■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第7話 スパーク“ウェイ・トゥー・ヘヴン”とロイヤル・エア・フォース

 麗かな初春の陽の光が眩い2017年3月4日(土)の午後、大阪のフェスティバルホールでは、イギリスの作曲家フィリップ・スパークを客演指揮者に招いて“大阪音楽大学第48回吹奏楽演奏会”の準備が進められていた。、

プログラムは、「ジュビリー序曲(Jubilee Overture)」「オリエント急行(Orient Express)」「ウィークエンド・イン・ニューヨーク(A Weekend in New York)」「宇宙の音楽(Music of the Spheres)」「リフレクションズ~ある古い日本俗謡による~(Reflections on an Old Japanese Folk Song)」「輝く雲にうち乗りて~賛美歌“ヘルムズリー”による幻想曲(With Clouds Descending – A Fantasy on the Hymn Tune “Helmsley”)」「交響曲第3番“カラー・シンフォニー”(A Colour Symphony – Symphony No.3)」と、初期作から近年作に至る作曲者の変遷を時系列でたどるアカデミックなものだ。

フェスティバルホールは収容2700名を誇る大ホールだが、コンサートの前評判から半端な数ではない座席不足が事前に予想され、その対応準備もあってスタッフの動きが慌ただしい!

ドレス・リハーサル(ゲネプロ)を前にフィリップを楽屋に訪ねると、応接セットのテーブルに1冊の書物がポツンと置かれているのを見つけた。

書名は「Dam Busters: The True Story of the Inventors and Airmen Who Led the Devastating Raid to Smash the German Dams in 1943」(2013年刊)。

直訳では、“ダムバスターズ: 1943年にドイツのダムを粉砕する衝撃的な空襲に挑んだ発明家たちと航空隊員の真実のストーリー”となるタイトルの本だ!

カバーに印刷されている“LANCASTER(ランカスター爆撃機)”と強調された“DAM BUSTERS(ダムバスターズ)”の文字から、それが、第2次世界大戦中、水面をバウンドする特殊な反跳爆弾を開発してドイツの工場地帯へ電力を供給する3つのダムを破壊するという特別任務についた英空軍の“617スコードロン”の実話を描いたジェームズ・ホランドのベストセラーであることがすぐにわかった。

フィリッブは読書家だ。新幹線移動の際にも、よく本を読んでいる。にしても、戦史のドキュメンタリーとは珍しい。筆者の頭の中でも、エリック・コーツ(Eric Coates)の名曲「ダムバスターズ・マーチ(The Dam Busters March)」のメロディーがリフレインする。

彼の方が年上だが、ほとんど同じ時代を生きてきただけあって話の共通項は多い。ビートルズの熱狂的ファンだったと白状したこともあった。テレビ番組「サンダーバード」の話で盛り上がったときも、『イギリスで“サンダーバード”の吹奏楽アレンジが絶版なんて、あり得ない!』とボヤいていたのをよく覚えていた。半年もたつかたたない内に、何の前振れもなくスパーク編『サンダーバード(The Thunderbirds)』がいきなり出版された。シエナ・ウインド・オーケストラやオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラなど、フィリップの自作自演コンサートでアンコールに演奏される編曲がそれだ!!

お返しの気持ちもこめ、その後来日するたび、“Made in Japan”のサンダーバード・グッツをお土産としてプレゼントしてきた。しかし、こう頻繁に来日が続くと、さすがにネタ切れの危機!

大阪音大の本番2日前に2人で食事に出かけたが、その時は思い悩んだ挙句、『いつもとは違うけど、今回はスペシャルなモデルを用意した!』と言って、第2次大戦当時の英空軍の名戦闘機“スピットファイア”のダイキャスト・モデルをプレゼントした。ウィリアム・ウォルトン(William Walton)の名曲「スピットファイア、プレリュードとフーガ(Spitfire, Plelude and Fugue)」のテーマとなったあの“スピットファイア”だ。

彼はさっそく包装を解くと、目をキラキラ輝かせて『こいつはすごい!!型式は?』といきなり専門的(?)質問が飛んでくる。『マークV(ファイブ)だ!』と応じると、『マークVか。このタイプのフォルムはとくに美しいんだ…。』などと、やたら詳しい!

