第13話 魍魎憑き

「まあ、伊予の助けにはなるだろう。置いてやらんでもないが……」


 諸々の取り調べののち燈真たちが解放されたのは午後三時だった。

 応急手当てをした燈真は妖怪化植物——妖植物(端的に言えば月桂やロートスの木、マンドラゴラとかの類だ)の薬を塗って包帯を巻き、漢方を飲まされ「これであとはゆっくりするだけ」と言われ、半信半疑だったが結構楽になっている。

 エメルは緊張気味に柊に行く宛がないことなどを話し、その上で退魔局の相談の末のことだと話していたが、結果的には柊から採用通知をもらえたらしい。


「ただし嘘はつくな。妾は嘘が嫌いだ」

「は……はい」


 彼女は家事代行AIが独立した自我を持った存在であるという。それだけであれば反乱因子として強制削除の対象となるが、エメルは自力で妖力を賄う能力を手にいれ付喪神として覚醒した存在であるため、削除対象から外れた。妖怪として権利を認められたのである。そこには魂が宿ったゴースト・イン・ザ・マシン、と認定されたわけだ。

 そのため扱いとしてはアンドロイドではなく妖怪であり、そのボディも機械人形ではなく妖巧人形となる。


 妖力は可能性元素。その本質は〈書き換えリライト〉だ。

 あり得ざる事象を具現化する妖術に代表されるように、既存の物理的存在、その情報基礎を書き換えることだってある。一定空間を好きにデザインする庭のように、機械の体が妖巧化することだって、もちろん可能だ。


「まあよい。なるようになる」


 柊が持つ目は何を見通しているのか、微かにすがめられた後いつもの何を考えているのかわからない、酔っ払い特有の機嫌のいいへらへらした笑みが張り付いて、彼女は手酌で濁り酒を盃に注いで傾け始める。


 エメルは伊予に声をかけられた。


「じゃあエメルちゃん、体を清めて着替えるわよ。椿姫ちゃん、万里恵ちゃん、手伝って」

「はーい。あ、燈真。明日は修行お休みね。任務に行くわよ」

「任務……わかった、準備しとく」


 さっきは思わぬ実践を経験してしまったが、燈真は前回のお祭りの際に四等級相当と認識されたらしく、つい最近正式に四等級資格をもらっていた。呪術師の危険度レート等級が明らかであれば堂々と捕縛できるようになったのだ。

 当然任務にも参加できるようになるし、それに成功すれば報酬ももらえる。今回だって突発的な遭遇戦だったが、燈真が追い詰めた功績は認められ報酬を支払われるに至った。


 使い道はさっきコンビニでお菓子を買ってきて、ロイへのお礼と菘と竜胆のおやつにした。

 ちらっと見たら、ロイの部屋の前のカロリーバーは無くなっていたし、菘も竜胆も大福を美味しそうに食べている。


 菘と竜胆が燈真をじっと見て、


「とうま、にんむってなにするの?」

「僕らには教えらんないでしょ」

「まあ、そうだな。あんま言えないかな」


 可愛らしい狐兄妹は顔を見合わせ、それから「がんばってね」と口を揃えた。

 燈真は彼らの頭をわしわし撫でて、燈真は部屋に戻った。


×


 二〇四八年に新体制に移行した共和制日本皇国は、ある程度科学技術を制限すると同時に、それまで破壊してきた森林を宮内庁直轄の術師によって森林再生を行い、無闇な伐採を制限していた。

 術師——世界に五人しかいない神格級退魔師。彼が操る術は、土木を操るものであり、その気になれば国土を無理やりに広げられるほど。

 ダイダラボッチ——そう、彼は、神と同義の妖怪であるとされていた。

 それはさておき、彼の力を借りたのは自然の中でしか生きられない生命を尊重することもまた共存であると考えたためだ。


 海上のメガフロート計画やジオフロント計画も同時に進み、約十年ほど前から運転が開始し、人口は二〇五〇年ごろからは増加傾向。無論、それは人間だけの功績でも、妖怪だけが賛美を浴びるものではない。

 壊れた歯車は両者が直し、はめて、今の栄華を再生していった。

 海外との交流を徐々に再開しており、大西洋に浮かぶ新興国であるエルトゥーラ王国とは友好的である。


 さてもそんな日本において自然が各地に手の入らぬ状態で残ることは先述のとおりだが、となればやはり獣が、特に危険な幻獣までもが人里に近づき降りてくることもある。

 放置すれば両者の境界線が曖昧になり、また苛烈かつ過激な駆除運動が始まってしまう。そのためこういった、人妖融和の一環で起きる問題の対処も退魔師に依頼される案件であった。


