第1話 「どうやら女の子は、とてもいい匂いがするらしい」
今日も、平穏で当たり前の一日だった——。
昼休み。めんどくさい授業の疲れを癒す貴重な時間。
小学生ならば、校庭で駆け回るのかもしれないが、部活に所属していない高校生など、教室でダラダラしている奴が大半だと思う。
浜町高等学校二年生であるオレ——
「なあ、カッケー。僕は日本の今の体操服事情に、猛抗議をしたいんだけど、こういう場合は日本スポーツ協会にでも乗り込めばいいのかな?」
「知らねえよ。あと多分ちげえよ」
「僕は物申したいんだよ。なぜ我が日本国は体育の授業において、女子生徒のブルマが廃止されたんだということについてね」
「お前みたいな奴がいるから、ズボンに変わったんだろ」
「何をいうんだ。あんな素晴らしいものがあるのに、ズボンなんて悪だよ。世界の敵だ。滅んでしまえばいいのに。あー、嘆かわしい!」
机の前に立ちながら、こんな誰が聞いてもドン引きの発言を真剣な眼差しでスラスラとかますのが、自分の学校での唯一の友達だと考えると、どんよりした気持ちになる。
先ほどからクラスメイトの視線をちらほらと感じる。声を潜めて何か話している奴もいる。特に女子。自分のことじゃなくても傷つくからほんとやめてほしいんだよな、あれ。いや、多分オレたちのことで間違いないだろうけども。
でも、この彰人。
顔はいいのだ、顔は。
可愛い系の顔というのだろうか。中性的なイメージで、黙っていれば女子にモテまくりだろう。こいつはまだいいよ。好みはあれど黙っていれば言うことなしだし。
でもオレはなぁ……。
顔が悪いのだ、顔が。
別にオレもブサイクってわけじゃない。ただ絶望的に目つきが鋭い。悪辣なる遺伝のせいだ。
息子の自分が言うのもなんだが母親の方は歳の割には若々しく見えるし、「美人ですね(ありきたり)」や「もっと若いと思ってました(こっちは悪口も混じってそうだが)」なんてよく言われてる。
オレも小学生くらいまでは友達に自慢気に話してたくらいだ。……そこ、友達いたのか? とか言わないの。
ただ、父親の顔は怖かった。なんでこんな人と結婚したの? 脅されたの? というくらい。
父親と近所を歩いていたら、おまわりさんに誘拐事件だと勘違いされたのは思い出深い。
それなのに家では特撮アニメを見て子供以上に盛り上がったりしているものだから、ギャップで風邪をひく。
そんな父親も、オレが小学生低学年の頃に不慮の交通事故で亡くなってしまったので、今は文句を言うこともできないが……。
というのはさておき。
多分、慣れ親しんだ地元を一度離れたのがいけなかった。
転校生という身分での、小学生高学年という環境を幼いながらになめていたのだ。
いやだって、なんともなしに視線を向けただけで「お前、なにメンチ切ってんだよ」とか言って絡まれるんだぜ? 隣に座った女子にはいきなり泣かれたこともあるし。
中学生になってからは絡まれることはなくなれど、悪い噂も相まって変な方向にグレちまった。グレるっていってもガチガチヤンキー路線に行かないところが、実にオレの小物さを表してるぜ。
またまたさておき。
再び馴染みの土地に戻ってきて、高校なら何かが変わるかも……と思ったが、半人間不信に陥った翔の歪んだ精神(自分で言ってて傷つくわー)とおっかないビジュアル(遺伝……)では、楽しい青春は再起不能という結論に至ったのだ。
…………ちなみに、『カッケー』というのは彰人が勝手につけてくださったオレのあだ名だ。
ネーミングセンス最悪だな、おい。
……彼のご高説は、まだまだ続く。
「その点アニメはいいよー、アニメは。昨日やってた『マジカル少女くれは』では、このご時世でもしっかりブルマで体育してたからねー。やっぱり二次元美少女は僕たちを裏切らない!」
「もうわかったから、落ち着けよ」
そう、こいつはオタク。アニメ、漫画、ゲームが大好きな典型的な奴。
今時は日本の一つの文化として、外国などで人気だったりと産業として売り出されているが、そんなのはやはりメジャーな作品だけで、彰人が好んでいる『萌え』的なものを押し出した作品とかは、今でも風当たりが強い。
何がクールジャパンだ。かっこいいどころか冷え込んでんじゃねえか。
「なーにいってんだよ、カッケー。僕たちは同志だろ。つれないこと言うなよー」
「っ……同志じゃねえ。それに、そういうことをあんま大声で言うなって」
「え、なんでさ?」
「ぶっちゃけうるさい。声でかい」
「声が小さいよりはいいと思うんだけどなぁ」
「TPOって知ってるか?」
「なにそれ? 英語嫌いだし、よくわかんないや」
こんな馬鹿だが、一応は友達だ。至極真面目な顔で、気持ち悪い話の切り出し方をしてくる奴にも嫌々ながらも答えてあげてるところを見れば、オレがどれだけ人の良いやつかわかるだろ。……わかってくれよ、なあ。
だが悲しきかな、オレもオタクなのだ。
父の英才教育の賜物である。
彰人ほど前面に押し出しちゃいないし、そういうのは絶対に見せないよう心がけているが、オタクと言われて否定できないくらいにはそういったコンテンツをオレは愛していた。
……だって好きなものはしょうがないじゃん!
