性行動症候群hyperkinetic behavior syndromeと一致するような一貫した行動が認められた。 30年間も続く、運動の発達と協調性に関する問題はADHDの子供で記載されている (Barkley, 2006年)。

 翌年(1973年)、Anneliese Pontiusは100名以上のMBDの成人のケースの観察結果をまとた。彼女は、成人のMBDに関する多くのケースで、神経過敏であり、衝動的な行動を示すが、それらの障害は前頭葉と尾状核の機能不全から生じると提案した。 そのような機能不全は、「行動する前に行動計画を作ることができず、ゴールに到達する行動を描けずに、ゴールに到達することが最優先なのだということをすぐに忘れてしまい、そのような計画を構築した後で行動することがいつもできない」ことになる。さらに、もし、大人のMBDが前頭葉-尾状核のネットワークの機能不全から生じるのであれば、「行動を見直して再プログラムすることや、必要な時には原則に従って行動を変える(ゴールを目指し再プログラムして行動を変える)」能力がないことに関連しているはずである。

 彼女は、MBDの成人達における前頭葉-尾状核ネットワークの機能不全を観察した。その観察は彼女の予想通りだったことが20年後に判明した。 1996年にCastellanos、Giedd,、Marsh、Hamburger、Vatuzisらが.、1997年にSteingard、Renshaw、Kennedy、Biedermanによって子供のADHDの前頭葉-尾状核ネットワークのサイズが減少していることが示され、2012年にもHartらによって再確認された。さらに、ADHDの理論は遂行機能を含む神経心理学的障害に関連付けられた。例えば、計画を作る、情報に沿って行動を制御する(ワーキングメモリー)、ルールで統括された行動、応答の流暢性や柔軟性、などの障害である(Barkley1997年a、1997年b)。そのような障害は神経心理学的なテストによって判明するが(Frazierら2004、Herveyら2004年、Willcuttら2005年)、児童と成人のADHDの半数以上がテストでは障害があるという結果にはならない。しかし、日常生活の遂行機能を調べるテストでは大部分が障害域に該当することであろう(Barkley2011年a、BarkleyとMurphy2010年・ 2011年、BarkleyとFischer2011年)。ADHDのテストに問題がある。従来のテストは妥当性が乏しいため、EF(遂行機能)のレベルや社会性は評価されないだろう (Barkley, 2012a)。

 1975年に、MorrisonとMinkoffは、爆発性の性格や挿間性制御障害(episodic dyscontrol syndrome http://en.wikipedia.org/wiki/Episodic_dyscontrol_syndrome)持つ成人患者は多動性児童症候群(hyperactive child syndrome)の成人後の帰結でろうと主張した。1976年、MannとGreenspanは、MBDを有する成人は異なる診断実体(成人の脳機能不全)を構成していると提案した。彼らは2例のケースを提示した。 彼らは、MBDの成人は、基本的に注意障害を有しており、多動、衝動性、抑うつ、不安という問題を露呈し易いと信じていた。彼らは、診断精度を上げるためにレオン・アイゼンバーグLeon Eisenbergの行動に関する調査票(1973年)の使用を推奨した。 この調査票は、C. Keith Connersによって開発されたが、彼はアイゼンバーグと共に研究に従事しており、後に多動児の評価の中心となる評価尺度である。1974年にHans Huessyが抗うつ剤や刺激剤はMBDの大人達の運動過剰の治療として最も有益であるかもしれないという雑誌の編集者への手紙から、MannとGreenspanは、これらの症状は実際に抗うつ剤(塩酸イミプラミン)や刺激剤に反応することを見出した。

 1976年に、Wood、Reimherr、Wender、Johnsによって、MBDを有する成人への刺激剤の効果の最初の科学的な評価が行われた。 彼らは、ペモリン(興奮剤)、抗うつ剤であるイミプラミン、アミトリプチリンのオープントライアル後に、プラセーボとの二重盲検法を用いてMBDの成人15例の11例のメチルフェニデートへの反応を調査した。その結果、オープントライアルの15名中の10名に、興奮剤か抗うつ剤に陽性の反応を示していたが、メチルフェニデートを与えられた11名中8名も、良い反応を示したことを見出した。他の研究者によっても幼少期に多動やMBDを持っていた成人への治療として刺激剤と抗うつ剤の効果が報告された(Gomez、Janowsky、Zetin,、Huey、Clopton、1981年。Mann とGreenspan、1976年。Packer、1978年。Pontius、1973年。Rybak,、1977年。Shelley とReister、1972年)。 しかし、1990年代までは、成人の精神医学の専門家や一般大衆の双方ともに、幼児期のADHDと同等の特徴を持つ成人例を広範囲に認識するようにはならなかったし、刺激剤や抗うつ剤の使用も推奨はされなかった(Barkley、1994年・1998年。Spencer、Wilens、Biederman,、Faraone、Ablon、Lapey、1995年。Wender、1995年)。 その後も、ADHDを有する成人が存在するかどうか、それは治療されるべきかどうかは懐疑的なままであった(Shaffer、1994年)。

