■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第107話 スパーク「宇宙の音楽」との出会い

▲Philip Sparke(1990年代前半)(本人提供)

▲DVD – Highlights from The European Brass Band Championships 2004(World of Brass、WOB 104 DVD、2004年)

▲同ブックレット、曲目

▲CD – Highlights from The European Brass Band Championships 2004(Doyen、DOYCD 176、2004年)

▲同、インレーカード

『ディアー・ユキヒロ。グッド・モーニング!

東京のホテルからだ。実は、ちょっと頼みたいことがあるんだ!』

イギリスの作曲家フィリップ・スパーク(Philip Sparke)からメールが入ったのは、2004年(平成16年)6月1日(火)朝のことだった。

長い付き合いだが、フィリップのこういう“頼み方”はとても珍しい。

ある種の“予感”、あるいは“胸騒ぎ”のような気を感じた筆者は、“頼みたいこととは、いったい何だい?”とストレートに返す代わりに、『今日の仕事が上がるのは、何時頃になる?』と打ち返してみた。

すると、本当に驚いたように、『それは、“東京まで来る”っていう意味か!?!?』と30秒もしないうちにメールが返ってくる。

そこで、『ああ、そうだ!メシでも喰おうよ!』と返し、あらためて彼が完全にフリーになる時刻を確認し、待ち合わせの場所と時刻を確定する。

しかし、遠く離れた東京の餌場(エサ場)についてはまるで疎い。

フィリップとのやりとりの一方、いつも無理ばかり言って来日中の彼のアテンドをお願いしているユーフォニアム奏者の黒沢ひろみさんを何とか捕まえ、夕刻すぎにJR「東京」駅の近場で“肉”を喰える店を探して予約を入れてもらうことにした。

旨い“肉”さえあれば、フィリップはいつもゴキゲン。話も弾む。日本のビールも『軽くていい!』と言うので、彼のリクエストも確かめずにそう決めた。

「東京」駅近くを指定したのは、そのロケーションなら、食事をゆっくり愉しんでも、最終かその1本前の“のぞみ”に乗れば、日付が変わらない内に大阪まで帰還可能だからだ。文字どおりの“弾丸ツアー”計画だった!!

しかし、気になるのはもちろん、フィリップの“相談事”の方だ!

バタバタと大阪でのその日の仕事の代役の段取りをつけ、前月フィリップが送ってくれた未出版の新作ブラスバンド曲のスコアだけをバッグに放り込んで、タクシーでJR「新大阪」駅へ急行。ホームに滑り込んできた午後2時頃の新幹線に飛び乗って上京した!

バッグに入れたスコアの曲名は、MUSIC OF THE SPHERES!

少し前の同年4~5月、スコットランドのグラスゴー(Glasgow)のロイヤル・コンサート・ホール(Royal Concert Hall)で行なわれた「第27回ヨーロピアン・ブラスバンド選手権(The 27th European Brass Band Championships)」で、他をぶっちぎって優勝を飾ったデヴィッド・キング(Professor David King)指揮、ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド(Yorkshire Building Society Band / YBS)が、選手権本番で“オウン・チョイス・テストピース(自由選択課題)”としてとりあげるため、フィリップに“委嘱”。その晴れの舞台で“世界初演”された新作だ。

インターネットの発展は、当時も日進月歩!

旧知のフランク・レントン(Lt.-Col. Frank Renton)がプレゼンターをつとめていたBBC放送ラジオ2の人気FM番組「リッスン・トゥー・ザ・バンド(Listen to the Band)」も、英国内で開催されたこの年の“ヨーロピアン選手権”に密着し、直後にハイライトをネット上で公開。筆者も、BBCウェブキャスト指定のリアルプレイヤー(RealPlayer)を使って、この放送を聴くことができた。日本に居ながらにしてだ!!

番組中、放送されたフィリップの新作は、残念ながら、短い抜粋だけだったが、こちらにとっては、それだけで十分すぎるインパクトがあった!ラジオのフランクも興奮気味に喋っているし、YBSの演奏もケタ違いの凄さだった!

早速、フィリップに短文の“おめでとうメール”を送った。

すると、たまたま家にいたのか、すぐ『YBSは、すばらしかった!本当に感動したよ!よかったらスコアを送るけど、感想を聞かせてくれる?』と返信があった。

こういう言い方を彼がするときは、間違いなく自信作だ。

『もちろん!』と短かく返答して、その日は床についた。

翌朝、メールでスコアが届いていることを確認。全部で489小節、85頁ある。すぐプリントアウトし、リーディングのため、A4サイズの分厚いクリア・ファイルに1頁ずつ入れていく。

その作業が終わり、あらためてスコアをみると、それは、とんでもない作品だった。冒頭のテナーホーンのソロも、放送されなかった部分の神秘的な美しさも魅力たっぷりで、“のるかそるか”というクライマックスのスピード感もしびれるような展開をみせていた。

