【被告人】
長谷川玲子、寺崎太尊
【事件名】
危険運転致死被告事件
【判決主文】
被告人両名をそれぞれ懲役6年に処する。各未決勾留日数中、被告人長谷川玲子に対しては230日を、被告人寺崎太尊に対しては240日を、それぞれその刑に算入する。
(事実認定の補足説明)
第1 本件の中心的争点
1 本件の中心的争点は、(1)被告人長谷川が金沢市増泉1丁目1番18号先の信号機により交通整理の行われている白菊町交差点(以下「本件交差点」という。)の信号機(以下「本件信号機」という。)の赤色信号を殊更に無視したか、(2)被告人長谷川に危険運転致死罪が成立する場合に被告人寺崎に共謀が成立するかである。
2 被告人長谷川の弁護人は、争点(1)に関し、(1)被告人長谷川の運転車両(以下「本件車両」という。)が本件交差点に進入した時点で本件信号機が赤色表示ではなかった可能性があること、(2)被告人長谷川には本件信号機が赤色表示であることの確定的な認識がなく、赤色信号を殊更に無視する意思がなかったことを理由に、被告人長谷川の行為には危険運転致死罪が成立せず、無罪である旨主張している。
3 被告人寺崎の弁護人は、争点(2)に関し、(1)被告人寺崎が、被告人長谷川に対して赤色信号を殊更に無視するよう指示した事実はなく、被告人長谷川が赤色信号を殊更に無視したことについて関与していないと、(2)仮に被告人寺崎が、被告人長谷川に対して何らかの指示をしたとしても、指示の態様等からして、赤色信号を殊更に無視することについて被告人長谷川との間で共謀したとはいえないことを理由に、無罪である旨主張している。
第2 被告人長谷川が赤色信号を殊更に無視したか(争点(1))
1 停止可能性
本件車両が本件交差点に進入した際の推定速度は時速約38キロであり、この速度を前提とした推定停止距離は約21.9メートルであるから、被告人長谷川は、少なくとも本件交差点の停止線手前約21.9メートルの地点において、直ちに制動措置を講じれば、本件交差点の停止線手前で停止が可能であった。
2 本件事故発生時に本件信号機が赤色を表示していたこと
(1)まず、本件交差点周辺の道路状況を映した交通監視カメラの映像(以下「本件カメラ映像」という。)によれば、本件車両が令和4年6月11日午前7時12分45秒頃(以下に記載する時刻は、いずれも同日のものを示す。)から野町広小路交差点で右折し、増泉2丁目方面に向かい進行する際、午前7時12分57秒に野町西交差点を通過した後、午前7時13分4秒に本件交差点に進入したことで、本件交差点入口に設けられていた横断歩道付近を右方から左方に向かい進行してきた被害者運転の自転車と衝突したこと(以下「本件事故」という。)が認められる。
(2)次に、関係証拠によれば、本件信号機は、青色を130秒間表示した後は、黄色を3秒間表示し、その後には、赤色を42秒間表示し、さらに、その後には、青色を130秒間表示するサイクルを繰り返すことが認められる。このような本件信号機の周期と、前記(1)記載のとおり、本件信号機の表示が赤色から青色に切り替わった時刻が午前7時13分16秒であることを併せると、本件信号機は午前7時12分34秒から赤色を表示しており、本件事故発生時である午前7時13分4秒の時点においても赤色を表示していたと認められる(このことは、 本件カメラ映像からうかがわれる本件交差点付近の交通状況、本件交差点手前で信号待ちをしていたというAの証言ともよく整合する。)。
(3)したがって、本件車両が本件交差点に進入した時点で、本件信号機は赤色を表示していたと認められる。
3 被告人長谷川は本件信号機の赤色表示を確定的、継続的に認識していたこと
(1)本件事故発生時及びその前後の状況
ア 長谷川供述の要旨
この点に関する被告人長谷川の供述は、概要、次のとおりである。被告人長谷川は、野町広小路交差点を右折した後、野町西交差点の信号機が青色を表示していること及び本件交差点の信号機が赤色を表示しているのを認め、野町西交差点の辺りから減速を開始した。ブレーキを3回踏んだが、1回目に踏んだ後、3回目にブレーキを踏むまでの間に、被告人寺崎から「止まらんでいいから」と言われた。今までこのような指示はなかったので、びっくりして、心臓がどきどきした。被告人長谷川は、「無理無理無理」と返答したが、被告人寺崎は、「早く、急いで、時間ないから」などと言ってきたので、混乱した。被告人長谷川は、それに対し、何らかの返答をしたが、被告人寺崎は、「ここから来んから、ここから」と言ってきた。その意味が理解できないまま左方を向くと、そこに細い道路と川が見えた。その後、前方を向いたところ、バンという衝撃を感じたことで、事故を起こしたことが分かり、誰かひいたのかと思って、すぐに本件車両を停車させた。救急車を呼ぶために携帯電話を持って本件車両から外に出て、被害者の下に駆け付け、その手を握り謝罪するなどした。
