日本が“同調しなければ生きていけない社会”になっている問題について
文春オンライン / 2023年6月13日 6時0分
写真はイメージ ©iStock.com
日本は同調圧力が強い社会だと言われる。このあたりの分析や論考は鴻上尚史氏と佐藤直樹氏著『 同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか 』(講談社現代新書)では世間そのものが同調圧力として人々を抑圧する姿をコロナ禍における自粛という名の強制などを例に描いている。またコロナ前に出版された前川喜平氏、望月衣塑子氏、マーティン・ファクラー氏『 同調圧力 』(角川新書)では教育や言論の自由といった観点から日本社会での同調圧力について自らの経験を踏まえて論じている。
たしかに日本社会には多かれ少なかれ彼らが指摘するような、いわば無言の圧力とでもいったような雰囲気があることは、日々の生活の中でも感じられる。少しでも一般社会と異なる言動をすると、まずは周囲から「ちょっと変わった人」あるいは「あの人変人よね」と言われる。変わった人、変人といった表現には決してポジティブな意味はない。また出自や風貌などで少しでも日本スタンダードと異なる面を見せると、とたんに相手の警戒心が高まるのがわかる。
自分と違う相手に不安を感じる人々
私自身は父親の仕事の関係で米国に生まれ、幼少期に日本に戻った今風にいう帰国子女だ。今ではその数が大幅に増え、帰国子女で活躍する事例がたくさん出てきたために帰国子女は一定の市民権(一部の憧れも含め)を得ているが、私が家族とともに帰国した1960年代では全くの「異星人」扱いをされた記憶しかない。兄は「日本語をしゃべれない変なやつ」として学校ではいじめられたらしい。私は幼少期に帰国した分だけ日本語の習得は早く、クラスになじむことができたものの、極力自分が外国生まれであることを隠し通してきた。
自身の出自をさらけ出し、人と異なる意見を表明できるようになったのは、独立起業して業界の中である程度知名度があがったからにほかならない。日本人は自分たちと少しでも違う(と感じる)人たちがそばにいることに、程度こそ違え一定の不安と恐怖を感じる国民だと思うからだ。
しかしこれを少し違った角度から見ると、日本人は同調圧力に耐えて生きているのではなく、むしろ「同調すること」を好んでいる、つまり社会に「同期化すること」にこのうえのない安心感を抱く国民なのではないかと思われる。
企業という「村社会」にいかに同調できるか
私はいくつかの大企業でサラリーマンを経験したが、突出した能力(私が持っていたかどうかは不明だが)を発揮することよりも、企業という「村社会」にいかに同調できるかがまずは求められたような気がする。社内では同僚や同期生とは争うことはなく(実は水面下ではあるのだろうが)決してそれを表に出さないことが出世するコツであることは、大企業を辞めて外から見て気づいたことだ。
いたずらに職場で言い争いをしても仕方がない。上司には忠実に、会社の命令には従順にしていることは、毎日の些細な愚痴や文句は別として、組織というゆりかごの中にしっかりと身を置く安心を自らに求めているともいえるのだ。
「いいね」を押すだけで仲間に
このことを世の中に置き換えてみるとさらにその像は鮮明になる。社会と同調、同期化するためには涙ぐましい努力が必要だ。みんなが「いいね」といった飲食店には必ず行ってみることだ。飲み会のお店を予約する幹事は、まずはSNS上で、星の数が多いところを血眼になって検索する。★の多いお店を予約さえしていれば、たとえそのお店の味がイマイチだったとしても、それほど文句を言われることがないからだ。だってそれほどの食通がメンバーにいるわけでもないのだから無難に選択するのはSNSでの評価だ。友達との集まりや異性とのデートにおいても全く同様の行動をとることが未然に事故を防ぐことになる。
ましてや芸能人が通っているだとか、料理人がYouTubeで人気だなどといった特典があればもはや、その店の雰囲気やそもそもの味の好みなどといったものはどうでもよいことになる。いっしょになって「いいね」を押すだけでみんなの仲間として認知されるからだ。行列ができる飲食店に自分も並ぶことで世の中の多くの人が支持していることと同じように行動していることに安心を得ているのである。
