人はそれを恋と呼ぶ
9話視聴済、最終話未公開状態の相変わらずの妄想です。公式様とは無関係です。なるべく世界観を壊さずに、でも2人をくっつけたい1ファンの願望……。2人の掛け合いを書いていると全然終われない病に罹ってます。Official髭男dism様の歌詞を一部借用させて頂いてます(全部紗枝ちゃんのワードです。ピッタリ……!)。
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────ほら、やっぱり。
畑野紗枝のあのポヤポヤさは、やっぱり両親揃ったまともな家庭ってやつで、たっぷりと愛情を受けて育ってきたからだ。
白浜優斗のあの正義感も、やっぱり父親と母親にちゃんと愛されているから。
一か八かの可能性に賭けて、ようやく辿り着いた2026年。
"3年前"に消えた家族を待ち続け、病院に駆け付けてきた人々と抱き合う5号車の元乗客たち。
面会の場としてセッティングされたホールで、なぜか皆同じ灰色のスエットの上下を着せられて。
萱島直哉は独り、壁際の椅子に座って周囲をぼんやり眺めていた。
……別に、僻んだり羨んだりしている訳じゃない。たまたま自分には縁がなかっただけの話。
弟が元気でやっているのか、生計を立てられているのか、誰か支えてくれる人がいるのか(三島すみれは数少ない当てになる知人だとは思う、かと言ってどこまで面倒を見てくれているのかは正直分からなかった)……、そういった気がかりはあるにせよ、自分に迎えが来ないことには悲しいだの寂しいだのという感情すら沸かない。弟にはむしろ、俺のことなんか忘れて笑っていてくれれば良いと本気で思っていたんだから。ただ、何となく手持ち無沙汰で、泣いて再会を喜ぶあの人たちに水を差したくなくて、ホールの外に出たんだった。
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対策会議とやらに引きずり出されて。何故かその帰りに畑野紗枝と2人、夜道を歩く羽目になった。
と言っても彼女は数歩下がったところから音もなく着いてくるだけで。「あなた、こっち方面だっけ?」「……はい、そんなところです」という短い問答をしたきり俺たちは無言だった。
『あんたのことなんて忘れた』
俺は、あんな風に電話を切り、連絡も何もしていなかった気まずさや、もう放っておいて欲しいと思っていた投げやりさから、声を掛けるでもなく、ただ後ろの気配を感じながら、実は特に行くあてもなくただプラプラと歩き続けていた。暫くしたらどこか最寄り駅にでも送って行って、そこでサヨナラすればいい。それで終わり。
向こうから、歩きビールの連中が騒ぎながら道幅いっぱいに広がって近付いてきた。酔っている。
さすがに俺は後ろの畑野を放っておく訳にはいかず、足を止めて庇うように道の端に避けさせた。力の入らない右手でも、半身ごと回せば背の高くない畑野は簡単に俺の後ろに隠れた…はずだが、遅かった。
通りすがりの酔っ払いのひとりが、畑野のカバンにぶつかったとイチャモンを付けてきた。この辺り、3年前はこんなに治安悪かったか?ほんとにクソな世界だ。
痙攣が止まらない右拳に力を入れて、彼女に手を伸ばしてきたヤツを押しのけようとした時。
「……走って!」
その俺の右手を掴んで、畑野紗枝は走り出した。
闇雲に走り出した畑野に手を引かれてたどり着いたのは、街灯が2つだけの、誰もいない小さな夜の公園だった。
「……はぁ、はぁ、、、」
2人とも完全に息が上がっている。未来にいた時は、何キロも山道を歩いたり、食べ物を探して回ったり、ろくに休まず肉体労働したりしてたってのに。
2人とも両膝に手を当てて息を整えている体勢だと、思いのほかすぐ近くに互いの顔があって、思わず1歩下がった俺に、畑野紗枝は言った。
「萱島さん……。この前私、戻ってきて分かったことがあるって言いましたよね。……あなたのことが気になりますって」
「……そんなこと言われた?」
