夜明けの温度/さらさらすべる
「夏のワードパレット」をお借りしてTwitterに投稿したSS2本まとめ。
今回はコスプレしていません(笑)
いつもお読みいただきありがとうございます。ブクマ、コメント等嬉しいです😆
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枕元で唐突に鳴り出したスマートフォンに、冨岡は驚いて飛び起きた。夜明けの電話など、良い知らせであるはずがない。緊急連絡か何か、それとも誰かの訃報か。
『もしもーし、起きてます?』
耳に押し当てたスマートフォンから聞こえた声に、冨岡は脱力してばたりとベッドに倒れ込んだ。
「……胡蝶、何の用だ、朝っぱらから」
胡蝶も、冨岡と同じく非番だったはずである。昨日の朝、そういう話をしたから。
『眠れないので、子守唄でも歌ってもらおうかと思って』
「……切るぞ」
下らない。同僚が唐突に妙なことを言い出すのには慣れてはいたが、久しぶりに夜に眠れたのに、早朝から叩き起こされるとは!
『あらひどい。実はね、緊急呼び出しで出動する羽目になりまして』
「何かあったのか」
『血鬼術の解毒が上手くいかないって呼ばれました。仕方ないですよねぇ。今、ラボから抜け出してきたところなんです。仮眠室ではどうにも寝られなくて』
「そうか」
夏の夜明けは進みが早い。白みつつあることを、遮光カーテンから漏れる光に感じつつ、冨岡はあくびをした。
『ねぇ、冨岡さん』
「……胡蝶、俺は眠いんだが」
『ねぇ、……お邪魔してもいいですか』
「何で来る気だ、始発も動いてないぞ」
『歩いて行きます。ご存じでしょう、私たちには大した距離じゃありませんよ』
「こんな時間に女がひとりでウロウロするな」
『この生業の私に、まぁよくもそんなことを』
クスクスと笑う声に、冨岡は苦った。
『だめですか』
「お前な……」
『なんてね。冗談ですよ。ごめんなさい、起こして』
電話の向こうで胡蝶がくしゃみをした。冨岡は首を傾げて、ベッドから立ち上がった。
「胡蝶」
『はぁい。何です、子守唄を歌ってくれる気になりました?』
「知らないものは歌いようがない」
狭い単身者用アパートは、寝室から玄関ドアまではわずかな距離だ。冨岡は音を立てないようにして、ドアチェーンを外し、鍵を回して、ドアを開けた。
黒い制服を着たままの胡蝶が、ドアの脇にしゃがみ込んで、驚いたような顔をして見上げている。
「……もう来ているならそう言え」
「……だって、あなた、眠そうだったから」
「当たり前だ、何時だと思ってる」
細い腕を引っ張ると、胡蝶はヨタヨタと立ち上がった。白い手に切り傷、目の下には隈があった。
「さっさと入れ。それからまず寝ろ」
遠慮がちに上がってきた胡蝶に、適当に引っ張り出したTシャツとスウェットを押し付けて、冨岡はベッドに潜り込んだ。眠い。しかし一向に胡蝶が入ってこないから、おやと思ってもう一度起き出すと、胡蝶はリビングの狭いソファで横になろうとしていた。
「何してる」
「あなたが寝ろって言ったんでしょう」
「何でそこだ、ベッドで寝ろ。疲れが取れない」
「でも」
眠気と苛立ちで、冨岡は舌打ちした。冨岡には図々しく飄々としているくせに、時々ひどく距離を置く胡蝶が忌々しい。
その軽いからだを抱き上げて、勝手にベッドに放り込む。うしろから抱きしめるようにして、自分もベッドに入る。
「とみおかさん」
「寝ろ」
何があったのかは、おおよそ察しがつく。どうせ胡蝶は話さない。その距離を胡蝶は許さない。「何か」があった夜明けに、冨岡のところに転がり込んでは来るくせに。
胡蝶のからだは、夏なのに、少し冷たかった。夜明けの温度をそれに感じながら、冨岡は胡蝶とふたり、眠りに落ちた。