挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第八章 『ヴィンセント・ヴォラキア』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
636/636

第八章15 『礼賛』



 のんびりした口調で頭を掻いて、金色の煙管を噛んだ獣人が笑いかけてくる。

 長めの黒い体毛と、人懐こい雰囲気の顔つき。穏やかな語り口には邪気が感じられず、そのゆるっとした立ち姿には警戒心なんて抱きようもない。


 これが走り続ける連環竜車の中、王国と帝国の重要人物が会談した一室で、実力者を含めた全員にその存在感を気付かせなかった事実を忘れれば。


「ハリベル、だと……?」


 そう、厳めしい声に戦慄を交えて呟いたのは、その存在に最も強い警戒心を発し、守るべき主君とその同盟相手を背後に庇ったゴズだった。

 自身も『九神将』の一人であり、戦士だらけの帝国で最強格の一将に名を連ねる武人。そのゴズをして、目の前の獣人の隠形に気付けなかった。

 だが、彼の声の硬さはその事実だけが理由ではない。


「――『礼賛者』か。都市国家の要が何用だ?」


 ゴズの背後に庇われ、その巨体越しに獣人――ハリベルを見据えたアベルが問う。

 問いかけの前に付いたのは、かの犬人の異名だろうか。何となく、聞き覚えがある気がすると、驚きに掻き回される記憶の箱をスバルが手探りする。

 すると、その眉を顰めたスバルに、ハリベルが笑みに見える細い目を向けた。


「そない一所懸命考えんと、大した名前でもあらへんよ。僕、褒め上戸やからそう呼ばれとるだけやし、そもそも要なんて買い被りもええとこや」


「買い被り……」


「そそ。ただ、カララギに僕より強い人がおらんってだけやねんから」


 平然と、それこそ天気の話をするみたいに答えたハリベル。

 彼の言葉にスバルは目を丸くして、『カララギ』という単語と脳が結び付いた瞬間、先ほどの引っかかりが何だったのか、理解が点火される。

 カララギ都市国家の『礼賛者』、その異名が意味するのは――、


「カララギ都市国家最強のシノビ! 貴公、何ゆえにこの竜車へ乗り込んだ!!」


 次の瞬間、竜車の床を爆発させる勢いで踏み込み、ゴズが佇むハリベルへと自らの武器である鎚矛を突き付けた。

 ゴズの武器は独特な形をした鎚矛で、長柄の先端に打撃するための棘付きの球体がくっついているようなものだ。レムの愛用していたモーニングスターと近いが、その大きさと重さは圧倒的にゴズのものの方に傾く。