イ 長谷川供述の信用性
(ア)共犯者供述には、一般的に、他の共犯者を巻き込んだり責任を転嫁する危険があり、被告人寺崎の弁護人も、被告人長谷川が、本件事故後の被告人寺崎の対応に不満を抱き、虚偽の供述をした可能性を指摘している。
この点、被告人長谷川は、本件信号機が赤色を表示していることを認識せずに本件事故を起こした旨述べ、赤色信号を殊更無視した点を否認し、危険運転致死の関係では無罪主張をしているのであるから、被告人寺崎から赤色信号無視の指示があった旨の供述をすることが、被告人長谷川の犯罪に被告人寺崎を巻き込んだり、被告人長谷川の刑事責任を被告人寺崎に転嫁したりすることにはならない。よって、被告人寺崎の弁護人の指摘する可能性はさほどない。
(イ)長谷川供述における核心部分である被告人寺崎との会話部分に関しては、被告人寺崎から指示があったという点を本件事故直後から一貫して供述している。また、被告人寺崎との会話内容は、非常に具体的で、特に不自然な点は見当たらず、被告人寺崎から、突然、赤色信号を無視するように指示され、一度は明確に拒絶する中で本件事故に至った状況を迫真的に述べている。さらに、客観的な状況(本件信号機の表示や、本件交差点付近に川〔用水]や小さい道路があること等)とも整合的である。そして、本件車両の同乗者であるBは、被告人寺崎が被告人長谷川に対して「行け」などと言ったのに対して、被告人長谷川が、「駄目」などと返答をした旨証言しており(以下「B証言」という。)、被告人寺崎の指示に対して被告人長谷川が一度は明確に断る返答をしたという点を端的に裏付けている(このB証言は、本件車両の同乗者である自分も責任を問われることを恐れて、最初は事故を見ていない旨嘘を言ったものの、被害者が亡くなったことを知り、本当のことを言わなければならないという気持ちになり、2度目の事情聴取時や公判において記憶のとおり述べたという供述経過は自然で、変遷理由も合理的である。そして、このような供述経過等は、その信用性に特に問題のない臨床心理学の専門家の専門的知見に基づく証言に照らしても、整合的に理解できる。また、被告人寺崎の勤務先の会社で、被告人寺崎の後輩的な立場にあったBにおいて、あえて虚偽の供述をする動機も見当たらない上に、被告人寺崎の赤色信号を無視する旨の指示を被告人長谷川が断ったという内容の証言それ自体は、被告人寺崎に不利な供述ともいえない。)。これに対し、被告人寺崎の弁護人は、本件交差点の停止線手前24・08メートルから20・1メートルまでの間における本件車両の速度が時速約38.7キロ(秒速約10・75メートル)であることを前提に、「被告人長谷川立会いの実況見分見取図(交通事故現場見取図)」上で特定された被告人長谷川が被告人寺崎から赤色信号を無視するように指示された地点(本件交差点の停止線の手前約49・4メートルの地点)から、減速をやめた地点(同停止線の手前約29・9メートルの地点)までの間(時間にして約1・8秒間と主張)に前記のような会話をするのは、時間的に不可能である旨主張する。しかし、被告人長谷川は、3回ブレーキを踏んだ後は、アクセルを踏んだか、ブレーキを踏んだかについては覚えていない旨供述しており、3回ブレーキを踏んで相当程度減速した後アクセルを踏んで加速した可能性を特に否定しておらず、被告人寺崎から指示された地点では、時速約38・7キロよりも遅い速度であった可能性がある。また、これらの地点は、ブレーキ痕などの客観的な状況に基づくものではなく、被告人長谷川の大体の記憶に基づいて特定されたもので(さらに、被告人寺崎から赤色信号無視を指示された地点については、記憶に薄い旨供述している。)、本件交差点の停止線からより遠い距離に位置していた可能性があり、各地点間の距離にもそれなりの誤差があるというべきである。また、被告人両名の会話のやり取りが重なるなどして会話に要した時間が短かった可能性もある(被告人長谷川への被告人質問の際にも、質問と回答が重なる場面が散見された。)。以上からすれば、長谷川供述は、不自然とはいえないし、客観的状況に反しているともいえない。