俺は否定するしかなかった。だってそうだろ?なのに畑野はまったく引かずに続けるつもりらしい。
「……言いましたよ。ちょっと前に、電話で」
「……あのさ、俺。……憐れみとか同情とか、そういうのは要らないし……」
息が落ち着いた俺は、起き上がって彼女に右手をヒラヒラ振ってみせる。これだってもう、どうにもならない。例え未来が変わっても、命が助かっても、俺は────。
「……違います。私、萱島さんのことが好きです。好きなんです。あなたの傍にいたい、そばにいて欲しい、そういう……LIKEじゃなくて……月が綺麗ですねの方の、好き、なんです」
一気に言い放った畑野紗枝は、どこか満足気に大きな瞳を輝かせた。街灯の明かりでも分かるほどに。
────そんな彼女を目の当たりにしながら俺は、この世界に戻ってきたあの時、家族との面会の時のことをぼんやり思い出していたのだ。
……この、畑野紗枝みたいなポヤポヤが、俺なんかのことを好きだと言う。
どうして、俺なんだ……。白浜だったろ?白浜優斗みたいなやつならあんたにお似合いなのに……。
「あなたの、傍にいたいんです」
────愛されたことがない人間は、愛し方を知らない。
誰が言った言葉だっんだか。どこかで見たのか聞いたのか。親の愛情だとかを知らない俺には、誰かを愛するとか守るとか、そういうのは、きっと無理だ。弟を一生懸命育ててきたつもりでも、どこかで間違えてしまったように。
弟を更生させたのは、俺じゃない。3年前、迎えにも行けず何もしてやれなかった俺では決してない。
結局、3年間後見人代わりになってくれていた三島すみれと、すでに同棲している恋人のお陰だと思う。
だからさ、愛するとか、そういうのは俺にはできない。どうすれば良いのか分からないんだよ。
「……やめて。……俺には無理だ……そういうの」
ようやく絞り出した声は、思うより掠れていた。
「……私のこと、何とも思っていないならそう言ってください。嫌いなら嫌いって……」
畑野は視線を外さない。まるで、すべてお見通しとでも言うふうに、俺の言葉を待っている。
……あぁそうだよ。あの荒廃した未来の極限状態で。普通なんかありえなかった世界で。
絆されたのか、タガが外れたのか、何かに酔っていたのか。年甲斐もなくからかったりして。
好きだと思わなかった訳じゃない。そう、俺は畑野紗枝を"好き"だった。自然と目が追っていた。見透かされた自分の弱さを同時に受け止めて貰ったように感じて、救われた。そばにいたかったしいて欲しかった。
でも、ここに戻ってきて。このクソみたいな最低な世界で。色々拡散されて店に迷惑を掛け、弟の過去まで暴かれて。おまけに商売道具の右手が使えなくなって、この先の食い扶持の稼ぎ方も分かんないままで。半年後には隕石が落ちるなんていう、この状況で。
「……あなたのことなんて嫌いだ、って言っても信じて貰えなさそうだから言うけど。悪いけど俺、好きとか恋とか愛とかそういうの、分かんねぇの。あなたみたいに愛されて育ってきた人には、そういうのピンと来ないんだろうけどさ……」
普段はしっかり人の話を聞く畑野が俺を遮った。
「……あの!お母さんの…………動画、見ました……」
そうだ、あの動画もクソな世界の一端を担っている。
「……見たんなら話は早いよ。男を追いかけて俺たちを捨てて家を出て、15年近く経ってんのに、なんだあれ……。どうせ金とか受け取ったんだろ。ともかく、そういうのが母親だったんだよ俺の」
「……それは……」
「実父も継父もDV常習犯だったしな。だから俺もいつそういうヤツになるか……。知ってる?DVされて育った子どもの30~50%は、その後DV加害者になるっていう統計……」
「そんなこと、絶対、なりません!!!」
気が付くと、畑野が俺の胸元に飛び込んで来て、襟元を掴んでいた。抱きつくなんて生易しいモンじゃない。不意をつかれた俺は尻もちを付いていて、上から畑野が降ってきた。
「……でもほら、今俺は商売あがったりでさ。金が無くなっても右手が動かなけりゃ、どうなるか分かったもんじゃないよ。そのうち嘘とか暴力だって……ともかく。あなたとはさ、もともと住む世界が違うっていうか」
