第13話 「仲間がいるよ」



 無茶苦茶かっこつけたあの日から、三日。

 帰宅後、当然ベッドの上で転がり回って母親に心配されたことはさておいて。

 ごみごみとした駅構内を抜けて、オレと時雨はアキバの地に降り立った。最近は聖地という印象は薄くなったよななどと思っていたが、駅舎の側面にでかでかと描かれたアニメ調のイラストを見るに、ああ、って感じになる。


「こ、ここが秋葉原かぁ」


 都会に出てきた田舎者という表現がふさわしい仕草を平気で行う時雨に、「来たことなかったんだよな?」と、オレはつい口を出す。


「うん。こんなとこに来たら、いっぱい買い物しちゃうからね。でも、もっと早く、変装すること思いつけばよかったなぁ」


 そう仰っている時雨の本日のコーディネートは、無地のシャツにジーンズという、「無難」を極めたものであった。端的に言って、今時の男オタクが誤魔化しのために着るような服である。

 ちょっと勉強してみたと言っていた。とても悲しい勉強があったものである。

 ……などと考えているオレも、似た格好なのはご愛嬌だが。


「それで、カケル。『オフ会』の会場って、結局どこなの?」


「地図、昨日送っただろ?」


「いやぁ、よくわかんなくて……」


「ま、もうすぐ着くから」


 というわけで……オレたちは今、オフ会へと向かっている。

 オレが諸々思案した故に考えついたのが、オタク同士での会話耐性だ。

 自分でも何言ってっかわかんねえが、どうしても過去の影響でオタ友ですら満足に作れない(おま言う禁止)時雨を「慣らす」ため、オフ会への参加を提案したのだ。


「……緊張は……してるよな? どうしても無理なら全然言ってくれていいからな」


「ううん。もちろん怖いけど……全然関係ない人たちだからかな。思ってたよりも平気かも。それに、自分を変えなきゃ、だしね」


「そっか」


 実際。

 ことコミュニケーションにおいては、時雨とオレは比べるまでもない。

 「普段」の自分を発揮できるなら、一時間もすれば友達の一人や二人できそうだ(浅くとも、むしろそれくらいがちょうどいい)。

 発揮できれば。

 だからこの、「彼氏」であるオレが支えになる。

 主催者とのやり取り等、彼女が不得手なことは全部やった。

 何よりも。彼女も変わりたいと、そう言った。

 ならあとは、精一杯頑張るだけだ。

 ちなみに……オフ会のジャンルはエロゲだったりする。

 …………よく考えるとオレたち未成年だけど、そこのところ大丈夫なのかねえ。

 モラルを除くと年齢制限なんてなかったので、たぶん、大丈夫だろう!

 時間に余裕を持って出発していたオレたちは、集合の一時間前に、目的の小ビルへとたどり着いてしまった。


「アキラ、さん? はもういるのかな?」


「『アキラくん』さん、な。集合が二時ってだけで、おそらく幹事のそいつは待機してるだろ」


 「アキラくん」というオレ個人としては曲者ハンドルネームの彼だが、オフ会申請時のメールで簡単に時雨の事情説明をした際には、とても親身になって聞いてくれた(基本男しか来ないような催しなので、話くらいは通しておいたのだ)。

 そいつが男なのは気に食わないが(ハッ! これが嫉妬ってやつ⁉︎)、エロゲのオフ会なんつーハードル高めでクラスの連中に絶対にバレようがなさそうなものを開いてくれたことには感謝だ。


「よし、いくぞ」


「……うん」


 頷く時雨を傍目で見つつ、オフ会場——丸山ビルの中へ。貸切にしているらしい二階へと、階段で向かう。屋内は節電のためか電気がついていない。

 階段を上がってすぐの扉からは、薄暗い空間を照らす明かりが漏れていた。

 もう一度だけ時雨の顔を見て頷き合うと、扉を開ける。

 カチャ——。

 眩しさに目を細めつつ室内を見渡すと、そこは会社の会議室を思わせる作りの空間だった。長方形の机の周りに椅子が並んでいる——パーティー会場らしいとも言えるかもしれない。