 しかも、今回は——。


「魍魎憑き、か」


 燈真は先ほど説明を受けたその存在を口にし、指定されたエリアの前で準備運動をしていた。

 隣では椿姫が背負い刀の紐を調整し、戦闘着の和装の襟元を整える。


「幻獣だけじゃなくて人間や妖怪もそうなるんだけど、魍魎憑きは侵食が進めば本体まで魍魎化する。早期発見、早期祓葬。早く祓えば本体は助かるのよ。これが魍魎憑きとの基本ね」

「ちなみに本体の幻獣は怪嘴鸛かいばしこうストシュビルって聞いたけど、俺は見たことがない」

「外来幻獣ね。外見はハシビロコウに近い怪鳥ってとこ。幻獣の時は二等級相当だけど魍魎憑き侵食度がⅠであることを考慮すれば、現状の等級は三等級。私とあんた、それに——」

「ねこですよろしくおねがいします」

「万里恵もいれば、油断させしなきゃ倒せる」

「なんか古き良き危ない怪異みたいなこと言ってるけど」


 万里恵はねこの姿から人の姿に変化。猫耳、二股の尾。武具を扱うタイプの妖怪はそれを使う上で適した形態で戦うことが多いため、退魔師をしている術師や妖怪は人型を取ることが多い。もちろん、獣の姿で戦うものもいるが。

 周囲一帯は帯状の庭で結界を作り、特定空間を隔絶するタイプの空間分断結界を張っていた。

 侵入しても入った場所から無理やり外に吐き出される——そういった締め出しに特化したものだ。


 三等級とはいっても、実際に戦えば術師でも普通に死ぬし、まして一般人ならば抵抗もできずおしまいだ。

 五等級くらいであれば一般人でもまじないが施されたバットでタコ殴りにすれば祓葬できるが、それでも場合によっては縫うようなレベルの怪我を負う。


「燈真って等級認定の危険度って、どういう例えをされてるか知ってる?」

「知らない。ざっくり聞いた感じだ。五等級は見習いで、四等級からやっと半人前くらいっていう」

「そうね。万里恵、よろしく」

「はいはい。じゃあこの形代からボードを出しまして、愛用の猫ちゃんペンで……」


 万里恵が手早く、電子ボードにわかりやすい図を書いた。ペンの頭には猫を模った飾りがある。


「こうね。魍魎と呪術師につけられるレート等級の解説をするからね。

 こいつらに一般兵器が通用するとして、


 五等級が金属バットや拳銃で倒せるレート。

 四等級がショットガンがあればまあまあなんとかなる。

 三等級が数人がかりで自動小銃を集中砲火で撃滅できる。

 二等級の場合は対戦車兵器を叩き込んでトントン。

 一等級は装甲車が出動して一個小隊でボコボコにしなきゃいけないわ。

 で、上等級はもうバケモン。戦車がいるくらい。

 準特等は対艦ミサイルぶち込んでさらにそこに爆撃してやっと倒せる。

 特等級はもはやワンマンアーミー。こいつだけで一個師団と互角ってレベルよ。


 そういう意味では魍魎憑きストシュビルはまだまだ相撲で言えば序の口ってとこ」


 燈真はぽかんと口を開けて固まっていた。椿姫が肘で脇腹を突く。


「聞いてた?」

「聞いてたからあっけに取られてんだろ。そんなにやばいのか、魍魎や呪術師って」

「もっと恐ろしいのは特等級レートの魍魎や呪術師をボコれる退魔師もいるってこと。たとえば奏真は準特等よ。竜使いってのもあるけどね」


 正確には奏真は一等級だが、クラムが上等級に相当する竜である。彼らの関係は主人と式神であるためその力は合算され、また奏真は多くの竜使いを率いる側面もある、竜王とも呼ばれる存在であるために準特等の地位が与えられていた。

 若くしてそこまで上り詰めたのは運や才能はもちろん、彼の飽くなき向上心と努力が実現したものだ。


 燈真は刀を顕現。鞘を戦闘着——柊が用意してくれた、狩衣に近いデザインの和装にそれを差し、首をこきっと鳴らした。


「準備完了だ」

「万里恵もいいわね。さあ、時間よ」

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ゴヲスト・パレヱド 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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