超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生 作:奈音
それはトリニティだけじゃないよねと、割と思います。
――ゲヘナ学園 カズマ逮捕前の記憶 宴会会場(ゲヘナ食堂)の隅 ヒナ
「――カズマ先生が引退…? どうして?!」
ヒナは、いままさに相談しようと思っていたことを相談相手から告げられて、驚愕するとともに、一抹の不安に襲われた…。
今回で二回目になる、連邦捜査部シャーレのサトウカズマ先生を招いての歓待は、カズマ先生がチナツから依頼を受けて、温泉開発部と美食研究会を抑えて貰えたことへのお礼と、今後も良好な関係を築いていきたいがための催しであり、今回も給食部に臨時報酬を多めに出して開いたものだ。
カズマ先生への歓待は、前の時と同じく滞りなく進んだ。滞りなさ過ぎるというか、反響が凄すぎて、カズマ先生に対してあいさつに行きたがる生徒があまりにも多く、長蛇の列が出来たくらいであり、まるでアイドルの握手会のような様相を呈していた。
仕方のないことではある。もはや、ゲヘナ風紀委員会からのカズマ先生への求心は留まることのないほどのうなぎ登りであり、最後まで反発していたアコですら、ある日突然「――ど、どうしてもじゃんけんに勝てない…」とうわごとの様に繰り返す様子を見せたかと思ったら、なぜか、嬉しそうな表情をして、たびたびリードと首輪を持ってシャーレに打ち合わせに行くようになってしまったが、あれはなんなのだろうか…。
「というか隠居だ隠居…。
このままうまくいけば、それがかなう程度に俺は実績を残したし――
それになによりも…、
連邦捜査部シャーレ統制下の、キヴォトス二大テロリストって字面、やばくないか…?」
「それは…、まぁ確かに…。
何も知らない私がそれを聞いたら、襲撃するかも…」
「だろ…?
それに、いくらあいつらが大人しくなったと言ったって、これからもそうとは限らないし…、
俺がいない程度で、また元の木阿弥になっても意味ないだろ…?
だから、少なくとも温泉開発部に関しては、定期的に源泉のデータを渡すから、
便利に使ってやれ、今まで迷惑を掛けられた分もな」
「うん…、ありがとう、先生」
そう言って、カズマ先生から渡された書類には、温泉開発部便利マニュアルと書かれており、温泉を餌にした開発能力を存分に利用することで、施設インフラを早急に建設できる過去の実績データがまとめられていた。散々破壊されたゲヘナの各施設を修繕するには、どのくらいの温泉開発部員と、重機が必要なのかという事が詳細に記されている。
「美食研究会の方も、あの一件以降は大人しいが、
フウカをデイリーミッションみたいに襲うのだけは辞めないんだよな…。
仕方ないから、俺はこいつらに、
更に権威を付けて縛り上げることにしたから、監督を頼むわ…」
「――先生がお金を出して建てた、あの美食タワーには最初びっくりしたけれど…、
美食研究会自体に箔が付いたことで、破壊行為はほぼほぼなくなった…
驚くべきことなのだけれど、驚くほどに仕事が減った…」
ゲヘナの風紀委員会が激務であり、かつ仕事が全く終わらないのは、本来行わなければならない執務中にキヴォトス二大テロリストが散々やらかすからであり、かつヒナのいない風紀委員会では、現場へ急行し時間をかけて抑えることは出来ても、彼女たちを鎮圧することが難しいからだ。
それらが暴れない、なおかつ風紀に協力してくれる未来が待っているというのは、風紀委員会の運営に劇的な効果をもたらすことは明確であり、その片鱗は徐々に見え始めていた。
「――そうじゃなかったら俺が困るわ…。
これで合法的に、あいつらが気に入らない店を、
ご意見番みたく潰せるようにしてやったんだからな…。
あと、ヒナから相談を受けてた便利屋68も大人しくなったんだっけか…?
