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続・イタリア紀行 作者:iccchiiiiii/一ノ瀬健太
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俺ら東京さ行ぐだ/吉幾三

続・イタリア紀行(俺ら東京さ行ぐだ/吉幾三)

初日に身体が悲鳴を上げてからも何とか一年頑張った。海砂利水魚の有田に似ていた店長が得理解のある人だったことと、パートの主婦のみなさんが劣化しているとはいえかなりキレイ目な熟女も多く性格も悪くなかったからなんとか一年持ったと言える。ただし、夜勤シフトには身体と心がすり減ってきたのでこれはもう限界と、3ヶ月をめどに朝シフトに変えてもらえるか店長に相談した。そうしたらオープン時に人がいないという。ぼくはそこに入れてもらえるよう志願した。店のオープンは午前7時。ぼくの出勤は6時半だ。それから混んでくる9時を前にして店をオサラバする。店のオープンに関しては店長がバックヤードの鍵を管理しているから、彼が遅れると店が開かない。一回、店長が寝坊で遅刻した時があって、7時半近くになるまで店を開けられなかったことがあった。ぼくたちもお客も店に入ることができないから入り口で常連さんと一緒に待って随分と世間話をしていると、店長が汗だくで店を開けた。店長の機嫌が悪いのは一瞬で見て分かった。そう言う時には近づかないのが一番だ。そうなると怒りの矛先はいつもぼくに来るから君子危うきに近寄らず。この店ではぼくが一番下位の鶏なので店長の機嫌が悪いときには、そのはけ口は決まっていつもぼくに来る。店を巧く切り盛りしているパートの熟女たちには店長は間違ったってものが言えないから、やっぱりなんだかんだぼくに難癖を付けてくる。普段は草薙剛主演のいい人並みにいい人なのであるが、虫の居所の悪い時には正直御免。勤務中もなるべく距離をとり、何事も無いように卒なく勤務を終えてすぐに帰る。もちろん、タイムカードを定刻ジャストに押そうものなら、

「いいな、お前はすぐに帰れて、それに比べて俺はよぉ、…」

 とまたねちねちたらちねねるねるねーるねな愚痴を聞かされるから、店長がホールに出た時を見計らってタイムカードを打刻して一目散に平安後期から鎌倉初期の農民のように店から逃散する。そうした経緯もあってか店長が遅刻した時には正直、ざまぁみろ的な感情がぼくの心の中にあったことは否定できない。こちとら聖人君子でないから人の不幸を味わうことは空気を吸うように日常茶飯事だ。毎日トーストとドリンクバーを頼む吝嗇な常連客がいつもの席に着くなり、即刻店長は彼のもとに赴き床に手を付いて謝ったのには驚んぱ。小さく丸まった背中を後ろから見ていると、たしかに中間管理職で夜遅くまで残り、家に帰らず駐車場の車の中で寝泊まりしている姿を知っているぼくとしても、あぁ、働くとはああいうことなのだなぁ、あぁ、働きたくねぇ。アフィリエイトもブックオフも海外ブランド転売もやりたくねぇ、はぁ、テレビも無え、ラジオも無え、自動車もそれほど走って無え、思考回路はぐーるぐる、となんだかしみじみ懐かしい幹事にも似た“もののあはれ”がしてくる。普段からいびられているぼくとしてもこのアンビバレントなハンナ・アーレントな感情をどうやって処理したらいいかわからない。一寸の蟲にも五分の魂、ロイホのいびり店長にもぼくと同じように家で待ってくれている親がいる。ざまぁみろとおもった 自分が恥ずかしくなった。彼も人なり、我も人なり。ここは芥川の奉教人の死のろおれんぞになった心持ちで、また第二の誕生をしたラスコーリニコフとして有田をデリダ曰くの絶対的歓待で迎えてやろう。無言で。

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