■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第84話 ヴァンデルロースト:「高山の印象」委嘱・世界初演

▲高山市民吹奏楽団創立50周年記念演奏会チラシ

▲高山市民吹奏楽団創立50周年記念演奏会プログラム

▲同、演奏曲目

『先生、“さるぼぼ”見ました。明日の市吹、ウチのおばあちゃんが行きたいと言ってまして…。』

岐阜県高山市で、高山市民吹奏楽団の音楽監督をつとめる竹内雅一さん(名古屋芸術大学教授)と、演奏会前日リハの後、予約も入れずに飛び込んだ飲食店で氏に掛けられた言葉だ。

“さるぼぼ”とは、飛騨エリア56,000部発行という地域密着の月刊コミュニティー情報誌で、高山市内のホテルや飲食店では必ず目にとまる。お店の人から掛かった声は、2018年11月号(第76話 ヤン・ヴァンデルローストのメモ、参照)のカラー4頁の巻頭特集記事「高山市民吹奏楽団創立50周年記念 響HIBIKI Harmony of half a Century」を読んでのものだった。

竹内さんも市吹も、高山の名士なのだ!

2018年(平成30年)11月18日(日)、高山市民文化会館大ホールで開かれた「高山市民吹奏楽団 創立50周年記念演奏会」は、そういう地域の盛り上がりの中で開催された。

演目は、ベルギーのヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)への50周年記念委嘱作の世界初演、日本舞踊家の花柳琴臣さんの演出・振付による創作舞踊「カルミナ・ブラーナ」、ほぼ20年の長きにわたってこの楽団の定期演奏会を指揮した岩井直溥さん直伝のポップ・ステージと盛りだくさん!さすがは、楽団名に“市民”の文字が入る地域に密着する吹奏楽団だ。

高山の人からは“我々の心の国歌だ”とも言われる祝い唄「めでた」の新しい編曲(荒川“B”琢也編)の披露も組まれ、それは、ホール内から湧き上がる男性の力強い歌声と調和する圧巻のパフォーマンスとなった。

時間をかけて練り上げられたプログラムは、見事の一語!

地元ケーブルテレビ「Hit net TV!」のナマ中継も入り、超満員の会場が大きく揺れるすばらしい記念演奏会となった。(年末には、ダイジェストの再放送も!)

そんな祝祭色の強いこのコンサートの冒頭を飾ったヤンへの記念委嘱作も大きな反響を呼んだ。

プログラムに寄せて、ヤンは、つぎのようなメッセージを書いている。

『日本には何度も何度も訪れたことがありますが(確か70回を超えているはずです)、私が最も気に入っている訪問先は歴史的なまち高山市です!私の仲間であり友人でもある竹内雅一先生のご尽力があって、名古屋芸術大学の客員教授在任中に高山と関わりを持つようになったのですが、すぐにその豊かな歴史と伝統に心地よさを、そして強烈な繋がりを感じるようになりました。

高山市民吹奏楽団と初めて出会ってすぐに、私たちの音楽の繋がりは強まり、そして進歩して来ました。そうしたこともあり、何度も高山に戻って来ています。それには音楽だけはでなく、人間的な側面が役割を果たして来ました。そして、今では高山に仲間だけではなく友人もいると言えるまでになりました!

2016年9月、私のジングシュピール(ドイツ語による歌芝居や演劇の一形式)である ES WAR EINMAL,,,「むかしむかし…(指揮:竹内雅一)」が高山で日本初公演(第34話 ヴァンデルロースト「むかしむかし…」日本語版世界初演!、参照)となりましたが、それは本当にすばらしい催しでした。本日は、私のもう一つの作品の本邦初公演となります。本邦初公演どころか世界初公演になるわけですが、それは、「TAKAYAMA IMPRESSIONS」が高山市民吹奏楽団のために創った曲だからで、本日がこれまでどこでも演奏したことのない正に一番初めの演奏になるのです。

数週間前になりますが、来日中に私は高山市民吹奏楽団とリハーサルを行ないました。音楽に込めた私の思いを響かせるために全てのプレイヤーの皆さんが一生懸命に演奏しているのを満喫させていただきました。この曲は欧米スタイルの旋律と響きを組み合わせているのですが、本来の日本音楽の影響を受けていることを皆さんには聴き取っていただけるのではないかと思います。

皆さんの国で素晴らしい経験を積むにつれ、皆さんの文化にさらに繋がりを感じるようになりました。この曲は日本の伝統、特に高山への音楽による賛辞であると私はとらえています。(後略)』

第76話でお話したように、ヤンが出版社に曲名を納得させるまでかなりの紆余曲折があった。しかし、最終的に「高山の印象(タカヤマ・インプレッションズ)」となったこの作品は、「~の風景」という組曲をいくつも書いたジュール・マスネなどのような、クラシックの名作にも通じる格調の高い曲名となった。

高山の歴史的風土に深い感銘を覚えたヤンらしいネーミングだ。

また、この作品は、ヤンがはじめて“和のペンタトニック・スケール”を用いた作品だ。

竹内さんに話を伺うと、ヤンが構想を練り始めた当初は、リクエストに応じて実際の高山祭で演じられる祭笛などの節を専門家に採譜してもらい、彼のもとへ送ったのだという。

ヤンは、それをそっくりそのままコピーするのではなく、音楽的に咀嚼した上で、オリジナルの“和”の節まわしを創りだしたという訳だ。

見事なほどに!

