ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から始まったウクライナ戦争。『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(朝日新書)では、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏とジャーナリストの池上彰氏が対談。トッド氏が今回のウクライナ戦争を機に見たのは、「変身」したアメリカだという。本書より一部を抜粋、再編集し、紹介する。
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池上彰 ちょうど20年前の2003年ですよね、イラクが大量破壊兵器を持っているんだといって、国際的な合意がないまま、アメリカとイギリスが一方的にイラクを攻撃しました。それによって、イラクに大変な混乱を引き起こしました。
イラクの人たちから見れば、いまロシアがウクライナにやっていることは、かつてアメリカが我々にやったことじゃないかと。そういう批判をしたくなるんだろうと思うんですが、それについてはどのようにお考えですか。
エマニュエル・トッド イラク戦争からまさに20年、本当におっしゃるとおりで、あの戦争はひじょうに不当なものだったと思います。軍事的にも、そして多くの人が亡くなったことについても、本当に不当なものだったわけですね。
まさに、あの戦争も、アメリカのヘゲモニー的な側面があったことによって、引き起こされたわけです。
私はその時代、個人的には、この戦争を何とか忘れようとしてきたというんでしょうか、反米主義にはならないように何とか言い訳みたいなものを一生懸命探そうとしてきたというような時期だった気がします。
つまり、たとえば、ソ連の崩壊と結びつけてみたり、いろんな理由を探したりしました。この戦争が単純に不当だったなどと考えてしまうと反米主義になってしまうので、そうではないというような方向で、いろんな発言をしてきたんです。
そのアメリカが、いつか元の、世界にとってもよい大国になるだろうというような希望を持っていたわけですね。本当に私はそれを心から願っていたんです。
けれども、今回のウクライナ戦争が起きて、私の暮らすヨーロッパにアメリカがやってきたということになって、そしてウクライナでも多くの人々が亡くなっているという現状を踏まえると、やはり少し感情というものが、考えというものが、変わってきているわけです。
イラク戦争のことを池上さんはおっしゃいましたけれども、ウクライナ戦争も同じく、やはりアメリカが責任者であるわけですね。
私は「反米主義者」ではないと思います。つまり「反米」と言うと、アメリカの政治に反対したり、アメリカの文化的な側面に対しても反対をしたりする立場の人たちだと思うんです。でも、私はアメリカの文化的なところは愛している側面もあります。英語はフランス語以外でしゃべれる唯一の言語でもあるわけですね。
そうではなくて、私はむしろ、私の立場を「アメリカフォビア(米国嫌悪)」というふうに定義したいと思います。
ロシアフォビア(ロシア嫌悪)ということが言われますけれども、それと同じ意味で、アメリカ嫌いというわけです。反米主義とは、またちょっと別なものです。どういうことか。私は、アメリカをひじょうに「怖い」と思うようになったんですね。
確かに、この戦争を踏まえて過去のことを振り返ると、イラク戦争もしかりですけれども、ベトナム戦争やその後もいろんな戦争で多くの死者を出す戦争をしてきた国、アメリカという姿が見えてきます。
そのアメリカは、海外で死者を出すだけではなくて、いまや国内でも死者を出していると言えると思います。中等教育しか受けていない人々の間では平均寿命が低下しています。そういった意味で、国内での打撃は存在します。
そんなアメリカというのはリベラル民主主義ではない、と私は思うわけです。それは単に、戦争をし続ける、ときに何十万人も人を殺してしまう国ということです。
そのアメリカはそういった意味で、ある意味別もの、たとえるならカフカの『変身』という小説があるのはご存じかと思いますが、アメリカはカフカ的な意味での「変身」をしてしまったというふうに言えると私は思います。
アメリカは「悪」でもないけれども、いわゆる「完全なる善」ではなくなっているということは確かだと思いますし、イラク戦争は思い返すと、本当にひどかった戦争ですが、いまはそれがヨーロッパで行われているというふうに言えるわけです。
私は、「アメリカフォビア」ということは今まで言ったことがなく、初めてここで言いました。そういうわけで、アメリカが変身をしているという状況はあると思いますね。
そして、この惨憺たるアメリカの状況に関して、もう一つ付け加えるとしたら、「アメリカは世界の人々の労働で生きている」という状況があるということです。
もちろん中国もそうですけれども、ヨーロッパや日本などのいろんな国々に依存して、そういった他国民の労働に依存をして生き延びている国という、パラサイトのような状況があるというふうに言えると思うわけです。
また、国内に目を向けても、人種差別というものがいまだにあるということで、黒人が通常の市民としていまだに認められないような状況もあるわけですね。
最後にひと言で結ぶとしたら、「この世界からアメリカという勢力がなくなれば、より美しい、より平和な世界が現れるだろう」というふうに言えるかなと思います。
この戦争が始まった当初、覚えていらっしゃると思いますけれども、ロシアのいろんな銀行や、ロシアのお金持ちの人々のヨットなどの差し押さえとか、そういうことも行われたわけですよね。
そういう意味でも、何だかまあ泥棒のようなこともしていると。略奪者のような行動も起こしていると。そんなアメリカに、私はもう我慢ができないわけです。
今朝、私に何が起こっているのかわからないですけど、ひじょうに何というかこう、正直にいろいろ話をしてしまっています。
池上 ハハハ。ありがとうございます。
トッド 月曜日だからでしょうか。私がいま一番気がかりなことというか、したいことは、孫の世話をすることなんですけどね(笑)。
●エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)
歴史人口学者・家族人類学者。1951年、フランス生まれ。家族構成や人口動態などのデータで社会を分析し、ソ連崩壊などを予見。主な著書に『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』(文芸春秋)『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)など
●池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。NHKの記者やキャスターを経て、フリーに。名城大学教授、東京工業大学特命教授。主な著書に『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)『第三次世界大戦 日本はこうなる』(SB新書)など