第14話 「変装チェック」



 さてさてやってまいりました。

 学生の希望、夏休み。


 課題? 宿題? そんなもんは知らん。なんせ夏休みに入る前に終わらしたからな。かぁー、やっぱ義務教育と違って、高校は融通が効くからいいね。ワークブックの答え丸写しすりゃあ、終わりだ。コツはところどころ間違えること! 


 そうして、自由を謳歌すること一週間。


 …………これでいいのか? 夏休み。


 一日中、ゲーム・アニメ・マンガのオタク三大神器に溺れつつ、ふとそう思った。


 朝方に寝て昼前に起きる、エリートニートのルーチンワーク。


 コレクター趣味がないオレは金に執着するわけでもなくバイトもしていないし、マジでパソコン欲しかった時、短期で働いて以来だ。


 かといって友達とエンジョイかといえば、そうでもない。


 相棒あきとは家族で海外に行ってるし(ブルジョワめ!)、最近できた友達であるヒロミさんも、うら若き女の子であるため普通に誘いづらい。ってか、未だに本名すら聞いてねぇ。


 そして最後の頼み綱。時雨。


 うん。知ってたよ。オレみたいな、ほぼっち(ほぼ、ボッチの略称)じゃないからね。付き合いあるよ、そりゃ。部活とか入ってるわけでもねぇのに、よくそんな知り合いいるわ。


 彼氏持ちであることを隠しているが故のことであると、そう思うことがオレにできる唯一の慰めだった。


 というわけで。

 もう一度言おう、一週間。

 オレは自宅に引きこもっていたのだった。

 うーん、本格的にニート候補生だにゃ、こりゃ。


 だけどな、今宵は違う。

 本日八月五日はそう、かねてより時雨と約束していたお祭りデートの日だ。


 同級生とバッティングする可能性があるためコソコソしないといけないのは悲しみだが、灰色の夏休みに息を吹き込むには十分。


「あー、すげぇな、アインシュタイン。どうしてこういう時、時間の流れって死ぬほど遅く感じるんだろ」


 楽しみすぎて下手に早く起きてしまった分、相対性理論の正しさを自らが証明する形で、オレは時を過ごしていた。


 と……、

 スマホの着信音が鳴る。

 オレが登録している人間は、以下略。ほぼ二択だなと思いつつ、画面を見やる。


 勝った。いや何に?

 画面には、「しぐれ」と映っていた。


「もしもし、どうした?」


 まさか何かトラブルでも? と一抹の不安を覚えつつも、コールに応えた。


『早っ、もう繋がった。カケル、もう起きてたんだ?』


「いま何時だと思ってんだよ。一時だぞ」


『三日前、三時に電話かけた時は寝てたじゃん……』


「あれは事故だ」


 だってね。逆に昼前まで起きてたからね。そりゃ、夕方まで爆睡ですよ。


『まあ、いいけど。……それよりさ、思ったより早く用事終わったから、今からそっち行っていい?』


そっちって、どっちだよ。集合場所か?」


『ち、違うよ。……その……カケルの、家』

「はえ?」


 いま、なんと?


『だから……もちろん迷惑じゃなかったらでいいんだけど! カケルの家にお邪魔させてもらえないかなぁって。……あ、ほら! 変装が上手くできてるかとかのチェックもあるし!』


「…………」


 ばばばっと並べられた時雨の声に、オレはしばし反応できない。


『……ダメ、かな?』


 家。彼女。遊びに、来る。


「……いい、ぞ」


『え?』


「別に……全然、うちは大丈夫だぞ」


『ほんとに? よかったー、って実はもう出かける気満々だったから、断られたどうしようと思った。それじゃ、すぐ行くから待っててね!』


 ぷつり。

 電話は途切れた。

 光る液晶をぼーっと眺めていたオレは、ふと、呟いた。


「女神かよ、マジで」


 女の子が、自宅に遊びに来るって、もう響きだけでやべぇ。



 ただし、一個だけ、とてつもなく大きなせ問題があった。

 本日は土曜日なのだ。世間一般的に休みであることが問題なのだ。

 つまり、親がいる。母ちゃん。


 ありがたいことに会社員として(普通にすげえ)、女手一つでオレを育ててくれている母さんだが、別にブラック企業勤めってわけじゃない。


 週休二日制をちゃんと取ってる会社って、結構いいとこの会社じゃなかろうか。


 ……って、そんなことはどうでもよくて。


 小学生が連れ込む捨て猫じゃなし、そう広くない我が家に女の子をこっそり連れ込むのは無理がある。


 ちなみに時雨のことは結構前に話した。まあ、夜遅くまでゲーム通話を繰り返していたら、言い訳のしようもないというものだ。


 母さんは、ゆっくりお話ししたいのにーとか宣っていたが、頼むからやめてくださいお願いします一生のお願いですと、「一生のお願い」を消費してまで、過干渉することを封じた。