そして、それは曲冒頭のピッコロ・ソロ(もしくはソリ)で演奏されるフレーズにとくに凝縮されている。本人によると、この部分は、ピッコロの代わりに日本の“篠笛”の独奏でやってもいいし、高山祭の祭笛のように重奏でやってもいいように書いたという。従って、リピートも含め、この部分の演奏のヴァリエーションは何通りも考えられる。つまり、演奏者次第というわけだ。

その後の展開にも、和のテイストや祭りの高揚感はさりげなく盛り込まれた。聴き込めば聴き込むほど“和”を意識させられる魅力的な作品となっている。(演奏時間は、約8分半)

2018年11月18日、実際の世界初演の模様はこうだった。

最初、ホールの明かりが落とされた中、ヤンが送ってきた当日の聴衆へのビデオ・メッセージが、左右両面のホール側壁に大きく映し出される。ついで、高山の美しい情景が映される中、舞台下手から、春の高山祭の氏神様である飛騨山王宮日枝神社の御神紋が入った衣装を身にまとう森下町獅子組の2人の吹き手がゆっくりとした歩調で祭笛を吹きながら入場する。2人(丸山美優さん、櫻井 瞳さん)は、日枝神社の祭礼である春の高山祭、“山王祭”で祭笛を吹いている現役だ。

ただ、ここはまだヤンの曲ではない。初演に際し、ヤンと竹内さんが合意した上で、曲のさらに前に加えたアドリブである。従って、この部分は出版譜には含まれていない。

そして、その笛の音をバックにナレーションが入る。

“美しく雄大な自然にいだかれる飛騨高山。遠い昔から、人々はこの豊かな自然とともに生きてきました。その中で、先人たちは、あふれんばかりの伝統文化を生み出し、歴史と共に今日まで受け継がれてきました。そんな飛騨高山を訪れたベルギーの作曲家ヤン・ヴァンデルロースト氏。彼の心には、人々の暖かさ、さまざまな情景が、深く深く刻みこまれました。そして、その想いが音楽を通して表現されることになったのです。

(笛の音がつづく中、少し間を空けて)

高山市民吹奏楽団創立50記念委嘱作品 TAKAYAMA IMPRESSIONS”

ここで、吹き手は上手へとはけていき、その囃子の中から、それとは違うピッコロのソロが浮き上がり、上手袖から奏者(勝島 啓さん)がピッコロを吹きながら現れる。その歩みは、中々の役者ぶりだ。そして、このピッコロからがヤンの書いた音楽。しかし、それまでのほんものの囃子とヤンが書いたピッコロのフレーズが何の違和感もなくつながるのがすごい。

ピッコロ奏者は、演奏を続けながらステージ上の自席へと向かい、すでにステージ上の座席についている別のピッコロ奏者1名が、途中からそれに加わって重奏となる。

その後、音楽はバンド全体の演奏へと移っていく。

ヤンが書いた楽譜は、もちろん一般的な洋楽器で書かれてある。しかし、高山市吹ではさらに、8月の絵馬市で名高い市内の山櫻神社(馬頭様)などの協力を得て幾つか和楽器を使うこだわりを見せた!

長く受け継がれてきた伝統的な和楽器が市中に多く残る高山ならではの演出だった!

ヤンの名代のようなかたちで正式な招待状をいただいて訪れた今回の高山入りだったが、演奏会前日(11月17日)に、こんなことがあった。これだけは、ぜひ、お話しておきたい。

大阪から高山へは、新幹線か近鉄で一旦名古屋に入り、それから高山本線に乗り換えるルートが一般的だ。結構な距離がある。もちろん、高山にはできるだけ早い列車で入ろうとしたが、それでも、ホールにやっとたどり着いたとき、ヤンの曲のリハは少し前に終わっていた。

前夜に名古屋入りさえしておけばと思っても、もう後の祭りだ!

すぐ気持ちを切り替えて、“明日の楽しみにしよう”と思っていたら、つづくリハの中、突然、竹内さんから“ぜひ聴いてもらおう”という信じられない指示が出され、恐らくは“筆者ただひとり”のためだけの通し演奏が行なわれたのだ。

それは、魂がこもり、モチベーションの高い見事な演奏だった!

高山市民吹奏楽団創立50周年のテーマは、“縁”!

ここにも、すばらしい人々との出会いがあった!!

▲初演中の高山市民吹奏楽団(2018年11月18日、高山市民文化会館大ホール)

▲使われた神楽鈴、神楽太鼓、締め太鼓
(神楽太鼓 – 協力:山櫻神社(馬頭様))

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▲会場に 映された ビデオ・メッセージ

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