 室内には一人、あくせくと働いている青年がいた。


「あ、こんにちは! みんな来るのが早いなぁ……って、え? 女の子⁉︎」


 扉の開閉音を受けて話しかけてきた青年は、さっそく恐ろしいほどに綺麗なツッコミをする。


「ど、どうも……」と、いつもの元気を彼方へと飛ばしてしまっている時雨が、オレの背中の陰で縮こまって挨拶した。


「いやぁ、急に叫んでごめん。エロゲーのオフ会にこんな若い女の子が来ると思わなくて……。君は、……彼氏さん?」


「まあ、はい。彼氏さんです……」


 ぐおー。

 よく考えなくても喋るのが苦手なオレは、よくわからない萌えキャラみたいな口調になってしまった。


「そっか。カップルでの参加も珍しいしね。君も若いけど……ひょっとして高校生?」


「あ、そうです。高校生です」


「はは。正直だね。ほんとは良くないんだろうけど、飲み会とかじゃないからそういうところは安心してよ」


 大学生らしき爽やかお兄さんは、屈託なく笑う。

 そうでした。

 秒で忘れてました。

 エロゲーって高校生やっちゃいけないものなんでした。18禁。ダメ、絶対。

 クソ! さっそくやらかしっぱなしだ。

 時雨もニコニコとはしているものの、オレが一喋る間に最低三は喋る口は閉じたままだし!


「お気遣い、ありがとうございます」


「いやいや。あ、自己紹介をしてなかったね。俺は御影、よろしく。君たちのハンドルネームは?」


「オレがショウで……」


「あたしが、シグです」


 即席で雑なハンドルネームではあるが、ここでのオレたちは、ショウとシグだ。つーか、時雨。一応は頑張ってるんだな。


「ショウ君、シグさん、改めてよろしく」すっごくイケメンに御影さんは笑って、「それでなんだけど、まだ全員が集まるまで時間があるから、よければ設営を手伝って欲しいんだ。イベント概要にも書いてあったと思うけど、例のレクリエーションの準備中でね」


「全然、大丈夫です。手伝います。


「あたしも、やります」


「ありがとう。助かるよ」


 やはり、爽やかに彼は言う。

 今更だが、オレの研ぎ澄まされた悪人顔を見ても一切の拒否感を示さないところも、なによりもイケメン度が高い。

 しかし、一つ。彼のイケメン度とは関係ないところでオレには疑問があった。


「あの、すみません。あなたがアキラくんさんじゃないってことは、御影さんも、オレたちと同じで早く来た感じなんですよね」


「そうだね。アキラくんは今ちょうど飲み物を買いに行ってくれてて——」


 御影さんがそう言った直後。

 再び、扉の開閉音が響く。

 静かな空間で音が鳴れば、どうしても気になってしまうものだ。

 ごく自然にオレは振り向いていた。

 そこに奴は、いた。



「あっれぇ⁉︎ カッケーがどうしてこんなとこに?」



 カッケー。

 そんな超ダサいあだ名でオレを呼ぶ人間は、誇張抜きで世界にたった一人しかいない。

 まごうことなきオレの親友、中岡彰人が立っていた。


「なっ、お前、なっ……」


「えー、なになに。ここ『フレガル、ガチ勢、いざ来れ』のオフ会場なんだけど……カッケーもひょっとして目覚めた?」


 ヘラヘラした様子で近寄ってくる、美形の少年。

 御影さんが言うには、アキラくん。

 アキラ。彰。彰人。

 そういうことかぁーーーーい!


「うう、気まずいよー」


 と、オレの背中から顔を覗かせていた時雨が、ついに完璧に隠れてしまった。無理もねえけど!