みんなだって好きなものくらいあるだろ?
でも、世間の風は冷たい。凍えてしまうこともある……。
だからこそ、オレはちゃんとわきまえてるさ。
なのに、なんでこいつは教室で大声でベラベラと「萌え」だの「ブルマ」だの言い出すんだよ⁉︎ なんでだ? 自分の
……ふと、一年生の春のことを思い出す。
幸か不幸か、こいつと友達になったきっかけだ。
中学の時にもいろいろあったので、高校では、オタ系の趣味は表に一切出さないように務めた。そんなもの一切関係なく、強面とそのくせしての人見知りも相まって、友達すらできなかったのはともかく。
今は正直下火かもしれないが、言わずと知れたオタクの聖地——秋葉原。
好きな漫画の発売日で、限定特典もつくぞというので、日曜日に足を伸ばしたのだ。
そこで出会ってしまったのが、彰人。
店の中で昔からの友達みたいな感じでいきなり話しかけられて、ついビビってしまったのは今でもかなり恥ずかしい。
まだ高校生活が始まって一ヶ月しか経ってない頃でも、こいつの存在はクラスでは知れ渡っていた。
だって休み時間に平気で萌え漫画とか読んでるんだぜ? ブックカバーとかもせず、堂々と。肌は綺麗だけど、心臓に毛が生えてるのは絶対確実だと思う。
顔はいいけどあの趣味はちょっとねえ〜、という女子の言葉を何度小耳に挟んだか。
それでも孤独はやっぱり寂しくて。
多少好みのジャンルに違いはあれど、あれよあれよという間に仲良くなった。
人を見た目で判断しないで(ここ重要)、気軽に話しかけてくれたのも嬉しかったし、共通の趣味ってのは、やはり楽しいもんだ。
家に帰って思わず、友達ができたとガッツポーズを繰り出しているところを母親に変な目で見られたことは、人様には語れないぜ、マジで。
そして去年、今年と同じクラスになり現在進行形で教室内において異彩を放っているわけだ。
だってイケメンオタクと強面ヤンキーだよ? なんか不気味だわ。腐った女子の方々なら歓喜の嵐かもしんないけど……普通の人は近づかねえよ。あ、なんだか自分で言ってて余計つらくなってきたわ。
「あ、そうだ。素直になれない隠れオタのカッケーに、超朗報があるんだけど」一応は忠告を受け入れてくれたのか、彰人は声のトーンを低くして、「カッケーってさ、アニメ映画の『君を探して』が好きだって言ってたじゃん」
「言ったな」
翔にとって、かなり思い入れのある作品だ。
「まさかの続編が作られるらしいよ」
「なっ、マジか⁉︎」
思わずガタッと音を出して彰人を問い詰めるような形になる。……人のこと言えねえな、オレも。
「うん。確かな筋から手に入れた情報だから。今月の『アニマガ』で発表されるらしいよ」
「アニマガって……今日発売日じゃねえか」
月刊アニメマガジン。
通称『アニマガ』(もうちょい捻れよ)。
アニメ関連の最新情報や漫画連載などを集めた、オタクなら大抵名前ぐらいは聞いたことのある大手雑誌だ。毎月三〇日発売(なぜに?)。ちなみに今は五月だ。
彰人の親は、アニメ関連雑誌を扱う仕事についてるらしく、そういう情報が公式発表前にこっそりと舞い込んでくるらしい。正直、喉から手が出るほど羨ましい。
「いやー、びっくりしたよ。七年ぶりにいきなりの続編製作だからね。あの綺麗な締めくくりから、どんな展開を見せてくれるのか、気になるったらありゃしないねー、うん」
『君を探して』とは、七年前にちょっとした社会現象になったくらいの一般にもそこそこ受けたと認識されている、長編アニメーション映画だ。
ありふれた日常に、タイムリープなどのちょっとしたファンタジーを組み込んだ思春期の男女の出会いと葛藤を描いており、劇中音楽との調和もあって、それはそれはもう素晴らしい作品に仕上がった。
ラストに主人公が放った台詞のカタルシスときたら半端ないし、観なければ人生を損しているとしか言いようが…………と語りたいところだが、話せば長くなるので割愛しておこう。
とにかく、オレの心の琴線にクリティカルヒットを与えた作品であるということだ。
…………そういう作品の続編は大抵駄作になるぞとかいう意見は今は置いとこうぜ? な?
