第10話 「学生が最も幸せな時間(仮)」
「あー、終わった」
「終わったって、テストの内容そんなにやばかったの?」
「ちげーよ、馬鹿。オレは平均点ちょい下で安定なんだから」
全学生は平等の定期試験、その期末バージョンが、いま終わりを迎えた。
教室の雰囲気は解放感に満ち溢れており、どこどこの問題どうだった? とおなじみの会話があちこちから聞こえてくる。これは担任教師が来るまで続くことだろう。
大して勉強もしていなかったオレは、どうにか地力だけで解答欄を埋め、賽は投げられたと二〇分ばかりの試験時間を残して机に突っ伏すということを繰り返していたため(きっとみんな、経験あるよな?)、体中がだるい。痛い。そして眠い。
「僕はまずいよー。平常点がやばい英語は絶対補修だね、間違いない」
仰向けになってオレの机に遠慮なく頭を乗っけてくる彰人は、言葉とは裏腹に楽しそうに笑ってる。
「今回は全教科赤点回避男だとかわけわからんこと言ってたくせに、それかよ」
我が校の期末考査は基本五教科と副教科合わせて九教科である。いつも仕込みかよと勘繰るたくなるぐらい全ての教科でギリギリ綺麗に赤点を頂戴している彰人だが、この調子だと他も怪しい(てか実際、昨日も似たようなことを聞いた)
テスト一週間前、珍しく「勉強教えてよー」、なんてゲリラ豪雨確定の台詞を彰人から聞いた日にゃ、せめて五教科くらいは突破するだろうと確信したのだが……どうしてこうなった。
「うーん、基本は理解したんだけどねー、英訳とかで長文問題で詰んだね」
「テメェ、一夜漬けでもいいから復習はしとけって言ったろうが。サボったな?」
「リアタイは絶対。これ、カッケーなら理解できるよね?」
「なんも言えねえ」
はあ。
褒めるのは癪だが、決してこいつの地頭は悪くないはずなのに。
じゃないとアニメの考察サイトに定期的に入り浸って展開予測で盛り上がるなんてできないし、そもそもこいつの親父は、東京の某最難関国公立を卒業している(しかも超絶イケオジと来た)。
その血、輸血でもいいから分けてほしいくらい。
「いやー、それにしても夏が近づいてきましたねー」
しみじみと彰人は言う。「僕は夏コミに向けて英気を養うとするんだけど、カッケーはどうなの? 一夏のランデブー?」
「さあな。相手がいれば、そうしたいな」
無視無視。まともに取り合ってはいけない。
「もー。相変わらず強情だよね、カッケー。いい加減、素直になってもいいのに」
「…………そんなにわかりやすいのか?」
「お、なになに⁉︎ なんて?」
今までのダラダラが嘘のようにグリンと回転して、詰め寄ってきた彰人。
「う、うるせえ。やっぱなんもねえよ」
「あー、ごめんって! 絶対、誰にも言わないから、大丈夫! カッケーしか友達いない僕を信じなよ!」
…………。
この彰人。顔はいいし、人当たりも悪くない。趣味さえ許容できれば、悪くない物件だ。
ただ、どうしようもないぶっ飛んだ思考についていければという注釈付きだが。
「自分で言ってて、悲しいこと言うなよ」
「……? 別に悲しくないけど?」
「あっ、そ。……まあ、そんなに聞きたきゃ、帰り道で話してやるよ」
ほんとにまあ、なんだかんだここらが潮時だろう。
そして一つ。
重要なポイントもあった。
——彼女できたら、普通は友達に自慢してえ。
というわけで。
夏休み前の定期考査明け、一旦、全ての抑圧から解放される学生がもっとも幸せな期間(個人差あり。部活とかあるやつは知らん。汗かいとけ)、その最初、最愛のガールフレンド……ではなく、マイフレンドと帰っていた。
「ふーん。やっぱり、一ノ瀬さんがはしゃいで帰ってた時から、付き合い始めてたんだね……」
「ああ、ムカつくがお前の読み通りだったよ。怖いくらいにな」
あの時こそ、マジで心臓に悪かった。
「でもカッケーも情けないなぁ。女の子の方から告白させるなんて、ひどいよねえ」
「ばっ、無茶言うな。そもそもオレが初めから好きだったわけじゃねえし、……向こうがその猛烈アピール? 的な感じで」
「うーん、無理やり押し倒したって線に全ベットできるくらいなら、カッケーの友達なんかやってないしね。どうせまだ、キスとかもしてないんでしょ?」
さすが、よくわかっていらっしゃる。
「まだ早い。互いにな」
オレはいつでもウェルカムですけど? 時雨はたぶん、超恥ずかしがる。近い距離感の中に、そういうのを感じるのだ。
「純情だねー。今時、中学生にもなったら、セックスくらい試してるんじゃない?」
「おい、やめろ。リアルな話持ってくんの」
中坊の時なんてまともに毛も生えそろってない……って、やかましいわ!
