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エレキギターに危機 気候変動による洪水で木材不足

日経サイエンス

毎年冬から春にかけて、米国中部に降った雨はミシシッピ川北部流域の雪解け水と合流し、広葉樹が広がる下流の低地を水浸しにする。この水が引いて夏場に土壌が乾くと、伐採業者がやってくる。目当てのひとつは「スワンプアッシュ」というトネリコ属の木だ。湿地に生えるこの木は細胞壁が薄く、細胞どうしの間隔も大きいので、低密度の木材となってエレキギターに使われている。

代表的メーカーである米フェンダー社は1950年代からアッシュ材を使ってきた。「シカゴブルースの父」ことマディ・ウォーターズや、ロック界ではローリング・ストーンズのキース・リチャーズ、プリテンダーズのクリッシー・ハインドなど、超大物ミュージシャンが同社のギターを愛用。温かな音色と澄み切ったクリアな響きが両立していると多くのミュージシャンはいう。かつて、この木材は安価で容易に手に入った。

だが同社は昨年、スワンプアッシュ材の深刻な不足のため、看板シリーズの「ストラトキャスター」と「テレキャスター」にこの木材を使うのをやめると発表した。アッシュ材は高価な最高級モデル用に取っておく。供給不足の原因として同社は、気候変動に伴ってミシシッピ川下流域の洪水が長期化し、若木が脅かされるとともに伐採作業が難しくなっていることを挙げた。別の有名メーカーである米ミュージック・マン社も2019年の材料調達が「近年で最悪レベル」となったという。

米海洋大気局(NOAA)によると、18年6月から19年7月にかけての1年は米国の観測史上で最も降水量の多い1年間となった。また、19年春のミシシッピ川流域の洪水は近代史上最大の被害をもたらした。さらに学術誌に掲載された18年の研究は、同地域の洪水の頻度と深刻さが過去150年間で増大してきたことを示した。

スワンプアッシュの木は季節性の洪水に適応しているものの、高水位の期間が長引くと特に若木にとっては問題になる。何カ月も水が引かず、若木が水没したままだと、生き延びるのは難しい。地元の木材会社によると「長期にわたる増水で多くの樹木が枯れてしまった」という。

この不穏な状況は、気候変動の結果が社会のあらゆる側面に及び、ロック音楽にまで影響を与えうることを示している。地球温暖化で洪水は今後も悪化を続けると予測されており、スワンプアッシュ材の供給はさらに細る恐れがある。「普通のギタリストには買えない値段になるだろう」と業界関係者は話している。

詳細は5月25日発売の日経サイエンス7月号に掲載

  • 発行 : 日経サイエンス
  • 価格 : 1,466円(税込み)

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