これに関しては、なんか気づいたらアビドスに事務所構えてたんだよな…」
「……それに、この前先生が導入してくれたミレニアムの機械のお陰で、
6時間も寝れるようになったし…、
書類の整理が寝ている間に片付くようになって、とても楽になった」
「………お前もアコも、いつ見ても睡眠不足で死にそうな顔をしてたというか…、
顔が常に強張って、険が強くて怖く見えてたのが…、
――大分年相応というか、可愛らしく見えるようになったな」
「か、かわっ…?!
――いや待って、険が強くて怖い…?」
「そうやってすぐ頭に来てるのが、疲れてる証拠だって言ってるんだよ…。
――チナツが切っ掛けでお前らと関わりだしてから分かったことだが…、
正直、今のゲヘナは、ヒナとアコがいなかったら詰んでる。
俺がお前らのことを、ゲヘナ生徒会メンバーだと勘違いするくらいにはな」
「むぅ…、話を逸らされたような気がする…。
――……そういえば、先生が最初に私たちと顔合わせをした時、
風紀委員会が、ゲヘナの生徒会だと勘違いしてた」
「教えられるまで、万魔殿の存在自体を知らなかったんだよ…。
ま、とにかくこれで、ゲヘナの問題児共は返すからな。
またどーにもならなかったら、今度もなんとかしてやるよ」
「先生…!」
「――ゲヘナの風紀委員会は、今まで見てきた奴らの中で、一番不憫だからな…」
「カズマ先生…?」
そして、カズマはこの後巻き起こる、嵐のような騒乱の中であっても、この時の約束を守った。
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――現在。ゲヘナ学園 風紀委員会執務室 ヒナ
「――私も引退する」
「おい」
「もう疲れた、休みたい」
「まぁ、しょうがなくはあるか…
分かった分かった、姿を晦ますくらいの手伝いはしてやるよ」
「いいの……?」
「いいもなにも、前言った通り、俺も引退するようなもんだしな…
しばらくバカンス三昧だし、なんなら連れて行ってやるよ」
「先生は、カズマ先生は…、
――どうして私に、そこまでしてくれるの…?」
「――そりゃ、お前が、頑張ってるからだろ」
カズマは、もはや見ていられないほどに弱り切った様子のヒナを見る。先ほどまで行われていた、三度目のゲヘナ風紀委員会からの歓待の時点では、平気な顔をしてカズマに礼を述べていたが、こころなしかその時点で表情が硬かったのを不審に思っていたら、案の定である。
宴会が今度は無事何事もなく終わり、最後にこうやって、前の時と同じようにヒナから相談したいことがあると言われ、夜が明けて学校が始まるまでの間は、二人しかいない執務室で、ヒナはいまにも泣き出しそうな顔をしながら、心の内をさらけだすようにしている様子は、まるでその嘆きを、いまにも叫び始めるかのようだと、カズマには思えた。
「……私が、頑張ってる?