「ふん……。オレらは肉欲に溺れた軟弱な奴らとは違うんだよ」オレは無駄にかっこつけて、「それに、手料理は作ってもらったぜ? ありゃ店に出しても負けない味だ」
「へー、意外に家庭的なんだ。ギャップ萌えってやつ? ほんと一ノ瀬さん、二次元キャラっぽいよねー」
「あとゲームもクソ上手い。スマファイで三回、三タテされた」
ましてや、なんでアイテム運が絡むワイルドカートで、毎回上位を取れるのか一向にわからん。
「属性山盛りだね。強いの? ストブロとかも上手いのかな」
「アクションゲーであれだけ強けりゃ、格ゲーもそこそこできるだろ。ソフト持ってたし。今度、話しつけてやろうか?」
「え、いいの?」
「まあ、お前もオタクだし。時雨にそれとなく聞いて、いけそうだったらまた連絡するわ」
「りょーかい」
…………そうして、最寄駅につき、電車へ。
ガタンゴトン。いい加減に慣れた揺れとともに、運ばれていく。
お喋りの彰人と一緒とはいえ、四六時中喋ってるわけでもないので、しばらくは静かな時間だった。
SNSのタイムラインをダラダラと眺めていると、メールのバナーが表示される。この時間帯にメールを送ってくる相手など一人しかおらん。
『やっほー、カケル。テストお疲れ様!
あたしはいつも通りだけど、カケルはどうだった? ちょっと目の下暗かったから、一夜漬けしたのかなって思ったけど当たってる?
よかったら、今日の夜、電話するね。前に言ってたスマファイの勝ち方、オンラインでだけど教えてあげる!』
文面から伝わってくる可愛さに、心の底から浄化される。
なんだろう。学校で話せなくてもどうでもいいよ。文明の利器最高!
「一ノ瀬さん?」
「のわっ……。……なんでわかった」
突如這い寄ってきていた彰人に危うくスマホを覗かれそうになったところをギリギリブロックした。せーふ。
「だってねー、最近、一緒に帰ってる時も、周りの人がドン引くくらいニヤニヤしてたし」
「うっ……」
ただ、言葉の追撃がクリティカルヒット。満ち溢れていた幸福感に、ちょっとだけヒビが入った。
あー、顔に出ちゃってたかぁ。
自分の顔を想像してみて、これは近寄りがたいですなあと思った。
『おっつかれ〜。なんでうちの学校って二日にテスト詰め込んじゃうんだろうね』
『さあな。授業の進行遅れがちだからじゃねえの』
家に帰って。晩飯食って風呂入って。おまけに教科書との睨めっこから解放されたオレは、ベッドで寝っ転がっていた。ついでに時雨と電話していた。
『特に今回は範囲広かったし、すっかり寝不足だよー。お肌の敵だよ』
『話聞いてる限りめちゃくちゃお疲れみたいだけど、こんな電話してていいのか?』
『だいじょーぶ! カケルとの会話は別腹だし』
またわけのわからんことを……あながち間違ってはないのか?
『んじゃ、いいか。……まあ、しばらく勉強のことは考えなくていいし、楽しいことを考えよう。時雨は、夏休み何する予定なんだ?』
『予定かぁ……。とりあえず夏期講習には行かなきゃいけないかな』
『夏期講習? 塾なんて通ってたっけ?』
お父上の仕事であられることは知ってるが。
『お父さんの系列のとこでね。夏限定で、そういうのがあるんだよ』
『あー、なるほどな』
「受験勉強は夏が勝負!」、とかってCMとかでもうるせーもんな。勉学に関してはとことんお厳しい家庭のようで。
『他には……いつメンで、ボーリング行ったりカラオケ行ったり、時期はわかんないけど行く約束してるよ。あ、あと美香とは、夏祭りに行く予定だったよ』
『ふーん、そこそこ充実したそうだな』
『ふふ、拗ねてる?』
『いや拗ねてねえけど、オレとは違うなあって』
友達と、華やか。男女交えて。
『もう、予定だった、ってわざわざ言ったじゃん?』
『はあ』
なんだろう。いつも怪しい日本語だし、そこまで気に留めてなかった。
『美香とは、結構前から二人でお祭り行く約束してたんだけどね。断っちゃった』
『断ったって……よかったのか?』
言わんとしていることはわかったし、嬉しいが、おそらく時雨の親友である鈴羅木に、忍びないという気持ちも生まれるというものだ。
『それがさ、さっきの夏期講習の期間を勘違いちゃってて……お祭りの日にもあると思ってさ。で、断った後に気づいたっていうか……はは』
『んな、おっちょこちょいな……』
ある意味、時雨らしい理由だった。
『だからさ、カケル。予定が空いてるなら一緒にお祭り行かない? もちろんまた変装しなきゃだけど』
