
ある日の沢登りで出逢った、子鹿のチャッピー|Study to be quiet #13
成田賢二
- 2023年06月26日
編集◉PEAKS
文・写真◎成田賢二
沢で出逢った一匹の子鹿
ようやく深山の水が温む5月、僕たちは奥秩父にあるO谷を釣り上がってR谷を下っていた。R谷は滝の多い谷で、行く手を20mほどのナメ滝に阻まれた。一旦谷の側面を登り返してから、急な斜面を懸垂下降せざるを得ない。同行のTとWがいかにも硬そうなリョウブの木にロープをかけて下っていく。すると畳半分ほどの小さな平らからなにかが横に飛び出した。
「あっ! 鹿!」
見ると小さな鹿が僕たちにおどろいて滝のほうへ飛び出して行った。ヨタヨタと急斜面に戸惑って行きつ戻りつしている。
僕は咄嗟に滝上の斜面を駆け降りた。理由もなく身体が動いていた。先回りは成功し、滝上になんとか這い上がった子鹿に正面から遭遇することになった。
僕はこのあとどうすべきか決めていたわけでない。子鹿はさらにおどろいて踵を返した。とはいえ目の前は滝、どうするかと見守れば子鹿は躊躇もなくナメ滝へ飛び出していくではないか。
「うそ! 滝落ちた!」
急いで斜面を駆け上がるとWとTがすでに滝壺に降りてるのが見えた。ロープを掴んで下りながらもう一度見ると、今度は滝壺で水に浸かった子鹿が呆然としている。
近寄っていくWがすっと子鹿を掬い上げるのが見えた。

滝壺に僕が近づくと子鹿は彼女の腕のなかで震えていた。濡れた子鹿はさらに痩せて小さく見える。僕は突然に顕在したWの母性に戸惑った。
「ケガしてるだろ?」
「わかんないですけど、折れてはないみたい」
「めっちゃかわいいな」
「産まれてどれくらいですかね?」
「わかんないけどせいぜい1日か2日か、鹿は産まれてすぐに立ち上がるだろうから」
「母親はどうしたんですかね?」
「わからんけど、こんな滝の横で産気づくなんてあるのかなあ、場所が悪くて見捨てたか……」
河原に下ろすと子鹿は懸命に逃げ出そうとする。抱き上げれば少しおとなしくなる。しかし小枝のように細くて長い足がじゃまをしてすこぶる抱きにくい。震えは止まらぬ。犬がやるような体を振るわせて水を切る仕草もできそうもない。
「この子、置いてったらどうなりますかね?」
「親がいないんだから、まあキツネかなんかのエサだわな」
「どうしましょう?」
「飼うかね?」
「飼えますかね?」
「まあ難しいとは思うけど、もしかしたら」
「ザックに入れてけばとりあえず連れて帰れそうですかね」
「抱いてくのは無理だろな」

Wのザックを空にして、中身を僕とTで分担した。子鹿は足をバタつかせながら彼女のザックに収まった。
つぶらな瞳で呆然と世界を見ている。生きた草食獣の目には白目がほとんどないことに気づいた。ときおりピーピーと悲しげに鼻を鳴らして泣く。
「林道まではまだ何個か滝があるけど」
「なんとかします!」
彼女は鹿に動揺を与えぬよう腰を据えて小走りに谷を下ってゆく。僕はTと前後で彼女と、彼女の背中の子鹿を見守る。ときおり子鹿が足をバタつかせるので、その度にザックの紐の締め具合を修正する。滝をいくつか巻き、小さなゴルジュをヘツる。ようやく林道に出たが、子鹿は弱るということもなく変わらず足をバタつかせている。
Wの車に乗ると助手席の足元に落ち着いたが、すぐに振動におどろいてザックから飛び出す。僕にしがみつこうとするが偶蹄目の爪は衣類には引っかからない。足が細く長く相変わらず抱き方がわからない。
「コンビニに粉ミルクあったっけ?」
「とりあえずドラッグストアがありそうです!」
「では粉ミルクと、あと哺乳瓶かな?」
僕は助手席で彼女の買いものを待った。子鹿は窓から外の景色を見渡している。背中のバンビの模様が愛らしい。どうも人間の目と構造が異なるらしく瞳の焦点がわからない。あるいはまだ視力が低いのかも知れない。どうやらメスだろうと判断する。
Wは缶ジュース状のミルクと哺乳瓶を持ってきた。僕はさっそく子鹿に与えてみるが、嫌がって飲む気配はない。
僕は動物に詳しい猟友のYに電話をした。犬はもとより山羊や豚、カメレオンなども飼ったことがあると言ってたのを思い出したからだ。
「その店に犬猫用のヤギのミルクがないか?」
「そんなもん売ってないな」
「人間用のは草食獣が消化しにくいビタミンとか脂質が添加されてると思う」
「牛乳は?」
「乳糖の形が違うからダメだと思う」
「そいつは困ったな」
「ヤギミルク、探してみるが、すぐには無理だ」

