白冽のマリスガイン 第8話 実機操縦
「もし本当に、子供の操縦する、ワンオフの、人型巨大ロボットが、現代の地上で動いたら?」
注意事項などは第1話の説明文を参照してください。
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「主電源投入します!」
狭い部屋の中で小林がそう言いPCを操作する。するとM30の頭部にあるLEDが橙色で点滅し、古いゲーム機を思わせるメロディーが鳴った。
M30は下から柱で支えられて直立していた。上からワイヤーロープ2本でも吊されている。
「機体コンピュータの起動よし。自動操縦ソフトの設定…… 無効、よし!」
「電源コンテナの出力と機体の入力の値よし、データ通信よし、有線接続よし!」
小林がM30の確認を進めるのを見ていた敦賀が隣のもう1人に声を掛ける。
「加瀬さん、メッシュネット立った?」
「今ちょうど確認が終わって立ちましたよ」
「よし」
敦賀はインカムで別の場所に指示を出す。
<ドローンの2人、メッシュネット立ったのでドローンを飛ばしてください>
「分かりました」
敦賀達の居る部屋、制御コンテナの外で準備していた男女2人はその指示でドローンの電源を入れた。首から下げたコントローラを操作し無線メッシュネットワークに参加、ドローンに接続してローターや可動カメラの動作確認などを行う。
小林は手順書とにらめっこしながら機体の確認を続ける。
「W31、L30、B31、A30、合ってるよし! ウェアとバックパックのデータ線接続よし、装備の確認よし」
「パワーユニット、バッテリー、FCユニットよし。機体水素残量、バックパック水素残量よし。バックパック接続、排水バッファよし」
「油圧ユニット……問題無しよし! 冷却システムよし!」
ここで、ドローンの映像転送が有効になりドローンのカメラが撮る映像がPCへ送られてくる。
「優鑠君、機体とドローンのカメラの映像が全部揃ってるか確認して! あとそれぞれの映り具合とマイクが音拾えてるのかも!」
「はい!」
制御コンテナの奥に用意されたロボット運転者・アクター用の操縦席に優鑠は座っていた。優鑠は手順書の説明を読みカメラとマイクの確認を行う。Switchのプロコンで画面を操作して、映すカメラを切り替え1つずつ見ていく。
ドローンが上昇し、公開用の装備になったM30の姿が映った。
(このカメラで見るとなんか違うな……)
そんな事を思いながら確認していると、加瀬がやって来てマウスを動かした。
「僕はこの画面で機体のカメラを確認するから、優鑠君はそっちでドローンのカメラとマイクをお願い」
「分かりました」
「機体の無線接続よし。電波無線の品質……よし、光無線の品質よし。無線通信よし!」
「カメラとマイクはどうですか?」
「「問題ないです」」
「ありがとうございます」
2人の返事を聞いた小林は、カメラに映るM30の両腕両脚、腰、両手、頭、機体全体の向きが画面の簡易3Dモデルと同じになっているかを確認する。
「……姿勢の認識よし」
次は関節以外の可変部の状態がGUIの表示と同じになっているかを確認する。
「各部の状態よし」
小林は敦賀に声を掛けた。
「敦賀さん、一通り確認できました。オートチェッカー使います」
「やって」
小林がオートチェッカーを使用すると、画面にウィンドウが出ていくつか要確認の項目が表示された。小林と敦賀と加瀬、3人は画面に見入る。
「FCユニットは今回使わない、自動操縦ソフトは後で有効にする、LEDバーは今から点ける……」
「いいですね」
「うん」
小林はM30頭部のLEDバーを緑色で点滅させた。
「加瀬さん警報出して!」
そう言って敦賀はヘルメットを被り外へ出て行く。
「了解」
加瀬は制御コンテナのメインモニターからM30のある建屋全体に警報を出した。サイレンが鳴り響き回転灯が光る。
すぐに敦賀の声がスピーカーから聞こえた。
<これよりM30のAPL操縦テストのために、ロボットとアセンブルデッキとクレーンを稼動させます。稼動関係者以外の、組立場に居る者は全員危険エリア外へ退避してください>
警報が出て、危険エリアからは敦賀達以外誰も居なくなった。が、エリア外は逆に人が増え始めた。今回は初めてのアクターによる操縦なので、もしもの時の為に控えている人員や観衆が多い。