ナマで聴けばきっと大興奮だろうな。フランクが興奮する理由もよくわかる。

フィリップには、『すばらしい!ボクは、これまでキミが書いてきた全作品の中で、間違いなく最高傑作だと思う!!確信をもって!!』とメール。彼もとても喜んでくれた。

6月1日に、急に決まった東京ミーティングと食事会は、それから3週間もたっていない日の出来事だった。

それは、フィリップの“相談事”から始まったことだったが、このスコアを持参するのも当然のことのように思えた。直接聞きたいこともいっぱいあったし….。

夕刻、約束した品川プリンスホテルで再会したふたりは、互いの健康や現状を確認しあった後、ロビーのソファーに腰掛けて最大の懸案について話し合った。

しかし、開口一番、彼が口にした“相談事”は、驚くべきものだった。

『ユキヒロ。この前キミがとても高く評価してくれた“MUSIC OF THE SPHERES”なんだけど、もし、それをウィンドオーケストラのために新たにオーケストレーションを施して作り直すとしたら、果たして大阪市音楽団(現Osaka Shion Wind Orchestra)は、演奏してくれるだろうか?』

とんでもない相談を受けてしまった!

『それって、これのこと?』と、持参したファイルを慌ててバッグから取り出すと、フィリップは『そうだ!』と言い、なぜ市音にこの作品を託したいかという理由を延々と述べ始める。

最も大きな理由は、Bbクラリネット各パートに4人の奏者を配すなど、ほとんどのパートが偶数のプレイヤーで構成されていた当時の市音の編成が、彼にとって“理想的”な編成であったことだ。逆に言うと、それだけこの新作が自信作であり、あらためてウィンドオーケストラのために書くなら、その初演は、作曲者がイメージする理想的な編成でやって欲しいという願望のようだった。わからないでもない。

過去にさかのぼると、筆者は、1990年代を通じて何度か彼を大阪に招いており、『シンフォニエッタ第2番(Sinfonietta No.2)』が日本初演された1994年(平成6年)6月2日(木)の「第68回大阪市音楽団定期演奏会」(於:ザ・シンフォニーホール)では、彼は実際に客席でナマのライヴを聴いていた。

その後も、市音は、『オリエント急行(Orient Express)』、『シンフォニエッタ第1番(Sinfonietta No.1)』、『ディヴァージョンズ(Diversions)』、交響曲第1番『大地・水・太陽・風(Symphony No.1“Earth、Water、Sun、Wind”)』、『エンジェルズ・ゲートの日の出(Sunrise at Angel’s Gate)』、『カレイドスコープ(Kaleidoscope)』と、定期だけでも6曲のフィリップの作品をとりあげ、内4曲は日本初演だった。また、彼の他の作品のCDレコーディングも行なわれるなど、両者の関係はひじょうに良好だった。

『もし、市音が演奏してくれるならば、この夏、少し時間が取れるので、秋ぐらいまでに新たなオーケストレーションを完成させることができる。どうだろうか?』

もう、設計図は頭の中にあるようだった。

続けて、『できれば、来年の作曲賞にもエントリーしてみたいんだ!』とも言う。

時系列にそって話を整理すると、現時点からならパート譜も含めた全ての楽譜を年内に市音に渡すことは物理的に可能。当時、市音は、春と秋、年2回の定期演奏会を行なっていたので、演奏機会さえ得られるならば、世界初演は、自動的に2005年春の第90回定期演奏会(於:ザ・シンフォニーホール)という流れとなる。

しかし、この時点では同定期の指揮者は決まっていなかった。また、スコアがまだ出来上がっていない曲を果たして市音がスケジュールに上げてくれるかどうかは判断がつかなかった。

そこで、フィリップには、そういうハードルがいくつかあることを話し、『どうなるかは分からないけど、とにかく一度話をしてみよう。』と約束した。

難しい話はここまで!

その後は、タクシーでさっさと餌場へと出発。“肉”をたらふく喰いながら大いに盛り上がった。

しかし、実際には、帰路の新幹線車中も、頭の中は彼の夢の提案のことでいっぱいだった!

一体なんてことを頼まれてしまったんだ!!

宇宙の音楽』ウィンドオーケストラ版世界初演への胎動は始まった!!

▲チラシ – 大阪市音楽団第68回定期演奏会(1994年6月2日、ザ・シンフォニーホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第69回定期演奏会(1994年11月2日、フェスティバルホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第76回定期演奏会(1998年6月10日、ザ・シンフォニーホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第80回定期演奏会(2000年6月16日、ザ・シンフォニーホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第81回定期演奏会(2000年11月9日、フェスティバルホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第83回定期演奏会(2001年11月14日、フェスティバルホール)

▲チラシ – 大阪市音楽団第86回定期演奏会(2003年6月6日、ザ・シンフォニーホール)

「■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第107話 スパーク「宇宙の音楽」との出会い」への2件のフィードバック

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください