リトルマーメイドのアリエルを返してください
一生懸命だけどどこか抜けていて、末っ子らしく天真爛漫で好奇心旺盛、家族にも海の仲間にも皆から愛されていて、けれども人間界に憧れている初々しくも可憐で、海になびくふわふわの赤毛と緑の尾の対比がおしゃれで可愛らしいアリエル。
くるくる動く豊かな表情を持ち、おてんばで手を焼かせる子だけど、どうしても愛さずにはいられない、そんなキャラクターのはずです。
しかし、そんなアリエルはどこに行ってしまったんでしょうか。
少なくとも、映画の中にはどこにも居ませんでした。
表情に乏しく、海age陸sageの歌であるアンダー・ザ・シーですら一緒に歌い、初々しさや可憐さ、アリエルらしい天真爛漫さや無邪気さなど欠片もありません。
そもそも、アニメで観られたようなキラキラと輝くあたたかで色鮮やかな海の世界ですらなく、泡も波の揺らぎすらもない、ただひたすらに暗くジメっとしているような映像です。
アバターなどから比べると格段に安っぽいCGでした。
アリエルのドレッドヘアを作るだけのために2,000万円以上費やすのなら、リトルマーメイドの世界観を高めるためにもっと別のことに使えば良かったのに。
あと、王子…様?? というか、そもそもこれはどこの国?どこの世界線?いつの時代?すべてが中途半端で驚きのガバガバ設定。
歌がうまいから配役を決めたそうですが、うーん、確かにうまいのかもしれないけど、アリエルの歌声ではないですよね、力強すぎる。ハリーさんも吹き替えの方も。聴いていてコレジャナイ感がすごかった。
というか何度も言うが、アリエルがアンダー・ザ・シー歌っちゃダメでしょ。
いくら歌唱力をアピールしたいとはいえ、そこは守るべきところじゃないでしょうか。
ついでにはっきりと言えば、ただただ純粋に可愛くないです……あの顔をアリエルとして巨大スクリーンで2時間見るのはきつい……別の作品の別のキャラクターならまだ許せますけど、明らかにアリエルではないですから。
ディズニープリンセスの中では珍しい人外の異形プリンセスだけど、実写のアリエルはあまりにも異形すぎませんか?
はぁ、どうしてこうなった。
リトルマーメイドのアリエルを返してください。
映画全体において作った側の主張したい思想ばかりが強調され、原作へのリスペクトが全くない、そんな作品に成り果ててしまっているように感じました。
ちなみに、2,000万円以上かかったとされるドレッドヘアについては、アリエル役のハリーさんたっての希望だったようです。
以下、彼女の発言を要約してみます。
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・本来の髪型であるこのヘアスタイルで映画に出るということは、ものすごく重要なことだった
・5歳のころから、ドレッドヘアにしている。私という人間を表現する上でとても重要なパーツ
・ドレッドヘアが映画館のスクリーンに登場するということ、それが『受け入れられる』だけではなく、『美しい』と感じることができるものだということを、知る必要がある
・『いまの時代の子どもたちは、アニメ版のアリエルを知らない。彼らが見るのは、きみのバージョンのアリエルなんだ』と言ってもらえた
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これを読むと分かるように、ハリーさんは役と自分をあまりにも同一視し過ぎてしまっているように思います。
リトルマーメイドという作品への愛やリスペクトが一切なく、アリエルという役を演じるというよりも、「これからは自分がアリエルのルーツ」とでも言わんばかりに、キャラクターそのものを乗っ取るかと思えるようなその言葉に本当に驚いてしまったことを覚えています。
また、この映画はいわゆる多様性だったり、月並みな言葉で言えば「みんな違ってみんないい」というコンセプトも含んだりしているのだと思いますが(アカデミー賞の決まりでそういうことになっていますし※下記参照)、レビューの評価が高い方に限って、星を低く付けた人間のことが気に入らないのか、SNSに晒してみたり、自分は違うコイツは分かっていない理解が足りない低俗だ差別だヘイトだと言ってみたり、荒らしやサクラだ観てもいないくせにと決めつけてしまったり、逆にこの映画を良いと評価できる自分達はまっとうだ健全だ民度が高いと誇っているレビューさえありました(このレビューに対してもサクラ・荒らしだと決めつけてスクリーンショットを載せていたり、自分は違うというコメント付きで載せているSNSの投稿をいくつか見かけました)
多様性を謳う映画に賛同しておきながら、自分の意見と違うものは理解しようとも受け入れようともせず、自分達こそが正解で正当で健全であると主張し、そればかりか意見の異なる人間に対して排他的かつ攻撃的な姿勢を見せている。
そこがとても興味深いと思いました。
さて、レビューを拝見していると、「アリエルに見えてきた」、「ちゃんとアリエルだった」、「(見た目の違いも)気にならなくなった」、「(アニメのリトルマーメイドとは)別物として観たら楽しめないこともない」という言葉が散見されるのですが、要は、『実写版』と名の付く映画だというのに、心の目で見たり、自己暗示をかけたり、自分に言い聞かせたりしないと到底アリエルに見えないということですよね。
