制服の女神
いいとこどり書きたいとこだけの現代鬼殺隊、SS2本をまとめました。
書いている私が楽しいだけシリーズなのに、ブクマや絵文字を付けて頂いて嬉しいです☺️ありがとうございます!
- 68
- 97
- 2,241
制服の女神
夜明けである。
珍しく(!)コスプレでもなく潜入でもない任務をこなした後、冨岡は胡蝶と連れ立って、始発が動き出すまで、二十四時間営業のファミリーレストランに入った。
はーお腹が空きましたねぇ、と言いながらソファ席に座り込む胡蝶は、真っ黒な制服だ。パッと見には、夜勤明けの警備員か警察官か何かに見えるような服装である。そこに防弾チョッキ——実は防「弾」ではないのだが——を着けて、日輪刀を携えるのが日頃の姿だが、防弾チョッキはとうに脱いでいる。帰宅するに当たって、隠に預けてきたのだ。
早朝から、制服を着て、男女ふたり連れでファミレスにやって来る客はそうはいないのだろう。店員がチラチラとこちらを気にしている様子を感じながら、冨岡はメニューを開いた。
「私たち、不審がられてますよ。何に見えてるんでしょうねぇ」
「夜勤明けの警備員だろ」
「間違ってませんね」
実際、ふたりは警備会社の社員なのである。表向きは。かなり特殊な部署の、それも若いのに幹部というだけで。
「とりあえずビール」
「あなたね、居酒屋さんじゃないんですから」
「じゃあお前はどうするんだ」
「とりあえずビール」
そんなことを言いながら、テーブルの上の呼び出しボタンを押す。やがてやってきた店員に、ふたりはビールとそれぞれの朝食——気分としては夕食なのだが——を頼んだ。冨岡はミックスグリル定食(ご飯大盛り)、胡蝶はハンバーグドリアにサラダセット、そしてふたりともビール。どう見ても、普通のおとなが朝に食べるものではない。
お疲れ様と口々に言いながら、ビールを呷る。生ではなくても仕事帰りのビールは美味い。たとえそれが、早朝のファミレスであっても。
胡蝶も冨岡も酒には強いから、ファミレスでそう濃くもないアルコールを次々と空ける。
「たまにはまともな時間に居酒屋さんで生中を飲みたいものですねぇ」
「お前、そこでバーとか言う洒落っ気はないのか?」
「だって量を飲むなら居酒屋でしょう」
たこわさ食べたい、あとは軟骨の唐揚げ、と親父くさいことを言いながら、胡蝶はハンバーグドリアをつついている。
さすが、ポン酒に芋焼酎ロックなどと宣う女である。
「冨岡さんだって、ビールと日本酒ばっかりのくせに。あの時だって、」
「あの時?」
「何でもないです」
にこりと微笑む顔が、わずかに赤い。アルコールのせいだろう。顔にすら出ない冨岡と違って、胡蝶は顔だけは赤くなる。
「冨岡さん」
細い指が向かい側から伸びてきて、ツン、と冨岡の左手をつついた。
「家で飲み直しましょうよ」
そこからは、冨岡の家の方が近かった。始発を待っていたはずが、飲んでいるうちにもう動き出していた電車に乗り、コンビニで酒とつまみを買い込み、ぷらぷらと歩いて家に着いても、まだ七時前である。
何だかんだと話しながらチビチビと酒を空けていると、胡蝶がニマニマと笑いながら「とみおかさん」と指をつついてくる。
出た、と冨岡は無表情のまま、ひっそりと警戒した。酒の入った胡蝶の悪い癖。
「ねーぇ、この前からあなた、何か言いたげですけれど」
「そうか?」
「そうですよ。お酒の席のことで流してあげますから、吐き出してしまいません?」
冨岡は「別に何もない」と言い切って、あたりめをしがんだ。酒の席のことと流されたくないことなら、ある。胡蝶は、日頃言わせないし言わないくせに、酒が入ると——酒のせいにして、言わせたがる。その実、全然酔ってもいないくせに。こちらがろくに酔わないことも知っているくせに。
確認だけは定期的にして、それで満足してそれ以上は許さない。狡い女だと知っていて、それでもその戯れに付き合う自分も大概だが。