 ともあれ、突如現れた都市国家最強に、帝国の武人が武器を突き付けた形だ。

 あるいはそのまま、一触即発に物事が突き進むかと思われた。

 しかし――、


「驚かせた僕が言うことやないけど、まあまあそう熱くならんと座って話さへん?」


「ぬ、ぐ……!」


 突き付けられた鎚矛越しに、ひょいと首を傾けたハリベルが声をかける。そのハリベルの言葉に顔を強張らせ、ゴズの力のこもった腕が震えた。

 ゴズの持つ黄金の鎚矛、その先端にハリベルが同じく金色の自分の煙管を当てている。それだけで、ゴズの武器は微動だに動かせなくなっていた。


「――――」


 おそらく、ハリベルは当てた煙管で絶妙に力のバランスをコントロールし、ゴズが鎚矛を上下左右、もちろん突き込むこともできない状態に押さえ込んだのだ。

 ゴズが武器をどう動かそうとしても、反対側から煙管に押されて動かせなくなる。それは単純な腕力ではなく、力の流れを完全に制御する技の極致だ。


「貴公……っ!」


 顔を赤くしたゴズが歯軋りし、それが室内に大きく響き渡る。が、ハリベルのしている一連の行為は、そのゴズの歯軋りと比べても静かすぎるものだった。

 その時点で、ハリベルという存在のこの場の格付けは済んでしまっている。


「やめよ、ゴズ。それにこちらを害する意図があれば、拍手などして己を誇示するより前に全員の首が落ちていよう」


「そうしなかったんだから、あなたは私たちの敵じゃない……のよね?」


 そのゴズとハリベルの静かな攻防に、アベルとエミリアの二人が口を挟んだ。

 二人の言う通り、実際、ハリベルがその気になれば車内の全員、彼の存在に気付く前に殺されていておかしくなかった。

 そこからの指摘にハリベルが、大きな口を笑みの形に緩めて、


「そそ、わかってくれて嬉しいわぁ。皇帝さんはともかく、半魔の子ぉは素直でええ子やね。僕とおんなじ嫌われ者やのに真っ直ぐ育って……立派な親御さんやったんやね」


「ありがとう。私も、パックと母様たちに育ててもらえて幸せ者だと思ってるの」


 胸に手を当ててお礼を言ったエミリアに、頷いたハリベルが煙管を引く。途端、得物を解放されたゴズだが、そのまま殴りかかるような無謀には出られなかった。

 悔しげながらも、ゴズはハリベルをじっと警戒し、


「先の言葉を違えれば、私の命と引き換えにしても貴公を討つ。覚えておけい」


「やらんやらん。ほら、こうして座ってお行儀よくしとるから」


 ひらひらと両手を振って、ハリベルは尻尾で傍の椅子を引くと、そこに片膝を抱くようにしながらちょこんと座った。

 ゴズと同じぐらい背の高い人物だが、そうして痩身を丸めていると大型犬っぽい印象が強くなる。行儀よく、というのも皮肉ではないように見えるが。


「とはいえ、ここでカララギが介入してくるとはねーぇ。王国と帝国ほどではないにしても、都市国家も帝国と仲良しこよしとは聞かない。ましてや、君が公表している立場のことを考えれば特に、だ」


「お、みんなして僕のこと知っとるん? なんや、有名人みたいで照れるわぁ」


「ロズワール、あの人が公表してる立場って……」


「見た目相応に無知なバルスに教えてあげるけど、『礼賛者』ハリベルは狼人なのよ」


 狼人と、そうラムから説明され、一瞬、スバルの心と体が震えた。

 ただしそれは目の前のハリベルに対するものでなく、別のことが理由の震えだ。ラムの教えてくれた事実自体には、あまりスバルが思い当たる節はない。

 だが、そんなスバルの理解を余所に、常識は常識として話が進められる。


「帝国の狼人に対する態度は知っていよう。それで国境を越えてこちらへ足を踏み入れるとは、貴様もずいぶんと命知らずと見える」


「そらま、僕ももちろん知っとるし、ええ気分もしてへんけどね。けど、僕が自分が狼人やって隠してへん理由はそっちも知っとる通り、誰も僕を殺せんからやもん。見たとこ、セシルスもおらんみたいやしね」


「――! あんた、セッシーのこと知ってんのか」


「うん? おお、知っとるよ? 前に僕のこと殺しにきよったからねえ。なんや、ちょっとやり合ったら『決着は今じゃなさげです!』とか言うて帰ったけど」


 狼人を巡る話題から逸れたが、スバルの疑問にハリベルは忌憚なく答えてくれる。

 まさかの回答、まさかの接点だ。セシルスとハリベルは殺し合った仲と、今の話からするとケンカを売ったのはセシルス側のようだが、それも納得度は高い。

 その上で――、


「狼人に対する果断な姿勢を示すヴォラキア帝国へ、カララギ都市国家で最も知られた実力者が現れる。それも、畏れ多くもヴィンセント閣下がおられる客車に」


「付け加えれば、我が国と王国との重大な会議の内容も知られたな。これはこれは、『青き雷光』を焚きつけてでも首を刎ねねばならない事態ではないか」


「……セリーナ、君の悪趣味でこの場の全員の身を危うくしないでもらえるかな」


 状況を整理したベルステツに便乗し、セリーナが上機嫌に物騒な見解を付け加える。その内容の過激さは、思わずロズワールが素で注意を入れたほどだった。

 そうして、ハリベルが現れたことへの最初の驚きと熱が多少なり薄れると、結局は最初の疑問に立ち返ることになる。


「三度目はないぞ。何用で現れた、『礼賛者』」


 たとえ、この場の武力で相手が圧倒していようと、おもねるという言葉はアベルの辞書に載っていない。その意図的にへりくだる系の言葉を塗り潰した辞書の持ち主に、ハリベルがどう反応するかとスバルは息を呑んだ。

