神社庁が統一地方選候補に送りつけた「公約書」 「LGBT理解増進法案」国会提出の機運に水を差す

2023/04/22 5:10
神道政治連盟が統一地方選の候補者に送った公約書(編集部撮影)

全国8万社の神社を包括する神社本庁の政治団体・神道政治連盟(神政連)が、この4月に実施されている統一地方選挙で、LGBTQ(性的少数者)への理解増進や選択的夫婦別氏(姓)制度の導入に反対することなどを求める公約書(政策協定書)を各自治体の候補者に送っていたことがわかった。岸田文雄首相がLGBT理解増進法案を今国会に提出したい姿勢を示す中でのことだ。

公約書を受け取った自民党県議らが東洋経済に明かした。受け取った候補者のうち、公約に「同意」して神政連の推薦候補となった人の数は不明だ。

2月、首相秘書官が性的少数者や同性婚について「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」などと発言したことに各界から反発の声が上がると、岸田首相は即刻、秘書官を更迭した。

LGBT理解増進法について「今国会に法案提出して成立を図るべきだ」(山口那津男・公明党代表)という与党の声にも押され、首相自ら、自民党に法案提出の準備を急ぐよう指示した経緯がある。

ところが、高市早苗経済安全保障担当相など自民党内にも慎重な声があり、国会提出は統一地方選挙後に持ち越される運びとなった。しびれをきらした経団連の十倉雅和会長は3月の会見で「恥ずかしい。法案を出すことで差別が増進されるとか、わけのわからない議論がなされている」と苦言を呈している。

そんな中で実施された統一地方選挙で、神政連はLGBT理解増進法案の国会提出機運に水を差すような公約書を候補者たちに送っていた。

「伝統的な家族制度の崩壊」

神政連が統一地方選挙の候補者に送っていたのは7項目の公約(冒頭の写真)だ。女性天皇につながる「女性宮家」創設への反対や憲法改正、宗教的情緒の涵養、首相や閣僚による靖国神社参拝などが挙げられている。

家族にかかわる政策については「伝統的な家族制度の崩壊につながりかねない選択的夫婦別氏(姓)制度の導入に反対し、その対処策として、旧姓の使用拡大に努めます」、「各自治体におけるパートナーシップ制の制定等の動向を注視するとともに、民法で定める法律婚を大事にしてその意義啓発に努めます」などと記されている。

2/4PAGES

神政連の公約書を受け取った一人で、4月16日実施の埼玉県議会選挙で5期目の当選を果たした自民党の田村琢実埼玉県議は、「神政連から公約書が送られてきたのは今回の選挙が初めて。これまで一度もなかったのに、今回送られてきた理由はわからない」と首をかしげる。

埼玉県議会は2022年の議会で、性の多様性(LGBTQ)条例を可決した。可決前に実施されたパブリックコメントに際しては、神政連埼玉県本部の役員会で「事務局長が役員たちにパブコメで『反対意見を投稿するように』という趣旨の呼びかけをしていた」(埼玉県神社庁幹部)という。

条例制定に中心的な役割を果たした田村県議は、右翼団体の街宣車から「夫婦別姓推進の田村琢実は反保守活動家」などと“口撃”された。神政連の公約書にも同意しなかったため、推薦候補にはなっていない。

田村県議は「LGBTQの当事者たちは、(現行の)制度によって苦しんでいる。困っている人を助けるのが政治の役割なのだから、条例制定は政治家として当然のこと」と語り、こう続ける。「反対する人たちは、単に理解をしていないだけ。LGBTQを認めると国が壊れるという意見があるが、同性婚や夫婦別姓を認めている国が壊れたでしょうか」。

同性愛は「ギャンブル依存症と同じ」

神政連は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と並び、LGBTQに強力に反対してきた組織だ。2022年6月には、LGBTQの理解について大きな反発を受ける騒動があった。物議を醸したのは自民党の神政連国会議員懇談会で配布した「夫婦別姓 同性婚 パートナーシップ LGBT」と題した冊子に掲載された楊尚眞・弘前学院大学教授(当時)の講演録。