「しっかし、彰人お前……今日はシスプリだかアマプリだかのライブに行くって言ってたじゃねえか」


「チケットが取れてたら、ね。だいたいカッケーが言ってるのはエビプリだし、今日行く予定だったのは『朱色の明星』ってグループだし。相変わらずなんも聞いてないよねー」


「マジかよ」


 いやでも仕方ないんですねえ。だってこいつ話長えもん。要点だけ話せってんだ。


「……まあ、こうなっちまったもんはじゃあねえ。改めて、アキラくん。オレたちが事前に相談していたショウとシグだ」


「なんか既視感あるなーって思ったけどそういうことだったんだね」気軽に言った彰人は、くるっと回り込んで、引っ込んじまった時雨へと目を向ける。「改めまして、シグさん。いちフレガルファンとして、僕は君を大歓迎だよ。よろしくね」


「う、うん。なか……あ、違う。アキラくん。よろしく……」


「うんうん。じゃ、ショウ君もよろしくねーって思ったけど別にカッケーでいいよね? 本名じゃないし」


 次にオレを見た彰人がそう言いやがった。


「お前な。第一前からそのダサい呼び名はやめろって言ってんだろ」


「なんでだよ。いいじゃん、カッケー。かっこいいじゃん」


「それが言いたいだけだろ、テメー。言っとくがアキラくんも相当センスねえからな?」


「たしかにアッキーと悩んだんだけどねー。僅差でアキラくんだったよ」


「二パターンしかねえのかよ……」


 と。

 今まで静観していた御影さんが、クスクスっと笑いだした。

 ハッ。つい赤の他人の前でいつものノリを展開しちまった。


「ど、どうしたんすか」


 気まずくなって、時雨と同じくらい縮こまってしまうオレ。


「いやー、仲がいいなと思って。……ともあれ、若い子にもフレガル好きが多いとわかって嬉しいよ」


「そんなこと言って、御影さんも十分若いじゃないですかー」


 ケラケラと反応する彰人に。


「うーん。十代の君たちに比べれば、三十路のオレはおじさんに近いんじゃないかな」


「「「三十路⁉︎」」」


 どう見ても大学生でしかない風貌の青年は、恥ずかしそうに宣った。



 まあ、実際。

 彼女? うん、いるよ。えーと、たしか一〇人目くらいじゃないかな、忘れたけど。

 ……みたいなイメージを初見で持ってしまったとてもエロゲオタとは思えないイケイケ大学生のような風貌おにーさんが二九歳だったことは、どうでもいい。

 嘘みたいな存在なら時雨でもう十分知っている。

 そうして、気さくな彼と一緒にオフ会の準備を進めていると、いい時間になった。

 ゾロゾロとは言わずポツポツだが、人が集まり始めていた。


『あー、マイクテス、マイクテス。うーん、これ一回やってみたかったんだよねー。どうも、初めまして、「フレガル、ガチ勢、いざ来れ』の幹事を務めさせてもらっています、アキラくんです! ある程度、皆さんが打ち解けてきたらレクリエーションをやろうと思ってるんで、じゃんじゃん友達作って下さーい!』


 どこまでもマイペースというか、ハイスペオタクの彰人の掛け声によって、オフ会の幕が上がる。


「なんか若くね?」


「ていうかめっちゃ美形だな……」


「やべー。俺なんか目覚めちゃうかも」


 ……などなど、彰人に関してさまざまな意見が漏れ聞こえてきていたものの(最後のは聞かなかったことにしよう。な?)、彰人自身が輪に入ってしまえば、必然とどうでもいっかという雰囲気になっていく。

 オレと時雨は適当に席について、あらゆるところにチラチラと視線を寄せて見ていたが、やはり御影さんが特別(?)だったのだろう。親近感の湧く、そして馴染みのある冴えない顔の人が多かった(そう思うだけでオレは例外なのだが)。

