ユリウスの肖像
31
夏も終わり、日に日に空気が冷んやりするようになった。
プラトークを頭にかぶったユリウスは、市場で買い物を済ませて、とぼとぼと帰路についていた。アパートの手前まで来たときだ。
「おい、ちょっとつきあえよ」
以前、店で言い寄ってきた男だった。ユリウスは、ぷいと顔をそむけて通り過ぎようとしたが、行く手をふさがれてしまった。
「気取るなよ。あばずれのくせに」
「つきまとわないでよ」
ユリウスが鋭い声をあげたときに、ブランシュがかけよって来た。だが、嬉しそうにユリウスのまわりを跳びはねるだけで、からんできた男に吠えかかろうともしない。こんなときには、助けにならない犬だ。それにしても、管理人の部屋にいるはずなのに、どうして外にいるのだろう。
「いやがっている女性に、何をしている?」
凄みのある声が近付いてきた。
――レオニード!
男は声の主を認めると、他にも男がいやがったのか、尻軽女が、と舌打ちして姿を消した。
とっさに、ユリウスは逃げ出そうとしたが、安堵と懐かしさと恐怖の感情が入りまじり、脚が凍りついたように動かない。もはや、これまで、と観念して震える声で言った。
「わたしを殺しに来たの?」
「ほう?」
レオニードは眉をあげて、そう思う理由をユリウスに聞いた。
「逃亡したら、射殺すると言っていたでしょう」
「そこまで覚悟をして出奔したのは、アレクセイ・ミハイロフのためか?」
思わぬ問いに、ユリウスは意外な顔をして、首を振った。レオニードはユリウスを見つめている。
「では、なぜだ?」
ユリウスはうつむいた。どうやら自分を殺しに来たのではなさそうだが、どうするつもりなのだろう。
さしあたり、ユリウスは、アパートの前で立ち話はしたくないし、買い物から帰ったばかりなので、少し部屋で休みたいと主張した。アパートの管理人も、部屋からユリウスたちのほうをうかがっているようだ。
古い椅子に腰かけたユリウスが、頭からプラトークを外すと、まとめた金髪と形の良い顔の輪郭が現れた。立ったままのレオニードを前にして、ユリウスは肩にはおったプラトークを胸の前でぎゅっとかき合わせた。ブランシュは二人の間の緊張感を察知したのか、足元で静かにしている。