東京弁護士会が警視庁に送った「異例」の警告書 天皇制を批判した男性に公然と行われた尾行・監視
2023.6.10
3月22日、1通の文書が書留で警視庁に届いた。宛先は「警視庁警視総監 小島裕史殿」、発信者は「東京弁護士会会長 伊井和彦」である。
「人権救済申立事件について(警告)」という標題に続き「当会は、申立人V氏からの人権救済申立事件について、当会人権擁護委員会の調査の結果、貴庁に対し下記のとおり警告します」と書かれている。
東京弁護士会によると、一般に人権侵害が認められた場合、侵害した側への措置は「要望、勧告、警告の3種類があり、警告が最も強い結論」だという。警察は社会秩序を維持し、市民の生命と財産、安全を守るのが仕事だ。それなのに人権侵害で警告を受けるとは、穏やかではない。いったい何があったのか。(共同通信=佐々木央)
半年間、公然と尾行・監視
警視庁に送られた東京弁護士会の警告書を読む。最初に「警告の趣旨」として概要がまとめられている。
貴庁所属の警察官らは、貴庁の職務活動として、2013年10月11日から2014年4月17日までの間に(中略)1人または複数により申立人を公然と尾行・監視する等の行為を行った。(中略)申立人のプライバシー権、表現の自由、思想・良心の自由を侵害する違法な行為であり、重大な人権侵害行為である。よって、当会は貴庁に対し、貴庁自身が上述のような人権侵害行為の重大性を十分に認識・反省した上で貴庁所属の警察官への指導・教育を徹底するなどして、今後、貴庁の警察官がこのような人権侵害を行わないよう強く警告する。
申立人のVさんが半年にわたり、公然と尾行・監視されたのだという。Vさんはよほど悪いことをしたのか、あるいは、しそうに見えたのか。尾行・監視は密かに行われるものではないか。公然と尾行されるとはどういうことか。そこで「警告の理由」を読み進めると尾行・監視に先行する事実が記載されていた。
沿道で「もう来るな」の横断幕、4日後に始まった尾行・監視
2013年10月に秋田県と東京都で国民体育大会が開催された。当時の天皇皇后夫妻が競技を観戦し終え、車で帰ろうとする際、Vさんは沿道で「もう来るな W市民」とマジックで書いた横断幕を掲げた。警告書は「1人で」「平穏な態様で」と状況を記し、実力で抗議したのではないことを示す。続く部分はそのまま引用する。
ところが、申立人は、私服刑事に両腕を掴まれて待機を命じられた。その後、数十人の私服刑事に取り囲まれ、その場に拘束されたほか、質問を浴びせられたり、非難等をされたりした。申立人が、大声で抗議し続けたところ、20分ないし30分後に解放された。
尾行・監視が始まったのはその4日後だった。
その態様は、遠くから尾行・監視する場合もあれば、申立人が認識しうる形で申立人のすぐ近くに迫るなどして尾行・監視することもあった。また、申立人の行動を監視している旨告げたり、必要もないのに申立人の就業先をわざと訪ねたり、申立人やその家族である幼い娘の写真を撮影する等の行為を行った。
Vさん自身や友人らが撮影した画像から、尾行・監視に使われた車のナンバーが警察車両と一致。尾行・監視についても客観的な裏付けがあることなどから、東京弁護士会はVさんの供述は「信用できる」と判断した。
そこで2015年9月4日、警視庁に照会書を送り回答を求めた。しかし、10月2日に届いた回答は「ご依頼の照会事項につきましては、貴意に沿いかねます」と、全ての照会事項についての回答を拒むものだった。
目的は抗議活動への報復・嫌がらせ
警告書は「このような貴庁の回答拒否は、当会の行う人権救済活動の目的、趣旨に照らし、きわめて遺憾であるといわざるをえない」と批判する。その上で、尾行・監視行為の法的な評価に入る。