 とはいえ……やっぱりそうか。

 会場に押し寄せるのは皆、男、男、男。

 色気のカケラもありゃしない野郎共だ。

 覚悟はしていた。だからこそ幹事に話を通していたわけで……はっきり言って、こっちにも視線をチラチラと感じた。


「カケル……なんか周りからすっごく見られてない?」


 こそこそと隣の時雨が顔を寄せてくる。ぐう近い。


「そりゃ、フツー女の子が来るようなオフ会じゃないしな……」


「だ、だよねー。でもフレガルって泣きゲーでもあるし、女の子でもハマりそうなんだけどなぁ」


「まぁ、好きな奴はいるだろうけど、女の子のエロゲコミュニティは難しいわな」


 18禁だし女の子限定となると、BLゲーくらいか?

 どのみちフレガルは男向けなのでそうはいかんし、震えた子鹿と化している時雨を、ガツガツのオタク畑に放り込む真似なんて、オレにはできない。


「あたし、ちゃんと話せるかな……」


「大丈夫だって、普段通りにやれば。……普段通りにできなきゃ……オレがなんとかする」


「カケル……」時雨はなんだか頼もしそうな目で見てくれた……と思ったのだが、「カケルも話すのキツかったら、無理しないでね」


 なんと。逆に心配された。

 あれー。そんなに顔に出ちゃってましたかね、オレ。


「う、任せろ。よし。手始めに隣の奴から……」


「あ、待って。あと一〇秒、心の準備が! 必要かも!」


「お、おう。待つよ」


 と、まあ、こうやって身内同士だけで喋っていることからも分かるように、すでに談笑して打ち解け始めている彼らとは違って、オレたちは浮いている。

 具体的には、オレと席一個分を空けて座っている。

 そう、席一個分。

 この差が想像以上に大きい。きっとこの場にいる奴にしかわからない差がある。視線はたしかに感じるのに、だーっれも話しかけようとはしてこない。

 端的に言って浮いている。

 しかし、周りは違う。

 オフ会の開催概要からしてどいつもこいつも初対面なはずなのに、ぺちゃくちゃと楽しそうに喋っている中、オレたちはぽつんと孤立しちゃっているのだ。まさに、グループワークに馴染めず陰キャ同士で傷を舐め合うような状態で。

 なるほどな。オタクって消極的なイメージがどうしても拭えなかったけど、こんな対面で会話するコミュニティに自ら参加するなんて、よく考えるまでもなくコミュ強か。

 おお。御影さんに関しては、あらゆる「卓」にお邪魔して、目をキラキラと輝かせて熱く語っている。本当になんでここにいんだ、あの人……。


「やっほー、カッケー。楽しんでるぅ?」


「……これが楽しんでいるように見えるか?」


 幹事としての務めか、彰人は彰人でオレたちの元へも見回り(?)に来た。おそらく彰人のことだから純粋に尋ねてきている分、余計にきまりが悪い。


「せっかくだし、ちゃんと楽しんでよねー」


 ポンポンと、気さくにオレの肩を叩いた彰人は再び一つのグループに溶け込んでいる。

 ……言っとくがな。

 一回も会話しなかったわけじゃねえ。

 何人かとは話したさ。

 けどオレの顔はともかくとして、何より二人揃ってガッチガチだったため、二、三回ほど言葉を交わしたら自然と相手は去っていく。

 そーいう風な空間ができあがってしまったのだ。

 ……そもそもオレなんて、フレガルに関しては最新作を早急パッチで詰め込んだだけなので、深い会話すら試みられない。

 でも。

 見せてやるとかカッコつけた手前、女と一緒にチキってるだけじゃあ、さすがに示しがつかねえし、ダセぇ。

 よし。

 まずは、オレのボッチセンサーを全力で作動させる。

 ピピっ。左斜め奥前方に反応があるな!(オレは至って真面目だぜ?)


