”保護活動者さんへの私の想い” | うさもるねこ生活

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ロップのアポロン、ヒマラヤンのエルピス、ボールドウィンのイリス。イングリッシュのパンドラ、ぺルビアンのアルカス、猫のいかすみ、虹の国組のソクラテス、アドニス、カイロス、クロノス、アテナ(モルモット)、アトラス(うさぎ)との日常を綴っております。

書こうか迷ったけど、少し思ったことを書かせてください。

(相変わらずの長文になりますがすみませんあせる

 

保護活動に限らずともですが、人と人とか社会に行き交う中では、いろんな考えや価値観の人がいます。

 

作用反作用の法則という運動の法則があるけれど、自分が良い事だと思ってやったことでも、誰かが迷惑を被ることもあります。

 

例えばビジネスの世界でも、Aという会社が事業を発展させることで、その影で仕事をとられた同業者やうまくいかない同業者は、Aという会社を業界の秩序を乱した他会社の事業を奪った「悪者」になるわけです。

もちろんライバルとして切磋琢磨するならいいじゃないかという考えや、他の会社も頑張ればいいという考えもあるかもですが、それは強い人や強い会社など、いわゆる勝者の発想で、敗者にとっては、なんの慰めにもなりませんネガティブ

” 出る杭は打たれる ” ではないですが、何かをやれば思いもしないところから批判されるなんてこともあるわけです。

主張していることが正しく、参考になることもあるけれど、それは時に不合理だったり、利己的だったりもします。

厄介なのは、心の奥底に嫉妬や、嫌い、憎い、許せないなんて感情もあり(自身が気づいてないこともあり)、そのような感情は表に出てきません。表に出てくるのは、「大義名分」で、悲しいかな、人はそれを理由に相手を論破しようとします。

そうなるともはや、批判ではなく、単なる感情的な非難になってしまいます。

そして、人はそれを知らず知らずにしている場合が結構あります。

 

自分の正義は他人の悪でもある

 

アベンジャーズのようなヒーロー映画や、水戸黄門などの時代劇などをみると、大抵最後に主人公が悪に勝つという結末になるんですけど、みている側はどうしても善の方に無意識に感情移入をしてしまいます。

しかし、例えばバットマンの悪役であるジョーカーを主役にしたような映画では、本来悪役であるジョーカーに感情移入してしまうわけです。

自分がみたりきいたりした情報によって、気持ちがよりそちらに傾いてしまうということでもあります。

一方的な意見や考え方しか知らないと、その話を全て鵜呑みにしてしまうことに陥るのは、とても怖いことでもあります。

 

昨今のSNSの世界ではそういったことはより顕著で、自分の考えや価値観と似たモノ同士で繋がることも多く、また取り入れる情報についても、AIやクラウドがより自分が共感しやすい、興味のある情報をおススメしてくるので、新しい情報を得ようと思っていても、自分の嗜好を基に構成された情報が示されるため、偏った限定的な情報しか得られていないなんてこともあるわけです。

そして、自分と同じような意見の人が多いと思い、そのことで自分が正しい、自分が正義だって思うように、知らず知らず情報操作されてしまうという事態になってしまいます。なので、情報収集に関しては、かなり意識してしていかないといけないなぁと常に感じています。

 

また、何か物申す際には、自分のことを「正義」だと思って口にした瞬間、相手は相手なりの「正義」を持ち出すので、今度は自分が相手にしてみれば「悪」になってしまいます真顔

 

ちょっと話が逸れるかもですが、” 嫌われる勇気 ” という一時期ドラマにもなり話題になったアドラー心理学の分野では、そのことを ” 私的論理 ” っていうんですけれど、双方が私的論理を主張し続けると話がずっと平行線のままになります。いつまでも解決しないわけです。

 

自分の正義も正しいし、相手の正義も正しい。


そういう考え方が出来るといいのですけどね。

 

アドラー心理学では「あなたのためを思って言っている」というようなことは、他者をコントロールしようとしていることにあたり、それを良しとはしていません。

そこには” 怒り ” の感情があり、自分を正当化しようという目的が潜んでいるのかも?

 

みんな自分なりの考えを持って日々暮らしています。

争うことなく協力しあいたいと思っているはずなんです(←そう思いたい)キラキラ

 

今回の、for the RABBITさんのこと。

 

保護活動に関しては、それぞれの考えのもと、それぞれ皆が活動しているかと思います。

一番、目をむけないといけないことは、活動者が云々ではなく、あくまでも動物たちが主役であることだと思います。

今回のことも、どちらが正しいどちらが悪いなんてことでもないだろうし、反対にfor the RABIITさんを批判(批判と言えるかもありますが)した方が悪いなんてこともないのかと。

どちらの話も理解できるし、わかるし。

だから、余計に悲しいし、切ないし、やりきれない。

結局モヤモヤな感情しか残らない悲しい

白黒はっきりするのも時と場合によるわけで、いい意味での想いの譲り合いみたいなものは、時には必要なのかなと思います。そこには、想像力も必要ですが。


最後に・・・。

こんな記事を書かれた方もいらっしゃいました。

どの活動者を支援するかどうかは別として、” 命を守りたい ” という想い。

結局は、これが全てなのかと思います。

 

 

人間なので、どうしても考え方の違いやスレ違いはあるし、好き嫌いもあります。

あって当然。

でも、そこは別の感情論。

” 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い ” なんて言葉もありますが、動物たちまで憎いんですか?って話です。

人のその先に動物たちの存在があること、動物たちにも影響を及ぼしかねないことを決して忘れてはいけないなぁと思っています。

 

 

これは、私個人の愚痴であり、考えや価値観の主張でもあります。(自己顕示欲強くてすみません)

書くことでの自己満足でもあり、今この時の感情の自身の考えの記録でもあります。

なので、またうさもるが、偉そうなことをくどくど書いてるな・・・くらいに思ってください泣き笑い

 

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

 

皆さんと皆さんと暮らす動物たちが、毎日心穏やかに過ごせますようにキラキラ