 1981年にGomezらは、100例の精神疾患の成人例を調査したが、32%が幼少期に多動と注意障害を有し、4%は衝動性を有していたことを報告した。 さらに、対照群と比較して、20%に成人の多動症候群と一致する症状を有すると報告した。 これらの症状は、性格障害と診断されたケースで最も高頻度に見い出された(47%には、幼少期も現在も共に多動症候群の症状を有していた)。 この研究は、少数派ではあるが精神科診療所で評価された成人の中でかなり割合で幼年期の多動症候群の歴史を持つ成人がおり、おそらく、1/5が成人になった後でも臨床症状を有することを示唆する。

 ここで、注意する必要があるのは、成人のADHDの診断基準に関する歴史である。 当時は子供のADHDへの科学的な薬物療法の最初の研究が開始されたばかりであったが、Paul Wenderは、成人のADHDの診断基準を最初に提案した。当時は子供がADHDの概念の中心に位置しており、1995年のWenderの提案はそれに対立するものであった。Wenderは、幼少期の多動症候群syndrome of childhood hyperactivity(DSM-II、1968年)や注意欠陥障害Attention Deficit Disorder(DSM-III、1980年)という診断基準は成人では適切ではないと認識していた。一部の成人ではADHDが続いた状態であるかもしれないし、そのように診断されるのは可能かもしれないが、その一方で、成人では既に広範囲にわたって子供の診断基準を満たすような完全な症状が存在する訳ではないし、成人のADHDの診断を適切に行えるような診断基準も存在していないと認識していた。
 
 Wenderは、後に多くの研究(特に薬物療法のトライアル)で使用されることになる成人のADHDを診断するためのアプローチ方法を開発した(Wender、1995年)。以下の通りである。患者と情報提供者(親が望ましい)は、幼少期のADHDをレトロスペクティブに診断するためにインタビューされる。多動で不注意な症状が今も続いており持続しているかの証拠が得られることになる。7つの症状が成人のADHDを特徴づける表現型であるとして提案された。
(1)不注意さ inattentiveness
(2)多動 hyperactivity
(3)気分不安定 mood lability
(4)イライラと短気 irritability and hot temper
(5)ストレスへの耐性の低さ impaired stress tolerance 
(6)統合性(まとまり)のなさ disorganization
(7)衝動性 impulsivity
これは、「ユタUtah診断基準」として知られており、子供時代のレトロスペクティブな診断、不注意さと多動の継続、残りの5症状のうち2症状の存在が成人のADHDとして診断する上で必要とされた。 また、Wenderは子供時代のADHDの存在をレトロスペクティブに診断するための評価尺度を開発した。ヴェンダー・ユタ評価尺度 Wender Utah Rating Scale(WURS)である(Ward、Wender、 、Reimherr、1993年)。WURSはレトロスペクティブに子供時代の行動を調べる自己完成型のレポートである。信頼性を担保するために、子供時代のレトロスペクティブな診断、現在の症状の慎重な描出、そして、第三者からの子供時代と成人期の行動の情報収集をルーチンで行うことが必要であることを確立した。この診断規則は、多くの臨床医や研究者の標準的な手法になった(なお、バークレイ博士が提唱している大人のADHDの診断基準に関しては、今回以降の章に記載されている)。

 1993年以前には成人のADHDのガイドラインがなかったとしても、ウェンダーのアプローチは後に問題があることが、現在の研究や臨床において議論されている (McGoughとBarkley、2004年)。DSMのその後の版で、ユタ診断基準は、ADHDの現在の臨床の概念からは外された。 DSMによって診断された子供のADHDの研究に、ユタ評価基準のような大人の例まで引き出すような診断スキーマを適用するのは難しいことであろう。さらに、ユタ診断基準では、子供時代からの一貫した不注意と多動を示す個人しか選別しないため、DSM-IVや、現在のSluggish Cognitive Tempo(Barkley、2012年b, 2012年c)と呼ばれれて議論されているような、不注意であることが病態の中心であるADHDのサブタイプの患者は除外されてしまう(バークレイ博士はSCTは大人のADHDのサブタイプだと考えているようである)。さらにユタ診断基準では、成人のADHDでも、大うつ病、精神病、重度の人格障害を有する場合も除外されてしまう。これらの制限は薬物療法の調査研究では有利である反面、明らかに障害があり治療を受ければ利益を得るかもしれない多くの成人患者を診断しないことになるであろう。
 
