ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで2022年5月に起きた銃乱射事件で死亡した4人の遺族が、大手インターネット企業と武器販売業者、犯人の家族、そして日本の玩具会社を相手に大規模な訴訟を起こした。
23年5月12日(米国時間)に提起された訴訟によると、遺族らはテック大手のメタ・プラットフォームズ、アマゾン、アルファベット、そしてそれらの企業が所有するソーシャルメディアプラットフォームを訴えている。ほかに名を連ねているのは、ネット掲示板「Reddit」や「Snapchat」、ネット掲示板「4chan」とその株主であるグッドスマイルカンパニー、銃器メーカー3社、そして銃撃犯のペイトン・ジェンドロンの両親だ。
この訴訟では、具体的な損害賠償の金額は設定されてはおらず、訴状によると、裁判の際に設定されるという。とはいえ、22年5月14日(米国時間)に発生した乱射事件で亡くなった人たちについて、これらの企業の責任追及を試みている。
また、ソーシャルメディア企業に対して「有害な行為をやめさせ、企業が手がけるサービスにおける不当に危険なおすすめ機能の是正」を求める裁判所の命令も申し立てているという。
被告人側の弁護士も認めた「ネットの影響」
この銃乱射事件では、10名が死亡した。犯人であるペイトン・ジェンドロンは、武器の所持や憎悪犯罪の罪だけでなく、10件の第一級殺人の罪も認めている。白人至上主義的な思想や4chanで集めた人種差別的なミームをふんだんに盛り込んだ文書のなかでジェンドロンは、バッファローにあるスーパーマーケット「Tops」を選んだ理由は、黒人が特に多く住んでいる地域だったからだと記していた。
この訴訟はさらに、ソーシャルメディアプラットフォームは「未成年のユーザーにとって中毒性があり、一般大衆に過激化と暴力の明確かつ鮮明な危険をもたらす」として、未成年者とその親に対する警告メッセージを掲載するようソーシャルメディア企業に求める裁判所の命令も申し立てている。
遺族の代理人を務めるバッファローの弁護士であるジョン・エルモアは、この裁判は個人的なものだと語る。「一部の犠牲者はわたしの知り合いでした」と、エルモアは言う。「遺族の方たちは、助けを求めてわたしの事務所を訪ねてきてくれたのです」
エルモアは、ほかにふたつの組織とともにこの裁判に挑んでいる。そのひとつが、「ソーシャルメディア企業が脆弱なユーザーに及ぼす被害について法的責任を問う」ことを目的としている法律事務所のSocial Media Victims Law Centerだ。もうひとつは、11年の暗殺未遂事件を生き延びた元米下院議員のガブリエル・ギフォーズが運営している非営利団体「Giffords Law Center to Prevent Gun Violence」である。
ほかにも弁護団は、小学校の銃撃事件を“でっち上げ”と否定した司会者アレックス・ジョーンズと彼が運営する陰謀論を展開する「Infowars」に対し、およそ15億ドル(約2,100億円)の損害賠償の請求に成功した弁護士たちに相談したと、エルモアは語る。
もしこの訴訟が進展すれば、ソーシャルメディアプラットフォームに責任を押しつけようとする民事訴訟の嵐に巻き込まれるだろう。サウスカロライナ州チャールストンのエマニュエル・アフリカン・メソジスト監督教会で起きた人種差別を理由とする襲撃事件で死亡した人々の遺族は、メタ・プラットフォームズとアルファベットに対して同じような訴訟を起こしている(いずれの企業もまだこの訴訟に対応していない)。
ジェンドロンを過激化させたとされるソーシャルメディアから、彼の犯行を配信させたプラットフォーム、そして被害を拡大させた銃器メーカーまで、これほど多くの関係者を提訴したことについて尋ねられたエルモアは、「証拠がここまで導いてくれたのです」と語っている。
特にエルモアは、ジェンドロンの弁護士らによる答弁書を指摘している。弁護士たちは、「この犯行の動機となった人種差別的な憎悪はネット上のプラットフォームによって増幅され、暴力行為が可能になった背景には襲撃を可能にする武器が簡単に手に入れられるような環境があったからだ」と認めたのだ。
エルモアは、改革を迫ることが目的だと語る。
「この訴訟に至った被害者を生き返らせることはできません。でも、同じような訴訟をほかの家族たちが起こさなくて済むようにはできます」と、エルモアは語る。心に傷を負った家庭がこれ以上増えることを望んでいないのだと、彼は言う。
利益だけを追求していた企業側に責任がある
今回の訴訟は、一般的な10代の男性であったジェンドロンが、多くの黒人を虐殺する手段と意思をもった残忍な白人至上主義者になるまでの道のりを明かそうとしている。その最初の過程として照準に入ったのが、FacebookやSnapchatといったプラットフォームだ。
