■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言第5話 ヴァンデルローストの日本語教師

▲「バンドピープル1995年2月号の表紙」と「[ライムライト・コンサート8の表紙」

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第5話 ヴァンデルローストの日本語教師

これまでに招いた外国人音楽家の中で、会話に意識的に日本語をまぜこみ、コミュニケーションを深めようと努めているのは、間違いなくベルギーのヤン・ヴァンデルローストだ。

東京佼成ウインドオーケストラの桂冠指揮者フレデリック・フェネル(Frederick Fennell, 1914~2004)が、手書きした日本語(カンニングペーパーのようなもの)を指揮台に置いて練習に臨んだことは有名だが、何も見ずいきなり飛び出すヤンの日本語の頻度は、フェネルのそれをはるかに上回る!

このため、ヤンが繰り出す日本語には、いかにもアヤシイ(?)ものが多い。しかし、それがうまくいかなかったときにオーバー・アクションで悔しがる姿もある種ユーモラスであり、親近感を覚える人も多い。

初来日は1994年で、春秋の2シーズンに日本のステージに登場!

三重県・合歓の郷における日本吹奏楽指導者クリニックでは、5月15日(日)のシエナ・ウインド・オーケストラのコンサートで『アマゾニア(Amazonia)』『ブスタ(Puszta』『オリンピカ(Olympica)』『ハイランド・ラプソディー(Highland Rhapsody)』を指揮。予定にはなかった5月17日(火)の大阪市音楽団のコンサートでも、客席から飛び入りで『フラッシング・ウィンズ(Flashing Winds)』を指揮した。5月19日(木)には、埼玉・川口総合文化センター・リリアで行なわれた東京ブリリアントブラス特別演奏会にも登場し、『フラッシュライト(Flashlight)』『エクスカリバー(Excalibur)』を客演指揮した。

秋は、プリーズ・ブラス・バンドのツアーに客演指揮で登場。11月18日(火)、森ノ宮ピロティホール(大阪)の「ライムライト・コンサート8」を皮切りに松本~東京と続いたツアーで、『トッカータ・フェスティヴァ(Toccata Festiva)』『カンタベリー・コラール(Canterbury Chorale)』『ファイアワーク(Firework))』『オマージュ(Homage)』『エクスカリバー(Excalibur)』の自作自演を行なった。

ヤンの日本語には、大阪弁の“なんでやねん”のように、発音やイントネーションから使うタイミングまで、大阪に住む者が“免許皆伝”を授けたくなるほど完璧なものもある。四六時中、大阪弁が飛び交うこのツアーに参加したことが大いに“役に立った”のは、言うまでもない!

すっかり忘れてしまったが、筆者は、どこかのタイミングで“今後日本に来ることがあったときにきっと役立つから”と言って、1冊の日本語会話ハンドブックを選んでプレゼントしていたようだ。

以後、ヤンは来日のたびにハンドブックから学んだ日本語をつぎつぎと試すようになった。筆者はそのたびに採点。いつの間にか、ヤンから“日本語の先生”という栄誉ある地位を与えられてしまった。

しかし、後で“しまった”と思っても、もう遅い!

第1話でお話ししたシエナ・ウインド・オーケストラの委嘱作『グロリオーゾ(Glorioso)』の曲名選択時の質問だけではない。ヤンからは、日本に関わるありとあらゆる質問がくるようになった。

近々の例では、2017年5月の…。

『Maido Yukihiro-san genki-deska ? (まいど、ユキヒロさん、元気ですか?)

現在、6つの大陸で実際に歌われている典型的なクリスマス・ソングをフィーチャーした“クリスマス組曲”(オーケストラと合唱のための)に取り組んでいます。

これまで、実際のキャロルやクリスマス・ソングを“届けて”もらった国々は、以下のとおりです。ヨーロッパはベルギー、北米はアメリカ合衆国、南米はコロンビア、アフリカは南アフリカ、オセアニアはオーストラリア。

それで、アジアは日本(???)だと考えているんですが、現在、この“アジア”の曲だけがまだ“欠落”状態です。ご協力願えれば幸いです。』(冒頭を除き、原文は英語)

これは難問だ!

ヤンは、クリスマスが基本的にキリスト教にかかわる事柄で、日本人の多くがクリスチャンでないことを十分承知しているはずなのに。なんでやねん。推薦曲がないなら、誰か知り合いの合唱指揮者か歌手の名前とメールアドレスを教えてほしいとまで書かれてある。打診すれば何かマニアックな曲は出てくるかも知れないが、日本の教会で歌われているのは、たいてい西洋の賛美歌と同じかそれをベースにしたものだ。ウーム。

そこで、日本にはトラディッショナルなクリスマス・ソングがないことをまず説明。クリスマス・シーズンに流れる人気曲のいろいろなリストを探し出し、どのリストでもダントツ1位か2位に入っている2曲を選んで連絡した。

『今、日本人の多くが“クリスマスの歌”として親しんでいる代表的な曲は、タツロー・ヤマシタという歌手の“Christmas Eve (クリスマスイブ)”、もくしはユミ・マツトウヤの“Koibito Ga Santa Claus (My Baby Santa Claus)(恋人がサンタクロース)”だ。』と。

これらは、どこから聴いても完全なポップ。たぶん、この回答で日本の音楽を使うことを諦めるだろうと踏んでいたのだが、敵もなかなかしぶとい!

ネットを通じて曲を聴いたヤンから、『組曲のクライマックスに使うには、盛り上がりのある“恋人がサンタクロース”がいいように思う。楽曲の著作権の管理者から許諾をとれますか?』との超真面目な打ちかえし!

オイオイ、面倒なことになりそうだゾ、と数日返答を保留していたら、再びヤンからのメールがきた。

『出版社から“著作権が存在する楽曲は使わないように”と言われました。そこで、リクエストを変更し、クリスマス・ソングではなく、なにか“冬”をイメージする日本の曲を教えて下さい。例えば、ルロイ・アンダーソンの“そりすべり(Sleigh Ride)”の類いの…。もちろん、著作権が存在しない曲でないといけませんが。』

トーマス・ドスの『白雪姫』で大変な目にあったばかりのHal Leonard MGBが同意するわけなかった。当然だ!

一方、冬の歌なら、いくらでも思いつく。

早速、“YUKI YA KONKO (ゆきやこんこ)”、“FUYU NO YORU (冬の夜)”、“FUYUGESHIKI(冬景色)”、“FUYU NO SEIZA (冬の星座)”(原曲は19世紀のアメリカ曲)、“TROIKA (トロイカ)”(原曲はロシア民謡)の5曲を、簡単な楽曲説明を添えて返信した。

すると、メロディーラインから“冬の夜”がいいとの返答。しかし、出版社から厳命されているためか、再び著作権の有無を訊ねてきた。

そこで、『“冬の夜”は、日本国の旧文部省が1912年に発行した小学校3年生用の唱歌だ。作曲者も作詞者も不明で、著作権はすでに消滅している。』と回答すると、ありがとうとの返信。

これにて一件落着と思っていたら、もうすっかり忘れていた8月になって、さらに追加のメールがきた。

『オーケストラと合唱のためのインターナショナルなクリスマス組曲は書き上がりました。しかし、歌詞を必要とします。“冬の夜”の歌詞を、Roma-ji(ローマ字)に直してもらえますか?』

やれやれ、日本語教師は忙しい!

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