 これまでの研究では、子供と成人のADHDの少数ではあるが、ある頻度で、成人期における大うつ病や気分変調症(20-27%)、人格障害(11-24%)を有していたことが示された(Barkley、2006年。Barkleyら、2008年。Fischer、Barkley、Smallish、Fletcher、2002年。MurphyとBarkley、1996年)。 同様に、成人のADHDを専門としているクリニックに自ら受診する大人達は、子供時代からADHDを有する大人よりも不安障害やうつ状態を高頻度に示すことも示された(Barkleyら、2008年。MurphyとBarkley、1996年a。Shekim、Asarnow、Hess、Zauha、Wheeler、1990年)。WURSにおける診断基準に関する更なる問題は、初期の段階における適切な基準の欠如である。成人のADHDでは、判定する者の臨床経験に基づいた基準ではなく、発達の問題から生じた症状の逸脱を実証的なカットオフスコアに基づいてより正確に客観的に同定する基準が必要なのである。これらの理由で、ユタ診断基準は、DSM-IVや2013年5月からのDSM-5を使用している研究者や臨床医では使用されなくなった。大人の診断基準として後に改良された評価尺度、例えば、Conners、Erhardt、Sparrow (1998年)によって開発された大人のための評価尺度、または、DSMで記載された症状のリストにより近く合わせられたもの、例えば、Brownの評価尺度 (1996年)、筆者自身の評価尺度 (Barkley、2011年b)は、WURSに代わるDSMに基づいた評価尺度として提供されている。
Prevalence of ADHD with MDD














 成人のADHDの歴史の分岐点は、イーライリリー社による「非刺激剤」であるアトモキセチンatomoxetine(ストラテラStrattera)の開発であった。アトモキセチンを使用した数千名もの成人のADHDへのプラセーボとのランダム化試験が行われた。 アトモキセチンは、最初は抗うつ剤として約1,200名の成人例で試験されたが、抗うつ剤としてのトライアルでは、アトモキセチンはプラセーボとの有意差はなかったため、抗うつ剤としては断念された(注; アトモキセチンは薬理学的にはノルアドレナリンの再取り込み阻害剤である)。しかし、イーライリリー社のJohn Heiligensteinによって成人のADHDへの研究が推進され、マサチューセッツ総合病院にて成人へのADHDの試験が開始された。この研究ではプラセーボとの二重盲検試験が採用されたが、SpencerらによってアトモキセチンはプラセーボよりもADHDの臨床症状を減少させる効果があることが示された。(Spencer、Biederman、 Wilens、Prince、Hatch、Jonesら、1998年)。このポジティブな発見は、成人のADHDにおけるアトモキセチンの2つの大規模なマルチ・サイト試験につながった。そして、536名以上の大人のADHDが評価されADHDに対して有効であることが示された(Michelson、Adler、Spencer、Reimherr、West、Allenら、2003年)。この研究は、これまでに実施された成人のADHDへの薬物療法評価試験としては最も大規模なものである。成人のADHDへの薬物療法の試験はこれからも続くことであろう。

Atomoxetine for Adult ADHD














 Atomoxetineは、米国食品医薬品局(FDA)によって成人のADHDの治療薬として承認された最初の新薬である。その後、刺激剤や興奮剤(覚せい剤)(メチルフェニデート、アンフェタミン塩、など)が成人のADHDの治療薬として厳密に試験された結果、成人における年齢層での使用がFDAによって承認されたhttp://en.wikipedia.org/wiki/Amphetamine_mixed_salts_(medication)。 新しいデリバリーシステムが近年進歩し、即時放出型の製剤よりも、一日間以上にわたり放出される持続性放出型製剤が大きな治療効果を可能にした。これらの新しいデリバリーシステムの製剤には、浸透圧ポンプ製剤(コンサータ)、可変タイムリリース・ペレット製剤(Focalin XR、Metadate CD、リタリンLA、Adderall XR、他)、皮膚パッチ製剤(DaytranaR)があるが、これらの製剤よりも先に使用されていたワックスマトリックス徐放性製剤(リタリンSR)は臨床的には期待外れの製剤だった。新しいアンフェタミン化合物(注;Lisdexamfetamine=フェニルチラミンとアンフェタミンのプロドラッグ)は腸管から吸収された後に活性化されるのではあるが、その前に胃で溶解するカプセルの剤型を採用した混合アンフェタミン化合物製剤(Vyvanse)が、この原稿を執筆中に成人のADHDへの適応を、乱用不可能な処方形式に限定された形でFDAから承認された(注; 肝臓で代謝されてアンフェタミンに変化するのだが、脳へはアンフェタミンとして作用する訳であり、用量を間違えれば、覚せい剤中毒や覚せい剤精神病の恐れがあるようにも思えるのだが・・・)(;゚Д゚)。
Vyvanse
medication for Adult ADHD








