<敦賀さんホイストの連携できました。移動の準備完了です>
「分かった」
「電源コンテナへ、今から機体移動します」
<了解です>
敦賀は皆へ指示した。
「全員へ。まずデッキ支柱ごと機体を上げます。安全確認!」
<<はい>>
全員が目視やカメラの映像で周囲をくまなく確認する。人は居ないか、外の人員が機体に近すぎないか、障害物や動きっぱなしの設備はないか。
「大丈夫です」「危険なものなさそうです」
「人、物、見当たりません」「問題ないです」
確認が上がってくる。最後に敦賀が目視で確認を行い、指差呼称をした。
「……私達も距離十分。安全確認、よし!」
「デッキ支柱、所定位置まで上げてください」
敦賀はインカムで指示を出す。少しすると、支柱に突き上げられる形でM30は1mほど上昇した。M30の足が浮き上がる。
M30を上から吊しているホイストのワイヤーロープを敦賀は注視した。近くのドローン操縦者にも確認を取る。
「ワイヤー張ってるよね?」
「ちゃんと張ってます」
「よしよし」
「小林さんワイヤー機能してる。動かしていいよ」
<分かりました>
小林が機体を動かす準備をする。
「自動操縦ソフト、……"腰部固定・静止・安定"に設定、よし!」
「……ドローンA、三上さん、少し左に動いてもうちょっと斜めから機体を映してください」
「分かりました」
加瀬が運転助手として小林の隣の席に着く。
「……カメラの確認よし」
<今から四肢の試し動作を行います!>
小林はインカムで宣言した。カメラを切り替えてM30の周囲を確認する。
「安全確認…… よし!」
小林はキーボードから手を離し一呼吸置くと、マニュアル操縦を有効にした。M30の顔であるフェイスディスプレイにデフォルメの目が描画された。
小林は人差し指でキーをポチポチ押す。それに応じてM30は体を動かした。腕を上げ、足を上げ、腰を傾け、首を振り、手のひらをグーパーする。皆は異常がないか気にしながらそれを見守る。
優鑠は操縦席の3画面モニターでドローンのカメラが映すM30を見た。動いている所は午前中に生で見たが、画面越しに見ても壮観だった。
だが見とれている場合ではない。優鑠はハッと気付き自分の準備を始める。次はいよいよ優鑠がM30を動かす番だ。
TMRセンサーを頭に被りデコーダを選択。画面の3Dモデルに対して念じ、3Dモデルの四肢が思い通りに反応するか確認する。
一方、小林と加瀬は試運転でM30に異常が出ていないかを確認していた。
「各ユニット異常なし。3Dモデルへ四肢の反映できてる」
「ホイストは胸部の傾きに連携してる、股関節ガードは脚に合わせて開閉してる、よし!」
「敦賀さん、そちら見ていてどうですか」
「問題なさそうだよ。行っていい」
「分かりました。設計姿勢に戻します」
小林の操作でM30は元の直立に戻った。小林が優鑠の方に振り向く。
「優鑠君準備できた?」
「はい、いつでもいけます!」
優鑠はやる気を示すように元気に答えた。敦賀も戻ってきて声を掛ける。
「いや~、ついに実機の操縦だね。大丈夫?」
「たぶん大丈夫です。何かあっても、まあ何とかなるだろうと」
「ははっ、そうだね」
「おかしな所があったり気になることがあったらすぐに言うんだよ」
「はい」
そう言って敦賀はまた制御コンテナを出て行った。
「じゃあ手筈通りにゆっくり動かしてね」
「はい」
優鑠は再度手順書を確認し操縦前の確認をする。
「センサーのしっかり着用…… よし」
「3Dモデルの反応…… よし」
「カメラの映り…… よし」
<今からAPLによる操縦を行います!>
優鑠の言葉で全員に緊張が走った。
「安全確認……」
画面に映すカメラを切り替えて機体の周囲を確認する。
「……よし!行きます!」
優鑠は映るM30の横姿を見ながらプロコンの対応ボタンを押してAPL操縦を有効にした。M30に対して右腕を上げるように念じる。すると、M30は優鑠の意図したゆっくりさで右腕を上げた。掲げた拳を開く。
動きは簡素だが、外で見ていた敦賀達は先程までとの明らかな違いを感じた。
「おお~」
「今APLで動かしてるんですよね?」
「そうだよ」
<優鑠君いい感じ。確かに動いてるよ。そのまま全身を動かしてみて>