「時雨。ちょっと移動してみようぜ。席が決まってるわけでもないんだし」


「え、うん……」


 オレに言われるままに立ち上がった時雨を連れて、複数の卓を覗き見て回ることに。

 どこもかしこも、まだぎこちなくあるものの、熱き萌えを語っているうちにグループが——否、絆が結ばれつつある。

 はっきり言ってすでに入りにくい雰囲気だが、重要なのは彼らじゃない。

 一人でいい。一人くらいはそうじゃない奴が——。

 ——いた。

 見つけた。

 ぽつんと、一人。周りと会話しているようでいて、ただ相槌を打つばかり。

 自己主張ができなくて笑って誤魔化すことしかできないような。

 そんな、オレみたいな奴が。


「あいつにするぞ。右端のちっこい奴」


「あの髪長めの子? あたしたちと歳、同じくらいかな」


 目元を覆うくらいまでもっさりとした髪型の、少年。


「そう。なんか孤立してるっぽいだろ?」


「あ……うん。たしかに気まずそうだね……」


 思うところがあったのか、時雨も同情の目を向ける。 

 いや時雨さん。今オレたちもほとんど同じなこと忘れないでね。


「あの、ちょっといいかな」


 笑顔笑顔〜と口角を上げることを意識しつつ、その迷い子に話しかける。


「ヒッ」


 思ったより高い声で驚かれてしまったものの、ここまでは想定外。


「ほら、なんていうか。みんなすごい早く仲良くなってて……取り残されたもの同士組まない、みたいな?」


 わ、我ながらひでぇ!

 洒落たこと言おうとしてより訳わかんないことになっちゃってんじゃねえか。


「え、ああ。全然いいですけど、むしろ大歓迎っていうか……」


 皮肉にも、この情けないほどに拙い会話スキルによって同族だと気づいたのか、表情が少しずつ緩まっていった。


「よかった」オレはマジで胸を撫で下ろしつつ、「えーと、オレの名前はショウ。……で、さっきから背中に隠れちゃったりしてるのが、」


 ひょいと壁としての役目を終えて、無理やり時雨を引っ張りだす。

 せめて、せめてな。

 覚悟を決めたのか、ようやく時雨はいつもの笑顔を見せた。


「……あたしはシグ。オフ会とか全然やったことなかったから、変なこと言っちゃうかもだけど……よろしくね?」


「……よろしくお願いします。あ、僕の名前はヒロミって言います」


「ヒロミ……ヒロミさん、か。すごく綺麗な名前だなぁ」


「その、シグさんだって、服装は地味だけど、なんか垢抜けた雰囲気っていうか、とにかく可愛いですよ」


「そ、そう? ちゃんとギタイできて……いや、なんでもなくて! でも、ありがとう! 嬉しいかも」


 急に謎の褒め合いをおっ始める両者。

 お見合いってこんななのかなと思った。

 いやぜってぇ渡さないけどね?


「シグさんは……付き合いとかじゃなくて、フレガルが好きで、このオフ会に参加してるんですか? 女の子なのに」


「やっぱり女の子的には、似合わないよね……」


「あ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……でも、男とか女とか関係なく、好きな子はちゃんといるんだなあって。そう思って」


 ヒロミさんは口元だけしかわからないが、それだけあればどんな表情をしているか読み取るのに十分だ。


「うん……。あたしは…………あたしも、フレガルが好き。超好き。女の子でも、エッチな女の子見るの楽しいし」


 おお。よく言った。

 さっきまでオレをも凌ぐほどのコミュ障っぷりを発揮していた時雨だったのに、いつもの調子を取り戻し始めている。

 正直ここまですんなりと行くとは思ってなかった。

 ……んー、まあ。きっかけがなかっただけの問題だったのかもしれない。

 「学校」という否応にも他人のからの目がすべからく集合する世界で。目立つ生き方を選んだ彼女は、当たり前だが注目を集める。

 だから、己をさらけ出すのが怖かった。

 今まで作り上げてきたクラスの中心人物・一ノ瀬時雨という人物像が壊れてしまうかもしれないから。

 でも、ここでは違う。

 ここではただの、「普通」の、一ノ瀬時雨だ。

 オタ友一人作ったところで、誰にも何も、思われねえ。


 …………。

 あれ……? 今度はもしかしてオレが一人になったのではないだろうか?


