第2話 「脅迫は恋人のはじまり」



 そして、その日の放課後。

 いつも一緒に帰ってる彰人が掃除当番に抜擢されてたので(そろそろ外国を見習って用務員さんとかに任せてもよくねえ?)、ほっぽり出して超特急で帰った——もはや死語です——オレは、さっさと私服に着替え、我が家を飛び出す。

 近場の駅に行き電車に乗ると、一五分ばかし揺られる。駅を三つ超えたところで降車した。

 高校から離れたところの書店を利用するのはめんどくさいが、リスク管理を疎かにした愚か者の末路は悲惨なのだ。確か中学生の時には…………あー、思い出したくねえな、やめとこ。

 そういえば昨今は活字離れが激しいと聞く。その影響か、平日の夕方だってことが問題なのか、店内の人はまばらだ。

 ったく、オレみたいな不良だって本を読む時代なんだぞ? みんな本読もうぜ?

 もっとも、主に嗜んでいるのはライトノベルだったりするが……。

 いやちゃんと一般文芸も読んだりするけどね? ……でも「ちゃんと」とか言い訳してる時点でんだよなぁ……とか考えつつ、つかつかと店内を進み、雑誌コーナーへと向かう。

 一応、辺りを見渡して万が一にも「知り合い」がいないか確認する。

 よし、オーケー。

 ……だが、オーケーじゃないことも起こる(精神的に)。途中で漫画でも買いに来たのであろう少女とすれ違うと、小さく悲鳴を漏らされたのだ。

 誤解は解きたいが、「ほら、俺は悪いお兄さんじゃないよ〜」と笑いかけると泣かれる自身があったのでスルーする。

 すまんな、少女よ。しかも手に持ってるのはかの有名な海賊漫画『ツーピース』じゃないか。少年漫画っていいよな。熱くなれるし、オレも大好きだぜ。

 心の中で謝罪と共感をした後、ついに目的地へ到着。

 目当ての品は雑誌コーナーの奥に、見ればわかる、セクシーな二次元お姉さんが描かれた表紙などが並んでいる。今売り出し中の作品のキャラなのだろう。オレもビジュアルだけは知っていた。

 『君を探して』の情報を見た後、あとでチェックしてみるとしよう。

 ……と、視界の端に『アニマガ』を補足。

 思わずニヤけてしまいながら、手を伸ばして……、


「あ」


 可愛らしい声が聞こえたかと思ったら、オレと誰かの手が、重なっていた。

 おっと、なんだこの気恥ずかしいイベントは。

 なるべく穏やかな笑みを浮かべるのを意識して(先ほどの悔恨忘れて)とりあえず謝ろうと首を右に傾けると。

 女がいた。……失礼、クラスメイトがいた。

 そう、彼女の名前は一ノ瀬時雨。

 せいぜい今日の会話とも呼べないコミュニケーションを最後に、ひょっとしたらもう関わり合いになることはないんじゃね? と考えていた少女だった。

 …………。

 ………………………………。

 は、はあああああああああぁッ⁉︎

 え、え、なんでいるの? どっから来たの? 全然気づかなかった! なに、忍者の末裔かなんかなの……? 甲賀? 伊賀? って、やかましいわ!

 思考回路が焼ききれんばかりに、現在の状況を整理するため稼働している。

 自分の顔が熱くなっているのだけは、わかった。

 右手で頭を押さえつけ(とりあえず気休め)、翔の思考はぐるぐる回り続ける。

 なぜこんな時間に、ってそれはまあ……放課後に本屋に寄ったりはするだろう。今のご時世、素晴らしいことじゃないか。

 どうしてこの書店なのかはわからないけれど、服装が制服なところを見るに友達と学校帰りにちょっとおしゃれな店に寄ってきて、そのついでに本でも買おうかなー、といった感じか。

 そこまではいいさ。

 だけど、だけど!

 どうして君は、よりにもよって世界で一番関わりのなさそうな雑誌に手を伸ばしているんだ?