「貴重な情報感謝するぜ、彰人。スポーツ協会に乗り込むのも検討しといてやるよ」
と、適当に嘯いておく。
さて、今日は高速で帰って本屋に向かうことにしよう。…………超、楽しみだ。
……と、オレが本屋へ向かう際の電車の時刻表を脳から引っ張り出していると、聴き慣れすぎたキンコンカンコンというチャイムが鳴る。
なおこれは予鈴で、本鈴は五分後に鳴る予定だ。
それに反応した彰人は、
「んじゃ、ちょっとトイレ行ってくるよ」
言い、教室を出ようとする。
オレの机は最前列で、教室の前方、黒板側の扉のすぐそばにあった。必然、その扉から入るにはオレの前を通過する必要があるわけで。
たまたま彰人が教室から出ようとして、かち合う形になり、彰人の肩が相手方にぶつかってしまった。
「あっ!」
その衝撃で相手はよろけ、近くにあったオレの机に手をつく。抱えていた紙パックのジュースが机に散らばる。それを回収しようと、前のめりになった相手から……。
言い方が気持ち悪いかもしれないが……甘い、匂いがした。
明るく、肩ぐらいまでかかった明るい茶髪。ウェーブって言うんだろうか。ふわふわした感じのする髪型だ。
くりっとした目をした童顔の少女、
どこのクラスでも必ずあるクラスのカースト上位の華やかなグループに、彼女は属していた。人にあまり興味のないオレでも、フルネームで覚えてるくらいには印象に残っていた。
パパッとジュースを集めた一ノ瀬は、
「っ……ごめんごめん、弥生! びっくりしたでしょ? つい慌てちゃって」
「大丈夫、だ」
彼女の謝罪に、突然のことで一言しか返せない。
冷たい態度に映っちゃったかな……と瞬時に脳内反省会(オレの得意技。開く速度だけは一級品)を開催したが、中学生の時に似たようなシチュエーションで、再び声をかけたら怯えられたことを思い出し、考えることをやめた。
てか、ちゃんとオレなんかの名前覚えててくれてたんだ。普通にいい子じゃん……。胸おっきいし、制服派手に着崩してるし、絶対ビッチだろとか思ってたけど見直すわ。
あ、でも、そうやって数々の純情な男心を弄んできたんだろうが、そう簡単にオレは引っかからねえよ?
男ってのは馬鹿だからな。ちょっと優しくされただけでもうイチコロだ。……しかし、甘い! そんな勘違いイベントすら発生しなかった男は一味違うぜ?
