- JUST IN
100年前の「フェイク画像」 関東大震災でも拡散したデマ
ひしめき合う人の姿…迫る黒煙。
100年前の関東大震災を撮影したとするこの写真、実は”フェイク画像”だ。
地震発生後、世の中に出回り、震災の惨状を描いたものとして伝えられた。
今でも災害のたびに流れるフェイク画像やデマ。その背景には時代を超えて私たちに共通する人間心理があった。
ねつ造された写真
関東大震災の恐ろしさを伝えるケースとして有名なのが東京・墨田区の工場跡地「被服廠跡」の火災だ。炎を含んだ竜巻状の渦が発生する「火災旋風」で約3万8000人が死亡したとされている。
この惨状を表しているとして流通した、ある「絵はがき」がある。
「本所被服廠跡避難民の群集是が哀れ白骨の山と化すとは」
”被服廠跡の被災者の様子”を撮影したとする絵はがき。「哀れ白骨の山と化す」感情をあおるようなことばも書かれている。
手前には大勢の人が荷物を持って集まり、奥には火災による煙が立ち上り、こちらに迫っているようにも見える。
しかし、この写真を見てほしい。
これは報知新聞が震災発生の直後、宮城前(今の皇居)に避難した人を撮影したパノラマ写真。
写真の右側をよく見てみると・・・。
絵はがきのもとになっているのが、パノラマ写真の右側部分であることがわかる。
絵はがきと比較しても被災者の服装、傘のようなもの、集まっている人の様子などがすべて一致。「被服廠跡」とされた絵はがきは、別の場所の写真の奥に「煙」を加えてねつ造されていたものだった。
ある写真編集者の発見
絵はがきにある写真のねつ造を指摘したのは、写真編集者の沼田清さん。共同通信社のOBだ。
報道写真を研究してきた沼田さんは、2013年に復興記念館で行われた震災90年の企画展に向けて、さきほど紹介した報知新聞のパノラマ写真の復元に取り組んでいた。
その過程で、絵はがきの写真はねつ造されているものだと気づいた。そして2018年には関東大震災の写真の改ざんやねつ造の事例や背景をまとめ、論文を歴史地震学会に発表するに至った。
「関東大震災写真の改ざんやねつ造の事例」沼田清さんの論文(※NHKサイトを離れます)論文の中で沼田さんは、他にも多くの写真のねつ造や改ざんがあったと指摘している。
例えば、日比谷交差点で撮影されたとされる写真。
正面の建物の裏側から、もうもうと黒煙が立ち上っている様子が見て取れる。
しかしこちらの写真。
同じ構図だが、背景の「煙の量」が大きく違う。沼田さんは、最初の写真は、この写真に別の写真の煙を焼き込んだものだと指摘している。
なぜ改変されたのか
なぜこのような絵はがきや写真が出回ったのか。沼田さんは今にも続く教訓「ないものねだりの結果だ」と考えている。
「被服廠跡」の火災について、報知新聞が震災発生直後の9月5日に「遺体のうつった写真」を掲載したところ、警察当局から発売禁止処分を受けていたことが、警視庁の震災の記録集に残されていたという。
1925年 警視庁『大正大震火災誌』(※NHKサイトを離れます)この処分の後、表向きには遺体の写真は見られなくなったという。
しかし、3万8000もの人が亡くなった「被服廠跡」での出来事は人々の不安や恐怖をあおり、その後も注目を集め続ける。このため、ねつ造された写真を掲載した絵はがきが出回るようになったのではないかと沼田さんは指摘する。
「報道写真は確かな画像と正しい説明が備わって成立するものですが、説明次第で白が黒になってしまう危うさもあります。検証の結果、震災後の混乱によってチェック機能がきちんと働かなかったケースと思われる例もありました」
“デマ”はなぜ広がったのか
関東大震災で問題になったのは写真だけではない。根拠のないうわさ「デマ」だ。
警視庁が1925年まとめた記録集には、当時寄せられたとされるデマが多く記載されている。
「東京湾に猛烈な海嘯襲来する」海嘯…当時の津波の別名
「さらに大地震が来襲する」
※1925年 警視庁『大正大震火災誌』より
「昨夜の火災は不逞鮮人の放火または爆弾の投擲」
「朝鮮人約200名神奈川で殺傷、略奪、放火。東京方面に襲来する」
「朝鮮人、市内の井戸に毒薬を投入」
※1925年 警視庁『大正大震火災誌』より
当時の警視庁や戒厳司令部が、こうした情報を打ち消そうとしたことも記録に残っていた。
「有りもせぬ事を言い触らすと処罰されます。朝鮮人の狂暴や、大地震が再来する、囚人が脱監したなぞと言い伝えて処罰されたものは多数あります。時節柄皆様注意して下さい」
こうしたデマや根拠のないうわさがなぜ広まったのか。内閣府が2008年にまとめた報告書では、情報が広がったメカニズムについても分析している。
当時17社あった大手新聞社のうち、実に14社が倒壊し、情報の空白が生まれたていたこと。生活拠点を失った避難者たちが多く、そうした人々の不安のほか、知識の不足がデマなどの情報の拡散につながったとしている。
“デマ”がもたらした最悪の結果
そして、広がり続けた偽の情報は最悪の結果をもたらすことになる。
内閣府の報告書によると、朝鮮半島の出身者などが犠牲となる多数の殺傷事件が発生した。背景として、当時、日本が植民地支配をしていた朝鮮半島で抵抗運動に直面し、恐怖感を抱いていたことや、無理解と民族的な差別意識もあったと考えられるとしている。
その一方で、報告書は以下のように指摘している。
つまり、これらの根拠のないうわさ「デマ」は、いまにも続く課題であり、今後の重い教訓にすべきということだ。
流言がきっかけで発生した殺傷事件についてまとめた内閣府報告書(※NHKサイトを離れます)