 が、高まる緊張と裏腹に、ハリベルは座ったままテーブルに頬杖をついて、


「そうピリピリせんと、僕の用事なら最初に言ったやん? ちょぉ、挨拶させてもろてもええかなって」


「その挨拶ってのは、挨拶代わりに俺たちの心臓を抜き取るとかそういう……?」


「こわっ! おっかないこと考える子ぉやなぁ。そないなことせえへんて」


「だったら、本当にただの挨拶、顔見せが目的とでも言うのかしら?」


「そやよ?」


 恐る恐る、シノビ流の挨拶を掘り下げようとしたスバルに抗議し、続くベアトリスの問いかけにもハリベルはあっけらかんと答えた。

 ここまでくると、本当にハリベル側から乱暴な真似をするつもりはないように思える。


「そもそも、回りくどいことをしなくても僕たちを殺せる相手ですからね。ここまで弄んで命を取るなんて悪趣味しないのでは?」


「俺も怖がられたけど、人からそういう意見が出ると引くな……けど、だとしたら」


「だとしたら? 何かあるの、スバル」


 ごくりと唾を呑み込み、ハリベルの態度にスバルは恐ろしい想像をする。

 エミリアに問われたそれは、ハリベルが答えたままの人物像だとすると――、


「ラインハルトとこの人がまともなら、セッシーのあの体たらくは……」


「やめよ、ナツキ・スバル。協力要請こそしたが、我が国の醜聞を掘り下げる真似を許した覚えはないぞ」


「醜聞とは……と、私奴も言い切れませぬな、セシルス一将の場合は」


 セシルスの人間性の問題について、スバルとアベルどころかベルステツまで意見が一致する。この場にいないとはいえボロクソに言われるセシルスだが、おそらく彼がこの場に居合わせていても同じことを言われた確信があった。


 実際、強者には見合った振る舞いをしてもらいたいという幻想があるスバル的には、ラインハルトやハリベルの振る舞いの方が理想的ではある。

 他方で、剣奴孤島にいたのがセシルスでなければうまく回らなかったという確信もあるので、何事も良し悪しがあるという話だ。


「それで? 結局、何が目的の挨拶なの? この竜車は北上こそしているけど、カララギとの国境はまだ先……あなたの警戒を招くほどではないでしょう?」


「ん~、そのあたりのことは僕より雇い主に聞いてくれた方が早いんやけどね。うっかり拍手してややこしくしてもうたから……あ、でもそろそろみたいや」


「そろそろって……」


 やや困り気味に目尻を下げたハリベル、しかし彼が何かに気付いて顔を上げると、それにつられてスバルも彼の視線を辿った。

 その、狼顔が向いたのは隣の車両と繋がっている扉だ。その扉がきっかり一拍後、向こう側からノックされる。


「――会議中、失礼いたします。お伝えしたきことが」


 と、聞き覚えのある声で報告がなされ、アベルが「入れ」と静かに命じると、開かれた扉からモコモコした頭の小柄な男性が姿を見せる。

 その相手を見た途端、スバルは目を丸くした。


「ズィクルさん! よかった、無事だったのか!」


「ええ、ご心配には及びません。あなたの方こそ、ご無事で何よりです、ナツミ嬢」


「この姿でなお俺をそう呼んでくれるとは……」


 出会ったときも別れたときも、女装状態だったスバルに微笑みかける男、帝国二将ズィクル・オスマンの健在な姿に、スバルはホッと胸を撫で下ろした。

 その上で、微笑んだズィクルは表情を引き締めると、


「閣下、お伝えすべきことが……ただ、そちらの方は」


「あれなるものはいったん捨て置け。おそらく、貴様の報告と無縁ではない」


 部屋の片隅にいるハリベル、その存在を気にかけたズィクルに不親切なアベル。だが、ズィクルは皇帝の言葉足らずに慣れている様子で「は」と頷くと、


「ドラクロイ上級伯の飛竜船が戻られました。城塞都市ガークラの要人と、都市国家からの客人を連れて」


「――都市国家の客人」


 ちらと、アベルが黒瞳をハリベルに向けて呟く。

 この連環竜車の目的地が城塞都市ガークラであるため、そこの関係者が飛竜でやってくるのは自然なことだ。そのタイミングでカララギの人間が同行したなら、それがハリベルと無関係なんてことはありえないだろう。

 つまり――、


「ハリベルさんは、その人たちより先にきたの?」


「僕、高いところ苦手やのん」


 答えになっているようないないような可愛いことを言って、ズィクルが持ってきた情報と自分が関係している旨を肯定するハリベル。

 高いところが苦手で飛竜船に乗らなかった、は納得できても、だから飛竜船より早く到着しました、は納得いかない気がするが、この世界の超人に言っても仕方ない。セシルスだって、空を飛ぶより早く走るからどっこいだ。

