国内におよそ100万人の患者がいると推定される「鬱病」。自殺者の7-8割が鬱病にかかっているとの報告もある中、その病態解明と治療法の確立は、世界的な関心事だ。
公益財団法人東京都医学総合研究所で「うつ病プロジェクト」のリーダー兼副参事研究員を務める楯林義孝医師は、この鬱病という現代人にとっての脅威を、バイオロジカルな視点から解き明かすべく、研究に取り組む精神科医だ。
「鬱病という疾患が実在することは確かですが、その実態は未解明。診断基準や治療薬はあるものの、治療が効く人もいれば効かない人もいる。その精度を高めるためには、鬱病という病気がどんな原因で起きているのかを明らかにする必要がある」と研究の背景を語る楯林医師。死後脳研究やモデル動物の研究から得られた“脳の何らかの異常”と鬱病発症の関連性を追求している。
楯林医師の研究の先には「診断法の確立」や「創薬などの治療法の開発」があるのは確かだが、同医師がめざすもう1つの目標に「予防」がある。
「鬱病の背景にストレスがあり、ストレスの多くは職場や家庭などのソーシャルな問題から生まれている。もちろんこうした問題の発生を抑え込むには政治や経済の側面からのアプローチが不可欠ですが、それでもこぼれ落ちてくる人はいる。その人たちを救うのが、この研究の目的です」(楯林医師)
近年、中高年の鬱病が認知症の発症と関係している可能性が指摘されている。そう考えると、ストレス社会に生きる小紙の主要読者層にとって、鬱病は決してひとごとではないのだ。
認知症の治療法も現段階では確立されていない。今すべきことは、まさに“予防”に他ならない。
働き盛りの自殺を防ぎ、老後の認知症を防ぐためにも、鬱病の病態解明は急を要する。その研究をリードする楯林医師の肩にかかる期待は、きわめて大きいのだ。 (長田昭二)
■楯林義孝(たてばやし・よしたか) 1963年京都市生まれ。89年大阪大学医学部卒業。同大医学部附属病院勤務の後、同大大学院修了。日本生命済生会日生病院を経て米・ニューヨーク州立発達医学基礎研究所留学。帰国後、理化学研究所を経て2004年より現職。精神保健指定医。医学博士。趣味はバスケットボール、音楽鑑賞、合唱。