第2章 妖巧人形は夜空を翔る

第10話 或る石像の一夜

 砂塵が舞う戦場には銃声と怒号が飛び交っている。クアッドローター式の爆撃機から投下された誘導爆弾がビルを吹っ飛ばし、遠くで電波塔が攻撃を受けて金属が悲鳴を上げている。

 大きな銃を担いでいるのはパワードスーツを着込んだ女。砲弾と銃弾が飛び交う戦場を駆け抜け、バーニアを駆使して縦横無尽に飛び回る。

 眼下のターゲットをエイムして射撃。激しいマズルフラッシュと銃声が伴い、銃弾が敵を穿った。

 被照準をセンサーが告げ、冷静かつ迅速に遮蔽物に隠れる。流れるような動作で電磁パルスグレネードを投擲して敵のレーダーを破壊し、すぐさま反撃の銃撃を叩き込み——。


 画面に表示されたゲームセットの文字に、ロイ・ガーグルはゲームコントローラーを手に肩の力を抜いた。

 キルレートは悪くない。チーム戦ではなく個人間のデスマッチ。足を引っ張られない気楽さに酔いしれつつ、何本目かもわからないエナジードリンクに手を伸ばして空っぽであることに気づいた。


「はい、本日はここまでです。まあ悪くない戦績かな。でも次はもうちょいスコア伸ばしたいかも。では次の動画でお会いしましょう、またねー」


 マイクをオフにし、キャプチャソフトをいじって録画を止めた。

 それから冷蔵庫までチェアごと移動し、中から新しいエナジードリンクを取り出してプルを引いた。


 実況動画の伸びはあまり良くない。チャンネル登録者もまだ八〇〇名弱だ。それでもまあ、趣味としてやる分には悪くないと思っている。

 ロイは一気に缶の半分まで喉に流し込んでから、手元のチョコレートブロックを口に入れた。ガーゴイルである彼に食事は必要ないが、これは言ってしまえば娯楽のようなもの。正直、食事はオンラインゲームと同じくらい悪くないものだと思っている。ただ味にこだわりはない。甘くて刺激があればそれでいい。そんな感じだ。


 ゲームのオートセーブ後、マッチから抜けた。ネット回線を切断し、アプリケーションを落とす。タスクマネージャーからメーラーを開いて目を通すと、柊から一件来ていた。

 同じ家に暮らしているが、徹底的に外界から隔絶した暮らしを送るロイは部屋に篭りっきりである。野生個体ではないロイは元来石像なので風呂などいらないが、一応入っておけとうるさいので、家族と顔を合わせない真夜中にこっそりとシャワーだけ浴びたりしている。


 なんだろうか、仕事の依頼? 今度はどこからクラッキングしてデータを盗み出すのだろう。

 魔術生物であるロイの知能は一般生物のそれを優越している。可能性元素である妖力の潜在能力を引き出しやすいのだ。なのでどんなセキュリティだって解析し、突破できるアルゴリズムを生成できる。行ってしまえばロイ自身が生きたコンピュータウイルスだ。


 けれど、


「一緒に飯を食え……? 馬鹿馬鹿しい」


 ロイは吐き捨て、メールを削除。完全に消去を押す。

 他者との関わりを嫌うロイがこの家にいるのは、あくまで取引として。仲良く家族ごっこをするためではない。それは柊だって知っている。にもかかわらず、たびたびこんなことを言い出す。


 馬鹿馬鹿しいったらない。


 ロイは残りのエナジードリンクを飲み干して、チェアの背もたれを下げて机に足を投げ出し、瞼を閉ざした。赤い瞳が塞がれ、石のような鈍色の、伸び切った髪が垂れ落ちる。

 良く見ればぞっとするほどの美形。けれど見た目に頓着がないのか、着ているのはグレーのフリースの上下であった。おしゃれをしてそこら辺を歩けば、女子が放っておかないであろう甘いマスクなのに。


 寝入りばな思い出すのは七〇〇年前のこと。

 この世に生を受け、呪われた石像として吸血鬼城に寄贈され多くの惨たらしい死を見る羽目になった、あの日のことだった。

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ゴヲスト・パレヱド 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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