 ともあれ――、


「わざわざ私の飛竜船に乗り込んできたほどだ。となれば、よほどの大物が重要な話を持ってきたのだと期待しても?」


「少なくとも、可憐な客人ご自身はそう仰っています」


「貴様のその言いようからして、女か」


 わかりやすいズィクルの報告、カララギ都市国家からきた女性。

 その内容にスバルは首を傾げるばかりだが、どうやら他の身内は違った。繋いだベアトリスの手に力がこもり、彼女はエミリアの方を見ると、


「エミリア、カララギからの客人という話なのよ」


「ええ、そうね。それってもしかして――」


「え? え? なんか、二人は心当たりが……」


 あるのか、とスバルが問おうとしたところだ。


「――なんや、人が苦労して帝国くんだりまで飛んできたったのに、ずいぶんと薄情なこと言うやないの、ナツキくん」


「――――」


 不意に割り込んだ声色、はんなりとしたそれがズィクルの背後から届く。

 どうやら、その客人は隣の車両との連結部で待たされていたらしいが、こちらの会話に参加してくるとはかなりの地獄耳だ。でも、その地獄耳にも納得がいく。

 だって商人というものは、常に儲け話のチャンスに耳をそばだてているものだから。


「閣下、どうされますか?」


 聞こえた声がこちらの話を聞いていた事実に、ベルステツがアベルの意思を問う。その問いかけにアベルの一瞥がスバルに向けられ、その表情を確かめた。

 それからアベルは、声の聞こえた扉の方を見て、


「どうやら、ただの無粋無遠慮の奴輩ではないらしい。顔を見せよ」


「そしたら遠慮なく」


 皇帝の許しを得て、その声の主がやんわり答える。と、いつの間にか扉の脇にすっくと立ったハリベルが、その手で車両の扉を開き、相手を招き入れる。

 そのハリベルの配慮に、現れた人物は「おおきに」と微笑んだあと――、


「しばらくぶりの顔合わせやけど、元気そうでよかったわぁ」


「お……」


「それにしても、エミリアさんらは厄介事と巡り合わせる天才やねえ。またぞろ、ウチたちの力が必要みたいやん?」


 柔らかい口調と微笑みを湛え、そう容赦ない評価を口にしたのは、色素の薄い紫髪をまとめて、キモノに袖を通した狐の襟巻の女性――アナスタシア・ホーシン。

 その彼女の傍らには、従者としてワソーの青年が付き従っている。


「アナスタシアさんと、ユリウス!?」


 ここで会うとは思わなかった二人、その姿にスバルは仰天した。

 そのスバルのひっくり返った声にアナスタシアは口元に手を当てて笑い、名を呼ばれた青年――ユリウスも、その左目の下の精悍な傷を指でなぞってスバルを見た。

 そして――、


「――無事で何よりと、そう言いたかったのだが、何故君はいつもそうなんだ?」


「俺がいつも小さくなるレベルのトラブルを起こしてるみたいに、言うな!!」


 そんな、再会を喜ぶ代わりの怒声が爆発したのだった。



                △▼△▼△▼△



 膝から力が抜けて、荒れ果てた野っ原に前のめりに倒れ込む。

 体を支える気力さえなかったから、顔面を容赦なく大地に打ち据えられた。鼻が潰れるような痛みがあり、切れた唇から血が流れる。

 その血を舌で舐め取り、カラカラの口の中がほんのわずかに潤った。


「――――」


 体中の力が、何も残っていない。

 気力が先に尽き果てれば、体力が底を尽くのもまた早かった。そしてその両方が尽き果ててしまったから、自分はここで朽ち果てるのだろう。


 何もかも、何もかもが無駄だった。

 やろうとしてきたこと、やらなければと息巻いていたこと、やり続けてきたのだからと惰性に続けてきたこと、その全部が無駄だった。

 所詮、自分は自分でしかなかった。地獄とは、自分の内にあったのだ。

 ならば逃げられるはずもない。誰も逃げられない。自分という地獄からは。


「ちく、しょう……」


 悔しさが唇からカスカスの声で漏れた。

 もう、涙さえ湧き上がってこない。そんな熱量も、資格も自分にはなかった。

 全部が、異様だった。手が届かない場所だった。手の届かない場所に手を伸ばす、それで人生最大の過ちを犯したのに、またしても同じことをした。


 反省がない。だから後悔しかない。

 自分なんて好きになれるはずもなく、嫌いでしかなかったが、ついに憎くなる。

 愛するものも愛し続けられない。もっと早く、自分のような出来損ないは――。


「――おお? 死体なら身ぐるみ剥がそうかと思ったが、まだ息があったとは。それはまた善哉善哉」


 不意に、倒れ込んだ体の頭上、誰かの声が聞こえてきた。

 身じろぎする余力もない体だが、その声の主が手を伸ばしてきてひっくり返される。途端、視界に青い空の眩さが飛び込んで、「う」と呻き声が漏れた。

 屈辱や悔悟では湧かなかった涙が、じわりと滲んでくる。


 それが無性に悔しかった。

 何もかも、この体は徹頭徹尾、自分のためにしか働かないのかと。


「何を悔しがることがおありか、行き倒れ。兄さんの体の全部が全部、生きててこその瞬きでござんす」


「生きてて、なんて……」


