2023年3月18日、ロシアが支配しているクリミアを訪問したプーチン大統領(中)(写真・SPUTNIK/時事通信フォト)

ウクライナ侵攻の戦況は膠着状態が続いている。ロシア軍は東部で攻勢を続けているが、いまだにプーチン大統領が渇望している「象徴的勝利」でさえ挙げられないままだ。

プーチン氏は勝利への展望を示せないまま、最近では「国家存亡」が懸かっていると危機感を国内向けに煽り始めた。それでも今のところ、戦争への支持も高く、プーチン体制は強固だ。それはなぜか。さまざまな要因があるが、今回は問題の根本にあるロシア人の国民性の観点から考えてみたい。

世論調査での高支持率の理由

侵攻開始から丸1年を控えた2023年2月半ば、ある著名な社会学者の発言が注目を集めた。独立系世論調査機関レバダセンターの前所長で、現在はセンターの研究責任者でもあるレフ・グトコフ氏のポーランド紙とのインタビューだ。

レバダセンターの調査では戦争支持が70%から80%前後の高い水準で推移していることについて、実際の支持率はもっと低いとする通説を明確に否定し、本音の支持率を反映しているとの見解を示したからだ。グトコフ氏は「私自身、戦争支持の程度の高さにショックを受けた。侵攻に対し、社会はもっと否定的な反応を示すと予測していたからだ」と述べた。

こうした高い戦争支持率を示す今のロシア社会はどういう状況になっているのか。グトコフ氏はこう分析する。「基本的に、世論は政治への無関心、いつか戦争は終わるという期待、生活は変わらない、という気持ちがない交ぜになっている」と。そのうえで、本当に反プーチン、戦争反対の意見は10%から12%前後ではないかとみているという。

グトコフ氏は戦争支持が根強い要因として、戦死者の実際の規模を含め、実情を伝えないクレムリンによるプロパガンダの影響も大きいとしながらも、「実際のところ、ロシア社会は予想よりもっと(政府に)従順で、受け身であることがわかった」と語った。

グトコフ氏が指摘する国民の政府への「従順さ」。この言葉こそ、戦争とロシア国民の関係を理解するうえでのキーワードである。戦争への高い支持率だけではない。ほかにも「従順さ」という視点から説明できる問題がある。

例えば、なぜロシアで大規模な反戦デモが起きないのか、という疑問だ。ロシアでは小規模のデモでさえ、厳しい取り締まりの対象となる。当局の暴力や投獄への恐怖という要素も背景にあるのは間違いないだろう。しかし反戦デモが起きない要因について、ロシアのリベラル派の政治学者アンドレイ・コレスニコフ氏は、暴力への恐怖ではなく、権力への「従順さ」こそに最大の要因であると指摘する。

国民の「従順さ」はどこから来るのか

このコレスニコフ氏の指摘を深く肉付けする形で、ロシア人の従順さの歴史的「源流」について本格的な論考を発表したのはソ連時代からロシアを代表する政治学者であるアレクサンドル・ツィプコ氏だ。侵攻開始後の2022年6月22日付のロシア有力紙『ネザビシマヤ・ガゼータ』で、「もはや黙っていられない」と公然とプーチン政権による侵攻を批判した。

論考は、ロシア人が、帝政時代から全能なる「父なるツアーリ(皇帝)」に政治を委ねるという伝統的思考を今も受け継いでいると指摘。この結果「法意識、人命の大切さ」などの西欧的価値観を社会に定着させることができなかったと指摘した。

このため、ロシアでは「自律的に思考する人々、ましてや権力に論争を挑む人間は嫌われるのだ」と指摘した。ツィプコ氏は結論として「はっきり言うが、今のロシアの専制体制の根本にあるのは、こうしたロシアの文化的後進性である」と断じた。

2000年に登場したプーチン政権に国民が高い支持を示した背景として、従来「社会契約論」が語られてきた。国民が政治に口を挟まない代わりに、クレムリンは国民に安定した生活を保障するという、一種のギブ・アンド・テーク論だ。 

しかし、1年以上続く侵攻によって多数の戦死者を出し、数十万の若者が動員を嫌って国外に脱出するなど社会全体が大きく揺さぶられている現在でも国民がプーチン政権を支持する理由として、このいかにも社会学的な、スマートな切り方である「社会契約論」だけでは説明がつかないと筆者は考えていた。その意味で、指導者に政治のすべてを委ねるロシア人。これこそがプーチン支持の源流だというツィプコ氏の歴史的考察は極めて説得力がある。