我が家にやってきたチャッピー
家に戻ると、あらかじめ知らせておいた我が家の子どもたちが、すでに子鹿が来るのを待っていた。とくに畑仕事や動物を好む3年生の次女が積極的に関わろうとする。
鹿というのはつねに上下運動が激しく掴みどころがない。首が細くて首輪ではうまくない。Wの腕のなかがどうやらいちばん落ち着くらしい。とりあえず犬用のハーネスをつけてみる。庭の木に横に張ったロープに繋いだら一応は飼っているかたちになった。ロープを短めにしたら、木にぶつかることも首に絡むこともないように思えた。
「どうしよう、こんなんでいいか」
「任せちゃってすみません! でもここの環境のほうがうちよりは絶対良いと思います」
「どうかね、さっきから向こうにいる犬が吠えてるがね」
近所に住むYが仕事帰りに見に来た。
「こりゃ産まれたばかりだろう」
「だろうよね、先月罠にかかった鹿の腹に胎児がいたけど、産まれるのはまだ先に見えたもんな、育つかね?」
「環境に慣れれば育つ。首輪つけて散歩できるくらいにはなる」
「本当かね?」
「慣れなかったらダメだろな、群れる生きものだから単独というのは飼いにくい、メスだしな。動物園の鹿もでかい檻罠で捕って群ごと飼う」
「奈良公園の鹿も慣れてるもんな」
「あれは奈良時代から神の使いってことで保護されてるからそれが遺伝子に組み込まれてるんだろう。慣れる前に死ぬか、死ぬ前に慣れるか。大概逃げながらガラスや柱なんかに激突して死ぬから気をつけろ。鹿は色もわからんし、視神経も未発達だから遠近感も弱い」
「なるほど」