当たり前のことを、してきただけなのに…?」
「言っとくけどな…、その当たり前がみんながみんな出来てたら、
俺だってこんなに苦労せずに済んだんだよ…。
だから、まぁ、ヒナがそこまで思いつめるのも、仕方ないというか…、
――むしろ、不憫過ぎて同情する」
「………不憫?」
「――不憫だな。
万魔殿は頼りにならない、温泉開発部と美食研究会は暴れまわる。
便利屋68にも掻き回されて、根本的な解決策がないまま…、
業務に必要な時間が削られてばかりで、追い詰められていく毎日…。
そこに一息付けたと思ったら、全部ひっくり返すようなことが起きて…、
――ここまで頑張ったんなら投げ出しても、誰も責めないだろうし…、
俺がお前と同じ立場でも、同じ選択をするな」
ヒナは、その時初めて、話し始めてから終始俯いていた視線を上げて、自分の考えに理解を示してくれた、カズマ先生の瞳を見た。そこには、不憫という言葉で表現するわりには、侮蔑がなく、憐憫もなく、同情もなかった。ただただ、戦いに明け暮れ、その責務を果たした戦士への、敬意と、理解の色があった。そうやって見つめているうちに、ヒナはカズマ先生が、本当はそういう人物だという事を、噛みしめるように思い出す。
常日頃から面倒ごとを嫌い、責任を負うことを嫌がって、最終的に引篭もって何もしたくないと、情けないことを堂々と悪びれる事なく言ってのけるような先生だが、危急存亡の事態が発生した時に限っては、事態の迅速な解決のため、一定の事態解決能力を持つ仲間が最高のパフォーマンスを引き出せるように動くことが出来るリーダーとして、常に活躍していた。
全責任は俺が取る…、という、一見無謀だが、結果的に最適な回答を得続けてきた、そんな、カズマ先生の背中は、その背中に続く者に対して、その背中を見つめるものに対して…、私は、私のままでいていいんだ…、カズマ先生は、それを受け入れてくれるんだ…、という安心感を与えてくれていた。私たちが願う、心の底から願う、あり方と夢を…、否定せずに受け入れてくれるというのが、どれほどの救いとなっているのか、この人は知っているのだろうか…。
いいや、きっと知らないに違いない。昨日も今日も明日というこれからも、そうやって無自覚にばら撒いていくに決まっている。それでは困るのだ。他の人間に、他の誰かに盗られるのだけは、想像するだけでも、私はきっと耐えられない。落ち込んだ気分から一転、沸々とマグマが煮えたぎるような感情の唸りを全身に蓄え始めたヒナは、どうにかしてこの人を捕まえることができないかと、考え始めた。
「……さっき言っていたバカンスだけど、
そこには、小鳥遊ホシノがいるのよね?」
「――? ……そりゃ、いるだろ?
アビドスと行くんだから、アビドス生徒会全員いるぞ?」
「なら、行かない…、いいえ、行けない。
彼女にだけは、こんな私を見られたくないから…」
「じゃあ、どっか雲隠れするか?」
「ううん…、それもいい。……もう分かったから、もういい。
私が本当に欲しいものは、そんなものじゃないってことが、ようやく分かったから」
そう言い終わるやいなや、立ち上がったヒナは、カズマが座っている椅子まで一息で迫ると、体全体を預けるように、カズマに腰掛ける。ちょっおまっと言葉にならない抗議を思わずカズマが上げるが、ヒナはお構いなしにしっかりともたれかかり、これ以上カズマが動けないように、両手をしっかりと掴み、カズマの顔を覗き込むかのように背後に体をひねる。
その表情は、さっきまでの沈み込んだような表情から一転して、これから悪戯でも仕掛けるとでも言うような、年相応に、無邪気なものだった。
「一一先生、さっき私のこと。不憫って言ったでしょ?」
「ぉおおおお…?? いや、まあ言ったが、それより、あの。ヒナさん…??」
「私が、頑張ってる、とも言ったよね?」
「いや、だからな…? 年頃の娘さんがお前――」
考える暇を与えてはいけない。自分からセクハラ紛いのことをするために、迫ってくるときには態度が大きく、どんなことでも仕掛けてきそうなカズマ先生だが、まっすぐな好意と、迫られると弱い…、押しの弱さがあることを、ヒナは熟知していた。だからここで押す。誰かに盗られる前に、わたしの物にしなければならない。
ヒナは掴んでいたカズマの両手で、自分自身を抱きしめるように交差させると、両耳を真っ赤にしながら、今までの苦労の代価を要求する。