逃げるのは得意だ。言い訳するのは簡単だ。だからペラペラ口が回る。
「そんなことない!ぜっ……たいにそんな風にはなりません!萱島さんは、優しい人です!」
「あなたはポヤポヤだから……。現実逃避っていうか、あの世界の吊り橋効果的な?なんか良く見えちゃった?ミステリアスな萱島さんのことが」
「……ちょっとは、黙れ!ひねくれもの!」
掴まれていた胸元を強くドンと叩かれる。尻もちをついたままの俺の両膝の間にすっぽり収まってしまうくらい小柄なのに、どこにこんな力があるんだよ。
「……あなたは、弟さんを大事に大切に、一生懸命やれるだけやってきた人です」
「5号車のみんなを、白浜さんを、わたしを、いつも気にかけてそばに居てくれた人です」
「辛い時いつも、私はあなたに救われてました」
「……萱島さんは、キツめのネガティブが多いけど。いいんですよ、それでも。SOSが不器用でも気にしないからもう。私が全部ポジティブに変えてみせますからね」
「萱島さんか愛されてなかったなんて、思えません。あなたが優しい人なのはきっと、少なくとも小さな頃に1度でも愛された記憶があるから」
「あなたのお母さんは、あなたやまだ小さかった弟さんを遠ざけてしまって、それは許せない酷いことだと思います。あなたはもちろんそのことに怒りとか憎しみとか、悲しみとか、そういう気持ちを持って当たり前だと思うけど」
「それでも、あなたを愛したことがない訳じゃない。だから大丈夫。萱島さん、あなたは人を愛せる人です。あなたが人を愛せる人ってことは、あなたは愛されたことがあるって言う証拠で……。あれ?どっちがどっちだか……」
肩を上下させてまくし立てた畑野に、俺は文字通り呆気にとられてしまった。
「……あなた、すげぇ自信だね……こんな、熱血だった?」
「……自信なんて、なかったですよ。前の私は、いつも日和ってて。生徒に見透かされて、軽蔑されて、無視されて。それが怖くて登校するのも毎朝憂鬱で……」
「でも、未来で。みんなと会って。萱島さんと会って。生き残って。変わろうって思ったんです」
「……俺、は……」
「お母さん、萱島さんのこと自慢の息子って仰ってました」
「……だから、あんなの単に美談にして、良い母親を演じるための……」
「でも、心のどこかで本当にそう思っているのかも。誰かさんに似て素直になれなくて、謝りたいけど拒絶されるのが怖くて、直接会いたいけど会いに来られないだけかもしれない」
「あのメッセージは、お母さんが本当はそうありたかったって思っている後悔の表れかもしれないじゃないですか」
「どう受け止めるかは見た人次第、萱島さん次第です」
「大丈夫。自分たちだけ分かっていればいいんです」
「だから、だから萱島さん……」
「……あぁもう、あなたって人は、ほんとに……底抜けのポヤだね」
「また、そういうこと言って……」
「褒めてんの。……参ったよ。降参。お手上げ」
「え……?」
俺はギブアップして見せた両腕を、恐る恐る畑野の背に回した。されるがままになっている。
「……あなたのその底なしのポヤに、俺はとっくに落ちてる」
「は……?」
畑野の髪に、顔をうずめる。
「……そばにいたい。いて欲しい」
今まで何度、こうしたいと思ったか。衝動を抑えたか。
「……しょうもねぇな、俺」
胸元からようやく離された畑野の手が、俺の背に回される。
「……しょうもないくらいの方が、笑えていいんじゃないですか」
「……こんなさ、夜の公園で地べたに座って抱き合うとか、俺こういうキャラじゃないんだけど……」
「いいんですよ、誰もいないし、誰にも迷惑掛けてないし」
くつくつと笑う畑野紗枝が俺の腕の中にいる。
「……あなたがいれば、何でもひっくり返せる気がするよ。腕もクソな世界も隕石落下も」
「……萱島さん、普段ひねくれ君のくせに、そういうところ」
「うん?」
「そういうの、何て言うか知ってます?恋、ですよ」
……俺の完敗だよ。