第19話 「端末」



 さて、「その後」についてオレから語るべきことは多くない。


 まず、時雨の家に着いた後、当たり前だが警察から電話がかかってきて、事情聴取をしたいと言われた。

 事が事なので母さんにも連絡が行き、オレは足の怪我もあって迎えに来てもらったその足で病院へ行くことに(思いの外、深い傷だったみたいで何針か縫うことになった)。


 なので、事件の顛末は全て時雨から聞いた話だ。

 犯人はいわゆる統合失調症。詳しくは知らないが精神的な病気というのは聞いたことがある。


 時雨を襲った理由は、「自分の母親に見えたから」らしい。

 なんでも幼少期から母親に壮絶な虐待を受けていたようで、彼が二十歳になった時、その反動故か母親を刺し殺してしまったそうだ。


 ただ、「敵」を倒したところで全てが終わるわけでもない。


 むしろ、始まりだったのだろう。

 それは精神病院から脱走した彼が今回の凶行に走ったことから明らかだ。


 同情の余地はあるが、被害者からすればそんなの関係ない。知識でしかなかった「正常な判断能力の有無によって〜」で被害者が泣き寝入りする未来が訪れたのかもしれないと思うと恐ろしい。


 いや、なってるのか。

 一応、オレ被害者だし。


 実際、奴が行ったところは留置所ではなく、「病院」だという話だった。

 ちなみに今のご時世、こんな事件があれば普通にニュースになる。


 自分が被害者の事件をニュースで観るというのは、なんとも奇妙な体験だった。願わくばもっとハッピーな話題でニュースになりたいものだ。

 それに、名前は出ていないものの地元の人間ならとっくに気づいている。同じ学校の奴らにも、噂やら何やらが尾鰭をついて回っているかもしれない。


 これは非常に厄介な問題だ。

 今が夏休み中だってことが、不幸中の幸いか。夏休み明けにみんな忘れてるんならそれでよし。ダメなら、彰人に頼み込んで、情報操作してもらうことも検討しなきゃならねえかもな。


 …………そして、表向きの被害者がオレであれば、むしろ一番のトラウマを植え付けられたであろう真の被害者の時雨。


 事件直後は脳内物質やらなんやらの影響で大したことはなさそうに見えたが、仮にも大の男に包丁で刺されかけたのだ。はっきり言って時雨だからとかじゃなくて、普通にやべえ。

 病院に行ったり警察に行ったり、諸々を終わらした後、すぐに時雨の家にお見舞いに行ったが、全く外に出たがらないということだった。


 それを教えてくれたのは、もちろん時雨の親父さんだ。お父さんって言ったら、いくら心の中だとしても怒られるだろう。だから親父さん。

 初めて会った彼は、まあ、特筆すべきこともない普通に娘を心配する、普通に真面目そうな父親だった。

 当然、事の経緯を説明するにはオレと時雨の関係を語らずというわけにもいかないので、オレが娘のなんなのかを彼は知っている。


 感謝はされた。思ってたより。

 体が勝手に動いたんですと、無難すぎるけど本当の理由を答えておいた。この件についてはもう語りたくない。空気を考えてみてくれ。ある意味、地獄だぞ。


 まあ、それはさておき時雨の方だ。

 料理好きの彼女が包丁を手に取るのが怖くなったという、本人的にも彼氏的にもかなりショックな後遺症はあったものの、あのオタク部屋(略してオ部屋)からひょっこりと顔を出した時雨は、顔色は悪くなかった。


 それに、あんな悲劇があったからといってオレたちの関係性が変わることはなかったし、直前にやらかした喧嘩のことも、笑って思い出話にできた。


 一応、忘れていたことを謝ったところ。

 お詫びにどこか連れてってと言われる。


 時雨の行きたいところじゃなく、オレの連れて行きたいところがいいらしい。つまりエスコートしろってわけだ。なんだかんだ今までは、二人で相談した結果だったしな。


 ふう。相手が時雨じゃなかったらスマホで丸一週間かけてプランを練ろうもんだが、……なに、相手は生粋のオタク少女・一ノ瀬時雨だ。


 ——原点回帰といこうじゃないか。


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