第4話 意外な事実

「妾は酒を見ておるから、お主らは好きに見て回れ。念話できるものはそれで連絡を取るといい。ほれ、駄賃」


 柊が家族の青少年組に封筒を手渡し、自分はさっさと醸造所の方へ去っていった。本当に酒が目当てだったのかよ、と呆れる。

 いったいいくら入っているんだろう。二、三千円くらいだろうか。


「おっ、五千円入ってる……」

「えっ、うそ、私三千円だったのに!」


 燈真、菘、竜胆はそれぞれ五千円。それ以外は三千円。

 それでも既にバイトできる燈真たちにまでお駄賃を弾んでくれたことは素直に嬉しい。柊はさすがというか太っ腹だ。酒の出来が良いときいて上機嫌なだけかもしれないが。


 稲尾家ではお手伝いで小遣いをもらえるルールとなっており、燈真が稲尾家に来てした手伝いといえば今朝の皿洗いとトイレ掃除くらいである。

 まあ、この辺に関しては来たばかりだからサービスもあるのだろう。


「わっちはしらたまぜんざいぱふぇをたべたいとおもいます」

「お姉ちゃんもついてっちゃおっかな〜」

「いいけどおごんないよ」

「妹にたかったりしないって。あ、でもお昼ご飯食べてからね」


 竜胆は出店の一つを気にしていた。

 売られているのはカキ氷である。


「食うか? ちっちゃいやつを一個ずつ」

「うん!」


 燈真は竜胆と行動することになり、椿姫は菘と万里恵と、奏真はクラムと、氷雨は伊予と——そういった感じになった。

 屋台でかき氷を頼み、燈真はいちごシロップ味、竜胆はメロンシロップを選ぶ。二つ合わせて八百円を燈真が支払った。


「いいの?」

「実年齢はさておき、一応俺が年上だからな」


 妖怪の実年齢は人間年齢とイコールではない。成長自体がゆっくりなのだ。だから菘は二〇年以上生きていても子供っぽいし、竜胆が大人びているのは四十年生きているからではなく生来の性格由来である。

 だからカキ氷を手にした竜胆は年相応の少年のように嬉しそうに微笑んで、


「ありがとう!」


 と言った。


 近くのベンチに座ってカキ氷を食べていると、目の前をカップルが歩いていった。歳は中学生くらいだろう。一方は黒髪の化け猫の女の子で、もう一方は人間である。

 人間と妖怪の恋愛は稀という認識から、「まあ珍しくはあるけど見かけるよね」というほどに浸透していた。

 一時期は半妖の子となると忌み嫌われていたが、今ではさほど珍しくはない。


「あ、頭がきんきんする……」

「ゆっくり食えよ……」


 竜胆は意外とがっつくタイプらしい。スプーンで氷を掻き崩し、ガツガツ食べている。

 燈真も他妖たにんのことは言えないが。


 ——と、


「竜胆、ちょっと待っててくれるか」

「え? ああ、うん。トイレ?」

「そんな感じだ」


 燈真はベンチを離れ、さっきのカップルを追った。

 化け猫の子の周りに男が寄ってたかり、少年の方を一人が蹴りつけたりしている。少年は腹を抱えてうずくまって、無抵抗だ。

 そこはちょうど休憩中で人のいないカステラ焼きの屋台の裏側で、悪さをするにはおあつらえ向きだ。


 襲っているのは人間の少年グループ。一般に妖怪は人間を遥かに優越するが、それゆえに無闇に手出ししてはならないというのが妖怪の共通した認識であった。

 自衛のために術を使うこともある。しかしそんなことをすれば権派が黙っていないぜ——という人間の卑怯な言葉のせいで妖怪が泣き寝入りするケースもあるのだ。


「ちょっとぐらいいだろ? 俺らとあっちでさあ」

「やめてください! なんなんですか——」

「うるせえいいから来いや。人間様の言うこと聞かなきゃ人権派ってのが黙ってねえぜ」


 下卑た笑いが漏れる。

 拳をぎゅっと握りしめた。


 燈真は特段妖怪至上主義でもないし、人間原理主義でもない。

 別にどっちが生物として優れているかなど興味がない。

 ただ、昔から自分がおかしいと感じたことを放って置けない性分だっただけだ。

 だから自然と体が動いた。


「やめろ」


 燈真の低い声がその場に染み渡るように広がった。

 少年たち三人がこちらに気付き、少女から手を離す。彼女は少年に寄りかかり、声をかけ始めた。


「なんだよ、お前。この雌猫の友だちかなんか?」

「先輩の妹だ。世話になってる」


 嘘だ。だが燈真はハッタリをかましつつすぐに反応。

 飛んできたレードルを素早く回避し、燈真は金髪の少年に肉薄。顎を掴んで地面に向かってひっくり返しつつ叩きつける。


「この野郎ッ——指導ォ!」


 スキンヘッドの少年がのぼりを握って振り回すが、遅すぎる。屈んで回避し、二撃目——回避すれば少女に当たる!