 さて。

 それで時雨の到達予想時刻だが、四五分というところだ。電車五駅分と最寄駅からの徒歩を加味すれば、そんな感じ。


 懇切丁寧にスマホで周辺地図も送ったし、一ノ瀬家みたいな入り組んだ場所にあるわけでもないので、おそらく大丈夫であろう。


 というわけで、

 マイガールフレンドが来るまでの時間のほぼ、部屋のお掃除に費やすことになった。


 女の子にぜってぇ見せたくないもんとかって、みんな今時持ってんのかなぁ。ちなみにオレはある。普通の女の子にはね。時雨はオタクだからまぁ、セーフだな。冷静に考えてエロゲに耐性ある美少女とかどこの貴重動物だよ。


 ……もっとも散らばっていた雑誌類を片付けて掃除機をかけたら、あっけなく掃除は完了してしまう。

 時雨の家の本屋敷(偽りなく)とはやはり違うかった。


 …………そうして待つこと四〇分、ティロンと、メールの着信音が。


 家に親がいる時にチャイムを押されるって、なんか嫌だからな。


 オレの部屋は残念なことに二階にあったので、階段を降りる時に、「時雨ちゃん来たのー?」とか言われたのは、ともかく。


「よう、久しぶりだな」


 勢い笑顔で扉を開けると……、


「おっひさー!」


 の髪を靡かせて、赤い着物に彩られた美少女が、満面の笑みで手を振っていた。


「え…………だれ?」


「誰って、やだなぁ。カケルの歴とした彼女、一ノ瀬時雨だよ!」


 ぷんすかといった感じの可愛い怒り方をしている時雨だが、ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのやら。


 でもとりあえずまずは……、


「お、おまっ。髪の毛どうした」


「えへへー、綺麗な色でしょ?」


「え、染めたの?」


「もう、さすがにそんな冒険はしないよ。ほら、ウィッグ!」


 と、かぱっと髪の毛を持ち上げる時雨。


 な、なるほど。

 ただでさえギャル味があるタイプなのに、ついにスーパーギャルへと進化したかと思ったぜい。


「もしかするまでもなく、変装のため?」


「そーだよ。カケルが文句言いまくるから、こっちだって頑張ったんだよ? このウィッグ結構高かったんだから!」


 そうして、玄関前でわーきゃー騒いでいると、ご近所のおばさんが通る。時雨はこっちを向いているので見えてないが、それはもうすごい目で見ていた。変な噂立ったりしねぇだろうな……。弥生さん家のお子さん、派手な女の子連れ込んでたわよ、みたいな。


 う、うーん聞きたいことまだまだあるけど!


「そ、そうか。よし、とりあえずまぁ、入れよ」


「え、うん!」


 ご近所さんの風評被害(?)を防ぐため、さっさと我が家へ招き入れる。


「お邪魔しまーす」と時雨は元気に挨拶。


 大変素晴らしい行動には間違いないのだが、やめて、と叫びたい。


 当然ながら、「いらっしゃーい」とリビングから顔を出すのは母上。期待に胸を膨らませてといった声で、姿を表した母さんの顔が、時雨の頭を見た瞬間にわずかに固まったのを、オレは見逃さなかった。


「あんたすごいの連れてきたわね」


「うるせ」


 小声の応酬。

 それを時雨が気取れるはずもなく、


「はじめまして! カケルくんと、その、お付き合いをしてる、一ノ瀬時雨っていいます!」


「あらあらご丁寧に。だらしない息子だけど、迷惑かけてない?」


「いえいえ! 普段はたしかにそうかもですけど、いざという時は頼りになりますよ!」


「まあ、ほんとにー?」


 か、母さん?

 ジーッと、やめてくれコールを送り続けているとさすがに気づいたらしい。


「これ以上、時雨ちゃんと話してたら嫉妬されちゃうみたいだから、退散するわね。夕方からは、お祭りに行くんでしょう?」


「はい」


「じゃあ、それまではゆっくりしていってね」


 ……ようやく、一番危惧していた邂逅を終えて、部屋へ。こっちはこっちで緊張するのだった。


「にしても、よくそんな派手な姿で来れたよな。恥ずかしくなかったのか?」


 緊張を紛らわすために、とにかく話しかける。


「そう? お祭りの日だし、中には同じような人もいたよ」


 他にもいたのか。とんでもねぇな。

 それはそうとして、時雨のメンタルが揺れ動く基準が全くわっかんねぇ。

 そして、部屋へ。


「ここがカケルの部屋かー。……なんか普通だね」


「お前、自分の部屋を基準にしてるんじゃないだろうな」


「し、してないよっ。あたしの部屋がひどいのは自分でもわかってるし! カケルだって、エッチなやつとかはあたしが来る前に隠したんじゃないの?」


 と、いたずらに笑う時雨はベッドの下を覗き込んだりしている。


「ベッドの下とかいつの時代だよ」


 なんという古典的な。

 つーか、お前と一緒だ。は全部、押入れの奥にぶち込んでる。


「なーんだ、つまんないの」時雨はぐっと、再び立ち上がって、「まだ二時かー。時間もあることだし——」


「時間もあることだし?」


「ゲームしよっ!」


「……おう!」


 まあ、これが一ノ瀬時雨だ。



 オレたちは夕方まで、いつも通り過ごした……。


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