VR(仮想現実)ヘッドセットが話題を集めている。アップルが独自のデバイスを発表したことで、この熱狂はしばらく続くだろう。しかし、みんなは本当にヘッドセットなんかつけたいと思っているのだろうか?
6月に入ってから、VRの話題に事欠かない。メタ・プラットフォームズ、レノボが新たなVRヘッドセットを発表し、6月5日(米国時間)に開催された「WWDC」の基調講演では、アップルがそれに続くように独自の複合現実(MR)ヘッドセットであるVision Proを発表した。
Google Glassがネット上で馬鹿にされていたころからもうすぐ10年が経とうとしているが、Vision Proの発表に対する人々の反応はあのころと変わらない──「いいけどこれ、なぜ? どうやって使うの?」
このアルミ製ゴーグルはなかなか手の込んだ製品のようだが、デモ映像で紹介されていた使用例は説得力に欠けた。頭にコンピューターをつけて過ごすことは、実用的でも快適でもないように思えたからだ。
パススルーは信頼に足りるのか?
アップルは、メタと同じ失敗をした。つまり、VRヘッドセットをつけてビジネスミーティングに参加することを提案したのだ。アップルは発表のなかで、Vision Proがオンラインミーティングをするうえでどれだけ便利かを強調した。
もしかすると、意識の高いビジネスパーソンたちならアップルの提案を受け入れ、ARのエクセルで仕事をするために3,499ドルのデバイスを買うかもしれない。しかし、Vision Proの重さがどれくらいなのか、そしてバッテリーがどれほどの時間もつのか(恐らく2時間かそれ以下だろう)、アップルは明らかにしていない。少なくともデモ映像を見ているかぎりでは、デバイスはかなり大きいし、外付けのバッテリーに繋がっていないといけない。
CCS InsightでVR業界のアナリストを務めるレオ・ゲビーによると「頭の上にデバイスをつけて過ごしていられる時間には、限界があります」とのことだ。「一日中つけているものであれば、軽くて心地のよいものでないといけません。そんなVRデバイスはまだ見たことがありません」
Vision Proは、これまでの多くのヘッドセットと同じく、MRデバイスだ。つまり、現実の環境とバーチャルの要素が混ざり合った空間を可能にしてくれる。アップルは発表のなかで、現実の映像をリアルタイムで伝えるVision Proのパススルー機能をかなり強調していた。デモ映像のなかでは、ヘッドセットをつけたまま家の中を歩いても、家具やカウンター、ペットや子どもにぶつかることはないようだった。それでもやはり、Vision Proが視界を完全に塞ぐVRヘッドセットであることには変わりない。
テック業界の調査会社であるGartnerでディレクターを務めるトゥオン・グエンは、デバイスを装着することで、直接自分の周りが見えなくなるのは問題だと語る。Google GlassやメタによるFacebook Ray-Banなどのスマートグラスであれば、機能は少ないがフレームの外を目視できる。
Vision Proの場合は本体についているダイヤルを使ってデジタル要素がスクリーンを占める割合を調節できるが、現実の環境を見るためにもスクリーンを介さなければいけない。「パススルー映像に頼ることは、箱に頭を突っ込むのと同じことです」とグエンは語る。
わたしたちが日々使っているスクリーンですら完全に信用できるものではない。何かの写真やビデオを撮りたいと思ってカメラアプリを開いても、思ったとおりのものが撮影できないこともあれば、そもそもアプリがクラッシュすることだってある。もしこれが自分の視界に影響するもので起こったらどうだろう。
「“箱に頭を突っ込んだ状態”で映像が乱れると困ります。横断歩道を渡っているときに、そんなことになったらなおさらです」とグエンは話す。何か間違いが起きたら、暗闇の中でひとり、戸惑うことになるからだ。
バーチャル空間で過ごすことの孤独感
それからVRヘッドセットが単純にダサいことも問題だ。正直言ってVision Proもあまりカッコよくない。デモ映像のなかには飛行機の中でVision Proをつけている人の様子があったが、本当にあんなゴーグル面で座っていたら周りの乗客からじろじろ見られること間違いなしだ。
つい最近、飛行機に乗ったというゲビーは、Vision Proは普段使いするには目立ちすぎると指摘する。「いまだってヘッドセットを機内に持ち込んでバーチャルの大画面でNetflixを観るくらいのことはできます。でもそんなこと恥ずかしくてできないんです」とゲビーは話す。
これからの数年でVRヘッドセットはより薄くてかさばらない形状になり、着け心地も改善されていくだろう。そのころには公共の場でヘッドセットをつけることにも慣れるかもしれない。しかしほかにも問題はある──没入的な体験からくる孤独感だ。
アップルのデモ映像のなかでは、ユーザーが頭にデバイスをつけて、バッテリーをポケットに入れ、ソファに寝そべった状態で自分だけの大画面で映画を見ていた。ひとりで。
Vision Proはソーシャルデバイスでもあり、FaceTimeなどによる通話がますます快適になるとアップルはいうが、デモ映像のなかの人々はみんなひとりで、デバイスを使って遠くにいる誰かと話をしていた。Vision Proは、少なくともWWDCで発表されたバージョンにおいては、近くにいる誰かや家の中にいる誰かと体験を共有できる機能を有していない。バーチャル空間にいながら周りの人と話そうと思ったら、Vision Proの前面スクリーンに映し出される、ARで再現された不気味な目を見せて話さなければいけない。
Disney+が使えるようになるとのことなので、子ども向け映画に困ることはない。しかし、それらを子どもたちと一緒に観られなかったら意味がないのではないか。自分だけのAR空間でキッチンカウンターに流れる映画をひとりで鑑賞するのは寂しい。
そもそも、VRで長尺の映像を見るのは変な体験だとグエンは言う。「サクッとスナック感覚で使うのが、ちょうどいいでしょう」。理想的なのは「こっちで少し、あっちで少し」といった使い方で、長時間の使用ではない。
現実的に考えて、VRやARヘッドセットが孤独で着け心地の悪いデバイスであるうちは、長い間使っていたいと思う人は出てこないだろう。
(WIRED US/Translation by Ryota Susaki)
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