先日のゴールデンウィーク。メディアでは空港や駅での大混雑、高速道路での大渋滞をまるで毎年のイベントでもあるかのように伝える。今年はとりわけコロナ禍での自粛が緩んだことも報道を元気づけた。でも考えてもみれば以前に比べて休暇も取りやすくなり、休暇のスタイルも多様化しているのになぜみんな嬉々として一番混む時期に、電車や飛行機に乗りたがり、渋滞と分かっている高速道路に無謀にも車をつっこませるのだろうか。
マイクを向けられて「いやー、すごいですね。もう疲れちゃいました」などと笑顔で答えるさまは風物詩といえばそれまでだが、これはもうわざわざこの大変な事態をみんなで楽しんでいるとしか言いようのない光景にも見える。
同調をこよなく愛する日本人
国民全員が固唾をのんだとされるWBC(ワールドベースボールクラシック)。大谷選手の活躍は野球をよく観る私から見てもすばらしいプレーだった。だが、一度大谷選手が素晴らしいとなると、日本人として全員が彼を讃えあい、その後の一挙手一投足や個人としての性格や態度にももろ手を挙げて賛辞を送る姿はやや異様にも映る。実は賛辞を送る多くの人が野球のルールすらよく知らないのにだ。別にそれを批判する必要はないが、これもみんなの話題についていきたい、みんなと一緒に喜ぶことが是という、同調することをこよなく愛する日本人の特徴がよく出ているように思われる。
サッカーワールドカップで日本人観客がごみを拾い集めていたという報道が出た瞬間に、日本人であればごみをすべて掃除して帰ることにこの上ない喜びを感じるようになる。これもその行為はもちろん賞賛されるものではあるが、日本人全員がこのような美しい公共心があるわけでもあるまい。
若い人を中心に倍速でドラマや映画を観るのも巷でいわれているようなコスパあるいはタイパのせいともいえるが、やはりみんなの話題についていくことの安心感を求めているようにも見える。
同調が転じて極端なバッシングにも
逆にこうした同調愛が極端なバッシングにつながるのも日本社会の特徴だ。芸能人やスポーツ選手の不倫などの不祥事に対する激しいバッシングも、みんながディスると嵩にかかって責め立てる。それもみんなが「ひどいね」となると自分もついでに「ひどいね」を押すことによって存在価値を保つのにも似ている。
芸能人やスポーツ選手が何も聖人君子であるはずもないが、こうした不祥事を知るとむらむらと正義感が沸き起こり、社会から抹殺しようとするのは、日本では特に顕著である。
大谷選手の対極にあるのが藤浪選手かもしれない。同じように大リーグに挑戦する姿は、結果が出ていない現状とはいえ、誰からも批判される対象ではないはずだ。結果はプロである以上彼が背負えばよい話であり、「ちきしょう、失敗した」(と思うかどうかは別として)と言えるのは彼を採用した球団側の話だろう。彼が何か悪いことをしたわけでももちろんないはずだ。さらには彼のことを個人的に知っているわけでもないのに、「性格が悪い」だの「コーチの言うことを聞かないからだ」などと知りもしないこと(誰かがネット上でつぶやいたこと)までネット上で言葉を吐き散らかすのは、みんながディスっていることに対して自分も一枚加わることで安心を得ているのである。
このようにみてくると、どうも日本社会は海の中の世界でいえば、小魚がもっと大きな魚からの襲撃からひたすら身を守るために群れを作って泳いでいる姿に重なる。どこに向かって泳いでいくかについては多くの小魚は気づいてはいない。だが群れの動くほうへひたすら集団から遅れないようについていくことに安心・安全を重ね合わせているのだ。日本にリーダー像が見えなくなって久しいのは小魚の群れ化の象徴なのであろう。
失われた30年の間に、方向性を見失った日本人は身を寄せ合って生きている。だから泳ぐ方向から逸脱してはならないし、「逸脱しようよ」などと言い出そうものなら群れから仲間外れにされるのである。小魚それぞれが物事を判断したり、考えたりしては群れが保てないのだ。以前は群れを逸脱するどころか、餌(プランクトン)が豊富な新しい環境の海を見つけ、そこに群れを導く魚たちがいたのであろうが、日本を率いる政治家も企業も少なくなってしまっているのが今の日本社会なのである。そんな社会での同調は、何も圧力などではない、そうせざるを得ず、またそうすることが安心安全なのだとひたすら信じる姿なのかもしれない。
(牧野 知弘)
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