同機は、その後、2017年6月のシエナ定期の客演指揮で来日したときにプレゼントした同時代の英空軍の戦闘爆撃機“タイフーン”のモデルと並んで彼のベッドサイドを飾っている。しかし、こんなに受けるとは…。

そんな訳で、2日後に楽屋で見た件の本にもたいへん興味をひかれた。そこで『ロイヤル・エア・フォースの伝説本かい?』と話を振ると、『新しい本だ。617スコードロンの!』と返ってくる。

“新しい本”というのは、1955年公開の映画「The Dam Busters(邦題:暁の出撃) 」の原作本となったポール・ブリックヒル著の「The Dam Busters」(1951)やガイ・ギブソン著の「Enemy Coast Ahead」(1946)などがあるからだ。コーツの「ダムバスターズ・マーチ」も、実はこの映画のテーマとして作曲された音楽だ。

ヒコーキの話でひとしきり盛り上がる内、帰国後の4月に、ロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンド(The Central Band of the Royal Air Force)のレコーディング・セッションをやるという話になった。第1話でお話しした「ゾディアック・ダンス(Zodiac Dances)」やシエナ定期で日本初演予定の「ウィンド・イン・ザ・リーズ(Wind in the Reeds)」などを録るという。また、それは首席音楽監督ダンカン・スタッブズ(Wing Commander Duncan Stubbs)の退役前最後の録音なのだともいう。

ダンカンか。懐かしい名前だ。1988年にロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドの日本ツアーをオーガナイズしたとき、彼はバス―ン奏者だった。オーケストラを辞め、ロイヤル・エア・フォースのオーディションを受けた1人だった。ツアーの2年後に音楽監督の試験にパスし、ロイヤル・エア・フォースの各バンドの指揮者を歴任したとは聞いていた。定年ということは、彼ももう56歳を迎えるのか….。

7月6日、突然フィリップから“The Way to Heaven”という件名のメールが届いた。

『「ウェイ・トゥー・ヘブン」の録音を送るので聴いてみてくれ。曲の真ん中あたりで、ポーランドの303スコードロンの“ハリケーン”がテイクオフするのが聞こえるよ!』

“ポーランドの303スコードロン”とは、第2次世界大戦中、イギリスに逃れてきたポーランド人パイロットで編成された飛行隊で、“ハリケーン”は、スピットファイアとともに、押し寄せるドイツ空軍機を迎撃した英空軍の主力戦闘機だった。

フィリップの「ウェイ・トゥー・ヘブン」は、2015年4月11日、マンチェスターのロイヤル・ノーザン音楽カレッジで催されたプリティッシュ・アソシエーション・オブ・シンフォニック・バンズ&ウィンド・アンサンブルズ(BASBWE)のコンベンションで、ロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドが初演する新曲としてダンカン・スタッブズから委嘱された作品だった。

2015年は、イギリス上空でドイツ空軍機との間で繰り広げられた大空の戦い“バトル・オブ・ブリテン”から75周年。また、義勇ポーランド空軍303スコードロンの指揮所は、現在のセントラル・バンドの練習スタジオの建物からほんの数歩の位置にあった。

そんな経緯から委嘱された曲だが、添付されたmp3ファイルを聴くと、それは正しくロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドの演奏。同時に、それは4月のセッションの編集完了を意味していた。

作曲者の言うとおり、曲の真ん中あたりに“ハリケーン”のロールス・ロイス・マーリン・エンジンが始動し、スクランブルのためにつぎつぎと飛び立っていくシーンの描写がある。「オリエント急行」冒頭の蒸気機関車の発車シーンよろしく、エンジン音のディティールの細かい描写は実に見事だ!

しかし、それよりも何よりも音楽全体から溢れ出る、まるで鳥のごとく、青く澄み切った大空を自在に飛んでいるような爽快さがとても魅力的だった!

きっと、フィリップは、この曲をダンカンの指揮で残しておきたかったんだな!

そうだ!つぎは“ハリケーン”を準備しよう!!

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