そうなると夜は家のなかで飼わねばならない。中型犬のケージがあるのでそれに入れてみるが、足が長くて頭が当たる。やむを得ずそれを縦にしてみるとなんとなく収まった。ミルクは相変わらず飲まない。しかしおとなしく頭を撫でさせるようになった。
「いきものがかり」の次女を世話役に任命する。彼女の権限で「チャッピー」という名前がつけられた。妻は呆れたようすでそれらを見ていたが、哺乳瓶とか粉ミルクとか、まだ捨てずにどこかに置いてあったかなあと言って探しにいった。玄関の板の間にケージを据えて、足元に毛布を切って敷く。結局、子どもたちが眠るまでチャッピーはなにも飲まない。深夜、私が寝る前にわずかに哺乳瓶を舐める仕草を見せる。夜中にときどき悲しげに鳴いた。その度に僕はまだ生きてるなと思った。
翌朝、顔も洗う前にケージをのぞくと、ちゃんと生きている。哺乳瓶を顔の前に当ててみる。今度は立ち上がって乳首をガブガブと歯茎で喰みながら盛んに飲んだ。子どもたちが楽しがって順番で乳を飲ませる。250ccほど飲みきると疲れたようにケージに座りこみ寝息を立て始めた。
子どもたちを学校へやると、ミルクを溶かすのは何年ぶりだとか言いながら妻は粉ミルクを溶かしていた。日光に当てたほうが良いかと思い、ハーネスをつけて外に繋ぐ。チャッピーは陽射しの下でやはり駆け出そうとする。ときおり家の猫に脅かされ、そちらをチラリと見る。いつになったら草を食うかと妻が聞く。どうだかわからないが胃が反芻できるようになったら食うんだろうと答える。いつになったら丸い糞をするかと聞く。草を食うようになったらそうなるんだろう、人間と同じだと答える。我が家には二頭の猟犬がいるが、その視界にチャッピーが入らぬよう彼らには倉庫の反対側に移動願う。
娘たちが学校から戻ると争ってミルクをやる。保育園から戻った次男と三男もやたらに触りたがってケージに手を突っ込む。このような喧騒の環境で果たして野生動物が育つかと疑問に思う。しかし心配をよそにチャッピーはグビグビとよく乳を飲んだ。その後を心配してメールをよこすWに写真を添えて送ってやる。ヤギのミルクは粉でしか手に入らず、しかもずいぶんと高価であることがわかった。あんまり高級では我が家の生活に馴染まないので、人間用の粉ミルクと牛乳でなんとか育ってくれればと願う。
パパは鹿を獲るのになんで飼うの? と長女が聞く。別に憎いから獲るわけではない、肉が食いたいから獲るだけだと応える。じゃあチャッピーも大きくなったら食べるの? と聞く。ああ食べるともさ、ハヤシライスにしちまおうとからかう。
翌日から私は仕事で留守になる。チャッピーはあまり匂わぬ尿をして、茶色の軟便をするようになった。妻に敷布の交換と、日中は外に出してやるように頼む。連れてきた日は痩せ細っていたが心なしか腹が少しふっくらしてきたような気もする。さらに子どもたちに懐いたようすなのでこれはもしかしたら育つかも知れないと期待を抱かせた。
2日ほど留守にして戻るとチャッピーはまだ元気にケージのなかでグビグビとミルクを飲んでいた。排尿が多く日に二度は毛布を変えなきゃならないと妻が言う。毛布についた便を観察するが、取り立てて変化はない。そもそも鹿の正常な幼便がわからないので比べようがない。このようすでは哺乳瓶の乳首が破られそうなので予備を注文する。
外へ出してやると相変わらずその細い足を懸命に動かして駆け出そうとする。昨日は少し草を齧ってたと次女が言う。チャッピーのお母さんはいまもチャッピーのこと探してるんじゃない、とどきりとすることを言う。鹿は母系の集団生活をするからたくさんのお母さんで子育てをしているんだ、だからチャッピーくらいが居なくても寂しくなんかないと応える。じゃあチャッピーは帰りたいのかな、とまた聞く。いまはそんな気持ちもあるかもしれんが、ここでおいしい牛乳を飲みながらのんびり暮らすのも悪くないだろうと応える。
チャッピーとの別れ
翌朝の土曜日は小雨模様で仕事がない。ゆっくり起きてケージのなかのチャッピーを見るとうつむいて動きが少ない。次女が哺乳瓶を口にやるが吸い付く気配がない。目の焦点が定まらず首が座らない。これはいけないと思い、外に出してみるが数歩バタついてからへたり込んだ。毛布にはいままで見たことない粘性のある濃緑色の便をしていた。昨日与えた牛乳が悪かったかもしれぬ。ケージを洗いながら見守るが、チャッピーは立ち上がるどころか日光の下で横になった。僕はケージを洗う手を止め、子どもたちを呼んだ。
下痢による脱水が起きたかもしれない。昨日まで艶のあった毛並みがボサボサとカスレた筆のように乾いて見えた。チャッピーは子どもたちの声に反応して顔をわずかに上げるが、それもやがてなくなる。痩せた腹だけが呼吸で小さく起伏する時間が続いた。静かにチャッピーの瞳から光が失われていくのがわかった。三歳の三男坊が、チャッピー起きて! と呼びかける。チャッピーの瞳孔はそれに応えることなく白くなっていった。次女が亡骸に傘を差して置き、その涙がチャッピーを濡らした。しばらくは別れの時間が子どもたちに必要だと妻が言った。

僕は庭にある竹林の隅に小さな穴を掘った。家の周りには狐がいるのでかなり深く掘り、まだ硬直もしないチャッピーの膝を畳んでそこに置いた。長女が庭に咲いているタンポポを手向けるとみんながそれに倣い、チャッピーはアカツメクサやハルジオンに埋もれた。
「じゃあお別れだ」
僕が告げると次女の目から涙がポロポロと溢れ、それを見た妻も目を赤くして泣いた。次女と三女がチャッピーの亡骸を撫で続けるのでいつまでも土をかけられない。
「うちに来て6日間だ、お母さんから離れてよく生きたと思うよ」
ようやく土をかけ終わると、庭にあった手近な石を乗せた。次女がマジックで墓銘を描き、そこにまた草花が添えられた。次女はそれから毎日墓に花を手向け、雨が降るたびに傘をさしてやる。ある日仕事から帰って墓を見ると、ラムネやおもちゃのネックレスやビー玉が供えてあった。玄関の板の間には哺乳瓶と粉ミルクと、そしてわずかに草食獣の匂いが残った。それを嗅ぐたびに、鹿という生きものの哀しさがしみじみと思いだされるのだった。

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