 燈真は棒を踏んづけて動きをとめ、持ち前の怪力でバキン、と踏み潰す。折ったのぼりを掴んで相手の顎を打って姿勢を崩させ、カステラ包丁を掴んだ少年を前に舌打ち。


「てめえ、舐めんなや。高校生だろ」

「だからなんだよ。年下に殴られるのが嫌かよ。腰抜け」


 包丁を握って切りかかってくる。上段から振り下ろされたそれを左手の甲で逸らし、右拳を脇腹に叩き込んだ。


「ぐえっ」


 それから相手の頭を掴んで、思い切り頭突きをぶち込む。


「んぐっ——ぐふぅ」


 赤くなったデコを撫で、燈真は少女を見た。


「平気か?」

「えっ——はい! あの、姉と知り合いなんですか?」

「ああ、さっきのは嘘だ。俺まだここに来たばっか。そっちの子は平気か?」

「うぅ……はい、大丈夫です。ありがとうございます……えっと」

「燈真だ」

「燈真さん……本当にありがとう」


 少女の方が顎に手を当て、


「あの、失礼ですが……霧島万里恵という名前をご存知ないですか?」

「えっ……なんで知ってんだ」

「万里恵は私の姉です」


×


「いでっ」


 昼食のため訪れた定食屋で、燈真は柊の手で折檻を受けていた。正確には頭頂部への強烈な拳骨である。ごちんっ、と音がした気がする。


「言っておくが妾は暴力肯定派の古いタイプの母親だぞ。全くバカもんが。というかこの石頭め、妾の方が痛いではないか」

「ごめんって。でも、放ってたら拳骨じゃ済まさなかったろ」

「柊は許しても私が尻蹴り回してた」

「じゃあどうしろってんだ……」


 稲尾家の強烈な鉄拳制裁が回避できないのなら、助けて正解じゃないか。まあどんな制裁があれやっていたが。


「少年らは強姦未遂の前科があり、加えて過去には暴行窃盗などの前科もある、と。心音ここね、大丈夫?」

「うん、平気。ありがとう姉さん」


 万里恵の隣には心音がいて、その隣には恋人である木本亮一きもとりょういちが申し訳なさそうに座っていた。

 霧島家本家は魅雲村の稲尾家とは別のところにあるらしいが、万里恵は現在の稲尾家側近ということで居着いている状態であるらしい。

 実家には兄と両親もいるらしく、シスコン気味な兄はこの一件を聞けば目くじら立てて慌てるだろうと万里恵はため息をついていた。


「結果的に犯罪の防止で無罪放免だったが、場合によってはお主が暴行罪で捕まっておったのだぞ。以後気をつけるように」

「わかったよ、気をつける。ごめんなさい」


 竜胆が身を乗り出して、


「それにしても燈真強かったんだよ! お玉が飛んできても普通に避けてたし、のぼり踏み潰したり、刃物相手にも怯まなかったし!」

「三体一で無傷ってのは凄いよな」


 奏真が感心気味に呟く。


「でもけんかなんてつよくてもかっこよくないよ」


 菘が至極真っ当なことを言った。そりゃそうだ。普通に犯罪行為なのだから。


「わかっちゃいるけど……いざカッコ悪いって言われるとな」

「じゃあ退魔師になれば? 魍魎や呪術師をぶちのめしてお金をもらって、感謝もされるしかっこいい。あんたのセンスがあればいいとこまでいけるんじゃない?」

「そんな簡単になれるもんかよ」

「なれるわよ。あんたのお母さんだって私のお母さんに誘われて退魔師やってたんだし」


 ——は?


「今なんて言った」

「だから、浮奈うきなさんは私のお母さんに誘われて退魔師やってたの。ほんの四、五年だけど」


 柊を見ると、彼女は頷いた。


「妾が術を手解きしたからよく覚えておるぞ。筋が良かった」

「母さんが退魔師だって」

「最終等級は二等級だったかな。退魔師になるつもりなら、この後すぐ魅雲支局に行こうか? 試験は即日ってわけにはいかないかもだけど、面接くらいなら受けさせてもらえるかもしれないし。一応稲尾椿姫の推薦ってことにするからなんとかなるんじゃない?」


 燈真の頭の中に様々な考えが渦を巻いていた。


 退魔師といえば一般に命懸けの仕事である。

 異形の怪物である魍魎との戦いや、蟠った妖力と飽和した情報が原因で起こる怪異現象の解決、妖術を犯罪利用する呪術師との戦闘などなど。

 けれど同時に英雄視される仕事でもあり、千年前の邪龍討伐戦で柊が退魔師という職業を現在の形で認知させたと言われていた。


 己のあり方を自らに問い、模索し、己自身の正義を貫く仕事。


 だんだんと結論が見えてくる。


「うまく言語化できないけど……やってみたい。自分の正しさを模索できる気がする」

「そ。じゃあご飯食べたら行こっか。柊、このあとちょっと抜けるね」

「おう、ゆっくり挑んでこい」


 柊はそう言って店員を呼びつける。

 燈真たちは銘々昼食を頼み、食事をとって午後に備えた。

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