第14話 VSストシュビル

 帯状の庭は一瞬で突破できた。おそらく通してもいいと言うふうにあらかじめ妖力のパターンが認識されていたからだろう。

 一行は実質的には柊が課した燈真への試練である任務をこなすべく、魍魎に憑かれたストシュビルを探す。


 深い森。椴松トドマツ白樺シラカバが並び、草花が枝葉から漏れる陽光を浴びて煌めいている。

 蝶々が宙を舞っていき、そいつは本能でそれがわかっているのか蜘蛛の巣を避けるようにして舞い上がっていく。


 昆虫は頭の良さではなく、生まれついた習性でときおり恐ろしいほどに狡猾かつ巧妙な動きや狩り、習性を見せる。蟻の自己犠牲というのはあまりにも有名だ。

 ただ、昆虫には知性がある——そんな説もあるらしいが。


 虫のことはどうでもいいんだったと燈真は思考から追いやって、川沿いに出た。椿姫たちの指示ではない。燈真の判断だ。


「ストシュビルは確か魚を食う幻獣だ。海がないここで魚を食うとしたら川……魍魎憑きの侵食度がⅠなら、そこまで大きく習性は変わってないだろうし」


 実物を見たことはなくとも、名前とともに多少の生態は知っている。図鑑だったり、学校に幻獣博士みたいなキャラは一人はいるしで、知識だけは入ってくるのだ。それにときどきテレビでも幻獣特集が組まれる。幻獣保護区のドキュメンタリーは結構な人気特集だ。


 身を低くしつつ草葉に隠れて周囲を観察すると、木々の向こうから灰色の鱗と甲殻、羽毛を持った巨大な鳥が現れた。

 体高は四メートルほどか。嘴から尾までの長さは八メートルを超え、胸元の羽毛だけが白銀色をしている。


 落ちていた枯れ枝をバキバキと踏み砕き、ゆっくりと歩いている。ときどき呻くようにもがいたり、何かに抗うような仕草を見せる。


「取り憑いた魍魎に抵抗しているわね。あの様子ならまだⅠ」

「侵食度が上がるとだんだん抵抗頻度が落ちる代わりに、激痛を伴うようになるんだっけ」


 椿姫の言葉に燈真がそう応じた。万里恵が頷く。


「ストシュビルのためにもさっさと祓ったほうがいい」

「だな。……後ろから行こう。俺が攻めるから、バックアップを頼む」


 燈真が足音を殺し、抜刀。素早く背後から接近する。

 草をかき分ける音で気づかれ、ストシュビルがのっそりと頭を尻尾の方に向けた。燈真はそれに構わず素早く刀を振るい、首筋に刃を打ち込む。


 刀身がややずんぐりした、腹側は羽毛、横と背中側は鱗に覆われた首に激突。鋭い刃が鱗を滑り、火花を散らして斬撃の勢いを逸らされた。


「カッ――、クッ、カカカカッ!」


 鳴き声――ではない。山吹色の嘴を激しく鳴らすクラッタリングで怒りを露わにし、その場で二、三回小刻みにジャンプして羽をバサバサ羽ばたかせる。

 燈真は妖力強化の出力を上げてその場を飛び退く。


「っと」


 巨大な嘴が燈真のいたところを抉り、踏み固められていた硬い土を掘り返す。

 ストシュビルは羽のアシストを受けながら跳躍して燈真を追い、二度三度と嘴を振り下ろした。

 杭打ち機のように嘴が大地を叩き砕き、推定十トンもの巨躯を支える足が土を陥没させていく。


 椿姫は横に回って妖術式〈千紫万劫せんしばんこう〉を発動。掌に紫紺の狐火を纏わせ、それを火球に形成。

 必殺の剣技ほどの威力は出ないが、かえってバックアップにはちょうどいい威力になる。


「燈真、伏せて!」


 椿姫の声に合わせて燈真が屈んだ。彼の頭上を拳大の火球が二発過ぎ去り、ストシュビルの嘴と胸毛に激突。火の粉が散り、か細い驚いたような悲鳴が上がった。

 燈真は舞い上がる煙と羽毛が焼けこげる嫌な匂いに眉を顰めながら腰を落とし、横一文字に剣を振り抜いて返す刃で袈裟に切り下ろし、裏切上に振り上げて刺突を見舞う。

 一呼吸の間にも満たぬ素早い四連撃。怪鳥が驚いたようにたたらを踏む。


 退魔局の治療師が控えているとはいえ、本来無害な幻獣を痛ぶるのははっきりいってクソッタレだとしか思えなかった。たとえ瘴気によって本体へのダメージが限りなく軽減されると分かっていても。