「ジェンドロンがソーシャルメディア上で過激化したことは、偶然でも事故でもない」と、訴状で原告側は主張している。「それは、公共の安全を犠牲にしてでもユーザーのエンゲージメント(およびそれに伴う広告収入)を最大化するプラットフォームやツールの設計、プログラムの組み込み、そして運用というソーシャルメディア企業の意識的決断から予見できる結果である」
ジェンドロンを引きつけた白人至上主義的なイデオロギー、特に「グレート・リプレイスメント」(白人たちの政治権力が国際的な策略によって弱められているという陰謀論)は、「ソーシャルメディアの産物」だと、原告側は主張している。
フランス人作家によって提唱され、札付きのネオナチによって吹聴されたものなのかもしれない。だが、「グレート・リプレイスメントの賛同者たちは、ソーシャルメディアにかなり依存している。被告側のソーシャルメディア企業らがユーザーエンゲージメントを高めるために使っているツールや機能を利用して、若くて感受性の強い信奉者に人種差別的な思想を広めているのだ」と、今回の訴訟で原告側は主張している。
このような憎悪的なプロパガンダに10代に晒され、中毒的な性質をもつソーシャルメディアが混ぜ合わさったことで、ジェンドロンの思想が根本的に改ざんされてしまったと、エルモアは訴状で主張する。
訴状によると、ソーシャルメディアプラットフォームは「ユーザーが要求したり求めていたりするコンテンツを表示するのではなく、目が離せなくなるようなコンテンツを表示しおすすめする」ことで、ユーザーエンゲージメントを高めているという。「InstagramやYouTube、Snapchatは、まだ完全に発達していないジェンドロンの前頭葉を利用していた。そして、情報や思い込みに基づく人種差別、反ユダヤ主義、銃による暴力を促進する過激で残酷なコンテンツとアカウントにつなげることで、彼のSNSへのエンゲージメントを維持していたのだ」
これはアプリの不具合ではないと、エルモアは主張する。「こうしたサービスは、設計の意図通りに稼働していたのです」
こうしてプラットフォームは、ジェンドロンを過激化への次なる段階へと導く4chanへの入り口を開いたのだ。
ネット掲示板とライブ配信が模倣犯を生み出した
この悪名高いネット掲示板には、アルゴリズムは組み込まれていない。だが、「ジェンドロンがさらに過激化するよう促していた人種差別的なユーザーで溢れているコミュニティ」が待ち受けていた。
またジェンドロンは、多数の武器の画像が投稿されているスレッド「/k/」を頻繁に閲覧していたという。このスレッドと、チャットアプリ「Discord」にある同じようなコミュニティが、彼の襲撃の準備と成功する可能性を高めるうえで役立った。
今回の訴訟では、4chanに資金を投じているグッドスマイルカンパニーが主犯格として選ばれている。日本の玩具メーカーであるグッドスマイルカンパニーは、4chanに240万ドル(約3億3,500万円)を15年に出資していることが『WIRED』が独占入手した文書から明らかになっている。
『WIRED』による報道と、過去の従業員からの訴訟に目を向けた遺族らは、4chanにおけるグッドスマイルカンパニーの役割は「受動的な投資家ではなく、能動的に掲示板の運営に関与している企業だ」と、主張する。
グッドスマイルカンパニーは、4月に発表された声明で『WIRED』の報道を否定しており、「当社は4chanとパートナーシップ関係になく、4chanの経営、管理に影響力を有したこともありません」と、断言している。また、同じ声明のなかで「当社は、22年6月、4chanに従前有していた限定的関係を解消いたしました。以降、当社は4chanと何らの関係を有しておりません」とも語っている。
また同社は「秘密保持義務」に基づいてこの件に関するコメントを控えており、複数回に及ぶ取材依頼に対する回答は得られていない。
4chanの資金提供者に関する文書は、バッファロー銃乱射事件の捜査の一環としてニューヨーク州司法長官事務所に渡っている。結局のところニューヨーク州司法長官事務所は、4chanをはじめとするネット上のプラットフォームに対する訴訟の提起を断念した。しかし、テロ行為をライブ配信したインターネット企業を訴えやすくすることを目的とした、いくつかの提言をまとめている。
単に大量殺人を公表するだけでなく、テロ事件のライブ配信が同じような事件の頻発を実際に助長していると、今回の訴訟で原告側は主張している。ジェンドロンが書いた文書には、ライブ配信はテロを確実に実行するための“保険”のようなものであったとする記述がある。ほかにもこの訴訟で原告側は、5人の大量殺人犯が実際の様子をネットでライブ配信したことを指摘し、それぞれが模倣犯を生み出したと主張している。
ジェンドロンによる襲撃の記録とライブ配信は、さまざまなプラットフォームで少なくとも300万回再生されたという。また、アルファベット、Reddit、そして4chanがこの動画から広告収入を得たと、遺族は主張している。
法の解釈は変えられるのか?