『是非もない話……いやめちゃくちゃ嬉しい話だけど、八月初めのお祭りだろ? 近場だし、同級生とかとも会っちゃうんじゃねえか?』
『だからこその変装でしょ?』
自信満々な時雨であるが、初デートの際のセンスを考えると不安の一言だ。
『あー、そうだな。でもバレないよう、ほんと頼むぞ?』
『だいじょーぶ。任せなさい!』
よし、任せたとは言えなかったけれど、最大の楽しみができたかもしれない。
少なくとも男同士で出かけるよりは。
『ふふっ、大分と予定がいっぱいだなぁ。カケルも、せっかくの夏休みなんだから、もっと楽しみなよ。どっか行かないの? ほら、中岡とかと』
『……一応、あるよ。コミケに行こうって約束はしてる。一日だけだけど』
お目当てのサークルが、二日目にあるのだ。
『なんだ、カケルにもちゃんとイベントあるんじゃん。それにしてもいいなぁ、コミケ。行ったことないんだよね……』
『やっぱり、時雨は行ったことないのか』
オレも照史に連れられた去年の末の冬コミが初めてだから、ベテランというわけではないですが、どんなもんかは知った身だ。
『うん、もちろん行ってみたいんだけど、あたし全然体力とかないし、ていうか一人で泊まるとか怖いし、でも美香には頼れないし』
『そっか』
ここでオレと行こうぜって、パッと出ないところがオレらしい。
でも、やりようというものはある。
『……時雨さえよければだけどさ、彰人に話通してみようか?』
『どういうこと?』
『だから、夏コミについてこないかって……。……ほら、泊まるとことかは彰人の知り合いの家だし、何より彰人もあれだろ? オタクだし……理解あるんじゃねえのかな……って』
いつもはほぼノータイムレスポンスである時雨が、反応しない。それ故に、オレの言葉も段々と勢いが萎んでいく……。やっぱ、急すぎたか?
『あー、もちろん無理にってわけじゃねえぞ?』
『……あ、うん。聞いてるよ、大丈夫。ごめんね、ちょっと考えすぎちゃって……。中岡は……カケルの友達だし、悪い人じゃないとは、あたしも思ってるよ。……けど、』
『いや、オレこそ悪かった。そうだよな、秘密にしてんだもんな。忘れてくれ』
『うん……』
クッソー、まずったなぁ。オレにはあけすけなもんだから、てっきり耐性ついたのかと思ったんだけど。良い意味でも悪い意味でも、オレは「特別」らしい。
彰人に後で、釘刺しとかねえと。
『そんなわけだからさ。二人で楽しんできてよ!』
電話越しの声。それはいつものように明るいのだけれど、……なんか、違う。
さっきも、今も、相変わらず間違えてしまった。
このままじゃダメだ。
男を見せろ。
——ちょっとは成長したとこ見せてやれ。
『じゃあさ、次の冬コミ。……オレと、行かねえか』
『え……』
『彰人を頼らないんなら、宿泊費とかはかかるけど、そこはほら短期バイトとかで金貯めるから。二人分くらいはなんとかして、連れてってやるよ、コミケ』
こーいうのはつらつらと言うのが大事。考えるな。細かいことはさておけ。
『二人でなら……いいんだろ? 行こうぜ』
オレは目をつぶって、言い切った。
『……ばい』
『へ?』
ボソボソとしてて、聞き取れない。
『超やばいよ、カケル。カケルからそんなこと言ってもらえるなんて、思ってなかった』
『そりゃ……キャラには合わねえだろうけどよ』
『だって、いろんなこと誘うのもだいたいあたしからだし、意外とビビりじゃん』
ぐさり。
つ、ついに時雨からも言われてしまった……。せめてあのー、奥手とか、柔らかめの表現にしてくれないかね。
『い、今まではそうだったかもしれねえけど、これからは違うんだ! そうだ、ほら、また料理作ってくれよ、今度は普通の量で。また遊びに行くからさ』
『お料理は全然いいけど……ほんとかなぁ。ちゃんと変わってよ、あたしのカレシ?』
ズキュン。
はじめての彼氏発言、いただきました。別に区切りとかないんだけど、認められたような気がする。てか、彼氏って、響きやばくない?(デジャヴ)
『まかせろ』
今度こそ自信を持って、頷いた。
頑張って金貯めよ。
『よし、明るい話も暗い話も終わり! ほらほらゲームしよ、オンライン繋いでー』
『はいはい』
持ち前の明るさが戻って何より。
オレたちは、ダラダラとしたネットの夜海に、潜っていった——。
秘密はバレるものだということを、知らずに。
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