■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第154話 フェネル:マーチング・アロング

▲LP(モノラル) – Marching Along(米Mercury、MG 50105、1956年)

▲MG 50105 – A面レーベル

▲MG 50105 – B面レーベル

1956年1月20日(金)、米ニューヨーク州ロチェスターにキャンパスをもつロチェスター大学イーストマン音楽学校(The Eastman School of Music of the Rochester University)のイーストマン劇場(Eastman Theater)で、マーキュリー・レコード(Mercury)によるフレデリック・フェネル(Frederick Fennell、1914~2004)指揮、イーストマン・ウィンド・アンサンブル(Eastman Wind Ensenble)のLPアルバム「Marching Along(マーチング・アロング)」のレコーディング・セッションが行なわれた。

このアルバムは、「American Concert Band Masterpieces(アメリカン・コンサート・バンド・マスターピーシーズ)」(Mercury、MG 40006、1953年)、「Marches(マーチーズ)」(Mercury、MG 40007、1954年)、「La Fiesta Mexicana(ラ・フィエスタ・メヒカーナ)」(Mercury、MG 40011、1954年)、「British Band Classics(ブリティッシュ・バンド・クラシクス)」(Mercury、MG 40015、1955年)についで制作されたイーストマン・ウィンド・アンサンブルの5枚目のLPで、そこまでの4枚がモノラル録音だったのに対し、初のステレオ方式を採用して録音されたアルバムとなった。(カッコ内、LP番号と発売年は、初出盤のもの)

ただ、残念ながら、このアルバムが録音された当時は、まだステレオ方式の音をレコード盤にカッティングする技術が実用化されていなかったので、アルバムは、1956年2月に、まずモノラル盤(Mercury、MG 50105)としてリリースされ、ステレオ盤(Mercury、SR 90105)は、3年後の1959年2月にリリースされた。

蛇足ながら、ステレオ方式を採用した当時のマーキュリーは、《第148話 ヒンデミット-シェーンベルク-ストラヴィンスキー》でもお話ししたように、セッションでは、モノラル用とステレオ用にラインを分けて、それぞれの方式の専用レコーダーで録音していた。そのため、このアルバムにもモノラル用とステレオ用の2種類のマスターが存在し、リリースにあたっては、モノラル盤はモノラル・マスターから、ステレオ盤はステレオ・マスターから制作された。このため、マスタリングの時期が異なる両盤を聴き比べると、編集や定位、残響感などに差異があり、とても面白い。実は、演奏が違う箇所もあるのだ。

話を元に戻そう。

アルバム「マーチング・アロング」には、以下の12曲が収録された。

・アメリカ野砲隊
The U.S. Field Artillery
(John Philip Sousa、1854~1932)

・雷神
The Thunderer
(John Philip Sousa、1854~1932)

・ワシントン・ポスト
Washington Post
(John Philip Sousa、1854~1932)

・キング・コットン
King Cotton
(John Philip Sousa、1854~1932)

・エル・カピタン
El Capitan
(John Philip Sousa、1854~1932)

・星条旗よ永遠なれ
The Stars and Stripes Forever
(John Philip Sousa、1854~1932)

・アメリカン・パトロール
American Patrol
(Frank W. Meacham、1856~1909)

・オン・ザ・モール
On The Mall
(Edwin Franko Goldman、1878~1956)

・ライツ・アウト
Lights Out
(Earl E. McCoy、1884~1934)

・バーナム&ベイリーのお気に入り
Barnum and Bailey’s Favorite
(Karl L. King、1891~1971)

・ボーギー大佐
Colonel Bogey
(Kenneth J. Alford、1881~1945)

・ビルボード
The Billboard
(John N Klohr、1869~1956)

アルバム・タイトルを、アメリカのマスコミが“マーチ王”と称えたジョン・フィリップ・スーザの自伝「Marching Along: Recollections of Men, Women and Music」(米Hale, Cushman Flint、1928年)の書名からとったこのアルバムは、LPのA面にスーザのマーチを6曲、B面に他の作曲家のマーチを6曲収録した本格マーチ・アルバムだった。

21世紀の現時点からそれを眺めると、それまでのシンフォニック・バンドとは一線を画したウィンド・アンサンブル理論を提唱し、1952年に、世界初のウィンド・アンサンブルであるイーストマン・ウィンド・アンサンブルを学内に創設したフェネルがこのようなマーチ・アルバムを作っていることを不思議に思う人がいるかも知れない。