訴訟に名を連ねるソーシャルメディア各社に連絡をとってみたところ、グーグルの広報担当者は、YouTubeのプラットフォームにおける「過激派コンテンツ」を制限すると主張している。
「バッファローの食料品店Topsで起きた恐ろしい攻撃の犠牲者と家族に、深い哀悼の意を表します」と、広報担当者は声明で語っている。「長年にわたり、YouTubeは過激派コンテンツを特定し、削除するための技術やチーム、制約をつくるために力を入れてきました。わたしたちは、捜査当局やほかのプラットフォーム、そして民間組織と定期的に協力して、知識とベストプラクティスを共有しています」
Snapchatの広報担当者に今回の訴訟についてコメントを求めたところ、拒否された。しかし、同社のプラットフォームは「審査されていないコンテンツが拡散されたり、アルゴリズムで広められたりすることはありません。その代わりに、幅広いユーザーにコンテンツが届く前に、わたしたちはすべてのものを入念に審査しています。これによって、危険や害をはらんでいるコンテンツが表示されることを防げるのです」
ほかのソーシャルメディア企業からは、返答を得られていない。
この訴訟が成功する見込みはほとんどないだろう。米国の裁判所は、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「Pulse」で16年に起きた銃乱射事件や、カリフォルニア州サンバーナーディーノで17年に起きた銃乱射事件の犯人を過激化させた過激派組織「イスラム国(IS)」のプロパガンダを発信しているとして起きた、ソーシャルメディア企業に対する同じような民事訴訟を棄却しているからだ。
第6巡回区控訴裁判所は、ソーシャルメディア企業がテロ行為に対して責任が問われる可能性があると19年に判決を下した。しかし、Pulseで殺害された犠牲者の遺族が提出した申し立ては、これらの企業に「個人が暴力を振るうことを決定する前に、関連するソーシャルメディアのコンテンツを閲覧したというだけで、無限とも思える現代の暴力行為の責任を負わなければならない」とも裁定している。
米通信品位法230条は、一般にはネット上のプラットフォームをユーザーの行為に対する責任から免除するものだ。米連邦最高裁は、「ゴンザレス対グーグル裁判」の判決を下す際に、230条の解釈の限界を試す予定だという。
23年2月に実施された口頭弁論では、15年にパリで起きたISに触発されたテロ事件で死亡した米国人留学生であるノヘミ・ゴンザレスの遺族の弁護士が、グーグルは法的責任を負うべきだと主張した。YouTubeは、無意識のうちにユーザーにプロパガンダをおすすめコンテンツとして表示し、テロ集団を援助し扇動したと、遺族の弁護士は主張している。
最高裁が将来的に判決を下す際に、こうした民事訴訟を可能にする230条の例外を考案する可能性は低いが、不可能ではないだろう[編註:「ゴンザレス対グーグル」は、イスタンブールで起きたIS関連のテロ事件におけるツイッターの責任を問う「ツイッター対タムネ」に対して最高裁が5月18日(米国時間)に下した判決を受け、第9巡回区控訴裁判所にて再審中]。エルモアは、先に待ち受けるいばらの道にもめげずに突き進んでいる。
「わたしたちは、できるだけのことをするつもりです」
(WIRED US/Translation by Naoya Raita)
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