ウ したがって、長谷川供述は基本的に信用できるから、前記ア記載のとおりの事実を認定できる。
(2)本件信号機の表示に対する被告人長谷川の認識
ア 前記(1)で認定した本件事故発生までの経過からすれば、被告人長谷川は、野町広小路交差点を右折してから間もなく本件交差点の信号機の赤色表示を明確に認識し、その後被告人寺崎から「止まらんでいいから」などと指示された際にも「無理無理無理」などと本件信号機が赤色を表示していることを前提とした会話をしている以上、その後、被告人寺崎から、「早く、急いで、時間ないから」と言われて混乱したのは、赤色信号を無視しろとの指示であると受け取ったからといえる。本件車両が、野町西交差点を通過して本件交差点まで数十メートルとなる中で、短時間のうちに、本件信号機の表示が、青色に切り替わったと認識させるだけの明確な事情がない限りは、一時的に本件信号機を目視していなくても、赤色信号の認識に変化はないというべきである。本件において、そのような事情は一切見当たらないから、被告人長谷川は、野町広小路交差点を右折した後に本件信号機が赤色であることを認識した時点から本件交差点に進入するに至るまで、本件交差点の信号機が赤色を表示していることを確定的、継続的に認識していたといえる。
イ これに対し、被告人長谷川は、被告人寺崎から「止まらんでいいから」、「早く、急いで、時間ないから」などと言われて混乱したことや左右を確認したために前方の確認を怠ったことから、本件交差点の信号機が赤色であることを認識できない状態になってい
た旨述べている。しかしながら、被告人両名の会話は本件信号機が赤色表示であることを前提とした自動車の走行に関するもので、本件交差点の信号機の色が赤色であることをより強く意識させることはあっても、その認識を失うことは考え難い。そして、「ここから来んから、ここから」という被告人寺崎の発言が、被告人寺崎の赤色信号無視の指示とそれを拒絶する被告人長谷川とのやり取りの直後にされていること等を踏まえると、その文脈や文言から、客観的には、被告人寺崎が「ここから来ない」としているものが自動車等の車両や歩行者等であると容易に理解できる。さらに、被告人長谷川において、本件信号機が赤色を表示しており、制動措置を講じなければ、本件車両が間もなく本件交差点に進入してしまう状況に直面していたからこそ、被告人寺崎の指示を拒絶したり、あるいは、その指示に従うべきかどうかの判断に迷って混乱していたと考えられる。結局、被告人長谷川が混乱したと述べているからといって、本件交差点の信号機が赤色を表示しているとの認識を失ったと評価することはできない。
4 被告人長谷川が停止線手前約21・9メートルの地点までに赤色信号を無視すると決意したこと
(1)前記3(1)記載の事実及び関係証拠からすれば、被告人長谷川は、本件信号機が赤色を表示していることを認識した後、本件交差点の停止線で止まろうと判断し、そのための操作として、3回ブレーキを踏むなどしたものの、最終的には、本件事故時に時速約38キロの速さで本件交差点内に進入しており、本件交差点の停止線手前で本件車両を停止させるために必要な制動措置を講じていない。被告人長谷川は、制動措置が必要な状況と判断したからこそブレーキ操作を行ったのであり、さらに、前記3記載のとおり、本件交差点に進入するまで、本件信号機が赤色を表示していることを確定的、継続的に認識していた。そして、このような被告人長谷川が、最終的に停止線手前約21・9メートルの地点までに必要な制動措置を講じなかったのは、赤色信号を無視することになっても構わないという被告人長谷川の意思の発現といえる。
