■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第114話 スパーク「宇宙の音楽」初演の興奮

▲チラシ – 第90回大阪市音楽団定期演奏会(2005年6月3日、ザ・シンフォニーホール)

▲プログラム – 第90回大阪市音楽団定期演奏会(同上)

▲同、演奏曲目

2004年(平成16年)7月、大阪市音楽団(市音 / 現Osaka Shion Wind Orchestra)は、その後、翌2005年6月3日(金)にザ・シンフォニーホールで行なわれることが確定する“第90回大阪市音楽団定期演奏会”で、イギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)の最新作『宇宙の音楽(Music of the Spheres)』のウィンドオーケストラ版の世界初演を行なう意思を固めた。

決定に到るプロセスは、《第107話 スパーク「宇宙の音楽」との出会い》や《第111話 スパーク「宇宙の音楽」の迷走》でお話ししたとおりだ。

原曲は、サクソルン属金管楽器を主体に構成されるブラスバンド編成の作品で、委嘱者であるデヴィッド・キング(David King)指揮、ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド(Yorkshire Building Society Band)の圧倒的なパフォーマンスで、ヨーロッパで驚異的な成功を収めていた。

とは言え、当時は、その原曲すら未出版の段階。いくら作曲者から提案されたとは言え、それがウィンドオーケストラ作品として作り変えられたとき、実際にはどんなオーケストレーションが施されるのか、まったく想像がつかない中での意思決定だった!

その根底には、ここまでフィリップの作品の日本初演を数多く手がけてきた市音とフィリップの間で積み重ねてきたゆるぎない信頼関係があった。

別の視点から振り返ると、同時点において、ウィンドオーケストラ版の音符は、まだ五線譜の上に一音も記されておらず、地球上には、すぐ参照できるいかなる録音物も存在しなかった。

オリジナルのブラスバンド版スコアを読みきった延原弘明さんをリーダーとする市音プログラム編成委員の面々には、大いなる敬意を表したい。

どんな作品にも好き嫌いはある。或いは、作品誕生後、時(とき)の淘汰を経て、それが100年、200年先にまだ支持を得ているかは、現世の誰にも判らない。

名匠と謳われるベートーヴェンやモーツァルトの作品だって同じだ。

しかし、作曲家と同じ時間を共有する同じ時代の演奏家が生み出される作品を全くリスペクトしようとせず、世に問うことを怠るようなことが仮にあるとするなら、間違いなく、そんなジャンルに未来は無い!

結果が出たから、或いは原曲スコアを見た筆者が推したから言うのではない。

このときの市音の決定は、ウィンド・ミュージックの大きなムーブメントの中にあって、未来永劫語り継がれるべき、燦然と輝く一里塚になったように思う。

話をもとに戻そう。

延原さんから電話で“市音の意思”を伝えられた筆者は、即刻それをフィリップに伝えた。その時、『ワォーッ!!すばらしいニュースをありがとう!!』とすぐ打ち返してきたフィリップの喜びようは、もう大変!!

それはそれはアツいものだった!!

こうして、『宇宙の音楽』ウィンドオーケストラ版は、作曲者の高いモチベーションのもとで新たなオーケストレーションが施され、この世に送り出されることになった。

2004年夏に始まったオーケストレーションは、秋の始め頃にはスコアを完成。その後に仕上げられたパート譜とともに、同年末のシカゴのミッドウェスト・クリニックで、渡米した市音プログラム委に直接手渡された。

一方で、指揮者は、山下一史さんに決定!!

ここまで来れば、もう大丈夫!!

あとは、演奏会の日を心待ちにするだけとなった。

だが、その内、延原さんからしばしば“市音のブラック(黒)・スクリーン(幕)”と呼ばれた当時の筆者の脳裏に、ふつふつとある想いが浮かんできた。

『宇宙の音楽』ウィンドオーケストラ版を“無償”で書いてくれたフィリップに、なんとかその労苦を報い、それが世界初演される瞬間を聴かせてやることができないものだろうか、と。

しかし、相手は2年半先まで委嘱作の約束でスケジュールが埋まっている超多忙な作曲家だ。そんな瞬間的な閃きに構ってくれるかどうかはまったく分からない。

それでも筆者は、いつものように無茶振りのメールを送った。

『前にも言ったと思うが、ボクは、心の底から今度の作品はキミの最高傑作だと思う。そして、ボクは、その新しいバージョンが初めて世に出る瞬間、キミはその場に立ち会っているべきだと考えるんだ!!おいでよ!』と。

このメールには、さすがのフィリップも相当面喰ったようだった。

しかし、やりとりを繰り返す内、互いのスケジュールを摺り合わせ、彼に日本国内での仕事をひとつ依頼することで、この計画は実現の運びとなった。もちろん、渡航費は仕事のクライアントである筆者持ち。実はこの時、どうしても、彼の棒(指揮)で録音しておきたい曲が1曲あったのだ。

ただ、いたずら好きのふたりは、演奏会の練習が始まる少し前まで、彼の来日を市音には知らせないで、サプライズにしようと決めた!

そして、運命の2005年6月3日。ホールでゲネを聴かせていただいたとき、クライマックス近くで降り注いできた魂を揺さぶるようなサウンドに、なぜか頬を伝って涙がこぼれ落ちた。もう訳が分からない。フィリップには、肩をポンポンと叩きながら、“コングラチュレーションズ(おめでとう)”と言うのがやっとだった!

また、客席には、1998年から2001年まで団長をつとめた龍城弘人さんなど、市音OBの顔も結構見られた。そして、こちらが何か特別なことをした訳でもないのに、『ありがとう!ありがとう!ええ曲やなぁ(いい曲だなぁ)!』とつぎつぎ握手を求められた。

『練習が聞こえてきたとき、本当に“宇宙が見えた”ような気がした瞬間がありました。ホンマでっせ!(本当ですよ!)』と言ったのは、元副団長の多賀井 英夫さんだった。

何かが降臨していた。

本番でも、モチベーション全開の市音は、客席で聴くフィリップが、しばらくの間、身震いが停まらないくらい感動的な演奏を叩き出した!!

初演後、ステージに呼び上げられたときも、彼は興奮状態!

普通の日本人には聞き取れないほど超高速の英語で聴衆に挨拶し、楽屋に戻ってからも、人に聞かれるのも構わず、10分近くずっと、ブツブツと何かをつぶやいていた。

“信じられない、信じられない”と言いながら….。

あんなフィリップの姿は、後にも先にも見たことがない!!

▲CD – スパーク:宇宙の音楽<世界初演ライヴ>(CRYSTON、OVCC-00017、2005年)

OVCC-00017 – インレーカード

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