第4話 「とても怖いからやめてほしい」



 さて、さてさてさて。

 公立高校は土曜日が休みだから良い。

 私立高校に通う学生とともに、電車に一〇分ばかり揺られた後、とある駅前でオレは立っていた。

 スマホを片手にソシャゲをプレイ中なものの、脳死周回をしているだけで、頭の中では別のことがグルグル回っている。

 昨日の帰り道。

 電車に揺られながら、一ノ瀬といくばくかのメールのやりとりをした。

 彼女からメールが来るたびに打ち切るように返信をするのだが、その度にさらなる返信が来るのだ。四回目くらいのやり取りで、ようやく母親との会話とまったくの一緒だったということに気づき、彼女に向かってそれは流石にまずいだろうと、四苦八苦しながらも長いやり取りを繰り返した。

 たぶん、彰人の話なんていつもの半分も聞いていなかったと思う(ただでさえ話半分で聞いているのに)。



『ねえ、ちゃんと前のメール読んでくれた?』


『あー、初めて都会に出てきたおのぼりさんかよってくらい、はっちゃけた文章だったな』


『おのぼりさん? はよくわからないけど恥ずかしいからその話禁止‼︎』


『なんで振ってきたんだよ、お前……』


『女の子は複雑なんだよ! ……でも弥生って、初めてちゃんと話した時も思ったけど、意外とおしゃべりだよね』


『どーいう意味だ?』


『だって、クラスでも中岡と話してるとこしか見たことなかったから。正直、話しかけにくかったんだよね』


『もともと喋るのはそんなに嫌いじゃねえよ。ただ、大人数で会話するのが苦手ってだけ』


『え? みんなで喋る方が適当に頷くだけでいいから楽じゃない?』


『何気にコミニュケーションの真理をつくなよ。ま、価値観の相違だな』


『なんか、難しいけど、すごいね』


『意味わかってんのか?』



 ……と、余計な回想が長くなってしまった。

 なんやかんや楽しすぎてつい、な。

 本題はここからだ。



『それはそうとさ、明日暇?』


『やることがあるけど、別に無理してやらなきゃいけないことでもない』


『つまり暇ってことでしょ?』


『なんか、誘ってる?』


『あったりまえじゃん! デートだよ、デート! 何回も言うけど私たち付き合ってるんだよね⁉︎』


『お、おう。だけどデートってのはもうちょっといろいろお互いのことを知ってから行くもんじゃないのか? だってオレら、まだほとんど話してもないじゃん』


『こ、これだから根暗ヤンキーボッチは! オタクラブコメの見過ぎだよ! そんなのデートしながら仲良くなればいいの! そんなの普通でしょ? いや私も初めてだからあれだけどさ。それにしても酷すぎるよ。ひょっとして弥生、話したこともない相手に告白するタイプなの?』


『そんな熱くならなくても……てか、お前が言うな』



 ——それはそれとして、オレは女の子に夢を見過ぎていたのかもしれない。



『あ、そうだった……って、それはそれ! とにかくさ、明日二人で会おうよ』


『まあ、そうだな。何事も経験だしな。オレも、興味ないわけじゃないし』


『そんなこと言って、実は嬉しいんでしょ?』


『……ちょっとはな』


『ほら、やっぱり! 最初から素直に喜んどけばよかったのに』


『うるせえ。で、どこ行きたいんだ。それともオレにエスコートしてほしいって話か』


『さすがに弥生にそこまで期待してないよーだ。とりあえずは定番の映画かなぁって思ってるけど、それでいい?』


『まあ、お互いデート初心者だしな』


『そうだね。じゃ、詳しいことはまた後でね。なんかヨシマサくんとケイちゃんが、古典わからなすぎ美香教えてくんないって話になって、モックで勉強会することになったから』


『そっちはそっちで忙しそうだな。とりあえず連絡待ってる』


『オッケー!』



 ……と、いささか長いやり取りを経て、弥生翔史上はじめての、デートを約束をした、というわけだ。

 まあ、そのあと、返信が素直じゃなかったかな? などと猛烈自己反省会をしたのはまた別のお話ということで。

 にしても、リア充活動とオタ活動を両立して、一見それを感じさせない一ノ瀬って、冷静に考えてコミニュケーションスペックは超一流だよな。

 話してみると、日本語能力が怪しいポンコツっぷりに驚くけれど、それもまた良いアクセントになっているのかもと、しみじみと考える。

 ってか、ヨシマサくんとケイちゃん……って、詳しいことわっかんねえけどカースト一軍の男共だよな、たぶん。

 あいつらがあだ名(?)らしきもので呼ばれて、彼氏のオレが——改めて響きやばくない? 特に「彼氏」の部分——苗字呼びってのはどうなんだろう。

 そりゃ、女の子とのメール経験とかなさすぎて、「デートはもっとお互いを知ってから!」みたいな箱入り娘みたいな気持ち悪い返信したオレが言うのもなんだけどさ。


 でも、だ。

 記憶が朧げな父さんが言ったこと、これだけは覚えてる。



『趣味が合う女を見つけろ。せめて理解してくれる女だ。絶対に逃すなよ』



 どっぷりとオタク沼に浸かって、「そんな簡単に見つかるわけない、しかも付き合うなんて」、そう思ってた時期がオレにもありました。

 というわけで、土曜の午前一〇時前。

 なんやかんやで胸を高鳴らせながら、相手をお待ちしていたわけだが……、

 