また、被告人長谷川は、被告人寺崎から「ここから来んから、ここから」と言われ、何が来ないのか、どこから来ないのか分からなかったが、被告人寺崎が示した左方を見た旨述べる。被告人長谷川が、「ここから来んから、ここから」との発言に反応したのは、被告人長谷川において、前記3(2)イ記載のとおりの理解をしたからこそで、赤色信号の交差点が迫りくる中で、咄嗟に左方を見て、自動車等の車両や歩行者等の往来の有無を確認したと解することができる(ただ単に言われたから左方を見たというのは、不自然、不合理である。)。この事実は、既に赤色信号を無視して交差点に進入する旨決意していたことを強くうかがわせるものであるが、被告人寺崎は普段から被告人長谷川に対して運転に関する指示をしており、被告人長谷川はなるべくそれに従おうとしていたという長谷川供述とも整合的に理解できる。
以上によれば、被告人長谷川は遅くとも停止線手前約21・9メートルの地点までに赤色信号を無視すると決意したことが認められる。
(2)これに対し、被告人長谷川は、被告人寺崎から「止まらんでいいから」、「早く、急いで、時間ないから」と言われて混乱してしまった旨供述し、被告人長谷川の弁護人も、被告人長谷川は混乱状態にあったのであり、赤色信号を無視すると決意できる状態にはなかった旨主張する。
確かに、本件事故が発生するまでの経過からすれば、被告人長谷川は赤色信号を認識して停車しようとしていたところに、被告人寺崎から違法な行為をする旨の指示をされたことで混乱したというのは、心情として自然なものであり、被告人長谷川がそのような心理状態にあったこと自体は否定できない。
しかしながら、被告人長谷川は、被告人寺崎からの発言があるまでは、本件車両を運転して、被告人寺崎を片町まで迎えに行き、野町広小路交差点を右折した後は、本件信号機が赤色を表示していることを認識してブレーキを踏むなど、自動車の運転手として、認知・判断・操作の状況に問題はなく合理的に行動していた。より強く混乱してしかるべき人身事故を引き起こした直後においてさえも、思考が完全に停止したり、身体が硬直したりせずに、本件車両をすぐに停車させた上で救急車を呼ぶために携帯電話を持って被害者の下に駆け寄るなど、本件事故前と同様に認知・判断・操作の状況に問題はなく、合理的に行動していた。これらに照らすと、被告人長谷川が不眠症及び不安神経症に罹患していたことを十分考慮しても、ブレーキを踏み始めた時点から本件事故直前の時点までの間だけ、ブレーキを踏むという単純な作業ができないほどに混乱していたというのは、逆に不自然である。被告人長谷川の述べる混乱状態は、赤色信号を無視するかどうかの判断を迫られる中で、渋々赤色信号を無視することにした強い葛藤状態を意味するものと理解できる。被告人長谷川の弁護人の前記主張は採用できない。
(3)被告人長谷川が、被告人寺崎の発言を受けて、被告人寺崎の方や左方を見たりしたことで、ブレーキを踏む操作が遅れた可能性も考えられるので検討する。自動車の制動措置は、瞬間的、感覚的に行うことのできる比較的単純な操作であるし、若干脇見をしても、足でブレーキペダルを踏むという操作を行う上で特に大きな支障はないのであるから、運転免許を取得して、それなりの運転経験がある者において、信号機が赤色を表示していることを認識し、これに従う意思さえあれば、ブレーキ操作が大きく遅れること(本件においては、既に3回ブレーキを踏んでいた被告人長谷川において、あと1、2回程度のブレーキ操作を残すのみと考えられたのに、時速約38キロで本件交差点に進入してしまうほどに遅れること)は考え難いし、脇見をするにしても、ブレーキ操作に支障がない限度で行うはずである。被告人長谷川において、本件信号機が赤色を表示していることを確定的、継続的に認識していた以上、制動措置を講じる必要性についても十分に認識しており、そのような中で、比較的長い時間脇見をすることを優先したとすれば、それ自体が、本件信号機の赤色表示に従わない意思の発現といえる。
(4)さらに、被告人長谷川の弁護人は、わざと赤色信号を無視して交差点を通過するのであれば、運転手は少しでも早く交差点を通り抜けるために加速するのが通常であり、制限速度より低い速度で交差点に進入した本件の走行態様は不自然である旨主張する。
しかしながら、赤色信号を無視しようとする運転手が交差点を通過する際に常に加速するとはいえない。また、本件において、被告人長谷川は、3回ブレーキを踏んだ後は、ブレーキを踏んだか、アクセルを踏んだかは覚えていない旨供述しており、加速して本件交差点に進入した可能性も否定できないのは前述のとおりである。被告人長谷川の弁護人の前記主張は採用できない。