内閣府 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1923 関東大震災第2編)(※NHKサイトを離れます)
繰り返されてきた災害時のデマ
災害時に「フェイク画像」や「デマ」が出回るような状況は、100年がたついまも変わらない。
くわしくは過去のこちらの記事で触れている。
関連記事「SNS拡散の災害画像 “AI生成の偽画像”も」はこちら関連記事「地震雲に人工地震 ”違います”」 はこちら
なぜいまだに無くならないのか。社会心理学が専門の兵庫県立大学 木村玲欧教授は、災害時のデマの発生自体を防ぐことは難しいと指摘する。
「関東大震災のケースを見てもわかるように、災害時にデマが流れる、という事象は100年たっても繰り返され続けています。意図的なデマもありますが、自分の”不安”や”恐怖”を解消したいがために、臆測で誰かのせいにしたり、不確かな情報をうのみにしたりして他人に伝え広がるデマもある。これは時代が変わっても変わらない人間の心理であり、現代でもデマ自体はなくならないという前提でいる必要があると思います」
木村教授は、関東大震災の事例は「デマが尾ひれをつけて広まり続け、人の命を奪うことにつながってしまった最悪のケース」だとしている。そのうえで、私たちがデマへの耐性をつけること、そして、公的機関などが正しい情報発信をすることが重要だと話す。
「当時は、公的機関も被災して、デマを否定する発信自体が難しいという側面もあったと思いますが、今は、公的機関がSNSなど色々な手段で正しい情報を発信することはできるはずです。また、災害時に流れるデマというのは、ある意味、定型的です。災害時には繰り返しデマが流れてきたと知っておくことも耐性を付ける意味で大切なことだと思います」
時代や地域が変わっても
関東大震災の発生から100年、社会は大きく変わった。それでも「フェイク画像」や「デマ」が出回るという状況は変わらないままだ。
木村教授が指摘するように、大きな原因の1つは「人間の不安や恐怖」だと考えられる。しかし、人間を不安と恐怖に陥らせる「災害」を無くすことが出来ない以上、フェイクやデマはこの先何年経っても無くならないのかもしれない。
では、私たちがこの状況を黙って見ているしかないのかというと、そうではない。
まずは、関東大震災をはじめ、過去の災害でどんなフェイク画像やデマが流れたかを知ることだ。そうすれば情報をうのみにしたり、拡散したりする前に「あれ?この情報は本当?」と、冷静に立ち止まって考えることにつながるかもしれない。
私自身も、被災者の不安や恐怖を少しでも減らすことができるよう、過去の災害を学びながら、より正確な情報発信を心がけたいと思う。
ネットワーク報道部 記者 高杉北斗
当時撮影された写真や動画から災害の状況を読み解くNHKアーカイブスサイトはこちら。
NHKアーカイブス「地図で見る関東大震災の写真と動画」
あわせて読みたい
-
関東大震災100年 知っておきたい被害の特徴・メカニズム
100年前の関東大震災。大地震のメカニズム、大規模火災や土砂災害、津波による被害の状況や特徴、教訓について、図や写真などをもとにわかりやすく説明。
-
関東大震災 100年前の地図に記されていたことは?
100年前の関東大震災。 国がこれまで大事に保管してきた当時の地図があります。 どこに被害が集中し、どこに被害が少なかったのか。いまを生きる私たちに必要な対策は何か、写真や映像だけでは分からなかった関東大震災の姿は。
-
“地震雲”に“人工地震” 「いいえ、違います」
トルコで発生した大地震をめぐってSNS上で拡散された“災害デマ”。「地震雲が出た」や「人工地震ではないか」という言説を、雲や地震の専門家はいずれも否定。その理由を詳しく解説します。
-
SNS拡散の災害画像 “AI生成の偽画像”も 専門家が警鐘
2022年の台風15号による豪雨をめぐり、ドローンで撮影した静岡県内の災害の様子だとする画像がSNS上で拡散しましたが、NHKの取材に対し投稿者は「AIが画像を生成するサービスを使った」などとして偽の画像であることを認めました。
-
“災害デマ”はなぜ拡散するのか 「善意」が被害を拡大させる
災害時に必ず流れるデマや根拠のないうわさ。なぜ拡散するのか。理解するためのキーワードは、「不安」、「怒り」そして「善意」です。
-
「人工地震ではありません」専門家に詳しく聞きました
大きな地震が起きるとSNSなどでつぶやかれる「人工地震説」。地震の波形、街でおきる発光現象…。本当のところはどうなのか、実際に起きた地震で検証しました。
関連リンク
-
水害から命と暮らしを守る
豪雨や台風で毎年のように起きる水害。防災に役立つ動画や記事をまとめました。
-
NHK あなたの天気・防災
今、あなたが知りたい天気予報・防災情報をまとめてお伝えするウェブサイトです。
-
災害・防災マップ 停電情報・電力ひっ迫状況
東京電力、中部電力、関西電力の各管内の停電情報を地図と表で掲載。各電力会社が提供する停電情報へのリンクや「電力ひっ迫状況」も紹介。
-
東日本大震災 3.11 伝え続ける
東日本大震災関連の最新ニュースや、被災地の復興状況を検証するコンテンツをまとめています。
-
「台風がくる!」大切な命を守るためにすること・できること
大きな被害がでた2019年の台風19号で犠牲になった方々の詳しい状況をもとに、命を守るために「そのとき行動してほしいこと」をデータとイラストで伝えます。
-
つくってまもろう
「ひとりでも多くの命を守るために何ができるだろう?」日本中で生みだされたみんなの防災アイデアを集めて、いざという時に役立つ防災動画の決定版をつくりました。