「弥生……だよね?」



 はうっ⁉︎

 またまた冷静に考えてみて、今現在オレの苗字を呼ぶような人間は、学校の先生くらいしかいなかったのが、ごく最近一人追加されている。

 振り返ってみれば、台所でカサカサと動く黒い物体の死体を見るかのように顔を引き攣らせた、一ノ瀬時雨の姿があった。


「よ、よお」


「な、なんでそんな近寄りたくない雰囲気出せるの?」


「はい? え、何が?」


「いや……初めてのデートだし、弥生はどんな格好なのかなー、とか考えて待ち合わせ場所来てみたら、すっごい強面の人がブツブツブツブツ呟いてるんだよ? あれ、時間間違えたかな、それとも場所間違えたかなって、ウロウロしてたら私も変にみられたんだからね⁉︎」


「そりゃ……一ノ瀬だってそんな格好だからな」


 オレがキモい挙動をしていたのかという真偽は自分で確かめられないからさておいて、彼女の格好もだいぶ特殊だ。

 野暮ったいパーカーに、男が吐きそうなジーンズ、どっから見つけてきたんだいっていう丸メガネ。あげく、わざとらしくボサボサになった髪のカラーはいつも通りなのだから、余計にアンバランスさを際立たせている。


「だって、弥生とデートだし、いつメンの誰かだったら別にいいけど、弥生とだよ? 一緒にいるのがバレたら何言われるかわからないじゃん。ギタイってやつだよ」


「バレちゃダメだって意味なのはわかるんだが、それはそれとしてダメージ来る発言だぜ」


 オレと一緒に歩くのが恥ずかしいという意味にも捉えられなくないからね。てかそうですね。


「……弥生好きだよね、独り言。教室でも時々やってるし」


「へ? 教室で?」


 つーか今、声に出しちゃってた?


「うん、たまに聞こえる。クラスの女の子も怖がってたよ。きっと放課後、カツアゲでもしにいくんだーって」


「マジか。そうなのか。気づかなかった。マジで教えてくれよ、ほんと」


「でも、教室にいる弥生って、なんか話しかけれる雰囲気じゃないし」


「あー、それもそうかもな。これから気をつけるわ」


 いやあ、彰人の言うことだからって話聞かないのもどうかってことだな。似たようなことあいつも言ってたわ確か。……というか、放課後カツアゲっていつの不良イメージだよ、オレ。

 特に素のままでこれなのが、本当に困る。


「ま、仕方ないよね。そこも含めて弥生だし。そろそろ行こうよ」


「そうだな」


 しかしまあ、人は急に変われない。

 変われたら苦労しない。

 だからこそ、変わろうと思うことに意味はないのかもしれない。

 そんな考えは甘いのかなと薄々思ってはいたのだけど、現に受け入れてくれた人が目の前にいるわけで。

 …………あれ、冗談抜きで、彼女がオレの人生最初で最後の希望なのでは?

 ……でも、男のメンヘラって、やっぱやべえよなぁ……。


 男らしくなるとしても、周りからすれば男らしすぎる——悪い意味で——というのも、考えものなお話だった。



 初デートの集合場所として選ばれたのは、学校の最寄駅から三駅ほど離れた繁華街の駅前だ。映画館やら、大手ショッピングモールやら、オタク御用達アニメ街やら、デートとしてはおよそ申し分のない要素が揃っている。

 同級生とバッティングする可能性を最小限にするのならば、もっと離れた地域にでもした方が良いのだろうが、一ノ瀬のスパイ並みに変装してくるという声を受けて(実際は低学年向けアニメの悪役ばりの変装だったのだが)、なんとかなるかとここをデートスポットにした。

 ちなみにオレは親父の残した伊達メガネを持って行こうとしたが、母にインテリヤクザ見たいと言われたので、中学生が被ってそうなダサい帽子で我慢した。

 駅から離れたオレたちは、まず、交差点を一つ越えた先の映画館へと向かう。事前に連絡を取り合った結果、午前中は、映画でも観て過ごすのが定番だろうと相なったのだ。

 というわけで、

 大型ショッピングモール「オリオ」へ入店。エレベーターは軒並み混んでいるのでエスカレーターで上へ、上へ。少し変な構造になっているので、いちいちワンフロア上がるために回り込まないといけないのが面倒くさい。

