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Members Card

SIGN Camel Caesar

あなたはある人物の
メンバーズカードを手にしました。
これはホテルに宿泊した人物の持ち物のようです。
この人物に起きた出来事を覗いてみましょう。

 1893年のとある晴れた日。キャメル・シーザーは青い水玉のドレスを風にはためかせ、重たいトランクを引き摺りながらシカゴの地に降り立った。
「ふう、疲れちゃったわ」
 長い鉄道での旅は、キャメルの身体に負担をかけていた。一刻も早くホテルにチェックインして休憩したい。彼女はその一心で歩みを進めていた。
 キャメルが宿泊を予定しているのは、HOTEL『ブルーローズ』。建てられてからさほど時間が経っておらず、綺麗だと人気のホテルだ。
「……ここね」
 青を基調とした、落ち着いた雰囲気の外観。キャメルは想像していたよりも素敵なホテルだと満足し、建物の中へと足を踏み入れるのであった。

「こちら、お客様の部屋の鍵になります」
 フロントでチェックインをし、愛想のいいフロントマンからルームキーを渡される。館内の施設について説明してくれたフロントマンは、最後にキャメルに切り出した。
「メンバーズカードをお作りになられますか?」
「? 何のためのカードなの?」
「レストランやショップでの割引など特典がありますので、長期宿泊されるお客様でしたらお得になります」
「ふーん、そうしたらお願いしようかしら」
 キャメルは必要なことを手早く紙に書き記す。
「ありがとうございます、こちらがメンバーズカードになります」
 カードを受け取ったキャメルは、部屋へ向かうためエレベーターホールへと進む。エレベーターを待っている2人組の女性客が何事か話し込んでいた。
「ねえ、このホテルの噂聞いた?」
「聞いた聞いた! なんでも、『このホテルに泊まると、夢が叶う』んでしょう!? なんだかとってもロマンチック!」
 ――夢。キャメルはその言葉を聞いて、少しばかり寂しい気持ちになった。
 キャメルの夢は、恋人と結婚することだった。しかし、つい先日。キャメルは彼に別れを告げられてしまったのだ。シカゴへやって来たのは、傷心旅行を兼ねてのことだった。だから今のキャメルには、夢と呼べるものがないのだ。
 沈んだ気持ちのまま、やって来たエレベーターに乗り、宿泊する部屋へとたどり着く。キャメルはトランクから寝巻きを出して着替えると、ベッドへ横になった。
「こんな気分じゃ外に出る気にもなれないし、今日はもう寝ちゃおう……」
 そう呟いて目を閉じる。疲労からか、キャメルの意識はすぐに深い眠りへと落ちていった。

「ん……」  キャメルは、差し込む朝日で目を覚ました。熟睡できたおかげで、身体はすっかり軽くなっている。
 朝食でも取りに行こうかとベッドから立ち上がり、あることに気づく。
「あら……?」
 昨日眠ったときと、明らかに家具の配置が変わっているのだ。
「やだ、何だか不気味だわ……」
 キャメルは今晩もまたこの部屋で眠る気にはとてもなれなくて、ガウンを羽織るとすぐにフロントへ向かった。

「あの、すみません」
「どうかしましたか?」
 キャメルがフロントマンに事情を話すと、彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「……気のせいじゃないですか?」
「そんなことないわ。それで、部屋を変えてもらいたいの」
「上の者に確認してきますので、少々お待ちください」
 フロントマンが裏へ入って行く。しばらくして、何事か言い争っているような声が聞こえてきた。
「大丈夫かしら……」
 キャメルが不安を感じていると、疲れた表情のフロントマンが戻ってくる。
「すみません、今日はちょうど満室でして、別の部屋をご用意できないと……」
「そうなの、わかったわ」
 フロントマンが申し訳なさそうにしていたので、キャメルもそれ以上追求することはできず、渋々部屋に戻ったのだった。

 キャメルは、窓の外をスケッチして過ごしていた。絵を描くことは彼女にとって唯一とも言える趣味で、この旅行にもトランクに大量の画材を詰め込んで持ってきている。
 ――トン、トン。
 そのとき、ドアがノックされる音が響いた。
「はい、どなた?」
 キャメルがドアを開けると、そこにはホテルマンの男が立っていた。暗い茶色の瞳をしたその男は、初めて見る顔のように思う。
「朝、部屋を変えてほしいという希望を出していらしたのはあなたで間違いありませんか?」
「ええ、そうだけど……」
「別の部屋がご用意できましたので、そちらへどうぞ」
「! 本当⁉︎ 助かるわ、ありがとう!」
 彼が荷物を移動するのを手伝ってくれると言うので、キャメルは礼を言って描きかけのスケッチや画材を預けた。
「あなたは、絵を描くのがお好きなんですか?」
「ええ。趣味の範囲だけれど」
「素敵ですね。そういえば、シカゴ万博では女性館というパビリオンがあって、そこには女性が作った作品が飾られているようですよ。良かったら、一度行ってみてはどうでしょう?」
「へえ、ありがとう。今度行ってみることにするわ」
 新しくキャメルが泊まることになった部屋は、一見先程の部屋と特に変わりがなかった。この部屋では、妙なことが起こらなければいいのだけれど……。  そんな気持ちで、キャメルは新しい部屋に荷物を広げたのであった。

 1週間ほどが経過したが、結果として、その部屋では先日のような現象が起こることはなかった。
キャメルはホテル内、そして時には街中をスケッチして、部屋に戻っては色をつけたりと、平穏な日々を過ごしている。静物画を描くために、よく花を買いに行ったので、花屋の店主とはいつの間にか世間話をする仲になっていた。最近では「絵を描いたら素敵だと思って」と、キャメルのために珍しい花を入荷してくれることもある。
 そんなある日、キャメルはシカゴ万博の会場を訪れることを決めた。先日ホテルマンが教えてくれた、女性館のことが気になっていたのだ。
「わあ……」
 美しい建物は女性の建築家が設計したものだと言う。さらに、その中に飾られているのは、さまざまな絵画と彫刻、そして工芸品たち。どれも女性によって作られたものだという。多くの観光客が、その作品を鑑賞していた。
「私も、こんな風に色々な人に見てもらえる絵が描ければ……」
 それはどんなに素敵なことだろう。そんな想像に取り憑かれながら、キャメルはそのパビリオンに入り浸って一日を過ごした。

「よし、出来上がり」
 ホテルに戻ってきたキャメルはいても立ってもいられず、絵を描くことに没頭していた。何かを描かずにはいられない。私もあんな絵が描けるようになりたい。そしていつかは……。そんな気持ちがキャメルの中で膨れ上がっていく。
「……私、画家になりたいわ」
 キャメルはずっと、絵を描くことを趣味として認識していた。しかし、初めて今日、彼女はそれを仕事にしたいと思ったのだ。
「ふふ、『夢を叶えるホテル』っていうのも、あながち間違いじゃないわね。少なくとも、私はここに泊まっている間に、新しい夢を見つけたんだもの」 そう言って、キャメルは微笑んだ。

翌日、キャメルはあのホテルマンにお礼を言いたいと思って探したが、彼を見つけることはできなかった。フロントマンに彼の名前を告げたが、返ってきたのは「そんな人はいませんよ」という言葉。
――果たして、あの人は誰だったのだろう?
「でも、すごくいい人だったわ。あの人のおかげで、私は夢を見つけられたんだから」
キャメルは、明日になったらこのホテルをチェックアウトして、新たな夢のため頑張ろうと思いながら、眠りにつくのであった。

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