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続・イタリア紀行 作者:iccchiiiiii/一ノ瀬健太
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大人エレベーター/サッポロビールCM曲

続・イタリア紀行(大人エレベーター/サッポロビールCM曲)

 稼いだ金は重みが違った。人は自分で稼いではじめて親の苦労を知る。雨の日にも風の日にも、ゴールデンウィークの初日にも、お盆にも、お正月にも、重い身体に鞭を入れ、行きたくない仕事に行って心を磨り減らして一杯の冷えたビールを飲む。沁みる。働いてみて親の苦労と、ビールの美味さ初めて知る。自分で汗水流さないビールなど無意味だ。小粋なバーは人を切って、切られた人間にしかその深淵を覗かせない。真の孤独を知る者だけがウィスキーのストレートをしたり顔で飲むことを許可される。ぼくに任された初めての仕事は入り口ドアノブの真鍮磨きであった。これはお客さんがお店にいらっしゃって最初に触れるものだから、そう覚悟して磨くようにと言われた。たしかにそうだ、これは店の顔とも言うべきものであるからしっかり磨き上げなければならない、そう思ってぼくは初夏のはじまった新潟の夜灯りの下汗だくになって磨き上げた。辛い。辛すぎる、時計を見てもまだ一時間ちょっとしか経っていない。ここだけ高速に近い速度で動いているのか、時間の進みがゆっくりだ。ドアノブがやっと綺麗になったと思ったら、ドアノブ以外のところもやってくれるかな、というお達しだ。ええ、やりますとも、やりまさぁ(東京物語、東山千栄子風)。ドアノブ以外にも店のドアには真鍮部分が結構あって、それは扉の裏側にもあるから簡単に見積もっても二倍の作業が待っている。親父から借りた革靴で靴擦れが起きた。それからトイレ掃除、給仕の仕方を少し学んで初めての出勤は終わった。長い長い4時間だった。これで夜勤シフトだから25%増しで4000円か…働く、働く、働く、働クシア、アタラクシア。午後10時から午前2時の夜勤は随分こたえた。その頃は夜更かしをして夜型人間でお昼頃まで寝ていたから、それならそうと、仮にお昼まで寝ていようと、夜に働いていつもの時間に起きれば時間を効率的に使えるとふんだ。アインシュタインが一日に10時間寝ていたというから、それなら俺もそれくらい寝たって悪くはない、と同じくらい寝ていたが、その頃になってすこし天井が見えてきて自分はアインシュタインではないのだと気付いてからは少しだけ睡眠時間を切り詰めて、勿論、世人から言えば切り詰めているともいえぬものであるかもしれないが、時間を効率的に使うように生活を改善しようとした、がゆえの夜勤シフトなのであるが、いかんせん、初日から身体がピンチである。シフトは明日も明後日も、明々後日も入っている。気持ちがだんだん俯いて鬱向いてくる。なるほど、親父が一時鬱になったのも頷け過ぎる話だ。帰ってから靴を脱ぐと、親父と同じ足の臭いがした。あぁ、なるほど、親父の納豆臭い足は俺や家族のために発酵したものだったのだ。その臭いは突っ込んでいた革靴からもたらされた頑張ったで賞の証だったのだ、とその時ぼくは真理に触れた。電気を付けて何気なく見たテーブルの上にメモがある。

 お疲れ、冷蔵庫にビールあり

 プシュッ!…臭い靴下のまま無言で飲む。男は黙ってサッポロビール。

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