しかし、新しいことを始めようとするときには“つきもの”と言うべきか、フェネルが提唱したウィンド・アンサンブル理論のアカデミックな評価や高い注目度とは裏腹に、「マーチング・アロング」以前に発売された4枚中、商業レコードとして最も成功を収めた(売れた)のは、ウィリアム・シューマン(William Schuman)やロバート・ラッセル・ベネット(Robert Russel Bennett)、H・オーウェン・リード(H. Owen Reed)、グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst)、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams)らのオリジナルが入ったアルバムではなく、マーチ・アルバムの「マーチーズ」だった。

1954年8月にリリースされたこの「マーチーズ」(MG 40007)は、スーザのマーチ8曲を含むアメリカのポピュラーなマーチ16曲を収録したアルバムで、1956年10月に規格番号をMG 50080に改めて再プレス(ジャケット・デザインは同一)。その後、ジャケットをマーチング・バンドのミニチュアの写真に改めたので、合計3つのバージョンがある。(参照:《第19話 世界のブラスバンド》)

そして、ヒット作が出ると“2匹目のどじょう”を狙って続編が企画されるのは、商業レコード業界の常。「マーチング・アロング」は、ヒット・アルバム「マーチーズ」とまるで同じコンセプトで作られた続編だったわけだ。

その後、マーキュリーは、さらに“3匹目”を狙って、1956年10月に「マーチーズ」と「マーチング・アロング」のコンピレーション・アルバム「Marches for Twirling(マーチーズ・フォー・トワリング)」(Mercury、MG 50113)までリリースしているから、当時、フェネル指揮、イーストマン・ウィンド・アンサンブル演奏のマーチの人気がいかに高かったかがよくわかる。

フェネルは、「マーチング・アロング」のセッションに際し、オリジナル版の楽譜を集め、それらのオーケストレーションを丹念に精査して、木管25名、金管16名、打楽器6名、コントラバス1名、計48名のプレイヤーをレコーディングに選んだ。内声部をクリアにする目的もあり、作曲者が書いたもの以外、いかなる管楽器パートも加えていないが、フェネルの専門領域である打楽器だけは、彼がいつも演奏でそうしてきたように独自のアイデアを加えている。

リハーサルは、セッション2日前の1956年1月18日(水)、イーストマン劇場においてフェネルの指揮で行なわれたコンサートの練習を兼ねて行なわれ、コンサートでは、第一部でスーザ以外のマーチ6曲が、第二部でスーザのマーチ6曲が、レコードとは異なる曲順で演奏されている。

セッションは、ディレクターが、デヴィッド・ホール(David Hall)、エンジニアが、C・ロバート・ファイン(C, Robert Fine)のコンビによって行なわれ、そのひじょうに明瞭でダイナミックなサウンドは、21世紀の今聴いても惚れ惚れするような輝きをもつものに仕上がった。リリース後は、世界各国でリリースされるヒット作となっている。

日本でも、LPレコード時代のかなり早い時期にライセンスを得たキング、その後、ビクターからさまざまなカップリングでリリースされているが、父のレコード棚には、なぜかそのキングから発売された8曲入りの「アメリカン・パトロール」(25cmLP、MPM-17、モノラル)というレコードがあり、物心ついた頃から毎日のように聴いていた。

いずれ、そのマエストロと、同じ現場でご一緒することになるとは、夢にも思わずに!!

▲LP(モノラル) – Marches for Twirling(米Mercury、MG 50113、1956年)

▲MG 50113 – A面レーベル

▲MG 50113 – B面レーベル

▲LP(ステレオ) – Marching Along(米Mercury、SR 90105、1959年)

▲SR 90105 – A面レーベル

▲SR 90105 – B面レーベル

▲LP(ステレオ) – Marching Along(蘭Mercury Golden Imports、SRI 75004)

▲SRI 75004 – A面レーベル

▲SRI 75004 – B面レーベル

▲LP(ステレオ) – マーチング・アロング(Philips(日本フォノグラム)、PC-1612、1975年)

▲PC-1612 – A面レーベル

▲PC-1612 – B面レーベル

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