「おっと、生きるのが嫌になった手合いかい。それはそれは……その薄暗い考えと戦う術は、某の知る限り、一個しかござんせん」


「――――」


 声の主が笑った気配がして、青い空の映る視界に逆さの顔が割り込んでくる。逆光でよく見えない顔だが、相手がニタニタと笑っているのはわかった。

 ただしそれは、こちらを嘲るものではなく、それ故に理解できない理由の笑みだ。

 しかし――、


「どう、すれば?」


 自分の中に答えが見つからないなら、自分では理解できない相手の考えを聞く。

 少なくとも、自分よりよほど真っ当な答えが聞こえるのではと、まだ救われたがる自分を呪いながら尋ねた。

 その問いかけに、相手は我が意を得たりとばかりに笑みを深め、


「決まってらぁ。――浴びるほど、酒を呑むんだよ」


 答えの直後に襟首を掴まれ、そのまま強引に相手に引きずられる。両足を投げ出した姿勢のままで、荒れ野をずんずんと進んでいく男。

 抵抗できないのをいいことに、男はこちらを引きずりながら鼻歌など歌い、


「某はロウアンってケチな浪人だ。兄さんは?」


「――――」


「兄さん、名前ぐらいあんだろう。教えても減るもんじゃなし」


 気安い調子で馴れ馴れしく、ロウアンと名乗った男の態度に長い息を吐く。

 答える義理はなかったが、答えを拒む理由も特段なく、もはやどうにでもなれと思いながら男は――、


「……ハインケルだ」


 そう、互いの立場に気付かないまま、ハインケル・アストレアは名乗った。

 彼は知らない。――偶然や宿命とは、運命が好んで使う常套手段なのだと。



  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
イチオシレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

この小説をブックマークに登録している人はこんな小説も読んでいます

蜘蛛ですが、なにか?

勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全600部分)
  • 62579 user
  • 最終掲載日:2022/01/28 00:00
魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~

人も、精霊も、神々すら滅ぼして、魔王と恐れられた男がいた。 不可能を知らぬ魔王アノスは荒んだ世界に飽き、転生の魔法を使った。 二千年後。目覚めた彼を待っていた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全698部分)
  • 37790 user
  • 最終掲載日:2022/03/26 19:00
レジェンド

東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全3589部分)
  • 35861 user
  • 最終掲載日:2023/06/13 18:00
異世界のんびり農家

●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。  異世界のんびり農家【書籍十五巻 2023/04/28 発売中!】 ●コミックウォーカー様、ドラ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全788部分)
  • 36624 user
  • 最終掲載日:2023/06/05 18:47
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

 本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全677部分)
  • 40452 user
  • 最終掲載日:2017/03/12 12:18
乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です

男が主役の悪役令嬢物!? 異世界に転生した「リオン」は、貧乏男爵家の三男坊として前世でプレイさせられた「あの乙女ゲーの世界」で生きることに。 そこは大地が浮か//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全176部分)
  • 36178 user
  • 最終掲載日:2019/10/15 00:00
とんでもスキルで異世界放浪メシ

★アニメ化決定! 2023年1月よりテレビ東京ほかにて放送開始!★ ■■■4月25日 書籍14巻発売!■■■ ❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍13巻まで発//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全646部分)
  • 54538 user
  • 最終掲載日:2023/04/17 23:39
八男って、それはないでしょう! 