 オレは一人でふと、そう思ったりしていたが。



 時計の長身が三回を回ろうかというところ。

 そろそろお開きの時間となった。

 彰人が考案したらしいレクリエーションは、全て、順調に消化された。

 最推しヒロイン総選挙とやらを皮切りに、カップ数占い、ルート分岐ビンゴなど、けったいな名前とは裏腹に大変、活気溢れるゲーム(?)が行われた。

 共通項はフレガルに関連する何か。

 まさに、フレガルのフレガルによるフレガルのためのオフ会だった(なんか使い方間違ってる気がするけど)。

 タイトル以外、知らなかったオレでさえ、人気キャラと今作4のキャラは全部、覚えちゃうくらいには濃かった。

 ちなみにオレはビジュアルだのバックグラウンドだのを含めて、梓ちゃんが好みでした。今度ちゃんとプレイしよ。


「えー、皆様の熱き思いによって、本日のオフ会は大盛り上がりで終えることができましたー」いつのまにか壇上に上がっていた。「まだまだ語りたいないですって人は、どうぞ二次会とか飲み会とか行っちゃってください。あ、僕は未成年なんでごめんなさい」


 そんなひょうきんな態度に、会場からは笑いが生まれる。

 すげえよ、マジであいつ。よく喋れるわ。


「この後、予定ないですよという方は、設営の片付けに協力してくれると嬉しいです。ぶっちゃけ一人でやるのきついんで。——改めて、ありがとうございました!」


 パチパチパチパチ!

 大きな拍手が広がって、各々が帰る準備を始める。


「おら! 杏ちゃんのおかげで全て解決したって理由をみっちり一時間、理論立てて説明してやるから表出ろ!」、「はあ? 何を言ってるんです。百瀬ちゃんの勇気があったからこそ、杏子が輝いてるのであって……」……などと、特有の激熱論を繰り広げたりしながら、会場に集まったオタクたちは去っていく。


 こうしてひとえに会場を見渡したりできるのも、時雨がヒロミくんと打ち解けてくれたおかげだ。

 あれだけオタクにビビりまくってたのはなんだったのか、教室で談笑している時……いやそれ以上の笑顔を咲かせて、話し込んでいる。

 ぐぅ。下手に話に割り込めないのがきつい。

 未プレイ勢に人権はなかった。

 ただし、今のオレには大義名分がある。


「話し込んでるところ悪いんだけど、時雨。彰人の撤退準備、手伝ってくれるか? あのバカわりかし勢いでオフ会、開いたみたいで人手が足りそうにねえ」


「うん、全然いいよ。……ごめん、ヒロミさん。ちょっと行ってくるね! せっかくだし、連絡先、交換しよっ」


「あっ、はい……」


 本当にすっかりいつもの立場を取り戻した時雨は、押せ押せに押され気味のヒロミくんと、手早くアドレスのやり取りを交わした。

 全然いいんだけど、なんか複雑。な、男心。


「お待たせ!」


 けど、そうやって振り返られればそんなことどうでも良くなって。

 そして……ターンしようとした時雨が椅子の脚に引っかかってこけそうになるのを支えようと伸ばしたオレの手は、無情にも空を切る。

 ちょうど時を同じくして支えようとしてくれていたヒロミくんの胸に、時雨は突っかかった。

 時雨の両手が、ヒロミくんの胸を勢いよく押す形になる。


「へ?」


 最初、間抜けな声を出したのは時雨だった。

 両手を突き出したままの格好で固まってしまった彼女は……突如、指を動かし始めた。


「あの……シグさん? その、あの、恥ずかしい、です」


 ん? ん?

