▲LP – 我が国最高の管楽器奏者による《ブラスの饗宴》(トリオ、RSP-7016)
▲RSP-7016、A面レーベル(テスト盤)
▲RSP-7016、B面レーベル(テスト盤)
▲RSP-7016、A面レーベル
▲RSP-7016、B面レーベル
1970年(昭和45年)1月30日(金)午後3時から、トリオは、東京・丸の内の大手町サンケイ国際ホールにおいて、“ケンウッド・シンフォニック・ブラス・アンサンブル”の演奏で、後に「我が国最高の管楽器奏者による《ブラスの饗宴》」(LP:トリオ、RSP-7016 / 19cm/sステレオ・オープンリール・テープ:トリオ、TSP-7013)というタイトルでリリースされる新録音のセッションを行なった。
演奏者の“ケンウッド・シンフォニック・ブラス・アンサンブル”は、NHK交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団のほか、在京のオケマンたちによって編成されたレコーディングのための管楽アンサンブルで、この日の録音は、前年このグループによって録音、リリースされて大きな反響を巻き起こした「我が国最高の管楽器奏者による《マーチの極致》」LP:トリオ、RSP-7004 / 19cm/sステレオ・オープンリール・テープ:TSP-7008)の続篇企画のためのものだった。(参照:第135話 我が国最高の管楽器奏者による《マーチの極致》)
セッションのディレクターは草刈津三さん、ミキサー(バランス・エンジニア)は若林駿介さんと、録音スタッフは前録音盤とまったく同じで、録音会場、フロア・セッティング、使用マイクやレコーダー、ミキシング・アンプ等の使用機材など、基本的な録音方式もすべて前回を踏襲していた。
前録音の成果が、それほどまでに、制作側、演奏側の双方を納得させる出来映えだったからだ。
ただし、今回はレパートリーの曲種だけは違っていた。前がすべてマーチだけの録音だったのに対し、今回は、アメリカのコンサート・バンドのレパートリーを録ろうとする企画だったからだ。そこで、演奏人数は、フルート x 2(ピッコロ兼)、オーボエ x 2、クラリネット x 8、ファゴット x 2、サクソフォン x 3、ホルン x 4、トランペット x 4、トロンボーン x 4、ユーフォニアム x 2、テューバ x 1、打楽器4と、より一般的な吹奏楽編成に近い規模に拡充されている。
そして、各セクションのリーダーは、フルートが峰岸荘一さん、小出信也さん、クラリネットが千葉国夫さん、浅井俊雄さん、ファゴットが戸沢宗雄さん、サクソフォンが阪口 新さん、ホルンが千葉 馨さん、田中正大さん、トランペットが北村源三さん、戸部 豊さん、トロンボーンが福田日出彦さん、打楽器が岩城宏之さんが担い、全体をアンサンブルのセンター近くに位置するファゴットの戸沢さんが仕切るスタイルをとったのも前回と同じだった。
唯一違ったのは、今度の録音には、NHK交響楽団の指揮者、岩城宏之さんが、指揮者ではなく、打楽器奏者として参加したことだった。
この岩城さんの参加に関しては、ディレクターの草刈さんがジャケットに寄せた一文「ケンウッド・ブラス第2弾」に、つぎのようなエピソードが記されている。
『第1回の録音以来しばらくは、大げさに云えば、東京のオーケストラの管楽器界は、その録音の話しでもち切りであった。……(中略)……。私は、メンバーたちに会うたび毎に、あの録音の話しが出、「又、やろうよ」。といって別れる日々が続いたが、忙しい人達ばかりだから、まあ出来て一年に一回位だと思っていた。しかし、そのチャンスは以外に早くやって来た。昨年の暮れに近い頃だったが、オーケストラ仲間がよく集る千葉馨氏宅でのパーティ、その日は何で集まったのかは良く覚えてないが、N響終身指揮者の岩城宏之氏など10数名の中に、千葉、戸沢両氏をはじめ管楽器のメンバーが何人か居た。そのための酒の肴の音楽は、自然あのブラス・バンドのマーチ集となったが、録音の思い出話しがはずむうち、岩城氏が「俺も一緒にやりたいな」と云い出したことが第2回目の録音のきっかけとなったのである。……(後略)……。』(原文ママ)
文中の“昨年の暮れ”とは、1969年の年末のことだ。
そして、このパーティーの場で、草刈さんは、機は熟したと感じとり早速トリオに連絡。アレよアレよという間に日程調整が進んで、岩城さんの渡欧直前のこの日、1月30日に録音が行なわれる運びとなった訳である。
こうして、レジェンドたちは再び同じホールに参集した!
