▲CD – ニュー・ウィンド・レパートリー1996(大阪市教育振興公社、OMSB-2802、1996年)
▲OMSB-2802 – インレーカード
▲同、デザイン原稿
▲同、レーベル面校正紙
『あのなぁ、ちょっと力貸してくれへんか(貸してくれないか)?』
大阪市音楽団(市音 / 民営化後、Osaka Shion Wind Orchestra)団長(当時)の木村吉宏さんから電話がかかってきたのは、1995年(平成7年)の秋口だった。
『なんですか?』と伺うと、それは“自主制作で新企画のCDを作るために手を貸してほしい”という話だった。
《第64話 デメイ「指輪物語」日本初CD制作秘話》でお話しした市音初の自主制作盤「大阪市音楽団 NHKライヴ 指輪物語 ─ 本邦初演 At the Symphpny Hall」(大阪市教育振興公社、OMSB-2801、1994年2月27日)に次ぐ2枚目の自前のCDを作りたいという話だ。
前作は、今や世界的マスターワークに数えられるようになったオランダの作曲家ヨハン・デメイ(Johan de Meij)の交響曲第1番『指輪物語(The Lord of the Rings)』の日本国内初のCDという栄誉を担っただけでなく、大反響を巻き起こしたNHK-FMの放送音源のCD化というニュース性も手伝い、アッという間に予定数を売り切った。(《第58話 NHK ? 生放送!ブラスFMオール・リクエスト》参照)
筆者は、そのCDのプロデュースを担った。
これは、流通を頼らず、演奏会場直売と通販だけの“完全限定盤”だったが、そのときの成功体験は市音に有形無形の財産をのこした。
だが、当時の市音は、あくまで大阪市という行政組織の一部だ。
制作者にとっては、何度も“行政のハードル”にぶち当たりながら、それを1つずつクリアし、のり超えていくという、かなり難易度の高い仕事だった。
なので、木村さんがいくら『業務命令や!』とか『“わが社”独自の自主CDを独力で作りたいんや!』とハッパをぶち上げても、おいそれと“ハイ、では考えてみましょう”などと安請け合いするわけにはいかなかった。前回時の悪夢のような記憶がつぎつぎと津波のように押し寄せてきたからだ。(“わが社”というのは、木村さんが自楽団(市音)を指して言うときの口癖だった。)
実務面でも、市音には、録音からマスタリング、プレスに至る機材やスタッフの確保、流通販路の開拓、総予算がどのくらいに見積もられるのかについての予備知識はなかった。畑違いなので当然だ。ただ、楽団の自主制作になるので、エキストラ以外、演奏料がかからない(つまり手弁当でやる)ことだけはみんな分かっていた。
そんな前途多難さを感じながらも、とにかく市音に出向き、素案を聞かせてもらう。
すると、市音が作りたいというCDは、“市音独自のリサーチによる最新楽曲を含む、市音おすすめの楽曲集”だった。
だが、待てよ!
それに近いコンセプトのCDは、例年5月、三重県・合歓の郷で開催されていた「日本バンドクリニック」に向け、以下のようなものがレコード各社から発売され、市音も、東芝EMIの「吹奏楽ベスト・セレクション」シリーズの1993年盤から1995年盤までの演奏を担っていた。
・吹奏楽名曲集’93(ソニー、SRCD-9134、1993年5月1日)
(汐澤安彦指揮、東京佼成ウィンドオーケストラ)
・’93 NEMU吹奏楽ベスト・ピース(ファンハウス、FHCE-2010、1993年5月2日)
(汐澤安彦指揮、シエナ・ウィンド・オーケストラ)
・吹奏楽ベスト・セレクション’93(東芝EMI、TOCZ-9205、1993年5月12日)
(木村吉宏指揮、大阪市音楽団)
・吹奏楽名曲集’94(ソニー、SRCD-9523、1994年5月1日)
(汐澤安彦指揮、東京佼成ウィンドオーケストラ)
・’94 NEMU吹奏楽ベスト・ピース(ファンハウス、FHCE-2017、1994年5月8日)
(汐澤安彦指揮、シエナ・ウィンド・オーケストラ)
・吹奏楽ベスト・セレクション’94(東芝EMI、TOCZ-9222、1994年5月11日)
(木村吉宏指揮、大阪市音楽団)
・吹奏楽名曲集’95(ソニー、SRCD-9797、1995年4月21日)
(汐澤安彦指揮、東京佼成ウィンドオーケストラ)
・吹奏楽ベスト・セレクション’95(東芝EMI、TOCZ-9252、1995年5月17日)
(木村吉宏指揮、大阪市音楽団)
ソニー盤は、1960年代から海外の楽曲の紹介につとめられてきた秋山紀夫さんの海外人脈と眼力に負うところ大の日本の吹奏楽シーンに欠かせない定番シリーズ!