5 結論
以上より、被告人長谷川は、本件信号機が赤色を表示していることを確定的、継続的に認識していたにもかかわらず、遅くとも本件交差点の停止線手前約21・9メートルの地点までに、赤色信号を無視して本件交差点に進入する意思をもって必要な制動措置を講じなかったのであり、赤色信号を殊更に無視したといえる。
第3 被告人寺崎の共謀共同正犯の成否(争点(2))
1 被告人寺崎の言動とそれが本件危険運転致死に及ぼした影響の程度
(1)被告人両名の関係性
被告人長谷川は、以前から面識があった被告人寺崎の勤務する本件会社にアルバイトの運転手として雇われ、工事現場までの従業員の送迎を担当していたが、送迎の際には、被告人寺崎が被告人長谷川に対して送迎時間を指示したり、運転の仕方や送迎ルートに口出しをしていた。被告人両名の間には、職務上の上下関係があった。
(2)被告人寺崎の本件危険運転致死への関わりとそれに与えた影響
前記第2の3(1)ア記載のとおり、被告人長谷川が本件信号機が赤色を表示していることを認識して減速を開始した後、被告人寺崎が、「止まらんでいいから」「早く、急いで、時間ないから」、「ここから来んから、ここから」などと発言している(この点、被告人寺崎は、本件事故当日の自身の言動についてほとんど覚えていない旨述べるのみであり、この認定を左右しない。)。
このように、被告人寺崎は、本件信号機の赤色表示を踏まえて停止しようとしていた被告人長谷川に対して、赤色信号を無視するよう重ねて指示をしたことで、前記(1)記載のような上下関係の下で、翻意した被告人長谷川は、必要な制動措置を講じず、危険運転行為を行った。自動車の運転手は、周囲の状況を認知し、それを基にどのような運転をするか判断した上で各種機器を操作するところ、被告人寺崎の発言は、ブレーキを踏むなという趣旨の、機器の操作内容にまで踏み込む具体的な指示であり、これを重ねて行うことで、被告人長谷川の判断を覆させ、必要な制動措置を講じないという判断及びこれに基づく操作をさせている。このように、被告人寺崎は、本件信号機の赤色の表示を無視することを単に発案しただけでなく、そのようなことを考えてもいなかった被告人長谷川にその旨決意させ、危険運転行為を実行させるなど、被告人長谷川の危険運転行為に深く関与して大きな影響を及ぼしている。そのため、自動車の操作は、運転手の権限で行われ、同乗者から何を言われようとも最終的には運転手の判断事項であり、被告人寺崎は運転操作そのものは一切行っていなかったとしても、客観的には被告人長谷川と一体となって危険運転行為に及んでいたものとして、共同正犯として処罰されるだけの実質があると評価できる。
2 被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思があり、その意思を被告人長谷川と共有していたこと
(1)被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思があったこと
ア 前記1(2)記載のとおり、被告人寺崎は、減速をした被告人長谷川に対して「止まらんでいいから」と発言している。止まらなくても安全であることを進路前方や周囲の状況から確認していないにもかかわらず「止まらなくていい」と発言することは、被告人寺崎自身が大きな被害を被るような事故に遭う可能性もあり、あまりに無謀である。そのため、「止まらんでいいから」との発言は、被告人長谷川が減速した理由を把握した上で、それでも減速をやめても問題ないと考えたからこそ行われたとみるのが自然であり、被告人寺崎は、本件信号機が赤色を表示していることを明確に認識したほか、おおよその本件車両の速度、その周囲の道路状況等を認識していたと認められる。そして、このように、本件信号機が赤色を表示していることを認識しているにもかかわらず、赤色信号を無視するよう運転手に指示する行為自体、被告人寺崎に、赤色信号を殊更に無視する意思があったことを強くうかがわせる。
イ 被告人寺崎自身に赤色信号を殊更に無視する動機があったこと被告人寺崎は、本件事故当日に仕事の予定があり、朝の7時50分には工事現場に到着する必要があったが、前日の夜から朝まで片町周辺で友人と飲酒するなどして遊んでいたことで、一旦自宅に戻ってから工事現場へ向かうこととなった。そして、この仕事は、被告人寺崎自身の営業で獲得した新規元請会社からの依頼によるもので、遅刻は許されない状況にあり、被告人寺崎は、その集合時間に間に合うよう急いでいたのであるから、赤色信号を殊更無視する直接の動機があった。