この日、録音されたレパートリーは、以下のようにものだった。
・古いアメリカン・ダンスによる組曲
Suite of Old American Dances(Robert Russell Bennette)
・ビギン・フォー・バンド
Beguine for Band(Glenn Osser)
・コラールとアレルヤ
Chorale and Alleluia(Howard Hanson)
・トランペット・オーレ!
Trumpet Ole!(Frank D. Cofield)
・トロンボナンザ
Trombonanza(Frank D. Cofield)
・クラリネット・ポルカ
Clarinet Polka(Arr. David Bennett)
・クラリネット・キャンディ
Clarinet Candy(Leroy Anderson)
・オリジナル・デキシーランド・ワンステップ
Original Dixieland Onestep(John Warrington)
この選曲を誰が担ったかについては、何も情報を持たないが、選曲のコンセプトそのものは、1967年(昭和42年)に日本コロムビアがリリースした「楽しいバンド・コンサート」シリーズ(EP:日本コロムビア、EES-176、EES-177、EES-178)とほぼ同じ傾向のもので、アメリカのオリジナル曲および、このグループに参加するレジェンドたちのプレイを際立たせるトランペットやトロンボーン、クラリネットのセクション・フィーチャーやソロ・フィーチャーからなっていた。ただし、そんな中に、ロバート・ラッセル・ベネットの『古いアメリカン・ダンスによる組曲』やハワード・ハンソンの『コラールとアレルヤ』という、アメリカのコンサート・バンドの定番レパートリーが含まれていたことは大きな話題となった。(参照:《第18話 楽しいバンドコンサート》)
また、全体を俯瞰するなら、シリアスからエンターテイメントまでの少し欲張ったコンセプトにも映るが、それらの多彩な演目をわずか1日のセッションで録り終えてしまったレジェンドたちに対しては、正直“リスペクト”という以外、適当な言葉が見つからない。
月刊誌「バンドジャーナル」1970年3月号(管楽研究会編、音楽之友社)も、当日のセッションを取材。アンサンブル全体、パーカッション・セクション、モニタールームの模様を撮影したモノクロ写真3枚を配したグラビア頁のリポート“国内レコーディング・ニュース”(24頁)を入れた。記事には『とくに岩城宏之が打楽器を担当したのが注目される』(原文ママ)との記述もあり、掲載写真にも、バス・ドラムを叩いたり、プレイバックを聴く岩城さんの姿が大きく映りこんでいた。それは、岩城さん本人にとっては恐らくは15年ぶりの打楽器プレイだと思われるレアなシーンだったが、それもあってか、この第2弾のレコードやテープは、吹奏楽ファンだけでなく、再びオケマンたちの関心を呼びさますことになった。
ひとつの伝説の誕生である!
結果として、「我が国最高の管楽器奏者による《マーチの極致》」と「我が国最高の管楽器奏者による《ブラスの饗宴》」の2タイトルが揃うことになった両アルバムは、普段は別々のオーケストラで活躍するオケマンたちが、楽団の垣根を超えて参集し、指揮者不在という自分たちだけのアンサンブル・プレイを愉しみながら、真摯に吹奏楽曲と向き合った貴重なアーカイヴ、オーディオ・ファイルとなった。
これらは、間違いなく、今後とも長く記憶に留められることになるだろう。
筆者が初めてこれらを聴いたときの個人的印象も強烈なものだった!
そして、両盤は、吹奏楽のレパートリーがそれまでのマーチ一色に変わって、吹奏楽固有のレパートリーを温め始めるようになったそんな時代に、我々に新しい風を吹き込んでくれた鮮烈なメッセージとなった!
いろいろなものが変わり始めていた!
だから音楽はおもしろい!!
▲ LP(再発売見本盤) – 我が国最高の管楽器奏者による《ブラスの饗宴》(トリオ、PA-5026)
▲PA-5026、A面レーベル(見本盤)
▲ PA-5026、B面レーベル(見本盤)
▲「バンドジャーナル」1970年3月号(管楽研究会編、音楽之友社)