■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第132話 「ブラス・タイムズ」の創刊と「バンド・タイムズ」

▲「ブラス・タイムズ(japan brass times)」創刊号 1面(ブラス・ウィークリー社、1965年12月1日発行)

▲同、2面(同上)

『吾国(わがくに)の吹奏楽界が目覚しい躍進を続け、世界の注目の的となっている時、この「ブラス・タイムズ」の誕生は、まことに時宜(じぎ)を得たものというべきであろう。旬刊(じゅんかん)の吹奏楽専門紙といえば、出版界からみても、前例のない思い切った企画でもあり、しかも全日本バンド音楽のメッカである関西から生れたことも大いに意義のある処であろう。私が先般来、各方面に強調していることは、日本吹奏楽の発展の健全性、即ち他の文化部門が大都市偏重の中央集中的であるのに対し、全く「地域差」がなく、文字通り、全国津々浦々の青少年達や各指導者諸君が、足並みを揃え、たくましい成長とをなしている事である。この明るく誇らしい勢いに「ブラス・タイムズ」が、共同の研究の交流の場として、更に有力な推進力となることを期待し、確信するものである。』(改行省略とカッコ内のフリ仮名を除き、原文ママ)

引用は、1965年(昭和40年)の年末に創刊されたタブロイド版の吹奏楽専門紙「ブラス・タイムズ(japan brass times)」12月(第1)号(創刊号)(ブラス・ウィークリー社、1965年12月1日発行)の1面に掲載された、当時の全日本吹奏楽連盟理事長、朝比奈 隆さんの祝辞「発刊を祝して」の全文である。

同文が掲載されている「ブラス・タイムズ」の実物は、実は、2020年(令和2年)8月25日(火)、Osaka Shion Wind Orchestra(オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)の未整理の資料の中から偶然見つかった。

出てきたときのコンディションは、経年変化で紙の縁の部分が赤茶け、触ると簡単にポロポロと分解するような、ほとんど朽ち果てる寸前という状態だった。幸い、白ボール紙に挟まれていた記事部分は、縁の部分より状態が良く、文字は問題なく読めた。しかし、紙の劣化はかなり進んでおり、写真はすでに解像度が落ち、文字の方もいずれ近い内に触れることもままならない状態になることが容易に想像できた。

そこで、シオン事務局長でホルン奏者の長谷行康さんらと相談し、念のため原本をきちんと保管するとともに、デジタル化などの保存措置がとられることになった。

筆者を含め、かつて「ブラス・タイムズ」という吹奏楽専門紙が存在したことを知るものがその場に誰もいなかったからだ。

帰宅後も、全日本学生吹奏楽連盟理事長の溝邊典紀さんなど、当時を知っていそうな指導者に電話やメールでリサーチを続けたが、誰からも存在を確認できなかった。

これは、とんでもないものを発掘してしまったのかも知れない!!

その「ブラス・タイムズ」の紙面情報を整理すると、発行元は、大阪市東淀川区十三東之町1丁目16の13の(株)ブラス・ウィークリー社で、編集・発行人は大井克之。毎月1日・15日の月2回発行で、一部25円。直接購読料は、6ヵ月:370円、1ヵ年:700円(いずれも送料込み)とあった。

時系列的に時間を遡ると、終戦から8年後の1953年(昭和28年)に同じくタブロイド版の“月刊”新聞として創刊され、1956年(昭和31年)の5月号(通巻31号)から雑誌に発展した「月刊 吹奏楽研究」(月刊 吹奏楽研究社)が、1964年(昭和39年)の3月号(通巻87号)をもって廃刊。「ブラス・タイムズ」が創刊された1965年はその1年後にあたり、1959年(昭和34年)に創刊された月刊誌「バンドジャーナル」(管楽研究会編、音楽之友社刊)が、国内で唯一の吹奏楽を扱う媒体となっていた。(参照:《第39話 ギャルド:月刊吹奏楽研究が伝えるもの》《第61話 U.S.エア・フォースの初来日》《第74話 「月刊吹奏楽研究」と三戸知章》

この「ブラス・タイムズ」で面白いのは、同紙が、先行紙(誌)のような“月刊”ではなく、朝比奈さんも書いているように、創刊時に“旬刊”(本来は、十日ごとに刊行する雑誌や新聞に対する用いられる)を目指していたことだろう。また、発行元の社名に“ウィークリー”という文字が使われていることから、あるいは、最終的に“週刊”にすることを目標に定めていたのかも知れない。

情報の速達性という視点でみると、以上の事実は、「ブラス・タイムズ」が将来的に先行紙(誌)より魅了的な媒体に発展する可能性を内に秘めた媒体だったように感じさせる。しかし、そんな理想は理想として、同紙が創刊時に掲げた“月2回刊行”の方針は、取材面はもとより経営面でもかなりの冒険、あるいは野心的な発想だったように思う。

そして実際、12月1日発行の創刊号の後、紙面に告知されていた同15日の次号の発行はミスリードとなってしまった!!