「だったら、これだけ頑張った私に、ご褒美を頂戴。
一一私を抱きしめて、私を褒めて、私を撫でて」
以降、カズマは一切の抗議を受け付けなくなったその要求を一通り実行した後、顔を真っ赤に染めたヒナから、そのままいろいろと奪われそうになったが、いつまでも帰ってこないヒナを不審に思ったアコの突入によりことなきを得て、なんとか一命をとりとめた…。
――ゲヘナは、ゲヘナは危ない…。心臓を高鳴らせながら帰途についたカズマは、要警戒対象に、チナツだけでなく、ヒナも追加することにした。
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――シャーレオフィス カズマの執務室 リオ
ゲヘナで歓待を受けた翌日。カズマはミレニアムで、アトラハシースお疲れ様会に参加した。冠として付いてる名前が既に不吉過ぎるが、それを吹き飛ばした破天荒な連中ばかりなので、気にしてるのはカズマだけだった。そこには今回の件で協力してもらった温泉開発部と美食研究会(+フウカ)もいて、非常ににぎやかなまま進行して終わった。
――主賓の一人として招かれていた、リオが欠席したまま。
「――で、エリドゥもウルも吹っ飛んだから、俺のところに来た、と。
まぁ、確かに、リオもシャーレに登録してるから問題はないんだが…」
「………………」
「そんな顔しなくても、合わせる顔がないんだろうなってことは理解できるって…
まぁ、丁度いいか。
信頼できる奴に、カイザーとヒフミの件も引き継ぐ必要もあったしな」
「そんな、信頼などど…、やめてください。
私はあれだけの支援を受けていたのにも関わらず、
あれほどの事態を、引き起こしてしまいました…」
「お前を責める奴は――、まぁいるかもしれんが…。
少なくとも俺は、リオが備えてきたことは、必要な準備だったと理解してるし…。
何より連絡があったあの時、俺が一番驚いたのは…、
致命的な事態が起きた後、お前がアリスを処分しなかったことだ。
なんでそうしなかったんだ…?」
「――……アリスが、貴方を信じていたからです。カズマ先生…」
「……んん?」
「――アリスを捕まえた後…、
彼女は、胸に付けているバッチを何度も大事そうに触っていました。
それを見たトキが、私に言ったのです…。
そのバッチを触っている時のアリスの顔は、
私が、カズマ先生と計画を練っている時にする顔と、同じだと」
リオはその時になって初めて、自分が自分以外の誰かを頼りにして、歩けていることに気が付くことが出来たと語った。私が信じる貴方と考えたもう一つの計画を、アリスが信じるカズマ先生のことを、最後まで信じてみたくなったのだと言って、そんなことは今までなかったと、自嘲するかのように微笑む。
「ほーー……、なるほどなるほど、だとさ。――アリス」
「――ア、アリスは、アリスは顔から火が噴きそうです……」
「――っ?! ……アリス、どうしてここに…!!」
「……どうしてもなにも、こいつは1200億の負債を抱えて、俺のパシリになったからな。
――そうだろこのパシリ(ペシペシ」
「ア、アリスはパシリではありません…っ!(><)
せめて勇者を付けて欲しいですっ…!」
「(無視)そんなパシリから、リオにお願いがあるっていうのと、
話をする機会が得られたら、会わせて欲しいって言われててな…
こんなことになるかなと思って、呼んでおいたんだよ…
――魔王と仲直りする勇者も、ありきたりな話です!とか言ってな…」
「………………!」
この状況に耐えられず、後ずさって、この場から逃げようとするリオの背後に素早く回り込んだカズマは、その両肩を抑えてアリスと向き合うようにする。リオに限らず、キヴォトスに在住する住人からすれば、そんなカズマの拘束力など、ないに等しいようなものであったが、リオはそれだけで凍り付いたようにその場から動けなくなってしまう。
「――俺も、お前も。
被害者みたいな面をしてるが、結果的に加害者でもあった。
だから、俺たちにまとめて言いたいことがあるというアリスからの要求を
俺は突っぱねなかった…、トキもそれに納得してここにきている」
「トキも…?」
「………………(スッ」
陰から滲み出るように、現れたトキは、リオに向かって無言で会釈するとカズマとリオと同じく、アリスに向き合った。