一方の市音は、例年、シカゴのミッドウェスト・クリニックに現役プレイヤーからなる“プログラム編成委員”を直接派遣。ホテルの一室に、炊飯器と米、味噌汁の材料まで持ち込んで行なう楽曲情報の収集と分析は、日本のいかなる楽団の追従も許さず、その成果は、市音の演奏プログラムに色濃く反映され、大阪市民の人気を集めていた。
言い換えるなら、東京を含む日本の他のどの地域でも耳にすることがほとんどない曲が、大阪ローカルではふつうに演奏されていた。また、定期演奏会においても、未出版曲の日本初演の取り組みが多かった。
そんな訳で、市音が演奏した東芝の「吹奏楽ベスト・セレクション」にも、フィリップ・スパーク(Philip Sparke)の『テームサイド序曲(A Tameside Overture)』など、明らかに市音サイドから提案されたのではないかと思われる曲が含まれていた。市音の“プログラム編成”への東芝サイドのリスペクトがあったからだろう。
話をもとに戻そう。
冒頭の電話を受けて、市音団長室を訪ねると、木村さんが『これからの“わが社”は、レコード会社から“録らせて欲しい”と持ち込まれた曲を演奏しているだけでは、あかんのや!(ダメなんだ!)』とやけに鼻息が荒い!
何だか、いつもと調子が違うなと思っていると、トランペット首席でコンサートプランナーの竹原 明さん(後に団長、2005~2008)が、『実は、今年(1995年盤)の「吹奏楽ベスト・セレクション」を打ち合わせた際、“これだけは録音させてほしい”と自信をもって提案させていただいた曲が、東芝から“ぜったいダメだ”と断られたんです。誠心誠意、何度頼んでもダメでした。』 とソッと打ち明けられた。
曲は、前年の1994年(平成6年)6月2日(木)、ザ・シンフォニーホールにおける「第68回大阪市音楽団定期演奏会」で、木村さんの指揮で日本初演され、大きな反響を呼んだスパークの『シンフォニエッタ第2番(Sinfonietta No.2)』だった。(《第111話 スパーク「宇宙の音楽」の迷走》参照)
竹原さんは、『これは、スタイルの違う3つの楽章からできていて、いろんな場面でそれぞれ単独でも演奏できる。ほんまにエエ(本当にいい)曲やと思うんです。樋口さんにお世話になった曲やから言うてるんと(言っているのと)ちゃい(違い)ます。ほんまにエエ曲やと思ってるんです(思っているのです)。』と続ける。
この一件、その後も市音はあきらめず、最終的な打ち合わせで、第2楽章の「セレナーデ」だけは収録されることになった。
だが、市音サイドが味わったダメージと挫折感は大きかった。
そんなところへ、次年度の「吹奏楽ベスト・セレクション’96」が、別のバンドで録音されるらしいという情報が飛び込んできた。東京には東京の事情があったのだろうが、大阪ネイティブは、こういう話が一番嫌いだ!
で、冒頭の木村さんの突然の電話に至ったわけだ。
結論は早かった!
木村さんは、『“プログラム(編成)”の連中に、ヘタ打つと、みんなで持ち回って“手売り(直接販売)”せな(しないと)あかん(いけなくなる)かも知れんぞと訊いたら、それでも、どうしても自主のCDをやらせてくれ、と言いよるんや。曲案は、これから“プログラム”に作らせて、あんたには弘(田中 弘さん、後の団長、2015~2016)から連絡させるから。アイツら、ホンマに真剣にやっとーんのや(やっているんだ)。面倒みたってくれんか!頼むわ!』と言い、こちらにアレコレ言わせない。
加えて、未定のシリーズ・タイトルも、今度のミーティングにアイデアを持ち寄ることになった。そして、11月6日のミーティングで、つぎのように提案した。
『いろいろ考えてみましたが、“ニュー・ウィンド・レパートリー”というのは、いかがでしょう!ちょっとベタ(少々ありふれたもの)かも知れませんが…。』
市音からもいくつかアイデアが提示されたが、結局、わかりやすさもあってか、筆者の案に落ちついた。
そして、『やる以上、ぜったい成功させなあかん!』と、完全に火がついてしまった木村さんの陣頭指揮のもと、プロジェクトは本格始動!
調査楽曲は、総計454曲に及んだ!!
こうして、市音自主制作CD第2弾「ニュー・ウィンド・レパートリー1996」(大阪市教育振興公社、OMSB-2802)は、1996年(平成8年)2月1日(木)~2日(金)、兵庫県尼崎市のアルカイックホールで録音され、リリースは、同4月20日(土)に決まった。
打ち上げで、木村さんは、人目もはばからず大粒の涙をこぼした。
『みんな、ホンマにありがとう!ありがとうな!』
▲録音候補曲リスト – 1(1995年11月5日)
▲録音候補曲リスト – 2(1995年11月27日)
▲録音仮決定曲リスト(1995年12月7日)
▲CD – 吹奏楽ベスト・セレクション’93(東芝EMI、TOCZ-9205、1993年)
▲TOCZ-9205 – インレーカード
▲CD – 吹奏楽ベスト・セレクション’94(東芝EMI、TOCZ-9222、1994年)
▲TOCZ-9222 – インレーカード
▲CD – 吹奏楽ベスト・セレクション’95(東芝EMI、TOCZ-9252、1995年)
▲TOCZ-9252 – インレーカード