■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第83話 デメイ:交響曲第5番「リターン・トゥー・ミドルアース」日本初演

▲Osaka Shion Wind Orchestra 第124回定期演奏会チラシ

▲Osaka Shion Wind Orchestra 第124回定期演奏会プログラム

▲同、演奏曲目

▲練習スケジュール

『ディアー・ユキヒロ、元気かい!

ふたりが連絡をとりあってから、少し時間が経っている。

来週の土曜日、OSWOとボクのコンサートがあることは聞いていると思うが、ボクは心よりキミをそのコンサートに招待したいと思っているんだ。招待席のチケットはこちらで用意できるから…。』

大阪のザ・シンフォニホールで、2019年(平成31年)4月27日(土)に開かれる「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ(Osaka Shion Wind Orchestra)第124回定期演奏会」の客演指揮者に招かれたヨハン・デメイ(Johan de Meij)からメールが入ったのは、演奏会の1週間前の4月20日のことだった。

交響曲第1番「指輪物語」の作曲者として知られるヨハンとは、1991年からのつき合いになる。オランダ人だが、結婚後、ニューヨークに暮らしている。交友が始まった経緯は、第59話の“デメイ:交響曲第1番「指輪物語」日本初演”などでお話したとおりだ。だが、日本からコンタクトしたのが筆者が初めてだったらしく、オランダやアメリカではどこへ行っても、まず、『彼は、日本の最も古い友人だ。』と紹介してくれる。そのおかげで、いろいろな音楽家との出会いがあった。

もちろん、彼が日本で演奏会を行なうときも、必ず知らせをくれる。残念なことに、近年はタイミングが合わなかったり、遠隔地だったりして、なかなかライヴに顔を出すことが出来なかった。しかし、今回は歩いて行けるホールで行なわれるコンサートだけに“必ず聴きにいかねば”と早い時期から予定を空けていた。

そこで、ヨハンには出席する旨をメールで返し、『4月25日か26日の夜、メシ喰いに行かない?』と誘いを投げる。

すると、『いいね。しかし、両日の練習後がどうなっているのかわからないので、マネージャーでバス・トロンボーンのTetsuyaに訊いてみてくれ。』と返ってきた。

Tetsuyaとは、シオン楽団長の石井徹哉さんのことだ。

添付されている練習スケジュールを見ると、なるほど、独唱や合唱との合わせが夜に組み込まれているので、夕食は少し遅い時間帯になる。

状況は呑み込めたので、石井さんに電話を入れ、練習後のエサ場(お店)に、こちらが追いつくかたちをとることにする。

4月25日、石井さんが予約を入れた日本料理の店で久しぶりに会ったヨハンは、筆者の顔を見るなり、笑顔を爆発させた。お腹がかなり“成長”して、少し頬がこけた印象だが、思いのほか元気で、『もう65になったよ。キミは?』などと、お互いの“齢”がまず話題に!

世間話にも大いに花が咲くが、そこは音楽家だけの少人数の席だ。やはり、盛り上がるのは音楽の話題!

そこで、少し前にシオンのライヴCDの発売延期が発表されたヨハンの交響曲第4番「歌のシンフォニー」(指揮:飯森範親)の話を切り出すと、石井さんがいかにも残念そうに『そうなんですよー。』と言いながら、PCを持ち出しきて即席の鑑賞会を始める。その録音を初めて聴くヨハンもとても興味深そうで、いいパフォーマンスには“ナイス!”の声が飛ぶ。いい録音だ!

次に、『そういえば、今度シエナの委嘱を書いたんだって?』と話をふると、おもむろにスコアが登場! 出席者が順に覗き込んでいくが、今度はヨハンがPCを取り出してきて、PCで作った演奏を聴かせてくれる。シオンの面々も興味深げだ。

その内、話題は今回のメイン曲(日本初演)である交響曲第5番「リターン・トゥー・ミドルアース」へと移る。

ことシンフォニーに関しては、ヨハンと“シオン”の縁は深い。

市直営の“大阪市音楽団”という名で活動していた時代から、これまでヨハンの全シンフォニーの日本初演を手がけてきているのだ。

・交響曲第1番「指輪物語」
(Symphony No.1 “The Lord of the Rings”)
第64回大阪市音楽団定期演奏会
1992年(平成4年)5月13日(水)
ザ・シンフォニーホール、指揮:木村吉宏

・交響曲第2番「ザ・ビッグ・アップル~ニューヨーク・シンフォニー」
(Symphony No.2 “The Big Apple” A New York Symphony)
第68回大阪市音楽団定期演奏会
1994年(平成6年)6月2日(木)
ザ・シンフォニーホール、指揮:木村吉宏

・交響曲第3番「プラネット・アース」
(Symphony No.3 “Planet Earth” )
第94回大阪市音楽団定期演奏会
2007年(平成19年)6月1日(金)
ザ・シンフォニーホール、指揮:ヨハン・デメイ

・交響曲第4番「歌のシンフォニー」
(Symphony No.4 “Sinfonie der Lieder” )
第122回オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ定期演奏会
2018年(平成30年)11月25日(日)
ザ・シンフォニーホール、指揮:飯森範親

そして、今回のシオン第124回定期は、以下の3曲で組まれた!