平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全206部分)
  • 51245 user
  • 最終掲載日:2020/11/15 00:08
聖者無双 ~サラリーマン、異世界で生き残るために歩む道~

地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全416部分)
  • 37032 user
  • 最終掲載日:2022/02/28 20:00
ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~

山田健一は35歳のサラリーマンだ。やり込み好きで普段からゲームに熱中していたが、昨今のヌルゲー仕様の時代の流れに嘆いた。 そんな中、『やり込み好きのあなたへ』と//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全588部分)
  • 36216 user
  • 最終掲載日:2023/06/11 18:00
真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました

 勇者の加護を持つ少女と魔王が戦うファンタジー世界。その世界で、初期レベルだけが高い『導き手』の加護を持つレッドは、妹である勇者の初期パーティーとして戦ってきた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全177部分)
  • 35505 user
  • 最終掲載日:2021/11/17 13:40
シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜

世に100の神ゲーあれば、世に1000のクソゲーが存在する。 バグ、エラー、テクスチャ崩壊、矛盾シナリオ………大衆に忌避と後悔を刻み込むゲームというカテゴリにお//

  • VRゲーム〔SF〕
  • 連載(全874部分)
  • 35514 user
  • 最終掲載日:2023/04/20 19:43
望まぬ不死の冒険者

辺境で万年銅級冒険者をしていた主人公、レント。彼は運悪く、迷宮の奥で強大な魔物に出会い、敗北し、そして気づくと骨人《スケルトン》になっていた。このままで街にすら//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全665部分)
  • 40389 user
  • 最終掲載日:2023/05/23 20:32
神達に拾われた男(改訂版)

●TVアニメ、シーズン1、2ともに配信中です! ●シリーズ累計370万部突破! ●書籍1~12巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中です。 ●コミカライズ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全302部分)
  • 36031 user
  • 最終掲載日:2023/06/10 16:00
LV999の村人

 この世界には、レベルという概念が存在する。  モンスター討伐を生業としている者達以外、そのほとんどがLV1から5の間程度でしかない。  また、誰もがモンス//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全441部分)
  • 40816 user
  • 最終掲載日:2019/11/28 19:45
【アニメ放送中!】陰の実力者になりたくて!【web版】

【web版と書籍版は途中からストーリーが分岐します】  11月29日、3DアニメーションRPG『陰の実力者になりたくて!マスターオブガーデン』(カゲマス)サ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全206部分)
  • 48669 user
  • 最終掲載日:2022/11/26 22:28
異世界迷宮で奴隷ハーレムを

ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全225部分)
  • 43190 user
  • 最終掲載日:2020/12/27 20:00
盾の勇者の成り上がり

《アニメ公式サイト》http://shieldhero-anime.jp/ ※WEB版と書籍版、アニメ版では内容に差異があります。 盾の勇者として異世界に召還さ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全1153部分)
  • 59851 user
  • 最終掲載日:2023/06/13 10:00
私、能力は平均値でって言ったよね!

アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。  自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全611部分)
  • 42348 user
  • 最終掲載日:2023/06/13 00:00
転生したらスライムだった件

突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全304部分)
  • 81059 user
  • 最終掲載日:2020/07/04 00:00
金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~

『金色の文字使い』は「コンジキのワードマスター」と読んで下さい。 あらすじ  ある日、主人公である丘村日色は異世界へと飛ばされた。四人の勇者に巻き込まれて召喚//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全253部分)
  • 35810 user
  • 最終掲載日:2021/08/06 12:00
賢者の孫

 あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。  世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全311部分)
  • 43602 user
  • 最終掲載日:2022/11/18 23:55
デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )

2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版27巻+EX2巻+特装巻、コミカライズ版14巻+EX巻+デスマ幸腹曲1巻+アンソロジー//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全717部分)
  • 58119 user
  • 最終掲載日:2023/06/09 18:00
無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全286部分)
  • 78100 user
  • 最終掲載日:2015/04/03 23:00
Knight's & Magic

メカヲタ社会人が異世界に転生。 その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。 *お知らせ* カクヨムにも//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全208部分)
  • 36789 user
  • 最終掲載日:2022/09/20 12:00
ありふれた職業で世界最強

クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全456部分)
  • 68375 user
  • 最終掲載日:2022/12/31 21:00
異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~

 放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。  呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全325部分)
  • 35470 user
  • 最終掲載日:2023/06/10 00:00