最終話 「君を探して」



  …………見事に当てが外れた。


「……どうだった? その……映画」


「乙女だなぁ、って。」


「へ、」


「カケルって、すっごい乙女なんだなぁって」


「そ、そんなにかぁ?」


「だって……ねえ?」


 いつも以上に無邪気な顔で、問いかけてくる時雨。いたずらっぽい表情ってやつだ。

 オレたっての願いにより他県の繁華街まで訪れ(なんでかって? 下手な変装を取っ払ったありのままで街を歩いてみたいからだよ)、まずは王道の映画館へと足を運んだのだ。

 エスコートするからには、映画の内容もバッチリ決めてきた。

 すでに予約してあるチケットを颯爽と渡す、と、ここまでは良い。



『ぷっ』



 タイトルを見て噴き出された。

 オレのHPは一瞬でゼロになったね。せめて「へ〜、いいんじゃない」くらいの言葉を期待してた。……やっぱ背伸びしすぎたかな。甘ったる〜〜〜い大人のラブロマンスは。

 だからタイトルは伏せておく。別に恥ずかしい単語が並んでいるわけじゃなくありふれてキャッチーなタイトルだったけれど。もう観たくないよ。

 ウブなオレじゃあ、顔を真っ赤にしてしまうような情熱的なキスシーンもな。


「つってもさ」オレは半分ばつ印のついた電光掲示板を見やり、「他にはガチガチのアクション洋画か安っぽいホラーしかやってねえし、残ったアニメといえば『夏はバクモン‼︎』筆頭の子供向けだけじゃねえか」


「……一応は、ほら。あたしたちが大好きなのもあるじゃない?


「あるけどよ。でもそれは……」


「まぁね」


「「飽きるほど観たしな/飽きるほど観たしね」」



 例の如くの、過去アニメ映画再上映。

 現在、オレと時雨を繋いだと言って過言ではない『君を探して』が放映されていた。

 このドタバタの間に彰人から「続編、来春公開決定だって〜」という公式三日前リーク(普通に心配になるレベル)により、オレたちは見事に浮足だった。塞ぎ込みがちになってしまった時雨が久しぶりに顔を綻ばせた日にゃ、彰人を抱きしめてやりたい気分になったぜ。

 事件後、不幸中の幸いというべきか——ちょいと使い方間違えてるかもだけど——自然な形で一ノ瀬家に迎えられたオレは、時雨の部屋に入り浸っていたため、記念とばかりに『君を探して』鑑賞会を決行したのだ。

 誇張抜きで三夜連続、副音声など諸々を駆使して大いに『君さが』世界を満喫した。


 で、リバイバルを知ったわけだ。

 彰人に理不尽な文句メールを叩きつけてやったことだけは覚えてる。


「……腹減ったし、飯食いに行くか」


 良い感じに誤魔化せそうなので、話をシフトさせる。

「そうだね。今度はどんなところを予約してるの?」


「高級料亭」


「重っ! しかもまだお昼だし」


「冗談。モックとタイゼ、どっちがいい?」


「今日はカケルが決めてって言ったでしょ」


「そーだったな」


 からんからんと風情のある音を立てて、映画館の扉を開いていく。ムンッとする熱気がオレたちの体に打ち付けられた。

 夏だ。

 それ以外に言うことはない。

 ガンガンに決まったクーラーに二時間半以上浸っていた肉体はかすかな拒絶反応を起こしているし、何より眩しい。


「あっつー。日傘とか持ってくればよかったなぁ」


「時雨って、そんなキャラじゃねえだろ」


「あっ、失礼だなー。女の子がどれだけお肌に気を遣ってるかしらないくせに〜」


「し、知ってるさ。日焼け止め塗るとかだろ?」


「それだけなわけないでしょ、ばかぁ!」


 ぽかっと軽く叩かれる。

 こんな軽いボディタッチでさえ、普通になってしまった。

 そう考えると人間の成長ってのは恐ろしい。時雨だから、かもだけどな。


「やべえ。改めて考えると普通に不思議だぜ。このオレが女の子と夏の喧騒を共にしているなんて……」


「夏の……なに?」


「あー、……時雨と一緒に夏休み過ごすなんて前まで考えらんなかったな、ってこと」


 炎天下、汗かいて熱いって文句言い合って。

 なにこれほんとエモい。


「そんなことないよ?」


 と、時雨はちょこんと首を傾げて、


 ふふっ、と。



「あたしはずっと、カケルを探してたからさ」



 ああ。

 本当に。はにかんだ顔が似合うなぁ。


「……主人公側の台詞だろ、それ」


「そうだけどー、あたしはこうやってカケルと歩いたりするのが夢だったんだもん」


「そうかよ」


 探してた、か。

 そりゃこっちの台詞だぜ。

 クラスで一番「可愛くて」、表情も逐一コロコロ「変えて」、ちょっとメンタル「弱い」けれど、全部が全部、愛らしい。

 そんな彼女と過ごす日常が、楽しい。


 ああ。

 なんというか言わざるを得ない。






 ——オレの彼女は理想すぎる。





                      Fin


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