先代勇者と魔王とその幹部が手を組み、今代勇者が世界を滅ぼす魔王になる危険性に関して全力で対応した結果、その企みは全て裏目に出て、その後の善後策に一つでも穴があれば、世界は滅びるところだった。
アリスに余計なことをしなければ、そうはならなかったかもしれないが、そうなったかもしれないという、結果論でしか語れない、非常にデリケートな問題であり、そのアリスもまた、被害者でもあり加害者でもあった。
「――アリスは、リオ会長もトキも、カズマ先生にも。
責める資格を持ちません…、なぜならあの時のアリスは、間違いなく魔王だったからです。
それを止めるために立ち上がった皆は、間違いなく勇者でした…」
「そして、勇者が魔王になることもあれば、
魔王が勇者になることもあると、アリスは理解しました。
――だから、アリスはリオ会長とトキに、これを受け取って欲しいと、願います」
そうやって、アリスが大事なものを扱うように、リオとトキに差し出したそれは、カズマもよく見覚えのあるものだった。あの時、カズマがアリスに渡した、勇者バッチとその勇者の仲間バッチセット。それを真似て作られた、カズマも胸に付けている先代勇者バッチ。それと同じように、アリスの手作りで造られた、勇者が仲間と認めた者に贈る、勇者の仲間バッチに似た、特別な何かだった。
「誰かを、助けたいと思う気持ちが「勇者」の資格であるのなら――、
「勇者の仲間」も、また同じ「勇者」であると、アリスは信じます!!
そして――
このキヴォトスを救うために、真っ先に立ち上がったリオ会長とトキは、
間違いなく「勇者」です…!! 」
「――だからこれは、そんな二人に私から贈る…、
「今代勇者」よりも「先代勇者」よりも、偉大な証である「初代勇者」のバッチです。
誰よりも早く、世界滅亡の危機に気が付き、誰にも頼れずに藻掻き苦しみ、
それでもと足掻き続けた、偉大さの証です…!!」
リオは、アリスの言葉を聞き終える前に、全身を震わせながら倒れこみそうになっていた。それをカズマとトキが支え、カタカタとまるで熱病にでもかかったかのように震え続ける様子を、二人は肌で感じ取っていた。
カズマは、出来るだけリオの方を見ないようにしながら、高いところから、水滴が滴り落ちるような音を聞いていた。
「アリス――、私は…、私は………っ!」
「だから、受け取ってはくれませんか……?」
「会長……」
しばらくの間、リオがぐずるように戸惑うような空気が流れ――、この三人じゃいつまで経っても話が進まないと焦れたカズマは、トキにしっかり支えるように言うと、リオを支えるようにしていた手を離してアリス側の方へ行き、「初代勇者」の二人と向き合う。
「おいアリス、それ、取り付けられるようになってるのか?」
「バッチリです!
先生の時みたいに、バッチ部分だけということはありません!」
「――そうか、おいトキ。その腰が砕けた会長を座らせてやれ」
「――? 分かりました…」
カズマの指示でリオを支えた状態のまま、トキはゆっくりとしゃがみ込み…、当然、それに合わせてリオの体もしゃがみ込むようになる。それは、ちょうどいい位置だった。往生際の悪いこいつにさっさと付けてやれというカズマの言に、アリスが得心いったという顔をすると、二人の胸に次々と「初代勇者」のバッチが授けられる。
「これで、リオ会長も、トキも、アリスの仲間です――!!」
アリス風に言うなら、ぱんぱかぱーん、アリスは「初代勇者」のリオ会長と、トキを仲間にした、ってところか、と感慨深く思いながら、いろいろな面倒ごとをようやく全て片付け終えることが出来たと、カズマは解放された思いだった……。
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――百合園セイアの未来視 ゲマトリア 会議室
「……ククッ、それにしても、貴女が、かの先生を受け入れて下さるとは思いませんでした」
「――あら、どうしてかしら」
「ベアトリーチェはこの前、決議があるのにもかかわらず、
忙しいからと帰ってしまわれたからですよ。
おっと、これは皮肉ではありません。
ただ、どういう意図があったのか知りたいだけでして……」
「――そういうこったぁ!」
「――簡単な話です。
わたくしがあなたたちゲマトリアに加入した時と同じく、
彼には利用価値があり、彼もその価値を示すことを了承したからです」
「君にとっての利用価値…?