「はい」
優鑠はM30の右腕だけでなく全身に動くよう力を込めた。
小林と加瀬が話す。
「バッテリー、油圧ユニット、各温度問題なし。よさそうですね」
「まだ外部に支えてもらってゆっくり動いてるだけ。自立して機敏に運動するまで気は抜けないよ」
M30は優鑠の思うがままに様々なポーズをとっていた。あまり重心が偏ると支柱との固定具に負荷がかかるので、そこは十分注意している。
「おっと」
画面にM30頭部のカメラを映してみると、ハンガードアを出て演習場を越えた先の展示施設の観覧席に人が居るのが見えた。最大までズームしても何をしているのかは分からなかったが、真ん前に居るということは動くM30を見に来た、おそらく展示施設側の従業員の人達だろうと優鑠は思った。
優鑠は映るM30を見て念じる。M30はポーズをやめて両腕を前へ突き出し、両手でピースサインを作ってみせた。
(あの人達見てくれてるかな)
敦賀からインカムで通信が入る。
<どう優鑠君、違和感とかない?>
「全然大丈夫です、ちゃんと動いてくれます。遅延や鈍さも感じないです」
<よかった>
<APLでの制御、こちらも問題ありません>
<了解>
「じゃあ姿勢を直立にしてからAPLオフにして」
「分かりました」
小林に言われて、優鑠はM30を最初の直立に近い姿勢に戻した。
<APL操縦のテストは完了しました。続いてM30を自立させた状態でAPL操縦に切り替えるテストを行います>
再び敦賀の声が建屋内に流れる。
小林はM30を設計姿勢に戻し、マニュアル操縦を無効にした。
「APL操縦、マニュアル操縦、無効よし!」
「自動操縦ソフト…… "無効"に設定、よし!」
<敦賀さん、移動の準備できました>
「了解」
「全員へ。デッキ支柱ごと機体を下げます」
<<はい>>
「……安全確認、よし」
敦賀は周囲を確認した後デッキに指示を出した。
「デッキ支柱、M30着地まで下げてください」
M30はゆっくり降下し床に着地する。
「M30着地しました。支柱切り離してください」
「――機体の動揺等異常ありません。支柱退避しちゃってください」
<了解>
一連の通信を終えると、支柱は後方のアセンブルデッキ本体の方へ逃げていった。M30は立つというよりも床に置かれワイヤーロープのみで倒れないようにされた状態になった。
「デッキ支柱の退避よし」
「小林さん、支柱の退避できた。動かしていいよ」
<分かりました>
「自動操縦ソフト、……"自由・安定姿勢・安定"に設定、よし!」
「……カメラの確認よし」
「今からM30を能動自立させます!」
「安全確認…… よし!」
小林はマニュアル操縦を有効にする。するとM30は動き出し、膝を少し曲げ、腕を少し広げてバランスを取った。床に置かれただけの状態から、自動的に立った姿勢を維持するようになった。
小林が敦賀に連絡する。
「M30の自立、問題ありません」
<こっちも問題ないです>
「定位置まで前進させます」
<どうぞ>
M30はゆっくり足を動かし前へ歩き始めた。上の片脚橋形クレーンが移動するM30に合わせて動く。
制御コンテナ内では優鑠達が画面越しに歩くM30を見守っていた。足音がこの中にも伝わってくる。
「すごい…… 歩いてる……」
優鑠は約10mの人型ロボットが歩く姿を見て興奮を隠せなかった。
「M30は大きく重くて姿勢が乱されにくいから、カレイドみたいなヒトと同じ大きさのロボットよりは歩きやすいよ。と言ってもM30の動作制御ソフトが作れたのはカレイドやASIMOのノウハウがあってこそだけど」
加瀬が話す。
「技術の結晶ってことですね」
「そう言えるかな」
M30はデッキ支柱最前端とハンガードアの中間辺りで足を止めた。マニュアル操縦が有効になった時と同じ姿勢のまま静止する。これでも僅かに四肢が動いており、姿勢を乱さないようバランスを取っている。
<無線通信の品質、問題なし>
<M30定位置に着きました>
「こちらでも確認」
「ドローンの2人、バッテリー大丈夫?」
<まだ余裕あります。交換はM30がAPLに切り替わってからでいいと思います>
「了解」
敦賀は通信先を優鑠に変えた。
「優鑠君、次は支柱が無いから優鑠君が念じてM30を立たせるんだよ」
<はい! 頑張ります>