講演録には、同性愛について「後天的な精神の障害、または依存症」「同性愛行為の快感レベルが高くてなかなか抜け出すことができないのは、ギャンブル依存症の人が沢山儲けた時の快感を忘れられず、抜け出せないのと同じなのです」などと記されていた。

神道政治連盟が作成した冊子にはLGBTQへの差別的な言葉が並ぶ(編集部撮影)

これに対してLGBTQ当事者らによる抗議署名は5万筆を超え、自民党本部が抗議を受ける格好となった。本件について神政連は東洋経済の取材に「抗議は冊子自体に対するものではなく、楊教授の講演録の一部の表現に対してではないでしょうか」などと回答している。

3/4PAGES

今回の統一地方選挙で神政連埼玉県本部など地方本部が自民党の公認候補らに送っていた公約書は、2021年10月に実施された衆議院選挙の際、神政連中央本部(打田文博会長)が自民党の国会議員と交わした公約書と同じ内容だ。神政連の資料によると、神政連の公約に賛同・署名をした234人の候補を推薦候補とし、うち202人が当選を果たした。

2021年の衆議院総選挙で当選した神道政治連盟の推薦候補者の一覧。1枚目(編集部撮影)
2021年の衆議院総選挙で当選した神道政治連盟の推薦候補者の一覧。2枚目(編集部撮影)
2021年の衆議院総選挙で当選した神道政治連盟の推薦候補者の一覧。3枚目(編集部撮影)
2021年の衆議院総選挙で当選した神道政治連盟の推薦候補者の一覧。4枚目(編集部撮影)

ただ、賛同・署名をした人が必ずしも選択的夫婦別氏(姓)制度に反対しているかといえば、そうとは言いがたい。

4/4PAGES

手元に「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟 役員一覧」(2021年7月)という資料がある。役員のうち、顧問に就いた甘利明氏や小泉進次郎氏、河野太郎氏、茂木敏充氏、副会長の小渕優子氏、幹事長の木原誠二氏、事務局長の井出庸生氏ら39人は、一方で、神政連の公約書に賛同・署名をして神政連の推薦候補にもなっていた。

「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟 役員一覧」(編集部撮影)

選択的夫婦別氏(姓)を早期に実現すべきだと主張する国会議員が神政連の公約書に賛同・署名している理由は不明だ。主張の一部に賛同できなくても、自民党支持者の中で、とりわけ保守的な票の獲得を期待してのことかもしれない。

賛成・反対派の両方に「良い顔」をする

一方の神政連は、選択的夫婦別氏(姓)に賛同する議員であっても、政治への影響力拡大のためにはこの点に目をつぶるということかもしれない。今回、統一地方選に向け都道府県議員レベルにも「公約書」の対象を広げたのは、LGBT理解増進法案の提出を控え、組織の引き締めを図る狙いがあるとみられる。

どちらにしても上記39人の国会議員は先の衆議院総選挙において、選択的夫婦別氏(姓)に関して賛成派、反対派の両方の有権者に「良い顔」をして当選したことになる。

では、最終盤に差しかかる今般の統一地方選挙の候補者はどうか。

東洋経済は神政連に対し「全都道府県の、どのくらいの数の県議候補、市議候補に公約書を送っているのか」を尋ねたが、「回答は差し控える」と答えた。

旧統一教会問題については安倍元首相の死去後、多くの国会議員や地方議員が教団のイベントに出席したり祝電を送ったりなどする代わりに国政選挙や地方選挙で強力な支援を受けていたことが発覚した。

旧統一教会と主張が似通う神政連の公約書は、どれだけの候補者に送られ、どの候補者が「賛同・署名」をして神社界の支援を受けているのか。実態はベールに包まれている。

候補者に関する十分な情報が開示されているか。そこにウソはないか。有権者は、実態を慎重に見極める必要がある。

関連記事
おすすめ記事
人気記事