・ウインド・パワー
(Wind Power)

・交響曲第2番「ザ・ビッグ・アップル~ニューヨーク・シンフォニー」
(Symphony No.2 “The Big Apple” A New York Symphony)

・交響曲第5番「リターン・トゥー・ミドルアース」
(Symphony No.5 “Return to Middle Earth”)(日本初演)

自作自演のオール・デメイ・プログラムだ!

交響曲第5番「リターン・トゥー・ミドルアース」は、曲名に“ミドルアース(中つ国 / なかつくに)”が含まれていることでわかるように、「指輪物語」の原作ファンタジーの作者ジョン・R・R・トールキン(John Ronald Reuel Tolkien、1892~1973)が描いた架空の世界“ミドルアース”をテーマとする。

原作者トールキンによると、人気作となった「ホビットの冒険(The Hobbits)」も「指輪物語(The Lord of the Rings)」も、また没後に遺稿がまとめられて刊行された「シルマリルの物語(The Silmarillion)」も、このミドルアースで起こった出来事とされる。

ヨハンに訊くと、彼はこの“ミドルアース”の世界を題材とするシンフォニーの構想を、交響曲第1番「指輪物語」完成当時すでに持っていたんだという。トールキンの壮大な世界にひとたび嵌るなら、“指輪”だけで済ますわけにはいかないと感じるのは、至極当然の成り行きだった。

交響曲第1番「指輪物語」の初演30周年プロジェクトの一環として作曲された交響曲第5番は、2018年、6楽章構成でソプラノ独唱と80名以上の混声合唱を必要とする壮大なスケールの作品として完成した。演奏時間は、およそ43分から44分のシンフォニーだ。

世界初演は、2018年11月3日(土)、米インディアナ州ヴァルパライソ(Valparaiso、Indiana)にキャンパスをもつ、ヴァルパライソ大学のチャペル・オブ・ザ・レザレクション(Chapel of the Resurrection, Valparaiso University)において、作曲者の指揮、ヴァルパライソ大学チェンバー・コンサート・バンド(Valparaiso University Chamber Concert Band)とウィンディアナ・コンサート・バンド(Windiana Concert Band)の合同バンド、モーラ・カック(Maura Cock)のソプラノ独唱、ヴァルパライソ大学合唱団(Valparaiso University Choir)のキャストで行なわれている。

その世界初演の時も苦労したようだが、この作品のハードルを高めているのは、ソプラノと混声合唱の歌詞が、エルヴィッシュ(elvish)、つまりトールキンが創造した中世エルフ語に属するイルコリン語で書かれていることだろう。

シオンは、当初、在阪の2つの音楽大学に協力を仰いで合唱の出演を依頼したが、新年度の授業が始まって間がない(つまり、練習時間があまり取れない)というタイミングと声楽の専門家によるスコアの検討の結果、残念ながら見事に断られてしまう。

結果、シオンは、この演奏会のために「オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ特別混声合唱団」を編成して本番に臨むこととなった。

初のシンフォニーである「指輪物語」のときに、45分近い長さの曲を書いてしまったためにオランダのモレナールから“長すぎる”と言われて出版を断られたり、第3番「プラネット・アース」であまりに高い声が要求されていたためにドイツ初演がキャンセルされたり、第4番「歌のシンフォニー」でドイツ語の児童合唱を入れたためにドイツ語圏以外での演奏機会が制約されたり、ヨハンのシンフォニーが歩んだ道のりは、とにかく波乱万丈である。

第5番も、シンガポール初演がキャンセルされたそうだ。

しかし、作曲家は、それぐらい、音楽的にやりたいことをやればいい!

数日後、ニューヨークに戻ったヨハンから、持ち帰ったシオンのライヴ録音を聴いた感想が届いた。

『これは、センセーショナルなCDになるかも知れない!』

▲Osaka Shion Wind Orchestra 第124回定期演奏会(2019年4月27日、ザ・シンフォニーホール、大阪、提供:Johan de Meij)

▲打ち上げのシーンから(2019年4月27日、大阪某所)

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