ウ 前記ア、イを併せた評価
前記ア、イを併せると、被告人寺崎において、被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思があったと推認できる。
エ これに対し、被告人寺崎の弁護人は、被告人寺崎の発言はあくまで「徹夜明けの酔っ払い」の冗談であり、被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思はなかった旨主張する。しかしながら、被告人寺崎は、「止まらんでいいから」という指示の後に、拒否する被告人長谷川に対して「早く、急いで、時間ないから」、「ここから来んから、ここから」と述べ、赤色信号を無視すべき理由を伝えたり、赤色信号を無視して進行しても危険はない旨伝えたりするなど、その場その場の状況に応じた言葉遣いをしているし、本件信号機の停止線が迫りくる中で、これらの発言が一体となって、赤色信号を無視して進行することを強く促しており、到底冗談とは考えられない。被告人寺崎の本件事故発生直後の発言(「行こ行こ」、「やっちまったね」)についても、被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思があったこととは整合するが、被告人寺崎の弁護人の主張とは整合しない。
したがって、被告人寺崎の発言が冗談にすぎないということはできず、被告人寺崎の弁護人の前記主張は採用できない。
オ 以上から、被告人寺崎に赤色信号を殊更に無視する意思があったと認められる。
(2)そして、このように赤色信号を殊更に無視する意思を有する被告人寺崎からの指示を受け、被告人長谷川は遅くとも本件交差点
の停止線手前約21・9メートルの地点までに赤色信号を殊更に無視する意思を生じたのであるから、同地点までに被告人両名は赤色信号を殊更に無視する意思を共有したといえる。
これに対し、被告人寺崎の弁護人は、被告人長谷川に対する被告人寺崎の指示が短時間でされたもので、被告人両名の関係性も考慮すれば、被告人寺崎の指示が赤色信号無視を決意させるに足りるものではない旨主張する。しかしながら、被告人長谷川は、被告人寺崎との関係性の下、その指示に強い影響を受けて赤色信号を無視する判断を咄嗟にしたといえるのは前述のとおりであるし、赤色信号に従うか否かの判断は、それ自体は、極短時間のうちに咄嗟に行うことができるものである。
したがって、被告人寺崎の弁護人の前記主張は採用できない。
3 結論
以上からすれば、被告人寺崎に危険運転致死罪についての共謀共同正犯が成立する。
(量刑の理由)
1 犯罪行為に関する事情
本件犯行の同種事案(処断罪が危険運転致死罪で、被告人の使用する車両が普通乗用自動車である信号殊更無視)の中の位置付けについて、以下検討する。
まず、本件危険運転行為の態様は、市街地に位置する交通量の多い交差点の赤色信号を無視したという点、何ら落ち度のない自転車の運転手に対する犯行である点に悪質さはあるが、同種事案と比較すると、悪質な部類とまではいえない。被害結果はそれ自体重大であり、被害者遺族らが意見陳述において、大事な家族を失った辛い気持ちを吐露し、厳しい処罰感情を示しているのは当然というほかなく、その心情は十分理解できる。仕事に遅刻しないためという本件犯行の動機は誠に身勝手で、その動機や経緯に酌むべき点は全くない。
以上を踏まえると、本件は、同種事案の量刑傾向の中で、最も軽い部類に属しないが、重い部類に属するともいえない。
2 被告人長谷川の刑事責任
被告人長谷川は、本件犯行のすべてを実行した実行犯であるから、本件犯行において果たした役割は大きく、その刑事責任は重い。相応の実刑期間は免れない。
3 被告人寺崎の刑事責任
被告人寺崎は、本件犯行を実行してはいないものの、本件犯行を発案したのみならず、赤色信号に従おうとしていた被告人長谷川に対して執拗に指示して翻意させることで、本件犯行を惹起させるなど、重要な役割を果たしている。
(求刑 被告人長谷川につき懲役8年 被告人寺崎につき懲役10年)