 目の前で繰り広げられる妙に色っぽい光景。あーまた転んだよ相変わらずドジっ子だなぁとか考えてたオレも、さすがに気にかかる。


「あっ、ごめん! つい反射的に……! えっ、でも、あれっ? ヒロミさんって……」


 女の子? と。


 衝撃の発言を口にした。


「はい?」


 次に間抜けな顔をしたのは、もちろんのことオレだった。


「そ、そうですけど? え、それが何か?」


 一方で、キョトンとした顔をするヒロミ……ちゃん?

 改めて「彼」の容姿を見てみよう。

 クリッとした瞳。ちっこく整った鼻。水分たっぷりの唇。下手するとオレより短いかもしれない短髪を除けばたしかに、たしかに女性的だ。

 しっかし、いやぁ、なるほど。

 僕っ娘かぁ。

 現実にもいるんだね。

 声がハスキーなので、あー、彰人とおんなじタイプかー、となんの疑問も持たなかった。

 つーか、そういうことか。

 シグさんの方がが綺麗ですよーとか、女子会かよみたいな会話が時々、聞こえてきてたのは、それはそのまま事実だったからか。

 …………あと、理不尽なことを言っているのは、重々わかっている!

 だけどさあ、そーいうのは男の役得じゃねえの?

 でもまあ、現実だと普通に気まずいので、ヨシとしましょう。


「お、女の子。他にも、いたんだ」


 もう一方、時雨の目は、点になっている。


「き、気づいてなかったんですか?」


 ようやく事態を理解したのか、オレと時雨の顔を交互に見るヒロミちゃん。彼女もどうやら天然さんらしい。


「でも僕、嬉しいです。女の子一人で、しかも人見知りなのに参加しちゃって、来るんじゃなかったって後悔してましたけど、シグさんとショウさんが話しかけてくれて、お話もいっぱいできて」


「そ、そっかー。女の子だったんだ。うん。女の子かー」


 時雨はなんか嬉しさのあまり(?)、どっかへトリップしてて、どうにも会話が噛み合わないので、オレが会話を引き継ぐ。


「オレたちもその、なんだか浮いちゃってて。話す相手が全然いなかったから、ヒロミさんがいてくれて、こっちこそよかったです」


「そうだったんですか。……でもシグさん、失礼な言い方で、ほんと申し訳ないんですけど、オタクらしくないというか、すごい明るくて、こんな子でもエロゲするんだーって。ちょっとびっくりしちゃいました」


 ほんとにな。


「……あの、ショウさんはシグさんの彼氏さんなんですか?」


「はい、一応」


「やっぱりそうでしたか。……いい、ですね。カップルでも、こういう趣味を楽しめるなんて」


「まあ、楽しいですよ。……これからもシグと仲良くしてもらえると嬉しいです」


 とりあえず笑って言って。


「じゃあ、オレは手伝いに行ってきます。もしあれだったら一人でやるんで、シグと外で話してもらってても……」


「いえ、僕も手伝いますよ。その方が早く終わりますし」


「そうだよ、カケル。ちゃっちゃと終わらせちゃおう!」


 いつのまにか復活していた時雨が割り込んできた。

 ……それから仲睦まじく、パイプ椅子を運び始めた。


 よかったな。時雨。嘘みたいに上手く、友達できたじゃねえか。やっばすげえよ、そういうとこ。本当にすげえと思う。

 それでもって、あの子もいい娘だ。

 オレの容姿を怖がらない。

 それだけでいい娘だって、わかる。これ豆な。


「そっちも、楽しめたみたいでよかったよ、ショウくん」


 変な親目線みたいに時雨たちを後ろから見ていたら、爽やかな声で呼びかけられた。


「御影さん」


「……さて。このテーブルは一人で運ぶには荷が重い。手伝ってくれるかい?」


 イケメン三十路は、本当に爽やかにはにかんだ。


 こうして。

 時雨のトラウマ治療は、一応、回復の兆しを見せたのだった。


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