芸術を解せぬ君のような存在が、
かの者に利用価値を認めるとは思えなかったが…、少し興味が沸く話だ」
「……ベアトリーチェ、どうかご教授していただけないでしょうか。
貴方は、かの先生に、どのような価値を見出したのです…?」
「ふふふ…価値を見出した? えぇ、ある意味そうですわね。
わたくしも馬鹿ではありません。
アレが、今までこのキヴォトスで積み重ねてきた価値を知っています…。
だからこそ、まず踏み絵を用意する必要があると感じただけの事…」
「――ふむ、試験のようなものですか。
確かに彼にとっても今までの事がありますから、
急に我々のようなことをして欲しいと言われても受け入れがたいでしょう。
なにせ我々が欲しているのは、彼が積み重ねてきたことを台無しにする行為に等しい…」
「――そういうこったぁ!」
「……ククッ、なるほど、なるほど。納得できる話ではあります。
今後のことを考えれば、先生と我々の間での価値観の共有は必須と言えるでしょう…。
それで、どのようなことを、その踏み絵として要求し、先生は了承されたのですか…?」
「――とても簡単な話ですわ…、
トリニティ総合学園の生徒会ティーパーティーのメンバーの一人、
トリニティ三大分派の一つサンクトゥス分派のリーダーにして、
3人の生徒会長からなるティーパーティのメンバーの中でも最高権力にあたる
「ホスト」にあたる人物…」
「――――百合園セイアの、暗殺です」
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――トリニティ総合学園 自室 セイア
「――ハッ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ここ毎日、見ることになった悪夢について百合園セイアは考える。
銃撃や爆撃程度では、戦闘訓練を受けた生徒を鎮圧するには至らない…、タフな相手なら逆撃を受けて負ける可能性すら普通に存在する。故に、確実にことを行うなら組織的な行動が必要だ。追い込み、罠にかけ、捕縛し、必要以上にじわじわと痛めつけていく必要がある。
朝も昼も夜も、寝かさず、許さず、絶え間なく撃ち続けなければならない…、そうしてようやく辿り着く。それが、ヘイローを壊すことへの、命を奪うことへの道筋だ。
……そう、私は死ぬ。それがここ数日でセイアが出した結論だった。
セイアがここ何日も何日も見たその夢は、今まで考えていたような過程は全てすっ飛ばしたもので…、自分の頭上にあるそれ、意識がなかったり睡眠時には電気が消灯するかのように消滅する、光り輝く光臨。キヴォトスに在住する生徒なら誰もが持っているそれが、ヘイローが、一撃で砕け散る夢だった…。
セイアのその体に、銃撃の煤や爆撃の汚れもなければ、押さえつけられて抵抗したような服の乱れもなく、傷一つないまま、ヘイローだけが砕け散っていたのだ…。
それはいい。私は死ぬのだ。そこに、もはや議論の余地はなく、逃げたところで結果は同じだ。だが問題がある。どうしても納得できないことがある。何度考えても理解できなかったことがある。
――どうして貴方なのだ?
――どういった経緯でそうなったのだ?
――どうして、私に手を下すその生徒すら、穏やかな顔をしていられる…?