「お前はどうなんだ」
胡蝶のグラスにハイボールを注ぐ。それを白い喉を晒して、胡蝶は旨そうに飲んでいる。
「私ですか?」
「そういうことを言うやつは、本当は自分が何か言いたいと、相場は決まっている」
「ふふ」
胡蝶は微笑んだ。妖艶ではなく、やけに可愛らしい微笑みだった。
「じゃあ冨岡さん。ひとつ、教えて差し上げますから、あなたも教えてくださいね」
「何で」
「実は私、猫が好きなんです」
「嘘をつくな」
呆れてため息をつくが、胡蝶は変わらずクスクスと笑っている。そういう「お遊び」らしい。
「そう、正解。苦手です。冨岡さん、どうぞ」
「……犬が嫌いだ」
「それは本当ですね。カクテルが好きです」
「芋焼酎ロックだろう、お前は。……燗より冷やがいい」
「それも本当」
下らない、他愛もない問答を続ける。
「冨岡さん、あなた本当のことしか言わないじゃないですか」
酔わないがそれなりに高揚はするのだろう、胡蝶はクスクスと笑っている。言われて気づいたが、「お遊び」なのに嘘をついていなかった。冨岡は渋面になって、ビールを開けた。缶から直接口にしたそれは、少し温くなっていた。
「……俺は、」
言いかけて、口をつぐむ。何を言おうとした。本当のことか。それとも嘘をつく気なのか。
アルコールにいささか流されそうになっている自分を自覚して、冨岡はますます苦った。
「何ですか、冨岡さん」
「何でもない」
「あなたの番ですよ。嘘でも本当でもどうぞ。当ててみせますから」
向かいにいたはずの胡蝶は、いつの間にか隣にいて、冨岡の家に勝手に持ち込んだ大きなビーズクッションを抱え込んでいる。頬が少し赤い。酔って理性を飛ばすほどには弱くないくせに、高揚はして面倒な絡み方をしてくる。黒い制服は着崩さないまま、脚は崩してしどけなく流れていた。
「……俺は胡蝶が嫌いだ」
むっとして言い放つと、胡蝶は目を丸くした。それからニッと笑った。食えない女の顔だった。
「それも、本当ですね」
「…………」
冨岡は頬杖を突いて、胡蝶から目を逸らした。
嘘か本当かと言えば本当ではある。胡蝶の、こういうところが、ひどく苦手で憎たらしい。それでもなお凌駕するものがあるところが、一層嫌いだ。
「と・み・お・か・さーん?」
ツンツンと腕をつついてくる。その手を掴んで、やめろと言うと、胡蝶は喉の奥でくつくつと笑った。
「ねぇ、私は好きですよ。冨岡さんのそういうところ」
「……嘘だな」
嘘にしておいてほしいのだろう。
「あらひどい。本当なのに」
「どこがだ」
本当だと、冨岡が知っていたところで線を引くくせに。
声を抑えて笑う声が鬱陶しくて、冨岡は胡蝶の肩を押した。
抗う気もないのだろう、ころりと床に転がったその肢体にのしかかる。
「全然、可愛くないな、胡蝶は」
「あら、それも本当ですか」
「当たりだ」
胡蝶の細い指が、髪に差し入れられる。そのまま引き寄せられて、顎を噛まれる。
「噛むな、馬鹿」
お返しに鼻を噛むと、やめて下さいよ、と顔をしかめた。
胡蝶の汗のにおいがした。それから、操る藤の毒のにおい。ないまぜになったそれは、胡蝶の肌の匂いだった。
白い首筋に鼻を寄せると、「シャワーくらい」と文句を言う。それを無視して耳朶を噛むと、ん、と声が漏れた。
「実は、この制服が、一番そそるし、汗まみれで埃まみれのお前が、一等綺麗だと思う」
「……は?」
胡蝶は珍しく絶句したようだった。
「それは……ちょっと、嘘で、あってほしいのですけれど」
「…………」
冨岡は答えなかった。汗と埃にまみれて、アルコールまで摂取して、仕事終わりでくたびれた風体の胡蝶をただ抱きしめた。女神と讃えられる女の、そんな姿を美しいと思うなど、馬鹿げている。それでも冨岡は一度も嘘をついていないのだった。
それを胡蝶が知っていようがいまいが、もうどうでも良かった。