 こんな仕事もしなきゃいけないのか。こんなの祓葬じゃなくて虐待だ。燈真は奥歯を噛んで、怒りを飲み下す。


 雑念を払うように左手で頬を打ち、燈真は焼けこげた胸へ切り上げ。しかしストシュビルは素早く羽を盾にし、骨格部分の頑丈な爪で刀身を払うとその場で足を踏み締め、尾を韃のように振るった。


「!」


 強化術があるとはいえ直撃すれば痛いでは済まない。燈真は刀を体と尾の間に割り込ませ、可能な限り妖力膜を分厚くした。

 ガツンッ、と鈍い音と共に燈真は吹っ飛び、万里恵に抱き止められながらノックバック。大木に叩きつけられる前に止まった。


「あっぶねえ~。燈真、平気?」

「あぶねえ……。ありがとう」


 ストシュビルは全身を小刻みに振るわせ、黒紫色の瘴気を振り払おうともがく。呻くように喉を震わせ、涎を垂らしてガチガチ嘴を鳴らす。

 もがき、苦しむ。魍魎憑きはその地獄に囚われることになるのだ。

 一説には魍魎に食われるとその部分は虚無に囚われ、取り憑かれれば無という庭に閉じ込められるとか。


「どう?」


 斜め後ろに立つ椿姫がそう聞いてきた。燈真はかすかに切った皮膚から流れる血を髪と一緒にかきあげつつ、答える。


「動きは特別速くない。完全なパワータイプだ。ゴリ押しで攻めるより、回避して素早く一撃離脱がセオリー。だけど……」

「だけど?」

「さっさと祓いたい。いくらなんでも良心が痛む」

「そう言える子でよかった。泣いた赤鬼タイプね」

「うるさい」


 刀に妖力を込める。この一振りは妖刀でありながら、特別な固有能力はない。補助特化型の作りだ。

 ずず、と青黒い妖力がまとわりつき、燈真の角に青い脈が浮かんで微かに輝く。瞳がより鮮烈に青く彩られ、燈真の術が発動。

 妖刀の補助を借りれば、燈真は己の心臓と共に継承した固有術式を発動できるのだ。


「魍魎憑きの体表面の瘴気は、その宿主を外傷から守るが魍魎の方にフィードバックされる。つまり、でかい的に攻撃し続けるだけで祓い飛ばせる」

「ちゃんと人の話聞いてんじゃん。椿姫とは大違い」

「はあ? 私は文学的だから活字で読む方が好きなだけなんだけど」


影業鬼怨えいごうきえん〉——燈真の術。正確には、彼の母・浮奈の家系に伝わる術だ。母の兄で、燈真を可愛がっていたという叔父・和真から受け継いだ、迷いを穿つ影の槍。


「穿てッ!」


 刀に形成された円錐状の騎馬槍ランスが射出された。ドリルのようにきりもみ回転し、風を切り裂きながらまっすぐに飛んだそれは体をターンさせて翼を盾にしたストシュビルの表層を削り、拡散。

 椿姫が狐火球を生成して打ち出すと同時に燈真と万里恵が走り出した。


 ストシュビルは羽ばたき、脚力をフルに用いてバックステップ。火球が地面を抉り、背の低い雑草があっという間に炭化。それを踏み越えて万里恵が直上から襲い掛かり、背中の甲殻に切り込む。

 左右の小太刀——地龍・天龍で隙間に刃を入れ、鱗を剥がし、甲殻を浮かせる。

 皮膚に張り付いていた甲殻は瞬時に瘴気が治癒させるが、そこだけ妙に瘴気が濃く、黒い靄のようなものが目に見えて集まった。


「燈真、心臓部が出た!」

「わかった! 今助けてやる」


 妖刀を腰に構え、空中へ跳躍。運よくうめき始めたストシュビルの背中に着地し、介錯をする侍のように靄を一閃。素早く切り払い、それを霧散させた。


「ギィィィイィイイァァアアアァァアア————……」


 ガラスを擦り合わせてかきむしるような悲鳴が上がり、ストシュビルの全身から瘴気が吹き上がり、雲散霧消する。

 天高く羽を広げたストシュビルはしばらくこちらを眺めていた。三名の若者を白銀の瞳で見下ろし、それから親愛の証としてハシビロコウ行う左右に頭を振りながら会釈する『おじぎ』をして、しばらくじっと顔を見つめて、

 そうして、己の生命を全うすべく、大きく翼を羽ばたかせてその場を去っていった。


 燈真はゆっくりと妖力を解きほぐし、刀身を拭い紙で拭き取ってから鞘に収める。

 集中しすぎていた意識が拡散し、散漫になってくると風の音や川のせせらぎ、そして万里恵がエレフォンで退魔局の事務官と会話しているのが聞こえてくる。


「お疲れ様、燈真」

「ああ。お疲れ様」


 長いようであっという間だった。密度の高い戦いの時が終わり、燈真は達成感と、そして責任感を強く抱きながらストシュビルが飛び去っていった空を見上げた。

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ゴヲスト・パレヱド 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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