ユリウスの肖像
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「ユスーポフ侯が連れていらっしゃる美しい女性はどなたかしら?」
ユスーポフ侯爵の腕を飾っている金髪の女性は、劇場で社交を楽しんでいる上流階級の目を引いた。
翡翠色のリボンを編み込んだ髪には、おそろしく高価であろうと思われる、緑がかった黒真珠が飾られている。まとっているドレスは、ハイウエストでゆったりとしたポール・ポワレ風だ。ベージュのワンピースに重ねられた翡翠色のチュールのオーバードレスには、ビーズと金糸で花の刺繍が施され、帯風のサッシュベルトは、ぱっくりと開いた背中で結ばれている。装いも魅力的だが、なによりも人を惹きつける宝石のような瞳と笑顔がすばらしい。
「ユスーポフ侯は奥方様とうまくいっていらっしゃらないから、もしかしたら」
女性たちが噂した。
「ご存知ありませんでした?ユスーポフ侯には、すでにお子様がいらっしゃるっていう噂ですわよ」
「では、あの女性が?」
ユリウスにとっては久々のオペラ鑑賞だ。以前にもレオニードが劇場に連れ出してくれたことはあったが、そのときは彼の都合で開演ぎりぎりに到着し、幕が下りるとまっ先に劇場をあとにした。キーラがお留守番をしていたからだ。今夜は、キーラは侯爵邸にお泊まりだ。
今回、余裕をもって劇場に着いたら、ユリウスは値ぶみするような視線とささやき声に囲まれた。しだいに視線と話し声が近くなり、みるみるうちにレオニードの前に年上の奥様方が集まった。
「隣の美しいかたを紹介してくださらないの、レオニード?」
「そんな顔をなさってもだめよ」
ユリウスはユリア・スミルノワとして、本心からの笑顔で言葉を交わした。レオニードが年上の奥様方に親しまれている様子が、ユリウスには、おかしくもあり嬉しくもあったからだ。女性たちのあたりさわりのない言葉には、探るような意図が感じられた。だが、まるでミニバラのように可愛らしく優雅なユリウスの立ち居振る舞いは、悪くない印象を彼女たちに与えたようだ。