(アメリカでは6歳以上の児童や大人であれば、完全な覚せい剤が使用可能になったのである。依存性、有害事象、中毒や乱用を懸念する声があがるのは当然であろう。しかし、そこまでしないとADHDは良くならないのであろうか。)
 
 注; かって、日本海軍は特攻隊員にヒロポン(メタンフェタミン)を内服させて特攻を命じていたらしいのだが(事実かどうかは私には分からないが)、まさに、戦場のような現代社会で生きていくために、日本海軍の特攻隊のようなことが再びアメリカ社会で行われ始めたのである。ここまでしないと生きていけない現代社会は、私にはもはや狂っているとしか思えない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3

 実際の臨床場面では非常に多いと思われる成人のADHDではあるが、成人のADHDに対する心理学的な治療に関しては、薬物療法のような詳細な科学的調査は現在までは成されていない。最近は改善しつつあるが、成人のADHDに関する心理療法の臨床科学的文献が不足しているのは紛れもない事実である。(KnouseとSafren、2010年、MongiaとHechtman、2012年)。Safrenらは(Safren、Perlman,、Sprich、 Otto、2005年)、成人のADHDに対する薬物療法の補完としてのグループ化された認知行動療法(CBT)プログラムを開発した。このマニュアル化された心理療法の小規模な研究が初期に行われたが、その成果は薬物療法単独の場合よりもはるかに有益であることが示された (Safren、Otto、Sprich、Winett、Wilens、Biederman、2005年)。 その後すぐに、RamsayとRothsteinは(2007年)、成人のADHDのCBTプログラムを開発した。さらに、大人のADHDにおいては、不安、抑うつ、学習障害などの疾患の併存率が高い上に、薬物治療はADHDを有する成人の全ての障害のドメインに対しては対処できない可能性があることを考えると、このような心理療法は推奨されるべきものである。最近、Mary SolantoらはADHDに関連付けられている遂行機能障害に焦点を当てた成人のADHDへのCBTプログラムを開発した(Solanto、2011年)。

 成人のADHDが本当に実在する疾患であると受け入れられた以上、成人のADHDが大人の中でどれだけ存在するかを問うことになる。

次の章でこの問題(成人のADHDの有病率)について触れる。

(次回に続く)

 アメリカ合衆国ではADHDの治療のために正真正銘の覚せい剤(麻薬)が使用され始めているのには驚いた。しかし、これと同じようなことが、奴隷制度で支えられていた大昔の社会で行われていたのである。中毒にならない程度の少量のコカイン(コカの葉)を使いながら、奴隷としての苦役に耐え続ける。インカ帝国やマヤ文明で実際に行われていたことであるが、それと全く同じことがアメリカ合衆国で行われ始めたのである。どうやらアメリカ合衆国ではADHDは現代社会の奴隷として活用されることになったようだ。ADHDと診断された大人達は、インカ帝国の奴隷と同じように、これからは覚せい剤を常に少量内服しながら、集中力を持続させて社会のために最高度のパフォーマンスで働き続けることになったのである。

 覚せい剤を飲んでまで仕事のパフォーマンスを上げることを要求される。とんでもない世の中になったものだと思うのは私だけであろうか。

 ドラえもんの最終回はこうなると私は予測する。大人になったのび太が仕事でもダメっぷりを発揮して、大人のADHDじゃないのかと職場の産業医から指摘され、職場から精神科に受診するように命じられて精神科を受診したのだが、そのダメっぷりに驚いた受診先の精神科医は一番強力なADHD用の薬剤(Vyvanse)を処方し、のび太はいつものうっかりミスで内服する量を間違えてVyvanseを過量に飲んでしまい、興奮して運転免許もないのに運転し、猛烈なスピードを出して高速道路で華々しく散るという話が最終回になるのであろう。(たぶん)。

21世紀の奴隷
 
アクセスカウンター
  • 累計:

最新記事
カテゴリ別アーカイブ
記事検索
管理者へのメッセージ

読者がブログ管理者に非公開でメッセージを送れます。内容は自由です。

名前
本文
読者登録
LINE読者登録QRコード
プロフィール

beziehungswahn

ライブドアブログでは広告のパーソナライズや効果測定のためクッキー(cookie)を使用しています。
このバナーを閉じるか閲覧を継続することでクッキーの使用を承認いただいたものとさせていただきます。
また、お客様は当社パートナー企業における所定の手続きにより、クッキーの使用を管理することもできます。
詳細はライブドア利用規約をご確認ください。