そんな敵対宣言をされているとはつゆ知らず、仲間のもとに向かおうとする彼女は、すれ違いざまに、思い出したかのように彰人にも声をかけた。
「あ、中岡もごめんね?」
「いいよいいよ。こっちもちゃんと前見てなかったから、お互い様だよ。怪我とかしてない?」
「うん、大丈夫。ありがと」
彼女は軽く礼を言い、スタスタと去っていく。
ちくしょう。オレが言おうとしたこと全部言いやがったよ、彰人の奴。
実際、彰人がオタク趣味を持っているというのは、クラスでの共通認識だが、悪い印象を抱かれているというわけではない。何度も言うが顔は整ってるし、今のように人当たりもいい。ただ当人が色恋に興味ないから、浮いた話が出てこないだけで。
……一方でオレの認識はというと、教師からも生徒からも、総じて不真面目な生徒といった印象だろう。
オタク趣味を徹底的に隠蔽して残ったのは、不良のレッテルのみ。
彰人との会話でさえ学校では気をつけているので(オレはめんどくさそうに相槌を打つ係と思われてる……はず)、そういった趣味を持っているとは思われていない。
やはり、ヤンキー(なんちゃってもいいとこだが)=オタク趣味(こっちはガチ)なんて結びつかないのだろう。そこだけは自分の強面を褒めてやりたい。……そこだけは、な。
学業成績も中の下といったところだから、不真面目じゃねえぞ、勉強くらいできらぁ!と声を大にして言えないのはつらいところだけど、オレが大きい声出したら、教室の空気が凍っちまうだろうしな……。
——とにかく、このクラスの中で浮いた存在であることは間違いないのだ。
……これは余談だけど、オレの前を通るのがよっぽど嫌なのか、大抵はみんな後ろの扉使うんだよな。ほんと、ひどい。
堂々とオレの前を通過していくのは、クラスの華やかグループの面々だけだ。自信の表れか、話すのなんて気後れするけど、そういうところはちょっとかっこいいな、と思ったりする。
…………そんなオレの感傷を尻目に。
「ったく、落ち着きがないんだから、時雨は」
「えー、美香たちが急がせたんでしょ。はい、じゃん負けのジュース」
「サンキュー」
「てか、慌てすぎだって、時雨ちゃん。三月くんに睨まれたりしなかった?」
「三月くん? 誰それ?」
「時雨、それぐらいのネタは理解してあげなよ。まあ、思いっきり滑ってたけどさ」
「えー、面白いと思ったんだけどなー」
「ていうか、圭吾、古文で習った単語使いたかっただけじゃね?」
「んだよ、バレちまったかー」
と、彼女の帰還をピーチクパーチク囃し立てているのが、例の華やかグループだ。
男女半々の四人組。翔みたいなカースト底辺とは天と地の差。太陽のごとく輝きにあふれている。
ついでに誰も興味ないだろうが、三月くんというのは旧暦である弥生というオレの名字からついたあだ名だろう。いやほんと、誰も興味ないだろうけど。……待てよ、あんなクソくだらねえギャグができるってことはオレの名前は認知されてたってことか! やったね! …………はあ。
つらいので、意識的に彼らの会話を耳から遮断する。
「カッケー、さっきドキッしたでしょ?」
だが、掘り返すかのように、ニンマリしながら彰人が言う。
してねえよ、と答える。
……というのは嘘で、なんか柑橘系の香りがふわっとしてもう一瞬心臓が高鳴りました。だって本当に高校生になってからも女子とは事務的な会話以外は一切してないもん、はい。
「わかるよ、わかるよ。僕は三次元少女に興味ないけど、たしかに可愛らしいもんね」
「興味ないって……さっきは女子の体操服がどうのこうの言ってたろ」
「女の子自体に興味はないの、ただ女の子の服装とか目の保養的観点では、僕も男を捨てちゃいないのさ」
「なんつーか、お前。すげえ考え方してんな」
正直、ゾッとしたわ。
そういえば、こいつは萌え萌えしいメイドカフェとかに嬉々として行く奴だったな。うーん、ある意味納得だ。
「でもでもー、一ノ瀬さんに若干見惚れてたのは間違いないよね?」
「……まあ、可愛いのは同意だ」
「カッケーにも春が来たってことかあ。 ただなー、厳しいと思うよ? あの子は。相手はクラスでも一二を争う愛らしさ満点イマドキJKの一ノ瀬時雨。かたや隠れオタのヘタレヤンキーじゃねぇ」
「誰がヘタレヤンキーだ、誰が」
間違ってねえけど、グサっとくるわ。
「別に、そんなだから見てたわけじゃねえよ。それこそオレたちには関わり合いにならない奴だ」
「んー、まあ……それもそうだねー」
意外とあっさりと引いた彰人は、適当な調子で呟く。その気になれば、出会いなどいくらでも作れるであろう彰人が言うと、なんだか無性に腹が立ってしまうぜ。あるじゃん、自分からはいいけど他人から言われるのは嫌だ〜、ってやつ。
……ほんと、器小せえなあ、オレ。
心底自分が嫌になって、相変わらず馬鹿みたいに笑っている「彼女たち」をこっそりと横目で覗き見。
今に特別不満があるわけじゃないけど、あれこそ学生、みたいな。
「なーんか、もったいねぇよなー」
憧れ。
とはいえ、あんな可憐な女の子と青春を過ごしたいってのは、やっぱ理想がすぎるかね。
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