セイアはもはや自分の死が避けられない運命ならば、せめて納得したかった。
いいや、やはり決して納得なんかできないだろうが、せめてその経緯くらいは知っておきたかった。私自身がどういう理由、大義や正義の名のもとに放たれた凶弾を、その身に受けなければならないのか、ということを。
だから、セイアは今日も、夢と現実の境が分からなくなるほどの頻度で眠りにつく。その未来の世界で、自分が死ぬ世界で、少しでもその実行犯の陰に潜む、彼に、事の経緯だけでも聞き出すために。
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――トリニティ総合学園 セイア 未来の死の記憶
「(――おい、アズサ。言われてたのってこいつじゃないか?)」
「(どうやらそのようだ)」
「――君たちが、私の死か…、待っていたよ」
「(……おいアズサ。気のせいかちゃんと隠れてる俺らの方をあいつ見てないか?
お前ら相手でも完璧に隠れおおせてるのに、真面目にこっち見てない…?)」
「(アンデッドには効かないと先生が言ってたじゃないか…、
つまり、彼女はもしかしたらもう死んでるんじゃないか…?)」
「――これから君たちが私を殺すというのに、もう私のことを死体扱いとは、
分かっていたこととはいえ、ショックが大きいよ…」
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「――あまり痛くしないでくれると助かる…
あの、ところでなぜ私は、これから死ぬというのに、
このような無体な扱いを受けているんだろうか…」
「――なんでって、死体は運びにくいんだよ…
……よし、アズサ、足は結び終わったか?」
「――バッチリだ、先生。
これなら死亡後の弛緩状態でも楽に運搬できるだろう、早くしないと腐るしな」
「よし、じゃあ撃て」
「――了解」
「あ”っ――」
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パチリ、と目を覚ます。今回は前よりも詳細な内容が未来視で見えた。
とても…、コミカルな二人だった。これから人一人を殺すというのにもかかわらず、そういったことをすることへの不安や絶望のようなものが全く感じられない、いまからファーストフードにでも行って食事でもしに行こうかと気軽に話し合う、兄妹の日常のような姿と言われても、違和感のないような気軽さだ。セイアは自分の命が、その程度の感情のうねりによって失われるという事実に対し、ますます訳が分からなくなった。
アズサという少女はまだいい。彼女は間違いなくトリニティ外の生徒だ。
ならばその目的は、間違いなく、今後開かれることになるエデン条約に反する勢力によるものだという事は理解できる。故に、彼女の所属する組織や、その裏事情は見えてこなくても何ら問題はない。問題なのは、その女生徒と一緒にいる男性なのだ。どうしてだ?どうして、そんな顔をしていられるのだ?これから人一人の命を奪うというのに――、なんでもないような、明日も平穏が続きますようにと願っているような、穏やかな顔をしていられるのだ…?
「――なぜだ、なぜなんだ…? 先生…
連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの、サトウカズマ先生……」
セイアはそうやって引き続き、体調を崩すほどに未来にのめりこむ。どうして?に応えてくれる答えに、辿り着くために……。
……to be continued 第三部⇒
エピローグ終わり。
というわけでそういう感じになるカズマ先生でした。
エデン条約に向けての、ゲヘナへのフォロー、ミレニアムの掌握、カイザーと裏社会管理の移行が完了しました。
今回のエデン条約編への繋ぎなんですが、真面目に構想が出来てないんで、しばらく更新はないないないです。もしくは私の代わりに誰か続きを書いてください(懇願
なんせ、この作品の基本コンセプトは実に簡単なので。
全力で地雷を踏み抜き踏み砕き、滅茶無茶になったBADEND確定存在を、ひぃひぃ言いながら、出来るだけこのすばテイストで解決していく、可哀そうなサトウカズマさんを書けばいいだけなんです。ね?簡単でしょ?簡単だと言って…言って…。
簡単だと思ったあなた、貴方は最高に素質があるのでこの作品を受け継ぎましょう…(願望