『歌がうまい人魚』という存在をアリエルたらしめているのは、その色鮮やかなコントラストが印象的な赤毛と緑の尾、そしてくるくる変わる豊かな表情だと思います。
その中で最も特徴的なのが、あのふわふわの赤い髪の毛。
「アリエルを描いてみて」と言われたら、リトルマーメイドを知っているほぼ全員が「赤い髪を持ち、緑の尾を持つ人魚」を描くのではないでしょうか。
アリエルのアイデンティティとも言えるそれを、演者のルーツを優先するあまり奪ってしまった。
そもそも、確固たるキャラデザが出来上がっているキャラクターを実写化するにあたって、演者のルーツというものは必要なのでしょうか。
(仮に「サザエさんを実写化します」となったときに、演じる俳優さんが「私のルーツなので自分が昔からやっている髪型のままで演じます」と言って、あの特徴的な3つのお団子を忌避し、茶髪ロン毛で演じたとしたら、実写化と言いながらも明らかにサザエさんとは異なるその見た目と演じるにあたっての姿勢に多少なりとも違和感を覚えてしまうのではないでしょうか。特に、今作は『ディズニー』の『プリンセス』なのでなおさらのこと。今回のアリエルも、仮に日本人の俳優さんが選ばれたとして、その方が「黒髪は私のルーツなので」と言ってアリエルを黒髪のままで演じようとしたら本当にがっかりしますし、同じ日本人としてとても恥ずかしいです)
アリエルのあの赤毛は、赤毛(ginger hairと呼ばれ、差別の対象でもあるようです)を持つ子ども達にとって、とても嬉しく、心強い味方のように思えたと聞きます。
そういった意味でも、自らのルーツをゴリ押しし、数十年の長きにわたって愛され続け、赤い髪の毛を持つ子ども達の心のよすがでもあったキャラクターのアイデンティティを奪ってしまったことは残念でなりません。
また、多くの方が指摘なさっていることですが、演技指導がされていなかったのか、アリエルらしい豊かな表情もなく、声が出せない代わりにどうにかして気持ちを伝えようとする身振り手振りもなく、言ってしまえば同じ顔で棒立ちの演技はあまりにも……。
いくら歌で採用したからと言って、とりあえず歌っておけばいいというものではないと思います。
しかもその歌ですら、アリエルとしてではなく、あくまでもハリーベイリーとして歌っているのか、力強すぎてアリエルのような鈴を転がすような声とも言えず、アリエルの心情を反映するものでもなく。
歌はうまい、けれどもそれはアリエルではない。
製作に携わった方々はそのことに思い至らなかったのでしょうか。
とにかく、あまりにも演者の我を通し過ぎているように思いました。
作品への愛もリスペクトも何もない。
フォークで髪の毛を梳かすシーンなんて、それこそアリエルの専売特許だというのに、演者の希望でドレッドヘアを貫いてしまった結果、アリエルを表現するにあたって絶対に外せないであろう、そのカミスキーのシーンが全く再現できていない。
本当に残念です。
また、中途半端に実在の地名等を出してしまったせいで、時代考証や歴史検証についても物議を醸しているようですが、それについては詳しい方が色々なところで書いていらっしゃるので、とても興味深く読ませていただいています。
結論としては、リトルマーメイドという作品の知名度やキャラクター、そして音楽を背乗りして改変してみたものの、広げた風呂敷が大きすぎたあまり、原作を大幅に超える2時間という枠を使ってもそのどれもが回収できず、辻褄も合わず、中途半端なまま、雰囲気お気持ち大団円への持ち込みを試みてみた何か、のように思えました。
現代ナイズするのが一様に悪いことだとは思いませんが、それでも最低ラインというものはあると思います。
「黒人だから非難されている、黒人だから興行収入がふるわない」のではなく、原作への愛もリスペクトもなく、長年にわたり愛され続けてきた作品を乗っ取るようにして、作り手側の思想まみれにしてしまったことが原因なのではないでしょうか。
そこら辺を差し引いてどう良く見積もったとしても、アンダー・ザ・シーをアリエルが歌うのはナシです。
何か問題提起がしたいのなら、既存の作品を利用するのではなく、自分達で新たな作品を生み出して、そこでやってほしい。
世界中の多くの人間に愛され続けてきた作品を乗っ取ってやることではないと思います。
「プリンセス像をアップデートした」というキャッチコピーもどこかで観ましたが、残念ながらアップデートにはなっていないように思いました。
ちなみに、アカデミー賞にノミネートされる条件として、以下のような決まりが設置されています。
◎主要な役にアジア人や黒人、ヒスパニック系などの人種または民族的マイノリティーの俳優を起用すること
◎制作スタッフやインターン、マーケティング宣伝を担う重要なポジションに女性やLGBTQなどの性的マイノリティー、障碍者が就くこと
◎作品のストーリーやテーマが、女性、人種/民族的少数派、LGBTQなどの性的マイノリティー、障がいを持つ人などをあらわすものである。
……なるほど、さもありなん。