 天井階にたどり着き、妙に暗い空間に突入。

 電光掲示板に表示された映画一覧を二人揃って見上げた。

 さて。何を見ようか。

 今現在、流行ってるものはといえば、誰もが知ってる連続ドラマシリーズの『相棒パートナー』や、『科捜研の少女』などの劇場版だ。

 ただし、当然ながらそれらは実写作品である。

 別に観て楽しめないというわけではないだろうが(実際に家のリビングで流れていたら流し見するくらいには観れる)、わざわざお金を払ってみるのはどうか、と。

 一年後くらいにする「地上波初放送!」を待つ気がする。

 そしてオレたち二人、花のオタク組。

 必然目線はアニメーション映画へと集まる。


「いろんなのがあるけど、やっぱり子供向けが多いな……」


「だねー。『ドラ座右衛門』とか『クレパスてんちゃん』とか、今見ても面白いんだけど……高校生じゃ入りにくいよ」


「うーん、そうだよなぁ。まあ、別にアニメ映画にこだわる必要はねえんだけど……」


 やっぱり、お金を払うのだから興味のないものを無理やり見るのは避けたい。彼女と趣味も一致することだしね。……ここでいう「彼女」という響きがやばい。


「んー…………あ、見てみて弥生! これだったらどう⁉︎」


 と、一ノ瀬の急なハイテンション。

 彼女が指差す先は端っこの電光掲示板、その片隅。

 再上映枠として表示された、「魔法少年ひそか☆マギア」という文字だった。

 『魔法探偵ひそか☆マギア』。

 オタクの最重要履修科目に並ぶほど有名な作品——その総集編版が再上映されているのだ。こんな大型の映画館があるところにはあまり来ないので、これは目から鱗だった。


「マジか、そんなのあるのかよ」


「ほんとほんと! ……あー、でも時間が……」


 ん? と彼女の指をさした先、たしかに某タイトルがひっそりと表示されていたが……彼女の声が落ちた理由はすぐにわかる。


「次の上映が一時半か……。さすがに厳しいよな」


 まあ、いくら超人気作品とはいえ過去のもの。需要を考えれば一日三本やってればいい方だ。


「ん…………あ、一〇分後に始まるこれならどう? 『ハイスクール・デイズ』っての。多分オリジナルだけど学園ものっぽいし、それなりに楽しめそうじゃない?」


「ハイスクール・デイズ……オレも聞いたことないし、マイナー会社の新作っぽいな。事前情報なく観るのも映画鑑賞の楽しみだし、これでいいだろ」


「だね! じゃあ、あたしチケット買ってくるから、弥生はジュース買ってきて。あたしハンタグレープね」


「お、映画館で飲食する派なのか」


「食べはしないけど、飲まないとカラカラだからさ。頼んだからね!」


 と、地味におっさん臭い台詞を言って、券売機へシュタタと駆けていく一ノ瀬。


「ま、たまにはありか」


 オレはお金がもったいないので飲み食いはしない派なのだが、「デート」でそんなことを言うのは、野暮ってもんだ。

 ここは男らしく奢っちゃる! とあまり重たくない財布の感触を確かめつつ、販売カウンターに向かった。



 懲役一時間三七分が終わった。


「なんでオリジナルで作るのが、あれなんだよ。どんな博打だよ」


「うん……。すごかった、ね」


 シアターを出て第一声、オレのためにためた発言に、一ノ瀬も気まずそうに同調した。

 内容を簡単にようやくすると、

 主人公の高校生が勇気を出してヒロインに告白して成功したはいいものの二週間経ったくらいにもう一人の幼馴染ヒロインに押しに押されて二股した挙句セ○クス依存症になった主人公は二人のヒロインを妊娠させて責任を取らずに中絶費用を渡してこれまで通りの関係を望むというクズっぷりを発揮し最終的には結託したヒロインたちは半分こするため主人公を二等分にバラバラにしてお互いずっと一緒に暮らす。

 ……という改めて説明してみても何が何だかわからない結末を迎えた映画だった。

 上映終了後、他の観客の会話を小耳に挟んだのだが、予告編はただの甘酸っぱい青春学園アニメだったそうな。地上波アニメならいざ知らず、劇場版で予告詐欺をやるたあ、とんでもない精神だ(R15という不穏な文字は当然把握していたが、序盤に主人公がプレイしていた無駄にリアルで残酷なゾンビゲーム描写が、フェイクと伏線だったという用意周到ぶりに絶対に騙してやろうという気概を感じさせられた)。

 ああ。きっと、製作者は昨今のアニメ業界の不況で頭がやられてしまったに違いない。


「一応ごめんね、弥生。まさかあんな内容だなんて……」


「いや、初見鑑賞が楽しみの一つだとか言ったオレも悪かった」


「けどさ、ヒロインは悪くなかったよね」


「ん? まあ、ビジュアルは気合入ってたよな。ヒロインの私服をあんだけころころ変えてる作品は滅多にないぜ」


「それもそうだけど、ほら、あのヒロインの一途さとか」


「一途……まあ、猟奇殺人に走らなければ愛が深いとも言えたかもな」


「それだけ主人公のことが好きだったんだよ。もちろんふぃくしょんだし、殺しちゃうのはダメだけど、すごいなあって」


 ……少しゾッとしたね。

 二次元と三次元という違いがあれど、一ノ瀬の瞳に作中のヒロインと同じものを感じたのだ。

 初めてオレは、自分の臆病さに感謝したよ。

 オレの性格で浮気なんか死んでもできねえ。


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