なぜそんなことになったかについては、発行元が解散してしまった今となってはまるで事情が分からない。しかし、購読料を先に徴収して刊行する新聞にとって、これはあってはならない由々しき事態だった。

一方、刊行された「ブラス・タイムズ」の創刊号、それ自体は、かなりインパクトのあるコンテンツで構成されていた。

紙面は全6ページ構成。創刊号ということもあり、朝比奈さんの祝辞(1面)の他に、大阪市音楽団(現シオン)団長で指揮者の辻井市太郎さんの「発刊によせて」(3面)、阪急少年音楽隊隊長の鈴木竹男さんの「『ブラス・タイムズ』の活躍を期待」(3面)という祝辞も掲載されたなかなか華やかな紙面づくりだった。(参照:《第77話 阪急少年音楽隊の記憶》《第122話 交響吹奏楽のドライビングフォース》

最も力が入った記事は、1965年(昭和40年)11月14日(日)、長崎市公会堂で行なわれた「第13回全日本吹奏楽コンクール」の特集(1~2面)だった。同記事には写真6枚のほか、各部門の講評、得点表、折から来日中だった前A.B.A.(America Bandmasters Association)会長で作曲家、指揮者のポール・ヨーダー(Paul Yoder、1908~1990)の感想などもあり、それらが簡潔にまとめられていた。

また、つづく3面から5面には、神奈川、京都、福井、大阪など、全国各地の演奏会や講習会の記事が散りばめられ、音楽評論家のポップス講座もあるなど、限られた紙数に盛りだくさんの内容となっていた。

とくにユニークだったのは、日本楽器・心斎橋店、京都・十字屋楽器店、日本楽器・神戸元町店とタイアップして、店頭在庫をリスト化した「輸入楽譜在庫リスト」(40・12・1現在)を掲載したことだった。

普通、毎日どんどん変化する(つまり、掲載情報が刻一刻と古くなる)楽器店の“店頭在庫”を、入稿から刊行までタイムラグがある“印刷物”である新聞に載せようという発想は誰も思いつかない。

そんなリストを、まるで新聞の夕刊のテレビ欄かなんかのようにかなり目立つ最終ページの6面に持ってきたのは、間違いなく新聞の編集に手馴れた人のアイデアだったのだろう。ただ、この種の企画は、印刷情報のアップデートが欠かせないので、次号が出るまで間隔ができるだけ短かいことが必然的に要求される。残念だったのは、「ブラス・タイムズ」は、それが出来なかった。現場は、さぞかし大混乱だった筈だ。

しかし、編集・発行人には、メディアとしての使命感はあったようだ。

翌年の1966年(昭和41年)1月20日(木)、ブラス・ウィークリー社は、紙名を「ブラス・タイムズ」から「バンド・タイムズ」に改め、毎月20日発行の“月刊紙”として第2号を刊行。再出発を図っている。紙面は8ページに拡大。一部25円の定価は据え置き、直接購読料は、1ヵ年:400円のみの扱いとするなど、大きな改善を図っている。しかし、一旦失った信頼は戻ってはこなかったようだ。断続的にリサーチは続けているが、その後の同紙の消息についてはまるで情報が出てこない。とても残念なことに!

ただ、ラッキーなことに、この「バンド・タイムズ」第2号の原紙も、全8ページ中、半数の4ページを同じ日シオンの未整理資料の中から発見した。その状態は、前記「ブラス・タイムズ」とほぼ同様だったので、それも時代を伝える貴重な歴史資料として同様の保存措置がとられることになった。

余談ながら、TPP11協定の発効日の2018年(平成30年)12月30日以降、日本国内の著作権の保護期間は、発表後50年から発表後70年に延長された。

これを知らない人が意外と多いが、念のためチェックすると、シオンで見つかった両紙の著作権は、それ以前にすでに消滅。一旦消滅しパブリックドメイン化した著作物の権利が復活することはないというベルヌ条約の規定に従い、両紙のいくつかの紙面をそのままのかたちで紹介できることが明らかとなった。

ただ、そうは言っても、経年変化によってすっかり赤茶けてしまった紙の素地の色のまま画像にしたのでは、印刷された文字がたいへん見づらい。なので、ここでは色補正を施した上で画像化することにした。

しかし、これらはほとんど現物が残されていない時代の生き証人だ!

原著作者をリスペクトし、遠い先人たちの時代に想いを馳せながら愉しんでいただければと願う!

▲「ブラス・タイムズ(japan brass times)」創刊号 3面(ブラス・ウィークリー社、1965年12月1日発行)

▲同、6面(同上)

▲「バンド・タイムズ(japan band times)」第2号 1面(ブラス・ウィークリー社、1966年1月20日発行)

▲同、8面(同上)

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