煙に巻く/あなたに溶ける/25センチメートルの攻防
現代鬼殺隊パロ、SSまとめ。二本目はワードパレットをお借りしました。
気ままに書き散らしているだけの割に結構な分量になってきました。
大分に溜まっていたので、またぼちぼち投稿します〜。
いつもコメント等ありがとうございます!お返事出来ずにすみません…
- 66
- 96
- 2,330
煙に巻く
「水さんよぉ、ちょっとやり過ぎじゃないすか?」
呆れたように言う、通称隠——特殊支援部の男の言に、反論の余地もなく、冨岡はむっつりと黙っていた。
「いっくら街外れにポツーンの場末のクラブとはいえ、これは誤魔化すの、大変ですぜ?」
「……言葉もない、が、俺ではない」
「はい?」
隠は眉をひそめた。
「胡蝶がキレた」
まぁ、止められなかった(というよりハナから止める気がなかった。どうせ無駄だと分かっていたので)のは冨岡だが。そして、毒を食らわば皿まで、とばかりに破壊活動を増幅させたのだが。
結果が、鬼の巣食う場末のクラブ、そのビルの倒壊である。
「げ……蟲さんがすか」
じゃあしゃーねぇなぁ、とぼやくところに、特殊支援部の、柱たちに対する評価の一端が見えている。隠はボリボリと頭を掻くと、マスクを下げて煙草を咥えた。いいのか現場責任者が、と思ったが、わざわざ指摘することでもない。冨岡は特殊警護部の幹部だが、特殊支援部の面々は部下ではないからだ。
「はー……どーしますかねぇ」
煙草のにおいが、夜明け前の風に乗って流れてきた。不意に、潜入したクラブに充満していた、甘ったるく癖のある煙草だか麻薬だかのにおいを思い出して、冨岡は顔をしかめた。
「後藤。一本くれないか」
「いいんすか、呼吸には悪いでしょーに」
「肺には入れない」
隠は、煙草の箱を、ほい、と傾けた。一本取って、ライターを借りる。ヂッと音を立てて付いた小さな火に、咥えた煙草を近付ける。
口内に広がった「普通の」煙草のにおいに、なぜかホッとした。深くは吸い込まず、口先だけですぐに吐き出す。
「……意外ですね、水さんにそんな芸当が出来たとは」
「潜入が多いから」
何かと器用な宇髄に教わったのである。煙草の火を分け合うことで、親睦を深める連中もいるからな、ということで。
「で、蟲さんはどちらに?」
さぁ、と言いかけて、冨岡は口を噤んだ。不機嫌な気配がふわりと舞い降りてきたからだ。
「あぁもう、うんざりですね」
胡蝶は瓦礫の上からひらりと降りてきて、イライラと言った。
黒いフレアスカートが翻った。オフショルダー、ミニ丈の、クラブに出入りする若い女がいかにも着ていそうなワンピースに、ピンヒールのブーティー。
潜入のために身に着けたそれは、身頃はタイトでからだのラインにピッタリと沿って、胡蝶の豊かな胸と括れた腰をアピールしていた。そこに剣帯を巻き付けているものだから、細腰が余計に強調されて、妙に扇情的でもある。場に合わせて軽く巻いた髪を下ろした胡蝶は、その日輪刀がなければ、当たり前の若い女に見えた。要するに、与し易い、非力な、美味そうな女に。
「鬼の相手なんて、腹の立つことばかりですけれど。胸糞悪い人間の相手は、余計に腹が煮えますねぇ」
「……まぁな」
笑顔ながら、怒っている胡蝶を横目に、冨岡はまた煙を吐き出した。
クラブに巣食い、出入りする女を麻薬か何かで酩酊させて、陵辱した挙句に喰らう鬼だった。手口を知った胡蝶が静かに逆上し、ほとんど嬲り殺すのを、冨岡は静観していた。その鬼と結託していた人間のオーナーに泡を吹かせるために、このビルは倒壊の憂き目に遭ったのだった。あの男に対する裁きは、一介の民間人である胡蝶にも冨岡にも下せない。極秘ルートから警察に引き渡されることになるのだろう。
「何ですか、冨岡さん。仮にも呼吸の使い手が煙草なんて」
笑顔で八つ当たりのような文句を言われて、冨岡は肩をすくめた。大分にご機嫌が悪い。くわばらくわばら。
「あの甘ったるいにおいが気持ち悪い。口直しだ」
胡蝶はふんと鼻を鳴らすと、冨岡のレザージャケットをぐいと引いた。細腕が首に絡みつき、体重をかけて引き下ろす。
何だと言う間もなく、唇が重なって、薄い舌が強引に侵入した。それが好きに冨岡の口内を探るのに任せていると、ややあって、胡蝶は突き放すようにして冨岡を解放した。
「……どうした」
「口直しです」
胡蝶は渋面である。
「嫌になるったら。あんな男に、」
胡蝶は言うのも忌々しいのだろう、イライラと髪を払った。その仕草がやけに艶かしい。
冨岡は、今回の任務で起こったあれこれを思い出し、腹の底で不快感が渦巻くことを自覚した。
いつの間にか、後藤は姿を消していた。怒れる胡蝶がやって来たから、仕事をするために去っていったのだろう。
「煙草臭い。あなたのにおいがしない」
冨岡はそうか、と言って煙草を揉み消した。
「なら、戻るまでするか」
細腰に腕を回す。
胡蝶は紅唇を吊り上げた。
「あなたにしては、まぁまぁなお誘いですね」
不本意に、どうでもいい異性に触れられた。その不快感を消したい。誰でもいいわけではない、このひとが——こいつが、いい。
互いに口に出さない本音を煙に巻いて、冨岡はその生意気な唇にキスを落とした。