 萌えを前面に押し出した、神絵師さんマジありがとうって感じのエロティックなイラスト。

 一目でそれとわかる、オタク向け雑誌。

 ……いろいろ考えてみたが、結論は至極簡単なことしか思いつかない。

 彼女は、一ノ瀬時雨は。

 もしかして、もしかしてだけど——。


「あ、あの……弥生!」


 そんなオレの思考を遮り、意を決したように彼女は口を開く。


 さあ鬼が出るか、蛇が出るか——。




「実は、あんたのことが好きだったの! ——あた、あたしと、付き合ってくれない⁉︎」


 ——オレの思考は、完璧に停止した。




「怖えんだけど」


 食い気味に発せられたまさかの告白に、ついつい思ったことが漏れ出てしまう。

 いや、だって怖いじゃん? あの、今から死んでくれないかな? って言われる以上に怖いじゃん。


「だ、だよねー。でも、あた、あたしはほんとの本気で……! えっ、えーっと……」


 耳まで顔を真っ赤にして、すぐに何かを伝えようとしているが、途中で口ごもってしまう一ノ瀬。

 考えてみるが、大して話したこともない女子から告白を受けるってのは、イケメンならばありふれた出来事なのかもしれない。

 でも、オレだぜ? 女の子からの評価がクラスでダントツで低い(男の評価なんて知るか!)不良少年だよ?

 そんなオレに告白。告白……。おいおい、ついに妄想拗らせすぎて白昼夢でも見てんのか?

 よし、ならば——。

 ここでオレが取った行動も大概だった。

 自分の頬を結構強めにぶん殴ったのだ。……めちゃくちゃ痛かった。


「ちょっ! 何してんの⁉︎」


「夢じゃねえ、だと」


 慌てる一ノ瀬に、愕然とするしかないオレ。

 そんなオレの奇行を見て、ある意味平静さを取り戻したのか、彼女は精一杯といった感じの笑みを浮かべる。


「でも、そうだよね。いきなり好きなんて言われても、びっくりするか……はは」


「驚くだろ。そりゃ。だいたいオレたちが話したのって、今日が初めてだよな?」


「そ、そんなことない! クラスメイトでしょ! 三回目くらいだよ!」


 た、大して変わらねー。つーか、オレは覚えてないんだけど、そんな機会あった? 多分クラス行事で質問された時に、「あ、うん」とか返したくらいがせいぜいじゃないか? それは会話とは言わない、というツッコミをしたかったが……それよりも。


「会話が三回目だとして……なんでこの場所で、どうしてオレに告白?」


 本日二大疑問。

 特大のクエスチョンマークが二つ、頭を駆け巡っている。


「え、とね。まずあたしがここにいるのは、その、あたしもそういうのが好きだから、かな」


 かの『月間アニメマガジン』を指して、一ノ瀬はポツリと呟く。


 やはり、か。

 彼女の容姿からは考えられない趣味だとは思うが、隠れオタクってのは往々にして、世に潜んでいるもの。そう、オレのように……。


「あたしも……ってことは、オレが、その、オ、オタクだって知ってたの?」


「うん。知ってたけど」


 それこそなんでもないように、あっさり答える一ノ瀬。


「マジか。いやでも、学校ではボロは出さなかったはずなのに……」


「あの、必死で隠そうとしてたのはひしひしと伝わってきてたんだけどさ。中岡と弥生の会話、聞く人が聞けばわかるよ?」


 なん……だと……?