興味深いのは、論考の中で、ツィプコ氏が現在投獄されている反政権派運動の指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏を批判したことだ。両氏はともに、欧米的民主主義を志向する方向性を共有しているはずだが、ツィプコ氏はナワリヌイ氏について、ロシア人の「歴史的特性」を理解していないから多くの国民から支持を得られていないと指摘したのだ。

この批判についてツィプコ氏は詳述していないが、念頭にあるのはナワリヌイ氏によるプーチン政権の腐敗追及運動だろう。いくら腐敗を告発しても、指導者にすべてを委ねる国民性からすれば、プーチン氏がどれほど莫大な財を不当に得たとしても自分たちに関係がない政治の話であり、騒ぐ問題ではないと受け止める。だから、いくら腐敗を告発してもロシアの有権者の心には響かないと忠告したのだと筆者は考える。

ツィプコ氏の指摘を裏付ける典型的ケースがあった。ナワリヌイ派が2021年1月、プーチン氏がロシア南部の黒海沿岸に推定1000億ルーブル(約1400億円)相当の豪華な「宮殿」を所有しているとの暴露動画を公開した問題だ。

世界中で騒がれ、大きな政治スキャンダルに発展するとの見方もあったが、世論調査でもほとんど影響は出なかった。民主義国家では権力者の腐敗は大きな問題になるが、ロシアの政治風土ではいくら追及しても「暖簾に腕押し」なのだ。

ツアーリのように振る舞うプーチン氏にすべてを委ねる多くのロシア人。侵攻の必要性をめぐって、これまでプーチン氏がその言説の力点をまるでゴールポストを勝手に移すように変更しても、国民が後を付いてくる理由もここにある。

侵攻開始時には、ウクライナの「非ナチ化」「非軍事化」という、ウクライナ政権のレジーム・チェンジを掲げていたが、その後はウクライナ・ドンバス地方のロシア系住民の保護を掲げ、最近の力点はウクライナへの憎悪より、ロシア連邦の分解を目指す西側との間の国家存亡をかけた防衛戦争だと変わってきている。しかし、どちらにしてもプーチン氏にすべて任せるしかないと国民は思っているのだろう。

「人命の軽視」という国民性

これまで、権力への「従順さ」という切り口で国民の高い戦争支持を見てきたが、戦争をめぐってはもう一つ重要な歴史的国民性がある。「人命の軽視」である。

2022年9月、侵攻でウクライナ軍に主導権を奪われたプーチン政権は、約30万人を対象に「部分的動員」を実施した。この結果、動員兵が、「大砲のえさ」との言葉が象徴するように、ろくな兵器も訓練もないまま最前線で突撃を命じられているとの訴えが動員兵やその家族から相次いでいる。21世紀とは思えない、この兵士の命に対する驚くべき軽視もロシア軍の伝統なのである。

この伝統について2022年12月アメリカの米外交誌『フォーリンアフェアーズ』で詳述したのが、ロシア軍史に詳しいイギリスの軍事歴史家アントニー・ビーバー氏だ。

1812年にロシア遠征を行ったフランスのナポレオン皇帝はロシア軍に撃退され、多数のフランス軍将兵を見捨てながら帰国して非情さを見せた。だが、ロシア軍指導部は自国兵士の損失について、ナポレオンより「はるかに軽視していた」と紹介した。

それによると、ロシア軍は農奴出身の兵士たちを「肉挽き」戦術と呼ばれる非情な人海戦術に使い、計20万人もの戦傷者を出した。ビーバー氏はこの人命軽視の伝統が、「今のウクライナ戦争でも明らかだ」と評した。

現在のウクライナ戦争でも、ロシア軍の人的損失は加速度的に急増している。2023年2月以降、ドンバス地方の完全占領を急がせるプーチン氏の厳命を受け、ロシア軍は人的犠牲をまったく顧みない人海戦術による攻撃を繰り返し、1日に1000人前後という驚くべき数の戦死者が出ている。