Vさんは抗議活動をしただけで、犯罪行為はしておらず、警察の事情聴取も受けていない。捜査の必要性はないことから、尾行・監視の目的は(1)抗議活動への報復・嫌がらせ(2)心理的圧迫を加え、将来的にこうした抗議活動をやめさせる(3)Vさんについての情報収集―が考えられるとし「正当な目的や必要性、相当性は到底認められず、違法であることは明らか」と断じる。
では、この違法行為によってどのような権利が損なわれたのか。まず、プライバシー権を上げ、正当な理由なく日常生活が公権力に監視されたとして、侵害を認めた。
次いで表現の自由について検討し、Vさんは「天皇制に反対の考えをもっており、天皇はそのような市民がいることを知るべきだ、との思想(考え)のもとに」抗議活動をした。これは表現の自由の一形態であり、警備活動を妨げるものではなく、法令に抵触するものでもなかったとする。ところが執拗な尾行監視を受けた。
客観的にみて、同様な行為をためらわせるのに十分な威迫力を持つ。Vさんも精神的苦痛を感じており、既に萎縮効果が発生しているとして、表現の自由の侵害も認めた。
警告書は最後に思想・良心の自由について検討する。
天皇制や天皇に対し、Vさんのような思想を持つことは憲法が保障している。ところが、この思想の表現として抗議活動を行ったら、尾行・監視された。そこに正当性はなく、目的は報復や嫌がらせ、心理的圧迫であるから、思想・良心の自由も侵害すると述べる。
不条理な「カフカ的世界」
Vさんに話を聞いた。Vさんは当時、日野市在住だったので、警告書が「W市民」と隠した部分は「日野市民」だったという。2013年10月1日付の市の広報に「天皇皇后両陛下行幸啓」「市民の方には、奉送迎の場所を設け、日章旗の小旗を配布します」と奉送迎を呼びかける記事が載った。それを読み、日野市民として抗議しようと思い立つ。
Vさんは民主主義や自由平等の観点から天皇制はやめるべきだと考えてきた。少数でもそういう市民がいることを知らせたいと思った。もう一つの理由は、歓迎の意思表示が許されるなら、当然反対の意思表示も許されるべきだと考えたからだ。三つ目の理由は、訪問先が「市民の森・ふれあいホール」だったこと。国民体育大会のために巨額の市費をつぎ込んで建設され、是非や運営をめぐって議論が続く施設への訪問は、議論に終止符を打つための政治利用ではないかと疑った。
Vさんは当時30代。「3~4歳だった子どもがいる時に刑事が現れるのは一番困りました」。ショックだったのは、子どもの保育園の運動会の時、刑事2人が園庭の柵のすぐ外で最初から最後までこちらを監視していたことだ。「駅で子どもと一緒にいる時、正面から写真を撮られたこともありました」
いつでも刑事に見られている。いつまで続くんだろう。恐怖心が去らなかった。
「姿を現す刑事は2~3人だけれど、バックアップも同数ぐらいいたと思います」とVさん。横断幕(といっても縦43センチ、横65センチほどのタオル程度の大きさだ)を掲げただけの自分の抗議行動に対して、それだけの人を割くのは合理的とは思えず、不条理な「カフカ的世界」に迷い込んだような気持ちだった。だが、いまは天皇制こそが合理性を超えているのだと気づいたという。
監視社会・思想統制の恐れ
2014年3月に地域の仲間と尾行・監視への反対運動を組織した。東京弁護士会に人権救済申立を郵送したのは14年4月。同年5月以降、露骨な密着尾行はなくなった。
東京弁護士会が警告書の最後に述べる「結論」は重要だと思うので全文引用する。
以上のとおり、本件尾行行為等は、重大な人権侵害行為である。また、本件尾行行為等が、申立人のみならず申立人以外の国民に対しても行われるとすれば、国家による監視社会の形成・思想統制につながりかねず、民主主義の根本を揺るがす深刻な事態を招くことになる。よって、当会は貴庁に対し、警告の趣旨記載のとおり警告する。