 そうかー、そうだったのかー。バレてたかー。

 ま、そりゃそうだよなぁ。ブルマを知ってる高校生って今時いねえよな。どっちかといやぁ、キャラクター名だと思うもんな。


「あー、聞く人が聞けばってところが唯一の救いだな」


「あたしだって隠してたんだから、弥生の気持ちめちゃくちゃわかるよ。あたしもみんなには……特に美香には絶対に知られたくない」


 美香……? ……ああ、鈴羅木か。クラスの女王様。たしかにあれこそオタクの対極と言えるだろう。

 ともあれ、同じオタク同士であったならば、取り繕う必要はないので、お互い、とりあえず一安心といったところか。

 だが。


「で、オレに告白ってのは……どうしてなんだ?」


 自分でも言ってて恥ずかしいが、オレに告白するような奴は、不良ぶってる奴が好きな頭の緩い女の子(ど偏見)が一人でもいたら関の山とまで考えていたのだ。


「あたし……ずっと前から、弥生のことが気になってて。たまたま二人きりで会えたから、勇気を出して……だから……」


「それはわかったけど……いや、わからねえけど、どうしてクラスで浮いてるオレなんかが気になったんだ?」


「えーっと、そんなのあれだよ、ほら、オタク仲間っていうかー、シンパシーがあったっていうかー」


「それを言うなら感じただろ……。ていうか仮にそうだとして、オタク話をするんだったら彰人とかと話した方が盛り上がると思うんだけど……」


「——バカ」


「へ?」


 放たれた短い言葉に、オレは間抜けな声しか出せなかった。


「バカって言ったの! バカっ! 弥生サイッテーだよ! そんな野暮なこと言うからモテないんだよ!」


「え、ええ……。やめろよ。傷つくだろ」


「……あ、えと……ごめん。言いすぎたかも」


 ちょっと興奮していた一ノ瀬だったが、オレの素の落ち込みに普通に悪いと思ったのか謝罪し、だんだん声を小さくしながら呟く。


「でも、気になってたっていうのは本当なんだよ。中岡も良い人だとは思うけど、それでも私は弥生の方が良いと思った。その……、…………れしたから」


「……ごめん、最後だけ聞こえなかった。もう一回いってくれないか?」


「ん〜〜、もう! 一目惚れしたから! それからずっと弥生のことが気になってたの!」


 パッと見でわかるくらい顔を真っ赤にして、彼女は叫んだ。

 お、おう。

 少女漫画のような展開にやっぱり夢かと勘違いしそうになるが、もはや泣きそうになっている彼女の顔は、どうにもリアルすぎる。

 こっちもきまりが悪くなって、思わず視線を彷徨わせていると、レジカウンターにいる男性店員(おそらく三〇代くらい、若ハゲ)と目があった。とてつもなく嫉しげな視線を送ってくるのが、なんとも言えない。

 ……冷静に考えよう。

 客も少なく、周りは比較的静か。そして彼女の告白や一目惚れ宣言は、結構大きな声で行われた。

 うわあ、気まず。


「なあ。とりあえず場所、変えないか?」


 罰ゲームによる告白とかいうこの世の男子に対する地獄の拷問ではないだろうな? と未だに勘ぐりながら周りを見渡して、とりあえず本屋を後にした。



 さて、痛い視線をかいくぐってコソコソと本屋を出たオレと一ノ瀬は、あまり人が来そうにない路地端の自販機の前までやってきた。

 お互い向き合ったものの、どう切り出していいかわからない。


「「あの……」」


 不覚にも同時に喋り出してしまった。気まずい……が、ここは紳士に行こう。


「……一ノ瀬から、どうぞ」


「うん、ありがと。……でも、弥生って結構喋るんだね。もっと無口な人だと思ってた」


「別にいつも通りのつもりだけど」


「だって教室では滅多に喋らないし」


「喋る相手が少ないだけだ……」


「悲しっ! もっと友達作りなよ! ………………あーもう。関係ないこと言って逃げちゃダメだよね」パシッと自身の頬を叩いた一ノ瀬は、「それで、さっきの話だけどさ。いろいろ言ったけど、全部本当のことだから」


「あ、ああ」


「だから……返事を聞かせて、くれないかな?」


「返事って急に言われても……心の準備ができてないっていうか、なんというか……」


「だってしょうがないじゃん! 偶然手と手が触れ合った相手が気になる人って、もうそういう流れでしょ⁉︎」


「なんか、すごいグイグイくるね……?」


 どんな恋愛脳してんだよ。頭が緩いってのはあながち間違いじゃねえのか? お胸に養分がいくとそうなるという俗説もあることだし。……まあ、運命の出会いってやつに憧れる気持ちに関しては分からんでもないけれど。


「……もう後には引けないから。返事もらうまで帰らないよ」


「ぐ……一日だけ待ってもらうってのは?」


「無理。絶対無理。もしこのまま帰ったりしたら、美香に泣きついて弥生のオタク趣味を言いふらしてやる」


「おまっ、それ自分で自分の首絞めてんのわかってんのか?」


「人を呪えばお墓二つって言うし」


「いやいや、それ意味違えから」


 それはそうと、彼女、目がマジだ。

 脅し? 今脅されてんの? オレ。

 …………。

 でもでも、おい待て。弥生翔。これはもしかするまでもなく、ただのチャンス、だよな。

 いくら気風の合わないギャル気質な女の子と言えど、顔は普通に可愛いし、胸もおっきいし、何よりこんなオレに一目惚れしてくれるような、ぐう聖だぞ?

 そりゃお前、断ったりしたら天罰が当たってもしょうがねえよ。


「一つ、聞かせてくれ」


「なに?」


「これって、罰ゲームとかじゃないよね?」


「……それ以上言ったら引っ叩くから」


「よしわかった。付き合おう」


 そう、だって。

 断る理由がマジでないから。


「……いいの?」


「いいよ。いいです。むしろオレなんかでいいのかよって感じだ」


「ほんとに? あとで取り消すって言っても聞かないからね?」


「お、おう」


 なんか怖いけど、とりあえずいいや。


「や、やった……。あの、その、不束者だけど、よろしくお願いしますっ!」



 こうしてオレ、弥生翔は——年齢=彼女いない歴を一七で途切れさせたのだった。





















 ひゃ——————っほう‼︎






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