「くれぐれもエヴァ最初に動かしたシンジみたいにならないでね!」
<いや…… あの……w>
「っていうか吊ってるから倒れないですよね?」
<あっそっか。じゃあよろしくね>
「はい」
通信が終わると小林と加瀬が話しかける。
「吊ってるのは機体が倒れた時に地上と激突しないようにするためで、倒れるのを防ぐ力は無いからそこは優鑠君が頑張って耐えてよ」
「はい」
「もしもダメそうなら遠慮なく言って。できれば、自分で自動操縦をONに」
「分かりました」
会話を終えて優鑠は操縦の準備に入った。3DモデルでAPLの反応を確認し、カメラの映り具合を見る。
加瀬は壁にある非常停止ボタン… ではなく緊急ボタンに手を添えて備えた。このボタンを押すと機体が自動操縦ソフトで設定した姿勢に強制的になろうとする。
「今からAPLによる操縦を行います!」
優鑠は機体周囲の安全を確認した後、映るM30にその姿勢を維持するよう念じながらAPL操縦を有効にした。
「……」
M30は動かない。
小林がGUIのアイコンを確認する。APLのアイコンは"操縦有効"の表示になっていた。四肢が完全に固まるとロボットは倒れる。M30は今、優鑠が念じることで四肢を絶妙に動かし直立を維持しているのだ。
そして、M30は少し曲がっていた脚と腕を伸ばして真っ直ぐピンと立った。倒れそうな様子はない。小林が優鑠に声を掛ける。
「優鑠君…… 立ってる! 立ってるよ!」
「まだ分かりません。ちょっと腕出してみて立ち続けられるか試してみます」
「了解!」
優鑠はM30へ念じて左腕を広げさせた。左腕につられて倒れないよう他の部分が微妙に動く。真横まで広げても、見ている者は誰も不安定さを感じなかった。
「おお~? これはよさそうじゃないですかね?」
優鑠は嬉しそうに言った。
「うんうん!いい感じ。次は……右足を1歩踏み出してみて」
「はい」
優鑠は別の姿勢になるようM30に念じる。M30は、人が床にある物をわざと踏みつけるような動きで右足を1歩前に出した。機体全身の揺れを腕を動かして収める。
実機をAPLで動かすのは決して簡単ではなかった。今も優鑠はM30に立つよう念じ続けている。が、優鑠が想像していたよりM30は素直に動いてくれた。
「これアレですね。シミュレータと同じ感じで動かせます。それに会社のパソコンでやる時の3Dモデルくらい安定してるかも」
「そうなんだ。へぇ~……」
「各ユニット異常なしっと」
「じゃあ今から予定通りの操縦訓練を始めよう。まず安定姿勢をとる練習から」
「はい」
M30の制御をAPL操縦に切り替えてから30分ほど経った頃、優鑠と小林に敦賀から通信が入った。
<優鑠君! 調子いいね!>
「はい。今のところ問題ありません」
「M30の方も大丈夫です」
<よ~し>
<あのね、今M30から見て右のキャットウォークに広報課の人が居るの。見える?>
そう言われて優鑠はカメラの映像を探す。M30を左側から撮るドローンに切り替えると、確かに奥のキャットウォークに人が居た。M30に右を向かせて頭部のカメラで映す。服が同じだったので、先程観覧席に居た人達だと分かった。こちらにカメラを向けている。
「あー見えました! あの人達さっき向こうの観覧席に居ましたよね」
<そうそう!>
<公式サイトに載せる写真を撮ってるの! もし余裕があったらまたピースでもしてあげて!>
「分かりましたー」
「了解です」
優鑠は早速反応してあげることにした。
一方その広報課の人達。
「おっ、こっち見てるよ。気付いたのかな」
「写真撮らせてくださ~い」
「こっちに向かって何かやってー」
撮影担当はシャッターチャンスを逃さないようにずっとカメラを覗いていた。
「……ん?」
待っていると、ドローンの1台がこちらへ寄ってきた。かなり近い場所に滞空する。
「なんだろう」
優鑠は向かわせたドローンからの映像を頼りに、広報課の人達に向かって右手でピースした。M30の顔・フェイスディスプレイの描画が操縦席のWebカメラで認識する優鑠の表情に合わせてニコニコ目になる。
「おお~!」
「いいねいいね! アクターの子ありがとう!」
「はい、チーズ!」
こうして、初めてのアクターによる実機操縦はトラブルなく無事に終了した。
― 第8話 終わり ―