第16話 「思い出の場所」



 神社を出て電車に乗ったオレたちは、一ノ瀬家の最寄駅へと降り立った。


 ただ時雨を送るために来たわけじゃない。

 近くに、彼女がどうしても寄りたいところがあるらしいのだ。


「こっちこっち」


 自宅ポストにウィッグを突っ込むというストーカーの嫌がらせみたいな行為をしてきたので(本当に自分の家だからセーフな感じ)、時雨の髪は今、元の明るい茶色に戻っている。


 さっきまでは新鮮さに圧倒されていたけれど、華やかな時雨には、派手すぎず、けれど少し垢抜けたといったこの髪色が似合う。


「ここに来るのも久々だなー」


 キョロキョロとまるで初めてきたみたいに辺りを見渡して楽しそうな時雨。


 やはり公園とは子供の遊び場であるらしく、夜もそこそこな二〇時あたりでは、人っ子一人いなかった。都会じゃないってのもあるだろうけど、不良みたいなのもいない。


 あ、オレはさておきね。


「やっぱりあの滑り台の上だよね。行こ、カケル!」

「おお」


 連れられて、滑り台の頂点まで上がっていく。大人数が滑れる広がった形で、階段ではなくロッククライミングみたいな岩が登るとっかかりだ。やはりというべきか、着物に下駄な時雨は苦労しており、むしろ落ちないか心配だった。


 とはいえ小学生が遊ぶような遊具、なんとか登り切り息をついた時雨は、


「あ〜、懐かしい。大きくなったら、なんでこーいうのやらなくなるのかな?」


「さぁな。恥ずかしいからじゃねえの?」


 本当になんでか、不思議と急に遊ばなくなる。オレの場合は引っ越したからだけどな。


「昔はよく、遊んだよね」


「そうだな。小学生くらいの時は、やっぱ公園だよな。携帯ゲームとか買ってもらえなかったし」


「…………。……お父さんとも、よく遊んだなぁ」


「ふーん、その時は夜遅くまで働いてなかったんだな」


「昔は非常勤だったらしいからね。実はお母さんの方が年収高かったんだよ?」


「へぇ……まあ、そんな家も、今時は珍しくないのかもな」


 ということは、娘を養うために夜遅くまで今も働いているのかもしれない。


「どうなんだろうね。でも、過保護だなーとは思う。今日のお祭りだって、どこへ誰と行くんだ、何時に帰ってくるとかめちゃくちゃ聞いてきたし」


「はは、いいお父さんじゃん」


 プンスカとしている時雨にはそう返すが、内心では穏やかじゃない。

 まだ気は早いんだけど、もし付き合ってることを言うってなったら怖えなぁ。


 オレの微妙な表情をどう受け取ったのか、


「カケルは? カケルは、どんな子供だった?」


「オレは……怖がられることが多かった以外は、普通の子供だったけどなぁ」


「詳しく聞かせてよ。カケルのことは、もっといろいろ知りたいの。彼女なんだしね」


 うわぁ。そうした目で見られてしまったら、なんでも話さなきゃいけない気分になるものだ。


「つっても、小学生の時の思い出なんて、限られてるぞ。引っ越してからもずっとボッチだったし、今ようやく人脈が広がり始めたっていうか……」


「その前だよ。引っ越す前、……友達とか、いたんでしょ?」


「そりゃ、ある意味、一番純粋な年齢だからな。それなりにはいたよ。あ、あの頃は緊張とかなかったし、女の子とも仲良かったりしたな。懐かしいぜ」


 なんで成長するに連れて、ドンドン喋れなくなるんだろうね? なにあの不思議現象。

 と、一人で突っ込んでいると、時雨の様子が少しおかしい。歯を噛み締めて、ちょっとだけ息が荒い。


「時雨?」


「女の子と、仲良かったんだ?」


「え、ああ……。いや、でも小二とかの時だぞ?」


「その子のこと、覚えてる? 名前とか」


 まさか嫉妬してくれてんですか? とも考えたが、雰囲気的にどうもそういうわけじゃないらしい。


「名前とかは、覚えてねえな。悪い、完璧に忘れてる」


「……そっか。そういえばさ、カケルって……あの、言いにくいんだけど、今はお母さんと一緒に暮らしてるんだよね」


「え、ああ、そうだよ」


「苗字とか、変わったりした?」


「変わったよ。母さんは変えたくなかったみたいだけど、いろいろと都合でな。旧姓はたしか『陣代』……だったかな。友達には昔、ダイちゃんなんて呼ばれてたっけ。思い出すと懐かしいな」


 そう、小学二年生までは本当によかった。

 父もいて、当然母もいて、友達にと恵まれて、女の子だって——。

 もう、遠い思い出になってしまったけれど。


「…………う、して」


「え?」


「どうして?」


 時雨が、掠れた声で言う。

 目の端には、雫。


「どうしてって……時雨?」



「そこまでわかってて、どーして思い出してくれないのよ! ばかー!」



 オレを軽く突き飛ばした時雨は、振り切るように滑り台を落ちていく。

 その先の砂場で足を引っ掛けたりとしていたけれど、下駄でできる限り最大限の速度で走っている。


「お、おい、時雨!」


 あまりに突然のことにしばらく絶句していたけれど、ようやくそれだけ叫ぶ。


 が、

 結局、その直後に時雨は公園から飛び出してしまった……。


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