これについてロシアの軍事評論家であるユーリー・フョードロフ氏は、「ロシア社会は戦死者を気にしなくなった。非常に残念だが、これだけの損失を許容しているのだ」と嘆く。ロシアでは最近、夫が戦死した寡婦たちが国から贈られた毛皮のコートを並んで披露して政府への感謝を口にするシーンなど、同様の映像がツイッターで相次いで公開されている。映像のすべてが本物かどうかは不明だが、社会の現状を反映しているとフョードロフ氏はみる。「恐ろしい光景だが、これがロシアの現実だ」と指摘する。

とくに経済的に貧しい地方の農村では、夫の極めて少ない収入より、戦死者への国からの補償金が圧倒的に多い。「親戚を含めて命を奪われるのに慣れているのだ」という。

さらに、人権に対するプーチン氏の恐ろしいほどの冷笑的軽視を物語る事態が起きた。国際刑事裁判所(ICC、本部はオランダのハーグ)が2023年3月17日、ウクライナからの子どもの大規模連れ去りに関与した疑いがあるとして、戦争犯罪の容疑でロシアのプーチン氏に逮捕状を出したのだ。

少なくとも1万6000人の子どもを勝手にロシアに連れ去り、養子縁組をさせるという今回の事態は重大な戦争犯罪だ。だが筆者が強調したいのは、この戦争犯罪的行為をプーチン氏が密かに隠れて推し進めたわけではないということだ。堂々と、当然の権利のように行っていたのだ。

戦後の政治生命を失ったプーチン

これを象徴する光景が最近あった。プーチン氏は2023年3月16日、大統領公邸執務室に子どもの権利を担当する大統領全権代表マリア・リボワベロワ氏を招き、養子縁組の進行状況についての報告を嬉しそうに笑顔を浮かべながら受けたのだ。

今回、ICCが各国専門家の大方の予想を裏切る形で、このタイミングでプーチン氏とリボワベロワ氏の2人に逮捕状を出す引き金になったのは、この背筋が凍るような会談の映像の衝撃があったと筆者は見る。

ではなぜ、プーチン氏はこの計画を悪びれることなく進めたのか。この背景には1930年代から50年代に旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが行った大規模な少数民族の強制移住がある。中央政権に反抗的な民族などを強制的に各地に移住させたのだ。全部で計600万人以上が送られ、過酷な生活を余儀なくされた。

ソ連創設時、各民族の自治を認めず中央集権体制を築いたスターリンを、プーチン氏は侵攻直前に高く評価した。そのプーチン氏からすれば、今ロシアに抵抗するウクライナから、取りあえず子供を集団移住させることはソ連復活に向けた大事業と考えているのだろう。

結局のところ、今回の侵攻ではっきりしたのは、プーチン氏も、そして多くの国民も帝政ロシア時代以来のロシアの歴史的な「後進性」から脱却できていないということだ。

そして最後に強調したいのは、今回のICCによる逮捕状の意義である。プーチン氏が今後実際に逮捕されるか否かは当然注目されるが、ウクライナ情勢に照らして最大の注目点はこれではない。戦争終了後のプーチン氏の政治的存命の可能性がなくなったということである。

123の国と地域が加盟するICC加盟国はもちろん、未加盟であるアメリカのバイデン大統領も、今回のICC決定への支持を明確に表明した。これにより、今後戦争がいかなる結末になってもアメリカをはじめ米欧がプーチン氏の政権への居座りを認めるシナリオが消えたということになる。

実は従来、仮にロシアが戦争で敗北しても、核兵器を有するロシア情勢安定のため米欧、とくにアメリカやフランスがプーチン氏の続投を認めるのではないか、との冷めた見方があった。しかし人道上の戦争犯罪で逮捕状が出されたプーチン氏の居座りを米欧が認める道は、これで完全に消滅したと言えるだろう。

この観点から筆者が1つ残念に思うことがあった。2023年3月18日に来日したドイツのショルツ首相との首脳会談後の共同会見で、ICCの決定を支持する立場をショルツ氏が表明したのに対し、岸田首相は支持を明言せずに「捜査の進展を重大な関心を持って注視していく」と述べるにとどめたことだ。通常、「重大な関心を持って注視」とは、その時点で当該の政府が明確にコミットしたくない時に使う外交用語だ。G7議長国でもある日本の首相には、明確に支持を表明してほしかった。    

(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)